Fate/Meltout   作:けっぺん

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先日、感想が千件に達しました。
まさかここまで行くとは思ってませんでしたが、それゆえに感動は大きいものです。
皆様、本当にありがとうございます。
そして、できれば今後もよろしくお願いします。


Crimson Full-Course.-4

 

「それはマグロのマリネ、スッポンの生き血ゼリー添え。ムーンセルの新鮮な魚介類を使ったわ」

 赤を更に赤くする深紅の料理。

 酸味を感じないが、一体マグロを何に漬けたのだろうか。

 ムーンセル。神の頭脳。

 あらゆる過去を記憶し、あらゆる未来を予測する、魚介類が豊富な電子の漁場。いいのかそれで。

「っ……」

 なんて、現実逃避をして味覚を少しでも鈍らせようとしても、一瞬ごとに現実に引き戻される。

 やはり現実と戦うしかないのか。

 一度止まってしまえば、二度と匙は動かないだろう。限界的な意味で。

 だからノンストップで食べ続ける。ただひたすら、限界を引き伸ばし続ける。

『……れ、レオ君、そろそろ止めさせた方が良いんじゃ……』

『……ですよね。本当に死にかねません』

『だが……何故彼は止まろうとしないのだ? 限界は分かっているだろうに……』

『きっと、それが彼の生き様なのでしょう。私たちの仕事は、それを最後まで見届けることです』

『ああ……顔色が……もう真っ白より青いです!』

『先輩! もうやめてください! なんか色々オーバーフローしてますから!』

 外野が何か言っている気がするが、あまり聞こえない。

 寧ろ、ずっと遠くの声が近くから聞こえてくるような、不思議な感覚があった。

「ちょ……ちょっと、止めさせて。放送中止よ。このままじゃ本当にハクが……」

「……彼が止まらない限り、それは彼の意思を無為にすることになります。私たちに、今の彼を止める権利はありません」

「っ……もう、なんでいつもハクは私に心配ばかり掛けるのよ……!」

 ――どこか。

 まるで、この世界ではない、隔離された景色が見えてきた。

 何故、隔離されたと分かるのか。そこが、あまりにも美しかったからだ。

『っていうか、声聞こえてる? 本格的にヤバくない?』

『幽体離脱か、はたまた神託を受けているか。どちらにせよ、この世に留まる者の目ではないな』

『淡々とふざけるな。お前が真面目になると異様に不安を感じる』

 そして、その世界に誰かが立っている。

 金髪の少女。

 美しい――少女らしい可憐さと上に立つ者――王のような強い雰囲気を併せ持った、不思議な少女だ。

 辺りに見えてきた景色を傍目に食べ進めていると、その少女は料理を覗き込んでくる。

“――随分と変わった料理を食べていますね”

 苦笑する少女。口に含んだ肉を咀嚼しながら、一口どうかと視線で問うてみる。

“遠慮しておきます。ブリテンの――いえ、それ以上の予感がするので”

 そうか。何故ブリテンの名前が出てきたのか分からないが、多分この少女に縁のある国なのだろう。

『誰かと交信してない? アレ』

「ハク! ちょっと王様! 生徒会! ハクを助けなさい!」

『いや、そう言われても僕たちもどうすれば良いか……』

“それよりも、貴方はどうしてここに? まだこんなところに来るような年齢ではないですよ?”

 どうしてだろう……というより、ここに来ようとして来たという訳ではない気がする。

 そもそも、僕は何をしていたんだっけ。

 もう、そんな事さえ忘れてしまったようだ。

“ここに長くいれば戻れなくなる。早く戻った方が良い――聞いてますか?”

 聞いている。ただ、手が止まらない。そして、口が止まらない。

 口の中が休みなく炸裂しており、それに耐えることで必死。それでいて、口はその爆弾をひたすら受け入れようとする。

 こんな奇跡のような景色を前にして、何故僕は自ら劇物を招き入れているのだろう。

 でも、なんかもうどうでもいい。きっと、僕はこの苦行をただ続けるためだけの存在なのだろうから。

“――どうやら、貴方を呼んでいる方がいるようですが”

「――」

 呼んでいる……? 誰だろう。

 こんな機械の如き僕を、果たして誰が呼ぶのだろうか。

“とりあえず、自らの存在というものを思い出しては? 空腹の辛さは痛いほど分かりますが……”

 

「――――ハクッ!」

 

「――」

“ほら。今の声は、貴方の存在の真たるものを知っている人でしょう”

