Fate/Meltout   作:けっぺん

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MPSはこうして生まれた。


十八話『じぇむいずぱわーしすてむ』

 

 翌日、あの怪物について調べようとしたところ、廊下にありすがいた。

 ちょうどいい。アリーナの外だし話をしてみてもいいだろう。

「あ! お兄ちゃん!」

 ありすが此方に気付いて走ってくる。

「お兄ちゃん、今日も遊ぼう! 今日は学校でかくれんぼがしたいな!」

「え?」

「じゃあ、あたし(ありす)隠れるから、ちゃんと見つけにきてよ!」

 そう言うと、此方が用件を言う前にありすは転移していった。

 校内で転移なんて出来ただろうか、と不思議に思うが、ともかくあの怪物をなんとかする方法を得られるチャンスだ。

 それに校内なら荒事にはならないだろう。

「メルト、どこにいると思う?」

『ハクが入れないところ』

「さて、どこから探すか……」

 メルトの回答について、当てはまる場所が一箇所あるが、きっとありすは「そういうこと」はしない、良識のある子だと思う。

 こうして当ても無く探し続け、十分あまりが経過した。

 ここに居なければ、何とかして例の場所(女子トイレ)を探す算段をつけなければならない、と考え出したところ。

 正直こんな場所に居るとは思えなかったのだが、あのフリルのついたドレス姿は間違いない。

 アリーナの入り口に立っていたありすは此方の姿を見て微笑む。

「みつかっちゃった。残念……あたし(ありす)の負けだね」

 ありすがかくれんぼの終わりを宣言する。

「じゃあ、勝ったお兄ちゃんのお願い事を聞いてあげる!」

「お願い事?」

「うん! 何がいい?」

 これは思ってもみない僥倖だ。

 黒いありすの事について聞いてみるのも良いが、ここはトリガーを取ることを優先しよう。

「あの大きなお友達を退かしてほしいな」

「ジャバウォックを? それはあの子に聞かないと分からないわ」

 残念だと思う気持ちもあるが、それ以前にありすは今、ジャバウォックと言った。

 これは恐らくあの怪物の名前。

 マスターがサーヴァントの真名をそんな簡単に明かすだろうか、と疑問を持ちつつも、この名前は覚えておく。

「あ、そうだ……それじゃあ今度は宝探しね! 『ヴォーパルの剣』を見つけられたらきっとあの子もどいてくれるわ」

「ヴォーパルの剣?」

「うん、でも『ヴォーパルの剣』はただアリーナに行っても見つからないよ」

 ヴォーパルの剣、聞いたことも無い。

 礼装の類だろうか。

「それはどこにあるとも知れない架空の剣――さぁ、どうやって見つけたらいいでしょう?」

 架空の剣という事は図書室で伝説上の武器を扱った本で詳細が分かるかもしれない。

「じゃあ、頑張ってね。ばいばいお兄ちゃん!」

 ありすは去っていく。

 相変わらずあの少女の謎は多いが、情報を上手く引き出せたのは良かった。

 とりあえず「ヴォーパルの剣」と、ジャバウォックという名前について、図書室で調べてみよう。

 

 

