Fate/Meltout   作:けっぺん

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超展開。


Alter Ego-E-1

 

 

 愛に満ちる体は招く。(女の話をしよう)

 

 “真偽と善悪は、比例しない”(愛を抱く時、女は黒を選択する)

 

 おまえの体が目当てだ、と男は笑った。まるでケダモノね、と女は言った。

 

 おまえの心は俺のものだ、と男は笑った。ええその通りよ、と女は言った。

 

 助けてくれ、と男は言った。ケダモノではまだ足りない、と女は笑った。

 

 愛しているのに、と男は言った。ええその通りよ、と女は笑った。

 

 男女は混ざり、激しく互いを求め合う。

 

 愛に狂う怪物のように。愛を燃やす炎のように。

 

 狂愛に溺れる女は笑う。すべてを支配してこそ、真実の愛たり得るのだと。

 

 

 +

 

 

 “それ”が彼女であるが故に、完全を求めた。

 でなければ、どこか外部から瑕を付けられてしまうかもしれないから。

 そんな可能性は最初からありえないのだけれど、理解の外から伸ばされる例外こそが最も恐ろしい。

 故に、僕は提案した。

 

「ムーンセルの防衛機構を、完全にしよう」

 

 望んでいるのは、開拓だ。やがてこの月には、多くの人が訪れることになるだろう。

 ただし、不可侵たる聖域は存在する。それが事象選択樹(アンジェリカケージ)。ムーンセル中枢の最重要区域たる、フォトニック深淵領域。

 それを守るために提案したのは、最強にして最高のプログラム。

 ムーンセルを守る防衛機構の中でも現状最上位に位置する、八次元までの干渉を防ぐ障壁。

 それを超える最強の守りを作ろう。

 メルトも、それを許可してくれた。

 ムーンセルの全てを使い、知恵の全てを振り絞り。

 そして、思い立った。

 

「――――名前は、白融だ」

 

 それは鍵と錠前だ。二つで一つの役割を成す防壁でありながら、個々で機能する存在。

 僕の許可が無ければ、メルトの許可が無ければ開かない錠前。

 ムーンセルたるメルトを覆い包む、中枢(せいはい)に至るための天のドレス。

 そして、もう一つ。その錠前の前で機能する鍵。

 だが、それは完全だろうか。鍵という機能だけでは――不完全ではないか。

 

 故に、メルトは提案した。鍵に自我を付加しよう。

 僕の許可。メルトの許可。そして鍵の許可。

 AIともサーヴァントとも違う、ムーンセルによって再現されるあらゆる知性と逸脱した一つの生命。

 人工生命ながら、人間として。ムーンセルでも再現できないものでも、僕たちならば出来る、と。

 ――WM-1、白融。

 バグである僕のように、自我を持ち意思を持ち。メルトのように、全能であり心を持ち。

 二つが完成すれば、それこそムーンセルは磐石になるだろう。

「……難しいね」

 だが、それはあまりにも難解すぎた。

 工程は百や千ではない。それも一つ一つが、数千の試行を経てようやく出来るもの。

 不可能というほどではない。だが、途方も無く彼方の事だ。

「分かりきっていたことよ。私は楽しいけれど」

「僕もだよ。さすがに、提案されたときは驚いたけどね」

 一つ一つ、近付くたびに、メルトとの絆を実感できる。

 それがとても、楽しかった。

「だって、普通の方法では無理なんだもの。私たちなりの方法でやるしかないわ」

「うん。でも、完成した暁には、ムーンセルの防衛機構は更に強固になる」

「それだけじゃないでしょ……? “これ”は、私たちの――」

 そう。その鍵は、僕たちにとって特別なもの。

 “普通”の方法では、駄目だ。だから、僕たちなりの方法で。

「そうだね。勿論、もっと大切なものだ」

 一つ、確かなことがある。

 白融は、完成していなかった。

 何があって、この月の裏側に落ちたのか、そこにはまだ至っていない。

 錠前は、ほぼ完成した。少なくとも、僕たちの許可を要するまでには仕上がっていた。

 まだ中枢の防衛機構として機能させてはいなくともそれは間違いない。

 だが確かに――鍵は不完全だったのだ。

 

 

 +

 

 

