応援してくださった方々、ありがとうございます。
これで、心置きなく執筆に取り組めます。
まぁそれでも場面が場面なんで、更新は遅くなりそうですけど。
「……ごめん、ハク」
「ううん。悪いのは、全部僕だから」
どれくらい時間がたっただろうか。
ようやく落ち着いたメルトは、唐突に謝ってきた。
しかし、それに対して僕は許す許さないを言える立場ではない。
どれだけ謝っても謝り足りないのは僕の方だ。
忘れてはいけない大切な記憶を失い、ずっとメルトに苦しみを味わわせてきたのだから。
「本当に……全部、思い出したの?」
「うん。そして――この事件の犯人も、憶測が付いてる」
「……」
未だに、僕たちが月の裏側に落ちた経緯は分からない。
だが、月の裏側という存在を知らなかった訳ではない。
聖杯戦争五回戦。今までにない程の強敵だったユリウスとの戦いを前に、メルトは自身がどんな英霊なのか教えてくれた。
彼女は、“此処”とは違う『月の裏側』で生まれた存在なのだ。
それも他でもない、BBによって作り出された。
「メルト、メルトを作ったのは、“ここ”のBBじゃないよね」
「――ええ。あのBBが作ったアルターエゴは五体。私とリップは違うわ」
メルトとリップは、メルトが語った月の裏側の物語においてBBが作った存在。
つまり、BBの言っていたアルターエゴ・アーキタイプというのは元型なのであってBB自身が作った訳ではない。
即ち――BBはメルトとリップの存在を何らかの形で知った、という事になる。
「……」
「……貴方の憶測は、合ってると思うわ」
信じたくはないが、もしそうなのだとしたら……
いや、それよりも先に、片付けなければならない事柄がある。
「黒幕は……いるのかな」
「そればかりは分からないわ。でも、違いはあれどハクノが通ってきた道筋をハクもほぼ同じくして通ってる。これは偶然だとは思えないわ」
岸波 白野。
僕たちと同じように月の裏側に落とされて、僕たちと同じように脱出を試みたマスター。
そうか。岸波 白野も同じだったのか。
サクラ迷宮を攻略して、真相にまで至ったのか。
「だから、危険の芽は早めに摘んでおこうと思ったの。アレがいなくなれば、解決は時間の問題だろうから」
「……そうだったのか」
この月の裏側に落とされて間もない頃から、メルトはあるマスターとそのサーヴァントを危険視していた。
その理由が僕にはどうしても分からず、ただ単にそのサーヴァントとの相性が悪いからだと思っていた。
だが、それは違う。取り戻した記憶には、岸波 白野の戦いにおいて黒幕だった存在――メルトを殺した張本人の存在が残っていたのだ。
「今なら間に合うかもしれない。ハク、行動は早めに起こすべきよ」
「あぁ――行こう」
全ては、これ以上の混乱を招かないため。
僕の――月を管理するものの責任として、しなければならない義務がある。
しかし、まだ確定とも言い難い。まずは――キアラさんと話をしなければ。
「……おや。随分と纏う雰囲気が変わった。人畜無害マスターから我が“主”へと戻ったというところか」
生徒会室には顔を出さず、まず初めにキアラさんのところに行こうと思って一階に降りてきたところ、すぐに声をかけられた。
購買のNPC、言峰――元は神父だった、起用していたNPCの一人。
「……分かるのかしら?」
「普段職務を全うしてるかはともかくとして、私もNPCの端くれなのでね。私を起用する物好きに変化が起これば、それを察知するくらい訳ないさ」
「ともかくとしないでほしいのだけれど」
言峰は、聖杯戦争では監督役として戦いを見守り、運営する役割を担っていた。
その演算力は確かなもので、月を管理するにおいてもかなり頼りになる存在だった。
まぁ……愉悦だとかなんとか言って羽目を外しすぎるのが問題なのだが。
「というか、記憶あったのね、貴方」
「NPCゆえ記憶データの抹消はある意味マスターより簡単なのだがな。今回の首謀者は余程の愚か者か情に厚いのだろう」
やれやれと言峰は嘆息する。どうやら、何かを知っている様子はない。
そもそも何か知っているのであれば、NPCとしてそれを話さなければならない筈だし。
「それで、どうしたんだね? 目的を思い出しておきながら、迷宮を真正直に攻略していくのか?」
「いえ、違います。少し、話さなければならない人がいて……」
「ほう。それは? 今更君たちとまともな関わりが必要な人物なんていないと思うがね」
「っ……」
言峰は相変わらず、不敵な笑みを浮かべながら痛いところを突いてくる。
これから先も、表を目指すことは変わらない。
だが、その事情は、今までの記憶より一つ多く勝っていたという事実だけで大きく変わってくる。
レオに勝利した。つまり、僕が聖杯戦争の勝者であり、表側に帰還することに意味があるのは僕だけ。
今の僕一人で表側に帰るのは無理だ。――皆の力が、必要なのだ。
