Fate/Meltout   作:けっぺん

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自重できなかった。


十七話『どーるまにあ』

 

 

 ともかく、これまでは相手が同等、ないし強大だったから、必死に、がむしゃらに戦う事が出来た。

 だが、今回は立場が全く逆なのだ。

 相手はあんな年端もいかない少女だ。

 これまでのように戦えるのだろうか。

 いや、そうしなければ死ぬのは自分だと分かっている。

 もしかすると、ありすの今までの対戦相手は、今の自分の様な葛藤を抱きながら中途半端な気持ちで戦い、敗れたのかもしれない。

 考えに暮れていると、「おや」と聞き覚えのある声が耳に入った。

「……ラニ」

「おめでとうございます。無事、戻ってこれたようですね。星達も密やかな声で祝福していることでしょう」

 褐色の少女、ラニが立っていた。

 どうやらラニも二回戦を勝ち抜けたようで、安堵する。

「ラニのおかげだよ。森というワードから、ダンさんのサーヴァントの正体が分かったんだ」

「そうですか。お役に立てたのなら幸いです……顔色が優れませんがどうかしましたか?」

 ラニには話しても良いだろうと思い、対戦相手の少女について伝えた。

「なるほど……その少女――ありすと言いましたか。彼女については以前気になって調べてみたのですが……」

 ラニは窓際に寄り、空を見ながら言う。

「星が見えないのです。霧がかかるようなものではなく、初めから無いかのように」

「見えない……?」

 ラニの占星術を以てしても、あの少女の正体は掴めなかったのか。

 本当に何者なんだろうと考えていると、携帯端末が再び鳴る。

 

第一暗号鍵(プライマリトリガー)を生成

 第一層にて取得されたし』

 

「ごめん、トリガーが生成されたみたいだ。もう行くよ」

「はい。お気をつけて」

 ラニが一礼する。

 とりあえずアリーナに向かおう。

 あわよくば、ありすと接触し、何らかの情報を得られるかもしれない。

 とにかく、出来るだけ今までと同じように情報だけは集めておこう。

 決意にぐら付きがあるのを自嘲しつつ、歩き出した。

 

 

 そしてアリーナの前に来ると、そこに白い少女――ありすが待っていた。

「お兄ちゃん、遊ぼ! おにごっこがいいな。ねえ、おにごっこ!」

 対戦相手に対して、ありすは全く敵意の無い無邪気な笑顔を向けてくる。

 何かの策略を想像したものの、その悪意の欠片の無さに、強張った心が和らいでいく。

「鬼ごっこ……?」

「ね、いいでしょ?」

 何故か断る気が起きなかった。

 その無邪気な笑みに対して、つい此方も笑みを浮かべて答える。

「うん、いいよ」

「やったぁー! お兄ちゃんなら、きっと遊んでくれると思ったんだ。だっておんなじだもんね、あたしたち!」

 またも発された不可解な言葉に、その意味を問おうとするが、それを問えばありすの笑顔が無くなってしまうようで気が引けた。

「じゃあ、お兄ちゃんが鬼だよ。あたし(ありす)、アリーナで待ってるから。早く来てね!」

 そう言ってアリーナの扉を開き、駆けて行く。

 メルトが実体化する。

 その表情は、やる気と、とても邪悪な笑みに染まっている。

「鬼ごっこ……良いわ。面白いじゃない。捕まえてあげるわ……お人形さん!」

「メ、メルト……一体どうし……ちょ、一人でアリーナ入らないで! メルト!」

 乗り気なメルトを追ってアリーナに入る。

 ……これから始まる鬼ごっこに、僕は嫌な予感しかしなかった。

 

 