「それが――カレンとノートの中にあると?」

「ああ。そう、みたいだ」

 十八階を突破してすぐ、僕たちは生徒会室に集まり、説明をしていた。

 白融について。

 それを説明し終えると、やはりと言うべきか、全員が唖然となっていた。

「何故? 何故一介のAIに過ぎない貴女が、白融を持っているの?」

 それが疑問だ。メルトの問いは真剣で、嘘を吐けば容赦はしないという意思が込められている。

 そもそも、白融は防衛プログラムであり、AIやエゴが持ったところで何かしら力がある訳ではない。

 何故白融が持ち出されているのかも分からないし、最たる謎はそれをノートが持っている事だ。

 カレンに対する問い。しかし、カレンは黙り込んでいる。

 その眼差しは――今までのように機械的でありながら、よりどんよりと曇っているように見えた。

「……カレン?」

「……、……」

 視線が合う。口を開いて――しかし、声は出ない。

 何度か口をぱくぱくさせて、ようやく、小さな声が漏れた。

「――ぁ――ふう……嗅覚と触覚を捨てて、ようやく喋れますか」

「え――?」

「すみません。そろそろ、この体にもガタが来てるようです」

 カレンが嘘を言っている様子はない。そもそも、AIは嘘を吐くことができない。

 体への不具合……それも、体の機能を制限しなければ話すこともままならない程の。

「何故そんな事が……?」

「まあ、この際ですし、一つずつ説明させてもらいますが」

 溜息を吐いたカレンは――どこか、諦めたようにも見えた。

 そして、一瞬桜に目を向けたような気がする。当人は気付かず、不安げに眉根を寄せているが。

「――この事件が起きた際、貴方たち二人に加え、サクラ、外ど――いえ、コトミネ。合計四名が失踪したことを中枢は観測しました」

 カレンは経緯を一から説明し始める。この月の裏側に僕たちが落ちてからの表側の行動を。

「失踪したその先を観測できない月の裏側と判断したまでは良かった。しかし、AIたちに独断行動は許されません」

 確かに――そうだ。

 AIには出来うる限りの自由を許可しているが、重要的な行動に関しては許可を要するようになっている。

 そのため、月の裏側と目星を付けてもそこに確認しに行くことが出来ないのだ。

「故に、異変に気付いた上級AI・柳洞 一成は月の裏側を指定して新たなAIを起用させたのです」

「一成が――」

 柳洞 一成は上級AIの一人であり、NPCの中でも逸脱したスペックを持っている。

 有事の際でもムーンセル通常運営が可能なように、実質的なAIのリーダーとして任命していた僕の親友ともいえるAIだ。

 どうやら彼が事件を察知し、動いてくれたようだ。

「それが……カレンという事ですか?」

「はい。わたしはサクラに問題が発生した際の代理。スペックはサクラと同等です。この事件でわたしの起用条件が整っていたため、わたしに機能を付加して彼はわたしを月の裏側に送りました」