しかし、それは僕だけのために、表を目指すのに手を貸してくれ――そんな自分勝手極まる、“命令”にも等しいもの。
正直なところ、この真実を打ち明けて、生徒会、ないしこの旧校舎にいられるとは思っていない。
「害悪神父、あまりハクを困らせないでもらえる?」
「おや、また愛称が増えたな」
「蔑称って言うのよ、蔑称って」
言峰は、NPCの中でも一番扱いに困るトラブルメーカーだった。
ゆえに、メルトも随分苦手意識を持っており、外道神父だの鬼畜神父だの色々と呼んでいたのを覚えている。
「さて、君は管理者、勝利者、支配者としての側面を思い出した訳だが。もう生徒会などという組織である必要はないのではないか? 所詮死んだマスターだ。奴隷として扱えばいいではないか」
「それは……」
出来ない。出来る筈がない。
だから困っているのだ。
これから先に、自分がどう身を振れば良いのか、まるで分からない。
「それが出来ないのは貴方も十分分かってるでしょ。それに、まだ彼らが死ぬという結末は確定じゃないわ」
「え――?」
――まさか。
「表に帰れれば、まだ可能性が無くはないの。だから、ハク。王様に運命を告げるのは――生徒会に真実を伝えるのは止めておきなさい」
……どういう事なのか。
メルトに問おうとしたが、それを答える雰囲気はない。
だが、彼らが死なないという選択は残っている……?
嘘を言っている訳ではなさそうだ。だが、真実とは捉えがたいものがある。
「敵を増やす必要はないの。時には嘘を吐くことも必要よ。それが――貴方に出来るかどうかは別問題としてね」
「……」
どうするべきか……
知っている真実を黙っているということは、つまりは皆を騙していなければならないということ。
それが僕には――出来ないだろう。
「これは貴方のため。自分から悪い状況に持っていくより、出来る限り隠しておいた方が良いわ」
メルトの提案、忠告が悪い方面に向いたことはない。
だが、これはどうだろうか。
結局今黙っていても、今明かしても、悪い状況になることは間違いない。
どうすればいいのだろう。ただメルトに従っているだけで、本当にいいのか。
「私も同意見だと思うがね……おや」
「――っ」
携帯端末から鳴り響く音に、びくりと体が震える。
召集の連絡だろうか……
『もしもし、ハクトさんですか!?』
「レオ……?」
『すみません、すぐに迷宮の十五階に向かってください!』
……? 何か、あったのだろうか。
レオの声には焦りが見える。レオにも記憶が戻った……という訳ではなさそうだ。
『キアラさんが無断で迷宮に! 帰還の術式を組んでいるのですが、妨害の術式が組まれているようで……』
「っ!?」
「ハク!」
「あぁ――!」
まだ、話をしていない。キアラさんは気に懸けておかなければならない存在だ。
何を考えているのか分からないが、とにかく追いかけないと。
言峰は話は済んだと言わんばかりに購買の商品の搬入を始める。
……どうでも良いが、今まで大して売れ行きが良くなかったというのに、何故いきなり殆どのアイテムが売り切れるような事態が起きているのだろう。
それも回復アイテムやお菓子だけではない。必要性のなさそうな文房具まで……
あまり深く考えないほうが良い――心の奥底にある直感のようなものが、真摯に告げている気がした。
迷宮の十五階。
五階層としての構造は今までと変わりないが、入っただけで一つ変わったことを察することができた。
今までの迷宮とは比べ物にならないくらい、狭い。
『ハクト君、そのまま真っ直ぐよ!』
「っ……!」
辿り着いた広場。
そこに、キアラさんとアンデルセンは立っていた。
そして、その前に立つ人影。
あれは――
「……あ」
真っ白なレインコートを来た短髪の少女。
見たことがある――二階層を突破した後、BBの傍にいたアルターエゴの一人。
名前と姿を一致させることは出来ないが、カズラに名前を聞いた今であれば、憶測は立てられる。
BBが作ったアルターエゴのうち、自ら名前を名乗っていないのは二体。
そのうち、あまりにも巨大な方がキングプロテア。そして、もう一人という事は――
「――ローズマリー……?」
「わっ……名前、知っててくれたんだ」
嬉しそうに微笑む少女――アルターエゴ・ローズマリー。
「あ、ボクのことはローズで良いよ。短い方が、名前はいっぱい呼べるもんね」
フレンドリーに話しかけてくるが、一切油断は出来ない。
何故なら、その両手には短刀が握られているからだ。
「っ……ハクトさん……?」
キアラさんは、負傷していた。
どうやら、襲われていたらしい。アンデルセンも無傷ではなく、少しでも遅れていたら危なかっただろう。
「……何故二人を?」
「ボクが呼んだ訳じゃないよ。勝手に来ただけ。せっかくセンパイを待ってたのに、変な奴が下りてきたら腹立つでしょ?」
キアラさんがここに来たことに対して……この少女は関与していない?
