Fate/Meltout   作:けっぺん

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三日更新は一ヶ月ぶりくらいですね。
次の更新は多分日曜日です。


Bathory Erzsevet.-1

 

 

 何はともあれ、まずはエリザベートに攻撃を与えることが最優先だ。

 傷が癒えてしまうことへの対策をいくら考えても、そもそも傷を与えられなければ意味がない。

 エリザベートとの距離はそこそこ離れている。

 彼女の敏捷を考えれば、距離を詰めるのに一呼吸程度は掛かるだろう。

 ならば、その距離を利用し、耐久性の確認をするべきか。

「メルト、防御を頼む」

「任せて。守るくらいなら、幾らでも出来るわ」

 術式を紡ぐ。頭痛が作業を阻害し、完成がいつもより遅い。

「まだ抵抗する気があるみたい、ね――!」

 そんな隙を見逃す訳もなく、エリザベートが槍を構え迫ってくる。

 メルトが受け止め、その間に術式を構成する。

 メルトと競り合っている今が、術式を当てる好機。

 完成した弾丸をエリザベートの動きを見ながら放つ。

「っ――無意味なサポートね!」

 直撃――しかし、エリザベートは何らダメージを受けた様子はない。

 相手の動きを僅かな時間ながら止める力を持った弾丸だが、動きが鈍った様子さえない。

 まさか……対魔力スキルまでも持ち合わせているのか?

 物理的な耐久性も高く、更に魔術に対する護りも万全。

 正直、甘く見過ぎていた。ここまで彼女が強力なサーヴァントだったとは。

 では、弱体化の術式は――駄目か。

 耐久を低下させることが出来れば、ある程度有利に戦闘を運ぶことが出来ると思ったのだが、当たり前のように対魔力によって弾かれる。

 となると……エリザベートに術式を掛けるのは実質的に不可能。凛やレオほどの強力な魔術師ならあの対魔力を突破できるかもしれないが、僕にはそれほどの実力はない。

 僕が出来るのは、メルトへの強化のみ。しかし、僕が出来ることではエリザベートへの有効打にはならない。

「この――焼きトカゲにでもなりなさい!」

「だったらもっと火力を込めることね! そんなんじゃ私の鱗を炙れすらしないわよ!」

 膝の棘から放たれる炎をもエリザベートは意に介さない。

 棘が直撃すれば有効打になり得ようが、それを許すほどエリザベートも甘くはない。

 メルトが持てるどの攻撃も、あと一手届かない。

 それを埋める術式を適材適所で紡ぐには、どうにも頭痛が阻害する。

 ならば――強化(クレシェンド)で少しずつ追いつくべきか。

 依然エリザベートが優位に立っていることに変わりはないが、かといってメルトも攻撃を受けている訳ではない。

 上手く躱し、受け流し、防御することでそのダメージを最小限に抑えている。

 ならば、それを時間稼ぎとして使ったほうが良いだろうか。悩むべきところだ。強化(クレシェンド)の使用には、一つ大きなデメリットがある。

 他の術式と相容れない。同時に使用したサポートが出来ないのだ。

 しかし……やはり即座の応対が出来ないならば、せめてもの力になった方が良い。やるべきことは、決定した。

「メルト、そのまま防御を続けて!」

「ええ――!」

 メルトが耐えている時間、少しずつ流す魔力を増やしていく。

 どこまで行けるか。ただでさえ集中が必要だ。大きな強化にはなるがその分、条件も多くなる。

 ――速度が更に遅い。集中を乱す頭痛が、思った以上の阻害となっている。

「くっ――――」

 それでも、確実に。メルトの力の源となる魔力を、増幅させていく。

 多少無理してでもいい。頭が痛いだけだ。集中すれば、多少は忘れることが出来る。

「ふっ――」

「っ、なっ……」

 メルトの脚による斬撃が、エリザベートの槍を打ち払った。

 状況が動いた。しかし、焦りはしない。そのまま有利に運べるように、僕は出来ることに集中するまでだ。

「今よ!」

 二撃目。槍を持つ手が緩んだのを見逃さず、今までよりも素早く、強くなった蹴りによって槍を空中に飛ばす。

「しまっ――!」

 バランスを崩し、エリザベートは尻尾での咄嗟の対応が出来ない。

 一方でメルトは次に繋がる動きでそれぞれの攻撃を放っている。

 今の一撃も同じ。相手に確実な勝利への一手を叩き込むための完璧な計算。

 メルトの痛烈な一撃。それに対して、エリザベートは何も防衛手段はない。槍が落ちてくるまでメルトが猶予を残す筈――

「っ――?」

 ――槍? 確かに、槍はエリザベートの手から離れ、空中へと飛ばされた。

 空――――――――槍は――()()

「ッ――――メルト、離れてっ!」

「え――」

 エリザベートの不敵な笑み。咄嗟にメルトが後退をしようとしたその瞬間、鮮血が飛んだ。

「がっ――――!」

「メルトッ!」

 首を、僅かに外れた。肩を通り抜けるように飛来したのは、エリザベートが手放したはずの槍だった。

 しかし、それを投擲した様子はなく、そもそもメルトに命中するまで見えてすらいない。今のは一体……いや、それよりもまずは、メルトの治癒からだ……!

