Fate/Meltout   作:けっぺん

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春のうちにGO開始を既に諦めているのは何人いるのだろう。
かくいう私も大体諦めてます。


Deepest Love Fire.-5

 

 

 凍てつく魔眼の力は、当然ヴァイオレットちゃんには及ばない。

 だが、だからこそ利点もある。

 対魔力のないらしいローズちゃんは、動きを制限されている。だけど、逆に言えば対魔力さえあれば、視界に入っても制限を受けない。

「エリちゃん!」

「任せなさいっ!」

 ここにいるサーヴァントで最も高い対魔力を持っているのはエリちゃんだ。

 そのランクは最上位のA。魔術のエキスパートであるキャスターのクラスでさえ、傷つけるのは難しい値だ。

 それ程の値ならば、魔眼の影響など皆無に等しい。

 ローズちゃんに向かいながら、エリちゃんは槍を構える。

「――嘗め、るな――!」

 ただ、それでもローズちゃんに敗北は映っていない。

 その目に映っているのは、勝利でもない。

 理想。白斗君ただ一人だけ。

「『病める瞬間も(アムルタート)』――!」

 故に、敗れる訳にはいかず、勝つためには一切手は抜かない。

 右手に握られていた剣が怪しく輝き、ローズちゃん自身に纏わりつく。

「ッ、――――!」

 咄嗟に下がったエリちゃんの判断は正しかった。

 突然素早い動きを取り戻したローズちゃんが剣を持っていた右手を振り下ろした瞬間、その進路に魔力の塊が叩き落されたのだ。

 ローズちゃんの右手には既に剣はない。代わりに溢れんばかりの魔力が灯火のように輝いている。

「うっ……」

 鋭い痛みが、目に走る。

 限界が訪れた。連続で展開出来る時間は、この程度か。

「もう……終わり? ちょっと驚いたよ。こんなことをしないといけないとは思わなかった」

 ローズちゃんがそうまで言う、彼女の奥の手。

「戻って良いよ、『悋気たる華燭の典(ヘラ)』、『健やかなる瞬間も(ハルワタート)』。本気だけじゃ生温いんだったら、全力で殺してあげる。BBが失敗って悔しがって、妬む程のボクの力、見せてあげるよ」

