Fate/Meltout   作:けっぺん

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番外といいますか、本編から外れた幕間のようなお話。
ハクたちが休んでいる時間での出来事となります。


Apocrypha of Moon Epic.

 

 

 乞われた数だけ、振るわれる剣。

 乞われなければ、振るわれぬ剣。

 俺は、ただそう在り続けた――

 

 また一人、サーヴァントが消えた。

 俺たちと同じくして、マスターを失いBBに使役されていたサーヴァント。

 その支配から一足早く逃れ、彼らの力になっていたサーヴァント。

 バーサーカーのクラスに置かれ、理性がないにも関わらず――彼女は、守るべきものを見出したのだ。

 聖杯より与えられた知識で、その真名を手繰る限り、彼女は英雄と定義するには程遠い存在。

 ながら、誰かを“守るべき存在”として全てを捧げる様は、正しく英雄だった。

 自身の命を擲って、彼女は自身のマスターでもない一人の男を救った。

 その経緯がどういったものだったとしても、俺の評価は変わらない。

 彼女は紛れもなく英雄。乞われずして自らの意思で武器を振るい、命を賭して大切なものを守りきった。

 では、俺はどうか。

 生前から、何も変わらない。

 かつて、伸ばされた手に応えて、剣を執った。

 かつて、浅ましい願望に応えて、剣を執った。

 かつて、破滅を知りながらも求まれぬと、目を瞑った。

 かつて、滅び行く村から声が聞こえぬと、耳を塞いだ。

 英雄と謳われながらも、誇りを持ちながらも、自らの意思で動いたことなどなかった。

 それは、果たして真実、英雄と言えようか。

 聖剣を担う大英雄。邪竜を討ち倒した大英雄。謀略に斃れた大英雄。

 後世には、俺はそう伝えられているらしい。

 全て、合っている。俺は英雄として生きた。ただ、『英雄』として在り続けた。

 自身が英雄であるという誉れはある。だが――どうにも、空虚だったのだ。

 他者の願望を叶えるために、現在(いま)を生きた。過去も未来もなく、自身が抱く夢もない。

 まるで聖杯、願望器のような人生。何も感じなくなっていく自分が、ひどく寂しく感じた。

 だから俺は、空ろな感覚を終わらせるため、生まれて最初で最後の依頼を、掛け替えの無い朋友に告げた。

 ――ハーゲン、俺を殺せ。それで全て、丸く収まろう。

 十年前に請け負った卑しい願いが生んだ、クリームヒルトとブリュンヒルデの諍い。

 その矛先を自身に向けさせることで、俺は俺自身の全てを終わらせた。

 死の間際に、決して後悔はなく。だが、たった一つ、小さな願望が生まれた。

 それは、途方もなく難しい。しかし他の英雄を見ると、極当たり前だった。

 俺は、そういう存在だ。

 道は見えている。後は歩むだけ。

 その道がいつしか、元の道に変わってしまっているような気がして。

「……ままならないな」

「……? どうした、セイバー」

「いや。少し、考え事をしていた」

 現在のマスターであるユリウスもまた、俺が求める精神を持っている。

 俺のように空虚な存在ではない。満ちた存在だ。

 空虚な器を満たす方法は分かっている。そこに至りたい。至れるだろうか。

 この自問自答を、他のサーヴァントが聞けばさぞ笑うことだろう。それほどまでに、出来て当然のことなのだ。

 月の裏側に落ちて、マスターを失ってからは、俺はそのために動いてきた。

 だが、あまりにも難しいのだ。

 一夜の幻に、一人また一人と確たる意思を持ったサーヴァントは散っていく。

 彼らの前に、俺は立ちたかった。彼らを含めて、俺は守りたかった。

 自身の力に自惚れていた訳ではない。だが――少しだけ、思っていた。かつて意思もなく誰かを守れていたのだから、意思を持てば全てに手を伸ばせるのでは、と。

 ようやく、現実が分かった。全てを救うことなど、出来る筈もない。だが、それでも――

「――ユリウス」

「なんだ?」

 通したい我くらいは、生まれている。

「次が最後になるのだろう。ならば、頼みがある。無論、お前の弟にも言わねばならないが」

「……言ってみろ」

 信じるもののために動く。守りたいものを守る。誰かの欲のためでも、誰かの利害のためでもなく、俺の意思を信じて剣を執る。

 ただ一つの、俺の願い。そう、俺は――

「たった一度で良い――自由に、俺の信ずるままに、戦ってみたい」

 

 

 +

 

 

 愛することすら、許されない。

 だから私が、彼女を愛する。

 それがきっと、彼女の幸せに繋がるはずだから――

 