「メルト、大丈夫!?」

「う、くっ……づっ……」

 傍まで駆け寄り、回復の術式を発動する。途端に強化(クレシェンド)の効果は消えるが、気にしてもいられない。

 重傷だ。少なくとも、この月の裏側に来てから最大の傷。

 霊核に傷はない。サーヴァントとしての活動は可能だが、そういう問題ではない。既に戦闘不能の状態だ。

「――ああ、甘いわ。槍を手から離して満足なんて。せめて飛ばすなら、空中で停止するまで観察しておくべきじゃないかしら」

 エリザベートは溜息を吐きながら近付いてくる。苦痛の呻きを漏らすメルトを守るように抱き寄せ、しかし何も出来ずにそれを待ち構えるしかない。

 歩む速度を一切変えないまま、僕たちを通り過ぎる。当然だ。エリザベートの得物(やり)はその先にある。それを取りに行くことに、何の不思議もない。

「逃げようとするウサギを狩るためにありとあらゆる趣向を凝らしたけど、結局これから逃げ切れたのはいなかったわ。逃げたいって思いが募り募って、逃げることしか考えられなくなって、周りに目が行かなくなるのね」

 槍を引き抜き、そこにべっとりと付いた血を舐めるその喜悦の表情は更に深くなる。

「そのサーヴァントも、貴方も同じよ。目の前の私という餌に目が行って、槍が視界から消えた。この心地良い悲鳴も手伝ったのね。不可視で不可避のウサギ狩り、いかがだったかしら?」

 槍を飛ばしたのは、わざとだとでも言うのか? そしてそれを視界から外すまで、全て予測済みだったと……?

「ま、今度こそ終わりよ。今度は助けるサーヴァントもいないしね」

 二度目の死刑宣告。今度こそ、間違いなくその槍は終わりをもたらす。

 何せ、もう何も出来ることがない。メルトは倒れ、僕にも戦う手段がない。

 このまま、振り下ろされる槍の洗礼を待つだけ。

「――」

 だというのに、何故か思考は働き続けている。

 まるで、まだ方法があるのではないかと模索しているように。

「――」

 馬鹿なことを。我ながら、往生際が悪い。

 方法なんてない。だって、僕は出来る最大限のことをしたではないか。

 それで及ばなかった。ならばもうゲームオーバーだ。今更何をしたところで全て駄目になる。

「――」

 試す必要すらない。最初から可能性なんて零パーセント。

 僕の力なんて、そんなものだ。

「――――」

 僕の力なんて――?

「さよなら。そこそこ愉しかったわ」

「――――」

 自分自身の力が、どれだけ小さなものかなんて、とうの昔に理解していたような気がする。

 しかし、だったら何故、僕は聖杯戦争に勝利することが出来たのか。

 考えるまでもない。それは傍にメルトがいて、そして皆との“絆”があったからこそだ。

 遥か遠くに、その人の幻を見る。僕が最初に発現させた力を持っていたサーヴァント。

 あの理性を失って尚忠義を全うしていた武将の力に、何度も助けられてきた。

 その大きな手が、後押ししているような気がして。気づけば、自然と手が動いていた。

 無情に振り下ろされる槍。その直前に、真名は静かに口から零れた。

 

「――軍神五兵(ゴッドフォース)

 

「っ……は?」

 受け止めていた。篭手のように展開した魔力で、槍の斬撃は衝撃だけに押しとどめられている。

 驚愕に目を見開くエリザベート。そこで動きを止めたのは、大きな誤算だ。

「ッ、はあ――!」

 篭手に込める魔力を一気に爆発させながら、槍を横に払う。

「なっ……!」

 態勢を崩したエリザベートの隙を逃さない。メルトをそっと床に下ろし、立ち上がる。

 『道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)』。絆を拾い、先への道を拓く紫藤 白斗の決着術式。