 という事で図書室に来て、「ヴォーパルの剣」について調べている訳だが、情報が一切見つからなかった。

 武器に関する書物を漁っても、それらしき名前はない。

 お手上げか、と思ったその時、

「やぁ、二回戦を無事勝ち抜けたようだね」

 聞き覚えのある声に振り向く。

 そこには以前キャスターと名乗り、『祈りの弓』についての手助けをしてくれた英霊がいた。

「どうやらまた探しもののようだが、良ければ力を貸すよ?」

 確かにありがたいが、今度の武器は名前は判明していても一切資料が見当たらない武器だ。

 彼とて見つかられるだろうか、とも思ったが、とにかく伝えてみることにする。

「『ヴォーパルの剣』の情報を探しているんです」

「ほう、という事は、次の相手は白と黒の少女かね?」

「え?」

 まさか対戦相手まで把握したとは。

 この英雄はあの少女達の事を知っているのだろうか。

「まぁ少しならね。それより『ヴォーパルの剣』、か。確かにアレは普通の文献には載っていないね」

 そう言って男性は本棚に向かって歩を進める。

 その棚は、何故か児童書の棚だ。

 そこから男性は一冊の本を取り出し、差し出してきた。

「これに『ヴォーパルの剣』の情報がある。読んでみるといいよ」

「……『ジャバウォックの詩』?」

 その本のタイトルは、確かにあの怪物の名前が使われている。

 早速本を開き、それを読み始める。

 

“あぶりのとき、ねばらかなるトーヴ

 はるばにありてまわりふるまいきりうがつ。

 すべてよわぼらしきはボロゴーヴ、

 かくてさととおしラースのうずめきさけばん。

 

『わがむすこよ、ジャバウォックにようじんあれ!

 くらいつくあぎと、ひきつかむかぎづめ!

 ジャブジャブどりにもこころくばるべし、

 そしてゆめいぶりくるえるバンダースナッチのそばによるべからず!』

 

 ヴォーパルのつるぎぞてにとりて

 おそろしきものさがすことながきにわたれり

 いこうかたわらにあるはタムタムのき、

 ものおもいにふけりてあしをやすめぬ。

 

 かくてぼうなる想いにたちどまりしそのおり、

 りょうのまなこをけいけいともやしたるジャバウォック、

 そよそよとタルジイのもりうつろいぬけて、

 どめきずりつつもそこにせまりきたらん!

 

 いち、に! いち、に! つらぬきてなおもつらぬく

 ヴォーパルのつるぎがきざみかりとらん!

 ジャバウォックからはいのちを、ゆうしへはくびを。

 かれはいきとうとうたるがいせんのギャロップをふむ。

 

『さてもジャバウォックのうちたおされしはまことなりや?

 わがかいなにきたれ、せきしゃのおのこよ!

 おおかんばしきひよ! かりゅうかな! かれいかな!』

 ちちはよろこびにクスクスとはなをならせり。

 

 あぶりのとき、ねばらかなるトーヴ

 はるばにありてまわりふるまいきりうがつ。

 すべてよわぼらしきはボロゴーヴ、

 かくてさととおしラースのうずめきさけばん。”

 

