書き溜めなければやばいことになってました。
「……ん」
気付くと、体の自由は戻っていた。
ヴァイオレットによって封じられていた筈の空間。出口の光が、とても眩しく感じる。
どれくらいぶりに体を動かすだろう。というか、何で解放されたんだろう。
特に未練もなく空間を出ると、その瞬間出口は閉じられた。
「……」
役目を終えた。そう言わんばかりに。
まあ、空間に施されていた仕掛けなんてどうでもいい。
現状を確認しなきゃね。ここは迷宮の最下層の筈だけど……人の気配がまったくしない。
何をしてるのかまったく分からないプロテアはともかくとして、普段ならノートなりヴァイオレットなりいるのに。やっぱり、衛士の仕事に掛かり切り?
だとしても、ノートはあっちに向かってないと思――いや。
玩具の様子を見に行ってるって事も、十分にありえるかな。
そんな事を考えながら、迷宮を上っていく。
階層の数なんて聞いてないし、今が何階なのかも分からないけど。
目に入る風景は、どこを見ても殺風景だ。
エリ……なんとかの迷宮――十五階だったか――は、殺風景に変わりはないけど古びたお城だった。あの退廃的な雰囲気は、嫌いじゃない。
だけど、今目に映している迷宮は、何もない。
多分、衛士がまだ設置されていないって事かな。だから、心を映しようもないって事かも。
要するに、主のいない空虚な世界。
風もなく、音はボクの足音だけ。それ以外に動きらしいものは一切感じられない。
「――おや」
そんな、悪くない感傷に浸っていると、前方から声が聞こえてきた。
誰のものかなんて、考える必要もない。もう、嫌と言うほど聞いてきている声だ。
「ローズ、何故ここに?」
「何でって、あの空間から抜け出せたからだけど。何かあったの?」
ノートは答えない。
まあ、答えても答えなくても良いんだけど。何も言わないって事は、何かあったのは間違いない。
「ノート、ここ何階?」
「十九階です。七階層に当たりますね」
七階層……ヴァイオレットが担当したのが六階層だから、その次。
一階層が三階で構成されているっていうのは聞いたことがある。
という事は、今まで歩いてきた迷宮が六階分だから――残りは二階層。
もう、随分少なくなったんだね。センパイと最初に会ったのは、センパイが二階層を突破した頃。凄いなあ、センパイ。BBの妨害なんてものともせずに、どんどん迷宮を突破していってるんだ。
「で、ヴァイオレットは? センパイを止められた?」
「……いえ。駄目でした。アサシンも斃れ、SGも取られ、六階層は完全攻略となりますね」
「ふーん……」
やっぱり、予想通り。
多分、ヴァイオレットは全力を出して、センパイと戦ったのだろう。
だけど、それでも及ばなかった。もしかすると――勝てるつもりだったんだろうか。
だとしたら、本当に愚かだよね。
ヴァイオレットには、絶対にセンパイに勝てない理由がある。それを結局、気付かなかった。
「当の本人は? 傷心中? それとも――」
「……」
カズラと同じように、BBを裏切ってセンパイに付いたか。それとも――
「――」
後者。後者。後者。後者。後者、後者、後者、後者後者後者後者――
「――――」
ノートはやはり、口では答えず――首をただ、横に振った。
「――あは」
歓喜が、体中を満たしていく。
ああ、残念。本当に残念だ。大切な姉妹が、一人いなくなってしまった。
高揚する。心臓の鼓動を指先で感じる。いつもより大きい。
「そっか。死んじゃったんだね、ヴァイオレット」
センパイとの戦いの果てなのか。それとも、その後に何かがあったのか。誰に殺されたかなんて、この際どうでもいい。
あの真面目なヴァイオレットの事だ。最後までBBを考えてたんだろうから、どっちにしろ不幸な最期だったのかなあ。
「BBは、あれから動きを見せてます?」
「知らない。ボクもさっき出てきたばっかりだし。どうせ中枢の攻略に掛かり切りでしょ」
「そう、ですか。もうBBは表舞台には出れないでしょうし、後はどれだけ時間が必要か、ですわね」
「ボクとしては、失敗しても成功してもどっちでも良いけど」
どっちにしろ、ボクにはあまり関係がない事だからね。