 それが可能とする選択肢は幅広い。例え、制限された宝具しか知らなくても、かつての可能性を拾うことが出来る。

 ここまで近付いた距離。そして、大きな隙を見せたエリザベート。今なら、行ける。

 篭手を変形させる。魔力で紡いだ巨大な矛。それは――あらゆる防御を打ち破り、切断する形態。

「おおおおおおおおお――――!」

 ただ我武者羅に、矛を振り下ろす。決して心地よくない感覚と同時に、視界の数割が赤で染められた。

「――――あ――」

 長い間の現界など出来る筈もなく、矛は消える。何も無くなった腕に、エリザベートが倒れこんできた。

 油断は出来ない、と振り返る。エリザベートによって召喚されていた城は、いつの間にかその姿を消していた。

 絶え間なく聞こえ続けていた呪詛の叫びも、いつの間にか消えている。今まで剣戟の音が響いていた戦場とは思えない、静寂が支配している。

 ――勝った。

 外面の防御力の下は、ひどく華奢だった。たった一撃で、エリザベートは戦う力を失った。

 霊核は壊れていない。それに、少しだけ安心感を覚えた。

 その安心感が何から来るものなのか。それは分からない。考えるよりも先に、やるべきことがある。

 向こうから誘ってきている。エリザベートとの、真の最終決戦に。

 メルトは戦えない。ならば、今回は僕一人で。

 やってみせる。決着をつけよう、エリザベート。

 

 

「……ま、薄々予感はしてたわ。外の私は負けちゃうって」

 心の中心の、更に奥。本能が支配する、最後の空間。

 エリザベートの本能は、床に力なく座り込んでいた。

「こんな竜の巣穴にまで来るなんて、ご苦労なことだわ。なんの持て成しも出来ないけど、何か御用かしら?」

「ああ。エリザベート、君の心を暴きに来た」

「そう。散々好き勝手の限りを尽くしてきた私へのお仕置きタイムってワケ。支配階級への当然の罰、他の下民共と同じね」

 茫然とした声で、エリザベートは呟く。

 ぐったりと床に身体を預けたその姿は倦怠感に満ちている。

 幼く無垢な少女の貌。そこには、残虐さの片鱗など見られない。

「……なにじろじろ見てるのよ。ブタの分際で、不敬よ。不潔よ」

 訂正。エリザベートは大体いつも通りだ。ならば、一切の遠慮をすることもない。

 凛やラニに対してやったように、秘密を突きつけ、心を打ち負かすまでだ。

「美しいものに目が行くのは分かるけど、私の美しさを称えたいなら百の鞭を受けてからにしなさい。そしたら、考えないこともないわ」

「この空間にそんなもの――あ」

「え?」

 鞭と言っても、と思い辺りを見渡す。

 心の深層は闇一色。存在しているのは僕とエリザベートのみだ。

 だから、すぐに視線はエリザベートへと戻り、そして見つけた。

「……」

「ひゃ!? ちょ、や、やめなさいっ! 尻尾、くすぐったいから……!」

 うん、間違いない。エリザベートの持っている鞭といったら、この黒く光るドラゴンテイルしかあるまい。

 力を失っている今ならば危険はないだろうが、先程までの戦いでこの尻尾の脅威をまざまざと見せ付けられている。

 何かの弾みで打たれてしまってはたまらないから、しっかりと握っておこう。

「ちょっと、く、くすぐったいって、言ってるの! 逆鱗近くは敏感なのよっ!」

「逆鱗……? 西洋の竜にもあるのか?」

 逆鱗とは、龍の全身にある鱗の中で一枚だけ逆さに生えている鱗のことだ。

 龍はこの逆鱗に触れられることを非常に嫌っており、一度触れると激昂して、触れた者を即座に殺してしまうらしい。

 しかし、逆鱗の存在は東洋で語られる龍の逸話だ。エリザベートは西洋の竜だが、彼女にもあるのだろうか。

 純粋に興味が沸く。触らなければセーフの筈だし、とりあえず確認してみよう。

「……ちょっと失礼」

「失礼すぎるわよ!? や、ヤダ、そんなとこ、見ちゃ……っ!」

 尻尾を握ったまま、上下左右に動かしてみる。これで裏側の鱗まで見える筈――

「こんなこと、まだ手順が早すぎるわ! 私の鱗に触れて、ケダモノのように眼を血走らせて、これじゃまるで、て、ててて……」

「ててて?」

 何か口篭っているのか、もしくは何かに驚いているのか。

 いや、この場合は両者だと思うが、とにかく続く言葉を待つ。

「――手を繋いでいるみたいじゃない!」

「えっ」

 危ない。あまりに予想だにしなかった発言に、前のめりに倒れそうになった。

「しかも、そんなに優しく……駄目よ、あまりにも身分が違いすぎるもの……平民は例外なくブラッドバスにしないといけないの……」

 熱っぽく潤むエリザベートの瞳はまるで庇護を求める子供のようだった。

 しかし……この期に及んでこの発想。

 そろそろ、秘密を突きつけた方が良いだろうか。




メルトさんこっちです。
セクハラ兼浮気現場を取り押さえました。
前半と後半で空気がひっくり返るのは最早恒例行事です。パニッシュとはそういうものです。
ちなみに「ててて」は甲州弁でめっちゃ驚いた時に使います。
「何か口篭っているのか、もしくは何かに驚いているのか。」はそういう事です。
なんでハクがそんな事知ってるかは知りません。某ドラマでも見てたんじゃないでしょうか?

エリちゃんが歌ってない? 気のせいです。

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