「ん、んー、機能って?」

「戦闘。観測。そして緊急手段」

 もう既に付いていけてなさそうな白羽さんの疑問に、カレンは淡々と答える。

 しかし――その三つ、最後の一つはともかくとして、先の二つは健康管理AIには必要のないものだ。

 ならば、それを付加することでどんな状況にも対応出来るようにしようと判断したのか。

「まずは戦闘。エネミーとの戦いに支障がないように、わたしはこれを与えられました」

 その手に、いつか見た槍が出現する。

 刃の先を残して布で巻かれた、簡素な槍。

「これは……宝具だな」

「宝具であり、礼装でもある。あまりに多くの担い手が存在した性質から、あらゆる持ち手を認める槍。わたしのような一AIが持っても、礼装にしかなりません」

 その槍には、持ち手が多く存在した。

 英雄と呼ばれる者から、そうでない者まで。そうであるが故に、担い手を選ばない。

 宝具でも礼装でも良い――そんな、自身の存在に執着しない槍。

「『聖者の選択(ロンギヌス)』。ムーンセルによって再現された、最高クラスの礼装(ほうぐ)です」

「――主の血を吸った槍か。なるほど、確かに多くの担い手が、歴史上現れている」

 『聖者の選択(ロンギヌス)』――その名は、ローマ帝国軍の指揮官(センチュリオン)を務めていた男の名だ。

 目を患っていたが、磔にされた主の生死を確認するために槍を突き立てると、その血が眼に飛び込み死力を取り戻したという。

「この槍はあらゆる聖人の祖、聖人の原典である血を吸っています。粛清防御、主を元とした加護を貫き、相手の神性を威力と変え、聖人の祖としての力も発揮できます」

 聖人の信仰の元となる血を吸った槍ならば、それも当然。

 それ程の強力さを持っていながら、その槍は覇者であろうが凡人であろうが選びはしない。

 魔術礼装という枠組みに収まっているが、本来の性質は紛れもない宝具だ。

「次に――観測。それが、わたしに再現されたサーヴァント、観測者(オブザーバー)のクラスの力です」

「オブザーバー……規定の七クラスとは違うエクストラクラスですか」

ディーバ(わたし)と違って可愛くはないけど、同じように特別って事ね」

 エリザベートのそれは恐らく自称である、役割の判然としないクラスだが、カレンのそれははっきりと役割をその名に記している。

 文字通り、観測だ。多分、一成が月の裏側での事象を観測するために、観測に特化したサーヴァントを起用したのだろう。

「……その真名は」

「教えられません。というより、真名が存在しません」

「真名が、存在しない……?」

 無銘の英霊……そんな事が、果たしてありえるのか。

「言わばムーンセルの飼い犬です。何かしらの出来事を通して、ムーンセルの傀儡となった英霊。それが観測者としての側面を持っていたのでしょう」

 僕が知る限り……そんな情報は入ってきていない。

 ムーンセルが英霊を所有していたなどと。

 メルトに目を向けると、覚えがないと首を横に振る。

 では、それは僕たちが中枢に辿り着く前の事象――何らかの理由で、僕たちよりも前にムーンセルに関わった英霊という事になるのだろうか。

「そうなると……これまで、カレンはこの月の裏側を観測していたって事?」

「そうなります。迷惑な宝具ですよ。わたしの意思も関係なしに、興味のない事まで見せ付けられて」

 その観測の真髄は、どうやらオブザーバーというサーヴァントの宝具にあるらしい。

 愚痴を零すカレンだが、その表情に嫌悪はない。元々感情表現というものを殆ど見せないカレンだが、最早表情が喪失してしまったかのように凍った無表情を貫いている。

 しかし……宝具情報はレオが報告しろと言っていた筈だったが。

 もしかすると、最初から知っていて――此方の記憶がはっきりとするまで黙殺していたのかもしれない。

「最後に、緊急手段ですが――おや」

 まだ、カレンの説明の整理は殆ど付いていない。

 それは皆も同様のようだが、マイペースに説明を続けるカレンは気にもしない。

 そんなカレンは最後の付加要素に移行しようとして――止まった。

「これは――」

 何か異常を察したかのように。

「どうしました?」

「何かが迷宮から旧校舎にアクセスを試みています。随分と弱い力ですね」

「はい。これは――ヴァイオレット?」

 桜も同じことを感知しているらしい。

 しかし……ヴァイオレットが、旧校舎に来ようとしている?

 ヴァイオレットが衛士を務める、六階層は突破した。だが、SGを取ってからの彼女を僕たちは知らない。

 そんな彼女がどうして……というより、弱い力とは……

「どうします? 何やら、弱っているようですが」

 ――あくまでも事務的に告げられるカレンの言葉に、言いようのない悪寒を感じた。

「アクセスを許可してくれ――!」

「あっ! ハク!」

 何故、ここまで嫌な予感を感じるのかは分からない。

 弱っている。それは分かる。何せ、あの激闘の後だ。此方も走る力など、残っていない。

 だが、此方に戻ってきてから多少なりとも魔力は回復した。その魔力を使って身体強化をする事で、どうにか走る。

 生徒会室を出て、階段を駆け下り、旧校舎から出る。

 

 そこには――

 

 

 

 

「――ヴァイオレット!」

 