だったら何故、二人は……
「どうせだからコイツらを人質にでもしてセンパイを呼びつけようと思ったけど、来てくれたのならもう用なし。ボク、女って嫌いだから」
「――ハクトさんっ!」
「え――」
キアラさんから僕の名前が発された瞬間、ローズの手が動かされた。
宙を舞う頭部。それはすぐに黒い残滓に変わり、消えていく。
それを追うように体も消滅する――あまりにも唐突な、最期だった。
ローズが手を出す寸前にキアラさんが表出させた術式。手を伸ばすと、それは体に沁み込んでいく。
頭が回らない。だが、死ぬ寸前にキアラさんはこの術式を僕に渡そうとしたのだけは分かった。
一体これは何なのか。いや、そんなことより――
「さて、アンタも後を追わせてあげるけど、何しなくても消えそうだね」
キアラさんのサーヴァントにも、黒いノイズは侵食していた。
マスターを失った時点でサーヴァントは消滅する。
何らかの状態で契約が解除されたサーヴァントであればこうはいかない。自身の魔力が続く限り、現界を保つことが出来るだろう。
だが、契約下にあるサーヴァントの場合、マスターの死は自信の死と同義。
「……そうだな。まったくつまらん。なんとも興醒めな幕切れだった」
溜息を吐き、心底残念そうに首を振りながらアンデルセンはぼやく。
「そいつは
「万色悠滞……?」
「本当の使い道なんざお前に話すことでもないが……それがあれば、キアラがいなくてもレリーフに潜れるだろう。アイツなりに死を予見してやるべき事を判断したということだろうな」
咄嗟に考えたことが……僕たちのことなんて。
少しでも、彼女を疑っていたことが恥ずかしくなる。
最後までキアラさんは生徒会の味方だったのだ。
「バッカみたい。ボクがわざわざ手を掛けてやったのに、人のこと考えてるなんて。不愉快だなぁ」
「はっ、一つ言っといてやる。お前の不愉快は更に続くぞ。ただ深すぎる恋なんざ、愛・恋・現実、三つを知る反吐が出るほどの馬鹿者に敵うものか」
「……どういうコト?」
「言葉の通りだ。そんな一方的なモノ、人形にでもくれてやれ。断りはしないだろうよ」
何を話しているか分からないが、アンデルセンは死の間際だとしてもいつもと変わりない。
相手への嫌味を忘れず、好戦的な笑みを浮かべている。
「……その口、今すぐ縫い合わせてあげようか? ボク、そこまで気長じゃないんだけど」
「ふん。実行するまでは語り続けるさ。それが俺の仕事だからな」
「……だったら、終わらせてあげる。これでアンタの作品は絶筆よ」
ローズの手が振り上げられる。
止めようとするが、どうしても間に合わない。
不意にアンデルセンの顔が此方に向けられる。
嫌味の篭った笑みは一瞬柔らかくなり、
「――」
死の刃が振り下ろされると同時に、消えていった。
「さて、これで邪魔者は……あぁ、あと一人か」
なんの感慨も持たないようにローズは此方に向き直り、すぐに視線は冷たくなる。
目だけを動かした先にはメルトがいる。
舌打ちをして、レインコートの下から覗く素足を一歩前に出すローズ。それに対して、メルトも一歩前進した。
という訳で、ローズマリーとのファーストコンタクト(?)
レインコートって適当じゃないんですよ。結構好きなんですよ。
レインコートに素足って良くね? 裸コートみたいで。
さて、これでキアラさんとアンデルセンに関しては脱落となります。お疲れ様でした。
……あ、章末茶番では作者特権で復活させます。