 そうだった。

 断じて僕は、機械などではない。

 すっかり、忘却しかけていた。それほどまでの衝撃を覚える料理だったのだ。

 戻らなければ。まだ料理は残っている。そしてSGも残っている。この勝負は終わった訳ではない。

“――次に来るときは、美味な料理を持ってきてください”

 柔らかな微笑みを見せる少女に頷く。

 ありがとう。何処の誰とも存じないが、こんな理想郷(かなた)に届きかけていた精神は、貴女がいなければ図々しくもここに居座り続けていただろう。

 戻るべき場所がある。そう思った瞬間には――

「ッ――――……メルト」

「ハク! よかった、意識が戻ったのね……」

 心底からほっとしたような表情のメルトが、傍にいた。

『なんと……あの状態から回復するとは……』

『妙に安らかに目を閉じていましたからね。本当にどうしようかと思いました』

『そこまで危険だったでしょうか? 私の同胞たちは皆、王の微笑みの前ではあのような表情でしたが』

『円卓の騎士ってなんだったの?』

 口の中にはまだ嫌な味は残っている。

 明らかに数人分はあるだろう料理、まだまだ先は長い。

 一度リセットされた感じだが、それでもこれを食べきるには相当な気力が必要なことだろう。

「ハク、もうやめましょう。他に手を考えれば……」

「……それは駄目だよ、メルト」

「え……?」

 命の大事を取るならば、勿論諦めるのが一番だ。

 だが、それはできない。今までこの地獄尽くし(フルコース)を味わってきて、一つ分かった。

 (味はともかく)この料理には、様々な工夫が込められている。

 肉は中まで(嫌な)味が滲み込んでいるし、魚や野菜も(材料は)新鮮なものを(味はともかく)適切に調理している。

 焼き加減もそうだ。(味はともかく)完璧といえる。

 細部に至るまで手間が掛かっており、細かい配慮を忘れずに作っていたものなのだろう。

 少なくともそれは、だったらなんでこんなもんが出来るんだとかどんな秘伝の(タレ)を入れたんだとかなんでとても重要な味見だけ忘れたんだとかそもそもエリザベート的には客に出す料理として色合いを考えない赤一色のフルコースはありなんだろうかふざけるな畜生といった文句を口に出せないほどだった。

 そんな料理を無駄にするのは、外道な行為だ。

 だから、

「――一生懸命に作ってくれた料理を、無駄になんてできない」

「――――ッ!」

 だから食べないなんて選択は存在しない。

 そんな意思の下――また一口。何度味わっても決して慣れる事のない嫌な味が広がる。

「っ……」

「子ブタ……! そうよね! さすがは子ブタだわ!」

『正気に戻ったように見えるけど、絶対まだ正気じゃないよね?』

『人って、本当におかしくなるとああなるんですね』

『冷静に言っている場合ですか! 早くなんとかしないと……!』

 慣れれば麻痺するというのは、多分嘘なのだろう。

 いや、もしくはあまりにも味が酷すぎる場合、麻痺する機能が麻痺してしまうのか。

 なんてどうでも良い考察を思いつく余裕がでてきたことに、笑いさえ浮かんでくる。

「……ハク、やっぱりおかしくなってるわよね……?」

 そんな意味では、凄まじい食事にも、だんだんと慣れてきたのだろう。

 相変わらず衝撃は大きいが、気のせいかあまり痛みを感じなくなっている気もする。

 理屈はいい。これは好機だ。

 このまま一気に、食べ進めてしまおう。

『……スピードが増したな』

『まさか本当に魅了されてる訳じゃあないだろうけど……』

「あ、あの……もうその辺りに……」

「そう、そのタコも苦戦したの。タコって刺しても刺しても動いて気持ち悪くて……でも、タコ好きでしょ? だから頑張ってさばいたの。喜んでもらえるかなって!」

 食を進めるたびに、エリザベートの目は輝き、比例するように五停心観は鮮烈に疼く。

 ゴールは近い。

 そこに向けてひたすら、フォークとスプーンを動かし続ける。

 あ。後、別にタコ好きって訳じゃないですよ。

 と、そんな突っ込みが浮かんでくるくらいには余裕があるみたいだ。

 案外その辺り、僕も強くなっているのだろうか?