 マスターに設けられた部屋に入ることは、一度もない。

 休息の時間、何をしているかは個々の自由であるし、それはサーヴァントも変わりない。

 どうも、室内というのは落ち着かない。

 心休まる場所となると、やはり私は森や山など、自然が該当する。

 旧校舎においては、そうした場所は一箇所しかない。

「――よぉ、お疲れさん」

「……うむ。汝もな。あの戦火の中で気配を秘し続けるのは気が滅入ったろう」

「まあな。あんな役目寄越すなんて、旦那も人が悪いぜ」

 迷宮の入り口である桜の木の上には、先客がいた。

 特段、驚くようなことでもない。同じクラスに当てられた彼とこの場で話すのはいつも通りの事だ。

「ほらよ、駆けつけ一杯」

「頂こう」

 差し出された簡素な酒器に、黄金色の液体が注がれる。

 聖杯戦争では監督役であった神父が営んでいる店で購入したものだろう。

 唇を濡らす程度の僅かな量を、口に流し込む。極自然に煽る彼と比べれば、何とも味気がない。

 だが、そもそも私は酒というものが好きではない。事実、好物の要素が深く入ったこの林檎酒(サイダー)でさえ、抵抗が強い。

 これならば林檎の果汁を直接啜っていた方が、何倍もマシだ。

 にも関わらず受け取ったのは、彼がこんな木の上に、酒器を二つも用意しているからだ。

 不要な心遣いだが、蔑ろにするほど礼を弁えていない訳でもない。

「……次も、出るんだってな」

「ああ。まあ構わんさ。あの子が出るのであれば、元より私も付いていく腹積もりであった」

「またお守りか? あのエゴは死んだんだから、少しは気を抜いても良いんじゃねえか?」

「そういう訳にもいかん。ローズを討って終いではない。私はあの子に、少しでも生き存えてほしいのだ」

「筋金入りだなあ、アンタも……」

 今や、あの子の存在は私の生きる理由にも等しい。

 ムーンセルによる、仮初の第二の生。彼女にとっては、それが最初の生なのだ。

 生を謳歌する事も許されなかった命が、ようやく生きている。

「多分だけど、次は本気でやべえぞ。守りきれんのかよ」

「そのつもりだ。命に代えても、あの子は守りたい」

「満足に弓も引けねえ癖に、良く言うぜ。それで矢が持てんのか?」

 痛いところを付いてくる――同じ弓兵である辺り、お見通しか。

 ローズの炎に焼かれた右手は、未だに治癒していない。

 無論、シラハの魔術は効いていたし、この拠点に戻ってからもモンジに治癒を頼んだ。

 にも関わらず、右手の疼くような痛みは残っていた。

「……問題はないとは、言わん。だが、弓を引けぬことはない。それに、私の武器は弓だけではないさ」

 この状態でローズを討ったように、致命的という訳ではない。

 一射撃つのにより高い集中と、時間が必要になるが。

 火力に劣る私にとっては、確かに痛手。普段の威力すら出せまい。

「宝具、か」

「そうだ」

 どれだけ力が弱まっていようとも、矢さえ放てれば宝具が発動できる。

 神に奉る信仰と、北に見ゆ七星。これらで火力を補える。

 それに――切り札もある。

 カリュドーンの猪の皮。あれがあれば、最悪弓が無くとも戦える。

「アンタ……」

「……あの子を守るためならば、全て投げ出すさ。たとえ――」

「ぬうううおおおおお! 麗しき狩人よ! 明日の作戦を伺いたいのだが、何処か!?」

「……」

 空気の読めない騒ぎ声に、思わず耳を畳む。

 事に縛られぬマスターというのはありがたかったが、動きが読めないというのが難点だった。

「……あのおっさん、作戦なんて理解できるのか?」

「あの場にいながら聞いてくる時点で察しろ。マスターとして、最低限の体裁は繕いたいのだろうが……」

 仕方ない。ああやって騒ぎ立てて、休んでいる連中に迷惑を掛けても困る。

「行くのか?」

「ああ。出向かぬ訳にも行くまいよ」

 半分ほど残った酒を一気に飲み干す。やはり、好みではない。

「ではな。明日もまた、晩酌程度ならば付き合おう」

 誘ってくるのならば、それを断りはしない。まあ事実、良い気分転換にはなっているのだ。

 跳躍し、学び舎の内部に降りる。丁度、モンジの目の前だった。

「うおっと!?」

「あまり騒ぐな。迷惑だろうに」

 モンジを先導するように個室に戻る。まあ、結局木の上に戻るのだろうが、その時にはあの男もいない。

「ったく。無理しねえで良いのによ」

 そんな、今宵――夜の概念などないのだが――最後の彼の声を聞きつつ、思考を遮られた地点に戻す。

 私には出来る限り使うつもりのない、真の切り札が存在する。

 その使用さえ、考えている。あの子が危機に陥るならば、躊躇うこともない。

 全てを捨ててでも、あの子を守る。たとえ――

 