 左手の剣が、そして、伴っていた黒い炎が、ローズちゃんに還元されていく。

『これは……』

『神性への還元……本来の女神複合体へと、戻っていく……』

 戦闘のためのアルターエゴ。必要なのは、最上級のサーヴァントにも匹敵するステータス。

 そして、元々それをローズちゃんはid_esによって所持していた。

 その上で女神を宝具へと格下げし、今まで戦っていたのだ。

 女神の複合体として生まれ持ったステータス。それを捨ててでも、ローズちゃんは自身の中に他の存在を許容しなかった。

 だけど――ここからは違う。

 バグハートによって高まったステータスと、本来のステータス、その相乗――

 本来のステータスが分かる。筋力C、耐久A+、敏捷B、魔力A、幸運E。幸運が低下したのは、女神を吸収した影響か。

 ただでさえ強力なステータスだが、信用は出来ない。

 このステータスから更に、バグハートによって上昇した値が加わっているのだ。

 CやDランクがAランクにまで跳ね上がるほどの上昇率。最早耐久や魔力は、規格外な数値にまで至っているかもしれない。

「完全であり、不滅の象徴。BBも良いモノくれたよね。完全な対魔力じゃないけど、あの程度の魔眼なら取るに足らないよ」

 アムルタートに、ハルワタート。

 ゾロアスター教に伝わる女神で、二つは切り離すことの出来ない存在であるという。

 その名の意味するところは「不滅」と「完全」。その存在が名前の通りに絶対的であるならば、この程度の魔術など歯牙にも掛けないだろう。

 物理的にも、魔術的にも、圧倒的な耐久力。だけど――

「覚悟は出来た? それじゃ、終わりに――」

「……まだ、よ――!」

 そう。まだ終わってない。

 先陣を切ったのはメルトちゃん。無謀な行為でありながら、それは正しい行動でもある。

 もうローズちゃんへの道を阻む炎はない。どれだけ耐久力が高くとも、「攻撃は可能」なのだ。

「アサシンッ!」

 速度を窮めた刺突。だが、それでもローズちゃんの霊核を捉えるには至らない。

 剣を失ったローズちゃんは、素手でその一撃を振り払った。

 例え傷を付けたとしても――致命傷どころか、ダメージすら与えられていないか。

 それを最初から察していたように、メルトちゃんはジャックちゃんに指示する。

 加護となる炎がない以上、ジャックちゃんの宝具もきっと通る。

「『暗黒霧都(ザ・ミスト)』――!」

 発生した霧。それが広がるまで、時間が掛かる。その間、ジャックちゃんを守らなければならない。

「行くわよ、ここからは私のターンなんだからっ!」

「メルト、手伝うよ――!」

 エリちゃんとリップが、メルトちゃんに続く。

 ライダーと、未だ傷の癒えないアタランテちゃんも、それを補助すべくそれぞれの武器を構える。

「ふん――何人集まったところで、ボクがセンパイを想う限り……っ」

 だけど、三人の攻撃に加えて二人の射撃をも、ローズちゃんは対処しきっている。

 異常なまでの速度と筋力で攻撃を防ぎ、時に圧倒的な耐久力で攻撃を受ける。

 そして、魔力放出のスキルこそなくても、両腕から溢れる二柱の女神の魔力がその強力さに拍車を掛けているのだ。

 現在進行形で、ローズちゃんのステータスは上昇している。

「負けなんて、ないんだっ!」

 霧はやがて、迷宮全体を覆っていく。

 硫酸の霧は対策がなければ強力な宝具だが、これは布石に過ぎない。

 そもそも女神の存在によって魔術に対する抵抗を持っているローズちゃんには、この霧の影響は最小限となる。

 視界を補強するために、目に魔力を込める。

 さっきから目に負担を掛けすぎているせいか、随分と目が痛い。

 だが、もう少し。もう少しだけ、耐えてほしい。

「っ、……!」

 五対一という状況に、ローズちゃんは決して劣らず戦っている。

 戦況は拮抗しているように見えるが、もしかすると暫くすれば此方がまた不利になっていくかもしれない。

 だが、それよりも先に決着は付く。

「お願い、ジャックちゃん!」

「うん。此よりは地獄――」

 ジャックちゃんの両手に握られているのは、四本のナイフ。

 紛れもなく、それはジャックちゃん(ジャック・ザ・リッパー)の象徴たる宝具だ。

「わたしたちは――炎――雨――力――!」

 宝具が起動する。四本のナイフを媒介として、地獄が再現される。

「ッ、ッ、が――っ!」

 放たれた膨大な呪いが纏わりつき、ローズちゃんが苦しげな声を漏らす。

 防御は不能。確定的に、絶対的にその結末は訪れる。

 ――筈だった。

「こんな、ものぉっ!」

「なっ――!?」

 絶叫と共に、体の中から呪いが弾き出された。

 そして、炎が噴き上がる。

 これは――『悋気たる華燭の典(ヘラ)』!?

「の、呪いを自分の宝具と一緒に弾き出したのかよっ!?」

 慎二君はそれだけで状況を把握したようで、目を見開いて驚愕している。

「え!? そんな事、出来るの!?」

「知るかよ! でも、現にアサシンの宝具は発動してないんだろ!」

 放出された、凄まじいまでの黒い炎。

 寸前に退避したリップたちはどうにかその炎からは逃れた。

 だけど、必殺の攻撃までも防がれてしまった。

「アンタたちには負けない! センパイはボクのものだ! 絶対誰にも、渡さないんだ!」

 執念が見える。ジャックちゃんの宝具は不発ではない。

 結果までは至らなかったが、過程となる呪いは途中まで確かに受けていた。

 きっと、現在進行形で激痛が苛んでいるだろう。

「……いいえ。返してもらうわ。もう決着なんて付いてるようなものだし」

 しかし、その凄まじいまでの執念をメルトちゃんは否定する。

「何、を……」

 メルトちゃんは何かを待っているようだった。

 僅かな信頼を込めて。

 何を待っているか。それは分かっている。ここぞという時まで隠れていた()が決着を付けることになるとは、夢にも思わなかったけど。

 

「――大演説、お疲れさん。そこまで必死なら、あの少年にも幾分かは届くだろうさ」

 