 三の月想海。

 少し暗い雰囲気のアリーナが、鬼ごっこの舞台のようだ。

「ふふ、さぁハク、結構近くにいるみたいだし、行くわよ!」

「ちょ、メルト……!」

 一人で走っていくメルトを追うかたちでアリーナを進む。

 メルトは通路の壁の先にある見えない足場を、まるで元から見えているかのように迷わず走っていく。

 一体何がメルトにあそこまでのやる気を出させているかは定かではないが、

「って速っ!? もう見えないし!」

 それを考えている暇は無さそうだった。

 マスター置いていくなんて、何を考えているんだ、あのサーヴァントは。

 やる気が出るのは良い事だが、正直出しすぎで辺りが見えなくなっているのではないか。

 通路の端に、罅の入ったエネミーが転がっている。

 消滅しない辺り、体力は残っているのだろうがメルトの邪魔をしたところ、叩きのめされたのだろう。

「……あれ?」

 しばらく走ると、目を疑う光景があった。

「あ、お兄ちゃん、こっち、こっち!」

「……ありす?」

「早く早く! ありすのこと、捕まえられたら、お兄ちゃんの勝ちだよ!」

 あろう事か、たった一本の通路なのに、ありすはそこに立っていた。

 先に行ったメルトなど、初めから通らなかったように。

「――ってあら? ハク?」

 背後から、聞きなれた声がした。

「……メルト?」

 自分よりずっと先に進んでいたメルトが、後ろから走ってきた。

「一体どういう事? 何で戻ってきてるのかしら……」

「分からないけど、とにかく一緒に行こう。それがありすのサーヴァントの能力なんだとしたら、情報が得られるかもしれない」

 遠回しに、勝手に行くなと注意してみる。

「……ごめんなさい、ハク。少し気が急いたわ」

「大丈夫だよ、ほら、行こう」

 今度は此方のペースで走る。

 そしてしばらく道なりに進むと、再び少女の姿が見えた。

「居たわ! 捕らえるわよ、ハク!」

 しかし、ありすは此方の姿を確認すると、笑いながら走っていく。

 すぐに見えなくなるそれを追いかけ、また走る。

 数分走ると、遠くに見える少女の姿。

「先に行くわよハク、別にアレを壊してしまっても良いんでしょう?」

「いや駄目だよ!?」

 そんなやりとりをしている内に、またありすの姿は見えなくなった。

 いつまで経っても追いつけないのを不審に思うが、今は追うのが先決だ。

 三度目も同じように逃げられたが、四度目にしてようやく追いつくことが出来た。

 そのすぐ先にはトリガーがある。

 どうやらアリーナの行き止まりのようで、降参ということだろうか。

「あーあ、追いつかれちゃった。でも、楽しかったよ。お兄ちゃん!」

 ありすは今度は逃げる気はないようだ。

「ねえ、お兄ちゃん……あたし(ありす)のお話聞いてくれる?」

 突然ありすは神妙な雰囲気になる。

 それに一瞬戸惑うが、とりあえず頷く。

「あのね、あたし(ありす)ね、ずっとむかしは、こことは、違う国にいたの」

「違う国……?」

 儚げに笑うありすに異変が起きたのは、そのときだった。

 此方の視界に靄がかかったかと思えば、それが晴れたとき、()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 白と、黒。

 相反的な二人のありすは、それに気にしないように続ける。

「そしたらね、戦車とか飛行機とか、鉄のかぶとと鉄のてっぽう、黒いしかくの国がやってきて……」

 そう言うのは、新たに現れた黒いありす。

「空はまっかっか、おうちはまっくろくろになって、きがついたら、まっしろの部屋にいたの」

 声に違いは無い。

 本当に同じ人間が二人いるような状態だった。

「まいにち変わらなくて、おともだちはいなくて、ママもパパもいなくて……」

「あたし、ころんでも、けがをしても、おぎょうぎ良くがまんできるの。いたいっていうと、パパがおこるから」

 黒いありすの言葉を白いありすが続ける。

「でも、がまんできないぐらい、いたいコトがあって。気づいたらここにいたの」

 ありすが語る過去はどこか抽象的で分かりにくいが、要所を簡約するに、戦争の被害にあってしまったのだろうか。

 地上の事は記憶が無いため分からないが、もしかすると今も戦火の中なのかもしれない。

「でも、いいの。だってここはとっても楽しいもの。いろんな人が、みんなみんなあたしにやさしくしてくれるの」

「ええ、そうねありす(あたし)。ここなら力いっぱい遊べると思ったでしょう?」

「でも、思い切り遊んだら壊しちゃう。くびもおてても、取れちゃったら大変だわ」

「壊しちゃったら直せばいいの。ママからもらった針と糸があるわ」

 交互に喋る二人のありすは、目を離せばどちらが話しているか分からないほどだ。

「ちゃちゃっと縫っておしまいよ。ママみたいにお上手じゃないけどちゃんとくっつくわ」

「くっつければだいじょぶだもんね」

「だいじょぶじゃない?」

 大丈夫じゃないよ。

「よかったーっ! またママに怒られるかとおもった」

「じゃあ、力いっぱい遊びましょう。だってこのお兄ちゃんは、ようやく出会えた仲間だもの」

 少女ゆえの無邪気な狂気が、恐怖を助長する。

「前の二人のマスターとはちがう。今度はちゃんと触れあえるの。真っ赤な血も、あたたかいの」

「さあ――『あの子』を呼ぶとしましょう?」

「うん! それがいいよ!」

 白いありすが手を振り上げる。

 すると、二人の少女の背後の空間が歪み、『何か』が出現した。

 赤く、筋肉隆々で羽を生やした巨人。

 それは獣の様に首を動かし、辺りを見渡している。

 敵意は感じられないが、明らかにその力は圧倒的。

 ステータスを数値化すれば、全てが規格外かも知れない。

 脳が警報を鳴らす。

 逃げないと。

 アレは、触れてはいけない害敵だ――!