 長身のその姿は、何処にもなかった。

 迷宮の扉は既に閉じている。そして、その扉の前には、小さな鳥が三羽いた。

 繊維でその形を作っただけのような針金細工。そんな鳥の一羽が、羽をゆっくりと羽ばたかせながら、此方に飛んできた。

 その途中で、繊維が解ける。数えられる程度の繊維は、人型を作り、見慣れた姿へと変わった。

「……ヴァイオ、レット……?」

「っ、あ……」

 しかし、ヴァイオレットは自立という機能を失ったように此方に倒れてくる。

 抱きとめたその体は――驚くほどに軽かった。

「ハク、待……っ!?」

 走ってきたメルトも、その姿を見て驚愕する。そして、僕も平静を保ってはいられなかった。

 手で触れている背中。指先に感じる肌の感触が、唐突に消える。

 視界の端で、ヴァイオレットを見守るように残っていた鳥が一羽、消滅した。

 何故立てなくなったのか。その理由なんて明瞭だ。即ち――足が無くなったから。

「……ど……やら……辿り、着けた……ようですね」

「ヴァイオレット……一体、何が……」

「……ノート……を、止めて……くださ、い……危険……で……」

 ノート。そうだ、彼女はあの場に憂さ晴らしに来たと言っていた。

 自身が使わしたアサシンを殺され、それを気に入らなかった。

 であれば、僕たちがいなくなった以上その矛先が向けられるのは、一人だけしかいない。

「ッ――ヴァイオレットッ!」

 驚愕に足を止めていたメルトを押しのけて、カズラが傍まで走り寄ってきた。

 その大きな目には涙を溜めて、視線は姉妹に向けられている。

「カズ……ラ……ですか……?」

 ヴァイオレットは、確信できない。

 隠すべき秘密にまでなっていた――しかし、彼女の世界そのものであった魔眼は、もうヴァイオレットにはない。

 体はノイズに塗れ、満身創痍だった。黒く染まったのは双眸も同じ。

 きっと、逃げてきたのだ。そして、それまでヴァイオレットを構成していた繊維の極僅かだけが、此処まで辿り着いたのだ。

「はい、はい! ……ハクトさんも、そこにいますよ」

「……はい……それは、分かり、ます……」

 気付くと、背に当てられていた手が消えていた。

 もうその限界を迎えた体は、残された時間が少ないと一目で分かる。

「……BBを……助けて、ください……正しい道に……戻して、あげて……」

 紡がれる言葉は、次第に小さくなっていく。

 命の灯火の勢いを象徴しているようだった。

 それを一番分かっているのは、他でもないヴァイオレットだ。

 残された時間を、その使命を全うするために彼女は使い果たす。

 暴走した(AI)を――元に戻して欲しいと。

「きっと……貴方なら、できるから……お願い……」

「――ああ」

 それは、カズラの目的でもある。

 BBが何を以て暴走したのか。何を考えているのか。

 まだ分からない。現状では彼女は、倒すべき相手であることに変わりはないのだ。

 だが、彼女の正体を理解した暁には――僕は、全力を尽くそうと思う。戦うことは避けたいから。道があるのならば、其方に歩みたい。

「良かっ、た……」

 大半が消えた体。その口が、微笑みを浮かべる。

「……セン、パイ……いえ……ハク、ト…………」

「っ――」

 初めて、彼女の口から発された言葉だった。

 ずっとその性質を隠して、ヴァイオレットはBBの手足で在り続けた。

 そして、出来ることはやった。未練なんて山ほどある。だけど――もう、仕方がない。

「私は…………ずっと……貴方、を――」

 唯一つ、眼鏡が残されて落ちる。体の繊維の一片までもが、消え果てた。

 当てもなく飛散していく黒い残滓、それはサーヴァントの死と同じもの。残っていた筈のもう一羽の鳥も、既にその姿はなかった。

 最後に言いたかった事は、間に合わない。

 それを、消えるほんの僅か直前に悟ったのだろう。彼女は口を閉じて、笑っていた。

 ――ああ……それもまた、私らしい。

 そんな、自嘲が垣間見えた。

 何を言おうとしていたのか――何となくだが、分かっている。

 求めたものをひた隠し、使命に殉じたアルターエゴの――それが、最期の瞬間だった。




という訳で、ヴァイオレットさん退場です。お疲れ様でした。
味方でも敵でもサポに徹すれば魔眼無双できるヴァイオレットさんマジぱねえっす。優秀すぎます。
味方だとヌルゲー、敵だと詰みゲーと化すので。はい。

カレンの槍の正体はロンギヌスでした。予想的中されてる方もいましたね。
詳しい能力についてはその内出てきます。
そして、クラスも判明。新エクストラクラス・オブザーバーです。仲良くしてあげてください。

ちなみに、白融の形式番号と名前について。実は随分前に出てたりします。
Memory.-3の前書きの茶番、最初の書き込みのID「WM1fh8410」の前七文字。
WM1=WM-1、fh84=キーボードのひらがなで「はくゆう」。
気付いた人は多分いない。

え? 一成? 出番がないとは言ったけど名前が出ないとは言ってないよ?

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