「……後二階層を、私たち三人で守らなければなりませんね」
ボク、ノート、プロテア。エゴは三人、衛士は二人。
プロテアは扱えるような存在じゃないし――と、いう事は。
「――ノート」
「何ですか?」
「この階層、ボクにちょうだい」
「それは――私が決めることでは」
「どうせBBはこっちに来れないでしょ。意識を向けることも出来ないみたいだし、だったらボクたちが話し合って決めるしかないよね」
六階層――ヴァイオレットでセンパイを止められる。それをBBは確信していた。
面白い信頼関係だ。だけど、それは全て無駄になってしまった。
もうBBが信頼しえる存在はノートだけ。そのノートさえ此方に引き込んでしまえば、後はボクが好き勝手出来る。
「――まあ、構わないと思いますよ。BBでも同じ判断をするでしょうし」
「あは、やった」
随分とあっさりしてたなあ。もうちょっと手こずるかと思ったけど。
まあ、簡単に終わったなら、それに越した事はないよね。
「ここがボクとセンパイの……ふふ」
なんていうの? 愛の巣ってやつ? ああ、楽しみ。
「それじゃあ、ちゃんと準備をしないとね。せっかくセンパイが来るんだもん」
なんの準備もしないままセンパイを迎えるなんて失礼だし、それだとセンパイも喜ばない。
センパイの好みって、どんな感じだろう。多分、ボクと同じだろうけど、もしかするとって事もあるかなあ。
「ローズ、あまり羽目を外さないように。度を過ぎると、センパイから避けられますよ」
「余計なお世話だし、センパイがボクを嫌う訳ないじゃん」
まったく、ノートは分かってない。センパイに何度もあってる癖に、二度しか会っていないボクよりもセンパイを知らないんだ。
本当、可哀想。救われない人だなあ。
安心して、ノート。ノートの分も、ボクが幸せになるから。
センパイの快進撃はここまで。大丈夫だよ、お終いはハッピーエンド。ボクがセンパイを守ってあげるから。
+
生徒会に戻ってきても、空気は沈鬱なままだった。
BBに味方するエゴだったとはいえ――ヴァイオレットは少なからず、此方を気に懸けてくれていた。
その最期は、あまりにも唐突だった。
「……っ……」
言うまでもなく、最も傷を受けているのはカズラだ。
姉妹が目の前で命を終えたその傷が、深くない訳がない。
何も声を掛けることが出来ない。今出来るのは、泣きじゃくるカズラに胸を貸すことくらいだ。
「……サクラ迷宮のリソースが旧校舎内に流れてきています。今までは、せき止められていたように制限されていたのに」
「っ……多分……ヴァイオレット、だと……思います……」
ラニなりに空気を払拭したかったのか――呟かれた報告に答えたのはカズラだった。
「なるほど、最後に流れの中心を此方に回してくれたのか……」
それは、ヴァイオレットなりの信頼か。
ヴァイオレットは、月の裏側のリソースを管理していた存在。
きっと、最後を悟って僕たちに最大の援助をしてくれたのだろう。
余剰魔力が多ければ、生徒会そのものの負担も減る。術式を組む際など、大きな力になることは確かだ。
BBを救ってほしい――その頼みを完遂することを、ヴァイオレットは確信しているのだ。
「すみません、ハクトさん……もう、大丈夫です」
「……ああ」
目尻の涙を拭いながら、カズラは離れていく。
多分、まだ無理をしているが、それを押し殺しているのだ。
ならば、僕がそれを無闇に追求することはそれこそ、カズラの心を抉ることに繋がる。
「やはり――ノートは他のエゴと違うようですね。エゴの中でも特に高い戦闘能力を持っているのでしょう」
ノートの力、その片鱗は、ラニの迷宮――六階から見ている。
高い戦闘能力の要は、やはり宝具『
変幻自在の泥を武器の形として射出する能力。そして、その万能性から概念さえも作り出してしまう特殊さ。
そして、BBは取り込んだサーヴァントの宝具情報だけを残し、ノートにそれを託している。
軒並み最高クラスのステータスと百以上の宝具を同時に持ち、かつ権能にも届きかねない特異な宝具を操る彼女は、最大の敵と言えるかもしれない。