「あはっ、すごいでしょ! この子、あたし(ありす)のお友達なんだよ」

「ねえ、お兄ちゃん。この子とも遊んであげて」

 冗談じゃない。

 あんな化け物を相手にしたら、メルトとて無事で済むはずがない。

 あの強靭な腕の一撃を喰らえば、一瞬だ。

 そうと決まれば話は早い。

「メルト――逃げるぞ!」

「……………………分かったわ」

 何故か悩むような、長い沈黙だった。

 リターンクリスタルを取り出し、アリーナを脱出しようとする。

 クリスタルが輝きを放つと同時、ありすの声がした。

「あれ? お兄ちゃん、行っちゃうの?」

「つまんないの……この子は分けてあげた魔力がなくなるまでここにいるから、また遊んであげてねー!」

 マジかよ……

 トリガーがあの怪物の先にある以上、避けて通ることはできない。

 だが、倒すなど論外だ。

 アレを何とかしなければ、僕は決戦場に行くことさえもできないのだ。

 まずは対策を考えないと……

 

 

 個室に戻り落ち着いて情報を整理する。

 まず始めに、ありすが二人いた、という点。

 一体どうなっているのだろうか。

 白いありすと黒いありす。

 性格も声も、色を除いて全てが瓜二つ。

 そして、彼女達が呼び出した凶悪な気配の怪物。

 普通のサーヴァントを凌駕する、圧倒的な力を持ったアレは、真正面から戦って勝てる相手ではない。

 だが、問題はあの怪物がありすのサーヴァントである可能性もなくはない、という事だ。

 あれほどの凶悪な殺気、バーサーカーかもしれない。

 理性をなくし、その代償として力を強化する特性があの怪物についているのなら非常に厄介だ。

 だとするならば、あの黒いありすは何なのか。

 双子のマスター……?

「……メルト、どう思う?」

 メルトなら何か知っていると思い、聞いてみたが、返ってきたのは意外な返答だった。

「……さぁ、分からないわね」

「そうか……」

 あれほど執着していたのだから、情報を得られるかもと思ったが、そう上手くもいかないようだ。

 とりあえず、明日何か手を考えるとしよう。

「そういえばメルト、何であんなにやる気だったんだ?」

「……ふふ」

 メルトは答えず、ただ笑う。

 そして此方に向けられる視線は、喜びに満ちながら、凄く怖い。

 その笑みに()()を察し、禁忌に手を出してしまった。

 

「メルト、人形好きなの?」

 

 ありすを「人形」と呼んだ事からそうなのではないか、と聞いてしまった。

 次の瞬間、満面の笑みでメルトは語りだした。

「―――そう、その通りよ。人形はいいわ。ひたすら愛しても文句を言わない、不満をこぼさない、変わらない。私、人間の消費文化は愚かだと思うけど、フィギュア文化を磨き上げたところは感謝しているの。事の起こりはやっぱりヴィーナス像ね。ギリシャ始まった。そうとさえ思ったわ。それが国を越え、海を越え、時を越えて……日本の職人達の手に渡った時、宇宙誕生に匹敵するビックバン、いえ、パラダイムシフトが起こったのよ。バレちゃったから言うわ。私、人形が好き。大好き。等身大から根付けサイズまで、分け隔てなく評価するわ!でも、特にお気に入りはやっぱりスケールモデルね。360度、舐め回して観賞できる支配感、所有感は最高だもの。あ、でもアメトイはダメね。ガチムチすぎる。こと工芸において、日本人の繊細さに勝るものはないわ。私の夢は失われたガレキ職人たちを集めて、私のトイ・ストーリー王国を作ること―――」

「ちょ、ちょ、ちょ……」

「究極の造形を求めて来る日も来る日も腕を磨きあうフィギュア職人達――」

 

 ――いい笑顔!(グッドスマイル)

 

 スマイル……マイル……イル……

 エコーがかかるほどの大声で言うメルトは、本当に嬉しそうだった。

「メル」

「こんな素敵な光景が他にあって? いいえ、あるはずがない。ないからこそ私が築き上げてみせる!」

 この日、数々の驚きがあったが、何よりもメルトへの見方が大幅に変わったのは間違いない。

 そして、確信した。

 彼女がこの部屋に望んでいたのは、人形(それ)だったのだろう、と。

 買ってあげようとも思ったが、それはそれで怖い気がするのでやめる事にした。




クソ長台詞は少し削っています。
アルターエゴという事はまだ作中で出ていないので。

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