 それは、ジャバウォックという怪物を打ち倒すという物語。

 この内容を見るに、あの怪物を退治するにはやはり「ヴォーパルの剣」は必須なようだ。

 やはりどうにかしてその剣を手に入れないといけない。

 すぐ近くで本を読んでいるキャスターに目を向ける。

 もしかすると、この男性なら「ヴォーパルの剣」の在り処が分かるかもしれない。

「……あの」

「残念だけど、私では力になれないよ」

「え?」

 考えていた事を見透かしたようにキャスターは告げる。

「『ヴォーパルの剣』は錬金術で作ることが出来る。だが私は錬金術など使えないからね」

 魔術師の英霊は平然とした顔で言う。

「確かアトラス院とやらのマスターがいたね。アトラス院は錬金術に特化していると聞く。訪ねてみたらどうだい?」

 アトラス院。

 確か、ラニが「アトラス」という単語を口にしていた気がする。

 会いに行ってみよう。

「ありがとうございます」

「気にしなくてもいいよ。君と少女の戦い、期待しているよ」

 その言葉の真意は分からなかった。

 だが、今は一刻も早く「ヴォーパルの剣」を手に入れ、怪物をどうにかしなくてはならない。

 いつものように三階で空を見ているだろうと思い行ってみると、やはりラニはそこにいた。

「おや、どうかしましたか?」

「聞きたいんだけど、アトラスの錬金術師ってラニのこと?」

「――はい、多少なら錬金の術も心得ています」

 良かった。

 ならば頼んでみよう。

 事情を説明し、「ヴォーパルの剣」を作れるか聞いてみる。

「ヴォーパルの剣……特定対象にのみ有効な魔術礼装と、師から聞いたことがあります」

 目を瞑り、思い出すように話すラニには、少し迷いがあるように思える。

 友達、とはいえそれはまだ表面上といってもいいし、何よりラニと僕は敵同士なのだ。

「錬金の素材、たとえばマラカイトなどがあれば練成することも出来るでしょう。ですが――」

 その敵に、ここまで協力する義理などない。

「いえ、いいでしょう。私達は友達です。友達とは互いに協力し合うものですよね?」

 疑問を投げかけてくるラニに、困り顔で頷く。

 友達、という言葉に図々しく乗っかっている気がするが、ラニは快く引き受けてくれた。

「では、マラカイトを持ってきてください。そうすれば、ヴォーパルの剣を練成してみましょう」

 マラカイト、別名を孔雀石。

 一般的な鉱物だが、購買に売っているようなものでもない。

 マスターが持っている、という可能性も否めないが、この戦争において価値の薄そうなものを持ち込む人はいるだろうか。

 しばらく歩き回り、何人かのマスターに声を掛けてみたが、当然ながらマラカイトを持っているマスターは居なかった。

「あら、難しい顔してどうしたの?」

 ちょうど階段を昇ってきた凛と鉢合う。

 合理的で無駄の無さそうな凛が持っているとは思えないが、一応聞いてみよう。

「マラカイト、ねぇ。別に持ってないこともないけど……」

 意外なところに持ち主がいた。

「譲ってくれないかな?」

 ストレートに言ってみる。

 凛が意地の悪そうな笑みを浮かべているが、渋るようなら土下座もする所存である。

「ふふ、まさか無料(タダ)で、とか虫のいいこと考えてないわよね?」

「えっ」

「貴方と私は敵同士。欲しいなら何か代償は必要だわ」

 うん、非常に合理的で無駄が無い、凛らしい提案である。

「……代償って?」

 思わず全身に緊張が走る。

 何を要求されるのか。

「マラカイトが欲しいなら、そうね……代わりの宝石を用意して」

「宝石?」

「例えば、大粒のルビーなんてどう? そのくらいは欲しいわね」

 凛が言う、大粒のルビーには思い切り心当たりがあった。

 三回戦が始まった頃、購買で売り出されたものである。

 特売、などとほざきながら「5」の後にゼロが六つばかり付いたそれを、この聖杯戦争において買うものがいるのか、と笑ったものである。

 そして今凛は、マスターの軍資金を根こそぎ奪っていく特売品を所望してきた。

 だが、マラカイトがどうしても必要な身としては、手に入れるしかない。

「……分かった。ルビーを持ってきたらマラカイトと交換だ」

「えぇ、良いわよ。ギブアンドテイク、等価交換ってね」

 一般鉱物と高級宝石の交換に等価もクソもないが、文句も言っていられない。

 今の所持金では十分の一も買えないが、ともかく購買に赴くことにした。

 

 