 この調子なら、結構余裕を持って食べきることが出来るかもしれない。

 そうすれば、ようやくメルトの隣に並べるマスターと自信を持って言えるレベルに達するだろうか。

 うん、きっとメルトも認めてくれる。だってこれは、偉業のはずだから。

 

 

 どれだけ時間が経っただろう。

 随分とねむい。

 からだ中 あついだるい。

 いったいぼく どうな て

 

 

 やと ねつ ひいた も とてもねむい

 ねむい ねむい アヴァロンきた

 きれいなけしきなんで ごはんすすみ

 まずかっ です。

 

 

 ねむい

 うま

 

 

「――それ以上踏み込んだら終わりよ! 止まって、ハク!」

「はっ……!」

 

 おかしな夢を、見ていたようだ。

 とりあえず状況を確認しようと前を見ると、残る料理はスプーンに乗った一口の赤いアイスクリームだけになっていた。

 全ての皿は既に空になっている。

 よく覚えていないが、どうやらここまで何とか食べることが出来たらしい。

「良かった……危ないところだったわ」

「え……何が?」

「錯乱してるみたいね。当然だわ。命の危険だったんだもの」

「……本当に何が?」

 良く分からないが、僕は知らない間に生死の境をさまよっていたようだ。

 まあ、現に僕は助かっている。

 確かに今まで食べていたらしい食事で異常なまでに具合が悪いが、命に危険があるほどとは思えない。

 だから、この一口くらい、なんてことはない筈だ。

「っ」

 最後の一口を片付ける。

 やはり、凄まじい嫌な味だ。

 微かに感じられるミントの味。

 ミントはギリシャの冥界に咲く草と聞くが、先程まで嗅いでいたような慣れを感じるのは何故だろう。

 ……考えない方が良さそうだ。ともかく、これでテーブルに出された料理は全て片付けた。

 扉が開くと同時に、席を立つ。

「――ごちそうさまでした」

「すごい! 全部食べてくれたのね! 扉が開くのも文句なしよ!」

 尻尾を揺らしながら喜ぶエリザベート。

 ああ、この過程で、SGはとっくに理解している。

「それで、その……ここを通す前に、単刀直入に聞かせてもらおうじゃない。……どうだったかしら?」

 エリザベートの期待の眼差しと同調する五停心観の秘密の予兆。

「あぁ――満足した。ありがとう」

 味なんて、今更取り繕う必要もない。

 酷い。これ以上なんて考えられないくらい、最悪。

 だが、この料理を作るのに彼女がどれだけ奮闘したかは分かる。

 その努力を想像すれば、感謝の言葉を言うほかない。

「――――ッ!」

 SGは、自分からエリザベートの胸を飛び出してきた。

 正直、そこまで歩み寄る体力がなかったので好都合だ。

 砕けるSGの名は、命名するならば料理好き、となるだろうか。

「……」

 これで、SGを抜かれた分身(エゴ)も消滅するだろう。

 これ以上の攻略はどう考えても不可能だし、一刻も早く迷宮の外に――

「ねぇ貴方、どんな魔法を使ったの……?」

「え?」

「貴方が私の料理を食べて、感想を言った時……最高に気分が良かったわ。あれは何?」

 消えていく体を茫然と見つめながらエリザベートは呟く。

「家畜や他の貴族の賛美で気分が良いのは一瞬、だけど、今の一時だけは――」

 そして、全てを言い終わらないまま、その体は硝子のように砕けていった。

 言葉の先は知るすべもない。

 エリザベートの消滅と同時に今までにない達成感を覚える。

 何か、あまりにも高すぎる壁を越えたような、強すぎる敵を打ち倒したような。

「……今回は、これで良かったのでしょうね」

 自分を納得させるように頷くヴァイオレットは、それに続くように何処かへと転移していく。

『……本当にお疲れ様でした、ハクトさん』

『桜が強力な胃腸薬を用意しています。マイルームに転送しておくので、戻ってよく休んでください』

「うん……戻れたら」

『え……?』

 腹部の重みは――明らかな容量オーバー(たべすぎ)

 それも要因だが、何よりもやはり味による精神へのダメージが大きかった。

 ふっと体の力が抜け、メルトに寄りかかるように倒れる。

「は、ハク?」

「ごめん……もう無理」

 もう灯火程度しか残っていない意識はそれだけ言うと、急速に遠のいていく。

 このまま、暫く眠ってしまっても大丈夫だろうか。

 うん、良い筈だ。きっとメルトも皆も許してくれる。

 だから少しだけ――役目も忘れて眠ってしまおう。




DEAD END.

嘘です。
騎士王さんはあくまで幻影です。
多分いい感じにムーンセルが再現してくれたんだと思います(適当)
黙々と食いながらのシーンって考えるとこれまででトップクラスのシュールさですね。
ちなみにハクは食べ終わるまでの過程を覚えていないので、一旦意識が戻ったのも含めて全部異常だったことになります。
やべえ。

今回のパロディとかその辺
・金髪の少女
既に書いてますが、某騎士王。
初めて書いたので違和感が凄い。
・ねむい うま
かゆい
うま

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