更に――ノートは白融の半分を持っているという。
それが何より不安な点だ。何故それを持っているのか、カレンとも併せて、確認しなければならない。
「……そろそろ緊急手段について話をしようと思うのですが、よろしいですか?」
カレンは相変わらずだ。
沈鬱な空気を物ともせずに言う様子はいつも通りながら、やはりその目は虚ろに思える。
「ああ……どうぞ」
レオがカズラの顔色を伺いつつ許可すると、カレンは頷き説明を再開する。
「わたしに賜わされた緊急手段、それはこれです」
術式を表出させることも、武具を取り出すこともなく、カレンは服のボタンを外し始めた。
目を背けようとしたが――その胸の中央にある筈のないものがあった。
「――令呪?」
「はい。これが
「ムーンセルの――?」
「極小型の願望器とでも言いましょうか。ムーンセル本体から離れた
その刻印は確かに三画ながら、その内二つは薄くなり痣のように残っているばかりだった。
しっかりと形を保っているのは一画のみ。つまり、カレンはこれを取得してから、既に二画を使用しているのだ。
「わたしはAIとして、これを必要と判断した際に使用しました。一つはハクトさん、貴方の記憶を引き出す際に。そして一つは先程、白融の半身と引き離す際に」
「あのとき――」
本当の記憶を取り戻した前日だったか――目を覚ました時、妙な違和感を感じた。
それはもしかすると記憶を取り戻す予兆で、カレンが非常手段を使用した影響なのかもしれない。
……つまりそれは、
「……カレン、僕の本当の記憶について、知っていたのか?」
「勿論です。わたしの中にあるのは仮にも最重要プロテクト、中枢に置かれた機密事項も正直筒抜けですよ」
「……だから、なんで貴女は報告しないんですか」
「聞かれなかったからですが」
……薄々思っていたのだが、カレンは自己申告をするつもりがないのではないだろうか。
機能的にそれはありえないのだが、少なくとも自主的に動こうとしていない気がする。
「しかし……この複数の機能で体に負担が掛かっています。特に、非常手段は一つごとに体から何かが抜け落ちていくような――あまり良くない感覚ですね」
今まで使用したのは二画。カレンにとって、その令呪使用そのものが負担なのか。
記憶を取り戻す前兆があった日、カレンは味覚を失っていた。
段々と、確実にその代償は現れているのだ。
三画使えば、一体どうなるのか……カレンは、自身の行く末を悟っているようだった。
「まあ、記憶については知っていましたが白融についてはわたしも分かりません」
「え?」
「わたしが起用された瞬間からわたしの中にありましたから。存在そのものに疑問を持っても、答えなんて出てきません」
カレンの目が覚めた時、既に白融と同化していたという事か……?
AIは嘘を吐けない。カレンの言葉は真実だろう。
だが――これでは答えが出ない。結局、真相は分からないままか。
「今わたしから話せることはこれくらいです」
自分の言うべき事は終わったと、カレンは説明を締めくくる。
ある程度謎は解けた。根本的な部分は殆ど分かっていないが、それでもカレンについて、大体は聞くことが出来た。
「……白融について。それが最大のポイントとなりそうですね」
「ああ……どうしてノートとカレンに備わっているのか」
「……」
メルトの表情は硬い。白融の現状について、当然悩みの種となっているだろう。
状況は悪い方向へと進んでいる。
分かり合えると思っていたヴァイオレットも倒れ、残るエゴは三体。
その性質から、全員敵として相対しなければならない存在だ。
「答えの出ない話し合いをしていても仕方ありません。一旦休息を取りましょう。ヴァイオレットとの戦いでの疲労を取ってください」
レオの宣言で、その日のブリーフィングは終了する。
休んでいる時間が勿体無いほど余裕はないが、疲労は大きい。
休めるときにしっかり休んでおかなければ。
次の衛士が決まったようです。
今回明かされるカレンの秘密についてはここまで。
槍、クラス、令呪。大きく分けてこの三つです。
そしてヴァイオレットのおかげで旧校舎のリソースが激増。
これが終盤クオリティ。