「……はっはー」

 改めて見た特売品なる紅い石ころに付けられた値段に、思わず力の抜けた笑いが零れる。

 しばらく見ていればゼロが三つ消えるギミックでもないかと淡い(バカな)期待を抱くも、すぐに正気に戻る。

 モース硬度9、三か月分相当、そんな事どうでもいい。

 諦めるか、諦めないか、いや、諦めると怪物を退治できないのだが、とにかく悩んでいると、店員のNPCが声を掛けてきた。

「そのルビーですか? 発注した覚えがないのに入荷しているんですよね……」

 何かの間違いで入荷されたなら安価で譲ってもらえたりしないだろうか。

「五百万PPTになります! お金持ちですねぇ」

 感心するように店員がいう。

 ちなみにPPTはこの月での通貨だ。

「あの、少しまけて」

「五百万PPTになります」

 くそ、これだからNPCは……

 職務を誠実に全うするのは素晴らしいが、ここまで融通が効かないとは。

「……無理か」

「すみません、いいものではあると思いますけど、流石にかなりの高額商品ですし……」

 と、その時店員が「じゃあ、こうしましょう」と提案の色を見せる。

 それに僅かな希望を託し、

「私達執行部の間でブームの、保健室の間桐さんのお弁当と交換でどうでしょう」

 予想の斜め上な提案に、思わず「は?」と聞き返した。

「間桐さんのお弁当、マスターさんにしか配られないんです。だから一度食べてみたいなぁ、なんて」

 それで良いのか、店員NPCよ。

 そうは思いつつも、これが文字通り最後の希望だ。

「分かった、じゃあ貰ってくるよ」

「お願いしますね」

 そもそもお弁当にゼロ六つの価値があるのだろうか、と疑問を持ちつつも、保健室に向かった。

 

 

 保健室に入ると、桜がいつも通りの笑顔で迎えてくれた。

「こんにちは、紫藤さん。どうしました?」

 穏やかで平和な、天使の様な笑顔。

 NPCとして定められた定型(テンプレート)なのだろうが、それでも桜の言葉は心が休まる。

 そんな彼女に対して、僕は早速、用件を言う。

「実は桜に頼みがあって……」

 此方の真剣さに気付いたのか、桜も真面目な顔で見つめてくる。

 そして、至極真剣、極真面目に告げた。

「……お弁当、作ってくれませんか?」

 真剣なムードをぶち壊す発言だなと我ながら思う。

 そんな間抜けな頼みに桜はしばらく目を丸くするが、すぐに笑顔に戻る。

「ちょうど良かったです。この先の回戦で配ろうと思って、練習してたんですよ」

 桜は可愛らしい箱のお弁当を手渡してくる。

 色とりどり、栄養バランスも気遣っているだろうそれは、思わずその場で食べたい衝動に駆られる。

「味はまだ自信ないですけど、良ければどうぞ」

 少し恥ずかしそうに言う桜に、女神を見た気がする。

 桜に礼を良い、早速購買に戻る。

『……弁当……ね』

 メルトの呟きが聞こえた気がしたが、今は気にしなくてもいいだろう。

 ……どうでもいいが、何故練習段階のものがNPCの間でブームになっているのだろうか。

 

 

「お……おぉっ! それは伝説の桜弁当じゃないですか!」

 購買に戻った頃には、ブームが伝説になっていた。

 感動している店員に少し呆れつつ、目で催促する。

「っと、すみません。確かにいただきます。では、こちらをどうぞ!」

 お弁当が手から離れ、代わりに大粒のルビーが置かれる。

 本当にお弁当がルビーに変わった。

 あの女神のような桜の手作りともなれば、なるほどゼロ六つの価値もあるだろうと思いつつ、内心謝罪しながら凛の元に向かう。

 凛は先ほどの場所に立っていた。

「あら、ハクト君、もしかして……」

 手にある紅い宝石を見て、凛の表情は驚愕に変わる。

 まぁ、凛は冗談のつもりだっただろうから、驚くのも無理は無い。

「どうやって手に入れたの? 貴方、もしかして大金持ち?」

「いや、そんな訳では……」

 弁当と交換したなんていえない。

「ま、まぁ約束は約束だし、はい。ご所望のマラカイトよ」

 凛から緑がかった石を受け取る。

 紆余曲折あったが、結果オーライといったところか。

 では行くとしよう。

「ジェムイズパワーシステム……使えるかも」

 背後から聞こえた凛の言葉は、追及するのも怖かったので放っておくことにした。




ジャバウォックの詩はwikipediaのものを引用してひらがなにしたものです。
正直この回は自重したかった。
後悔しかない。

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