「ッ――――があああああぁァァアッ!」

 聞こえてきた声の主を探していたローズちゃんの腕が、突如として弾け飛んだ。

 凄惨な光景に、思わず目を背ける。

 偶然か、必然か。その方向に、同行していた七人目のサーヴァントが出現した。

「……礼を言うわ、アーチャー」

「はいはい、どーいたしまして。起用されたと思えば、任されたのは汚れ役か。オレらしいっちゃらしいけどよ」

 ダンさんのアーチャー。彼は姿を消す宝具を使い、ずっとローズちゃんの決定的な隙を窺っていたのだ。

「っ、ぐっ……な、何で……」

「あ? おたくが許容できない筈の“他の女”が込めた毒を放っといただけじゃねえの。自分ン中にどれだけ毒があったかも知らねえのか?」

 メルトちゃんが、小さな攻撃に込めていた毒。

 そして、ジャックちゃんが発生させた毒霧。

「オレの宝具は体内の毒を爆発させる弓だ。おたくの命奪うのはオレの役目じゃねえだろうし、とりあえず片腕吹っ飛ばしといたけど、これで良いんだよな?」

 圧倒的な耐久力に、ローズちゃんは慢心をしすぎた。

 そして何より、目の前の障害を倒そうと必死になりすぎた。

 体内に入った些細な毒など気にもせず、それゆえに――ここに、形勢が逆転した。

「……覚悟しろ、ローズ」

 毒を火薬のように爆発させ、かつその毒の回りを早くする。

 限界の近付いたその体に、アタランテちゃんが矢を向ける。

 焼け焦げた指を気にもせず、一切弾道をぶらさずに、矢は放たれた。

「ッ」

 その一撃は、正確にローズちゃんの霊核を撃ち抜いた。

 遂に、決着する。爆ぜた左腕と胸から、黒いノイズが広がっていく。

「……諦めはついたかしら」

「…………」

 その目に映っているのは絶望――ではない。

「……良いよ。負けを認めてあげる」

「――」

 そうは言っても、諦めすらその目にはない。

「――センパイとの楽園は、ここじゃなくても作れるもん」

 怖気が走るような笑みを浮かべながら、ローズちゃんは転移した。

「ッ――ハク!」

「ちょい待ち。行く必要はねえよ」

 ローズちゃんは、白斗君のところに戻った。

 そう判断するや否や追いかけようとしたメルトちゃんを、アーチャーが止める。

「アーチャー!?」

「炎が消えた時点で、あっちに一人向かってる。どうせ手負いだ。アイツが片付けるだろうよ」

 一人、向かってる……?

『アーチャー? それは一体……』

「バーサーカーだよ。少年を助けるつもりらしいんで、ちょっと宝具を貸しといた。今頃辿り着いてるんじゃねえか?」

 バーサーカー――フランちゃん?

 彼女が迷宮に来ている? でも、ジナコちゃんは手伝うつもりはないんじゃ……

『……ミス・カリギリ、本当ですか?』

『本当ッスよ。あの子は本気ッスから、何も問題ないッス。だから、今すぐ帰りなさい。危険ッス』

「まさか……」

 ジナコちゃんの言葉の意図は掴めない。ただ一人、メルトちゃんだけが何かを悟ったようだった。

「……王様、皆を帰還させて。私は先に進むから」

『メルトさん……? 何を……』

「良いから。ジナコたちの言う事が本当なら、危険よ」

「でも、メルトちゃんは……」

「私だけなら大丈夫。ハクを取り戻してくるだけだから」

 メルトちゃんの確固たる意思は、消えていない。

 ――ならば。

「――うん、分かった。じゃ、レオ君。私たちは戻るから、術式組んで」

『え? えっと……はい。では、帰還させましょう。メルトさんの観測は継続したままですか?』

「ええ。頼むわ」

 術式が体を包んでいく。

 久しぶりの“死”との直面。それがようやく終わったらしい。

 しかし、安堵は出来ない。まだ白斗君が無事かどうかが分からないから。

「助かったわ。後でまた、改めて礼は言う事になるでしょうけど」

「……ま、それなら白斗君と一緒にね」

「気にしないで、メルト……後は、よろしくね」

「そうね、ギャラは……うん、ハクトを暫く貸してくれれば、それで良いわ」

「私もやるべき事を成せた。寧ろ礼を言うべきは私だ」

「がんばってね、お姉さん」

 それでも――もう何も問題はないと信じられる。

 だから、安心して送り出せるのだ。

「……シンジたちも。たまには、役に立つのね」

「たまにはって……まあ、良いや。絶対、紫藤を助けてこいよ」

「ボンボヤージュ、幸運を。ま、アンタなら大丈夫だと思うけどね」

 全員の激励を受けて、メルトちゃんは僅かに微笑んだ。

「……ありがと」

 意識が旧校舎に引き戻されていく直前、メルトちゃんの声が聞こえた。

 そして、ローズちゃんを追って走っていく。

 視界が移動する寸前に、迷宮の奥に何か、光の柱が見えて。

 それが、私が見た、ローズちゃんが衛士を務めるサクラ迷宮二十一階の最後の光景だった。




緑茶の強み:影が薄い
メルトと性格の相性悪いけど、共闘すれば相性抜群なんじゃねと思いました。
蝉様とメルトが組むと互いの毒が体内で邪魔し合うため相手からしたらたまったもんじゃありませんがダメージは出そうですね。
結論から言えば、毒タイプ同士は相性がいいのですね。そして性格の相性は悪いのですね。

八章は残り二話で終了となります。
パニッシュ? SGが出てない時点でお察しです。

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