 ――たとえ英雄で、なくなろうとも。

 

 

 +

 

 

 初めて、幸せという感覚を得られた。

 これがいつまでも続いてほしい。

 でも、無理だっていう確信はどこかにあって――

 

「――おいしいっ!」

「そうですか。初めて作ってみたのですが、気に入ってもらえたなら良かったです」

 戦いを前にして、おかあさん(マスター)はハンバーグという料理を作ってくれた。

 ひき肉を丸く固めて、れんせい……? したものらしい。

 口に入れると肉はすぐに解れて、じゅわりと肉汁が口いっぱいに広がる。

 召喚されてから、色々と料理は食べてきたけれど、これほどに感動を得たのは初めてだった。

「しっかり食べて、英気を養ってください。明日の敵は、今までとは一線を画しているでしょう」

「うん。でも、だいじょうぶだよ。おかあさん(マスター)がいてくれるなら、わたしたちは負けないもん」

「ええ、貴女なら大丈夫です。期待していますよ、アサシン」

 おかあさん(マスター)の期待に応える――異存はない。

 それが、今のわたしたちの幸せ。

 ただ、傍にいる。それだけで良い。

 わたしたちに向けて、優しく笑ってくれる。それが嬉しい。

 一緒にいて、笑ってくれて、こうして、ご飯が食べれる。それさえも許されなかったわたしたちには、これが至高の幸福。

 満ち足りるという新鮮な感覚。

 わたしたちはその当たり前が、嬉しくてしょうがなかった。

「んぐっ……」

 残ったハンバーグを口に詰め込む。噛むごとに広がっていく肉の味に、顔が綻ぶ。

 これを飲み込めばお終い。少しだけ躊躇いを覚えながらも、飲み込む。

「ごちそうさまっ!」

「はい。お粗末様でした」

 デミグラスソースが付いていたようで、口元を拭いてくれるおかあさん(マスター)

 何気ない触れ合いも幸せで、ただなされるがままになる。

「元気いっぱい! これなら絶対勝てるよ!」

「心強いです。次の戦いは、貴女が戦闘の要になりますよ」

「うん!」

 ローズは倒したけど、まだ戦いは終わっていない。

 わたしたちを利用していたローズ。ローズを倒すのを、皆は手伝ってくれた。

 だから、今度はわたしたちがお手伝いをする番。

 ノートは間違いなく、ローズよりも強い。聖杯戦争よりも、大きな戦いになるかもしれない。

 とは言っても、真正面からサーヴァントに勝てたことはないけれど。

 最初は『おかあさん(マスター)』の仲間のマスターに手伝ってもらって、二回戦ではそのマスターと当たって、『おかあさん(マスター)』を勝たせるために彼は自害した。

 『おかあさん(マスター)』は優しかった。けど、マスターとしては実力も戦術眼も平均よりも下だった。

 協力者がいなくなって、勝ち目はなくなった。わたしたちの聖杯戦争は、三回戦で終わった。

 最初から、『おかあさん(マスター)』は勝ち残れないと薄々分かっていた。

 でも、わたしたちは正直に言うと、勝てるとか勝てないとかはどうでも良かったのだ。

 幸せを感じたかっただけ。おかあさんと一緒にいたかっただけ。そのお返しに――おかあさんに喜んでほしかっただけ。

 『おかあさん(マスター)』は、死んでしまった。だけど、おかあさん(マスター)は死んで居ない。

 おかあさん(マスター)を守りたい。そして、おかあさん(マスター)が助けたいと思っているお兄さんを手伝いたい。

「もう、休みましょうか。明日も早いです」

「ん……そうだね」

 今度こそ、おかあさん(マスター)を悲しませたくない。

 それが、わたしたちの戦う理由。

「アサシン」

 ベッドに座ったおかあさん(マスター)の膝に座る。

 こうして、頭を撫でてくれるのが一番好きだ。

 体を預けながら、目を閉じる。

 明日、戦いを終えたら、またこうしてほしい。

 頑張れば、きっとおかあさん(マスター)はご褒美をくれる。

おかあさん(マスター)、明日も、ハンバーグが食べたいな」

「ふふ……分かりました。では、今日以上に腕によりをかけましょう」

 約束。尚更、明日負ける訳にはいかない。

 絶対に勝とう。この、小さな幸せにもう一度戻ってくるために。




外典勢三人。ジャック視点は今回が初めてです。
三人の出撃は確定。規格外二人が相手ならば、当然ですね。
ちなみに、おかあさん(マスター)はラニ、『おかあさん(マスター)』は前のマスターとなっています。
前のマスターが誰かとここで明言はしませんが、いましたよね。「こいつらいつか当たるな」って思ってたら二回戦で当たった二人組。

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