とりあえずノートの容姿はアレで想像してください。
新たな迷宮――十四階に下りてくる。
感じ取れる重苦しい雰囲気はどの階層も共通のものだ。
だが、それが今回、一際強く感じられるのは嫌な予感がするからか。
さて、例の招待状は持ってきているが、場所の指定がされていない。
どこに行けばいいものか。一応、道なりに真っ直ぐ進んでみると――
「……いたわよ、ハク」
前方にエリザベートとヴァイオレットの姿を確認する。
警戒しながら近付いてみると、気付いたらしいエリザベートが近付いてきた。
「ごきげんよう、子ブタ。招待状を受け取ってくれたようで何よりだわ」
「あぁ……うん」
「今回は余計なことをしてもらったお礼よ。朝昼晩と三回の食事を用意したから、とくと味わいなさい!」
「…………三回?」
淑やかそうに微笑むエリザベート。
正直一回でも耐え切れる気がしないのに……それを三回。
その味を知っているであろうヴァイオレットは青ざめた顔を逸らしている。
「……ヴァイオレット、どうしたんだ?」
一応、二人からすれば録画映像のことは知らない筈だし、様子の確認も兼ねて聞いてみるが。
「……」
答えられないのか、或いは聞こえなかったのか。
どちらにしろ、重傷らしかった。
「さあ、まずは朝のテーブルよ。ついてらっしゃい」
それを完全にスルーして、エリザベートは先導するように迷宮の奥へと歩いていく。
……ああ、時が近付いてきている。
正直、一切気が進まない。
普通に迷宮を探索するだけでは駄目なのだろうか、なんて現実逃避的な考えさえ浮かんでくる。
そして、ヴァイオレットは動かない。
心此処にあらずといった表情で停止している。
「……ヴァイオレット?」
「……っ」
はっと目を開き、しかし普段よりも若干暗い瞳が此方に向けられる。
「……エリザベートはもう、行ったのですね」
「え、あぁ……」
「なら、此方にどうぞ……案内します」
常に声に抑揚のないヴァイオレットではあるが、今はいつもより低い気がする。
ふらふらと不安定な足取りで歩む彼女に、とりあえずついていく。
「……ねぇ、エリザベートの料理……ハクが食べれるものなの?」
「……」
メルトの是非答えを聞きたい問いに大して、ヴァイオレットは押し黙った。
「……………………保障は、出来ません」
「……」
本当に今日、死ぬかもしれない。
自覚できるほどに重い足取りで、確実に迷宮を進んでいく。
そして、遂に辿り着いてしまった。
「ようこそ。第一のテーブル、朝の食卓へ」
エリザベートが立っている傍には、白いクロスの敷かれたテーブルと豪奢な椅子がある。
そして、そのテーブルの上に、
「まずは軽くショックを受けなさい。いきなりメインじゃ感動で死にかねないでしょうからね」
白いクロスの一部だけを染めたかのように、真っ赤な何かが置いてあった。
「……スパゲティ?」
「そうよ。駝鳥肉のボロネーゼ。駝鳥を刺し殺すところから自分でやったわ」
ボロネーゼ。
香味野菜と挽肉、トマトを材料としたソースを和えたスパゲティ。
その発祥はイタリアはボローニャの富裕層が作らせたパスタとされている。
日本ではミートソース・スパゲティと言った方が一般的だろうか。
確かに皿に乗った料理は、適度な量の麺の上に真っ赤なソースがかかっている。
ボロネーゼ、そう言われれば納得できる――見た目だけは美味しそうだ。
だが、試食時の映像に加工が入るほどのヴァイオレットの様子とエリザベートの妙な自信から言いようのない不安があった。
ちなみに、駝鳥は苦しまずに殺さないと味が落ちるらしい。
「……」
聞くところによると、これは朝のテーブルだった筈だが。
重い。正直、重すぎる。
スープくらいだろうと侮っていた。
これが貴族の食生活なのか……なんて豪勢なのだろうか。
スパゲティが
「……見た目だけよ、ハク。絶対に食べないようにね」
「……うん。食べたらよくないことが起きそうだ」
「え……嘘ッ!?」
ぽろりと本心が漏れた瞬間、エリザベートは驚愕した。
「どうしてよ! あの完璧な招待状と私の謙虚な態度にバレる要因なんてなかったのに!」
「バレる要因しかなかったわよ」
招待状の時点でアウトだったと思う。
それがなくとも、これで騙されるほど馬鹿ではない。
――願わくば、このまま食べずに済みますように――――
「くっ……仕方ないわね。でも! 貴方に拒否権はなくてよ!」
そんな切実な願いを一蹴するように、奥へと進む道が塞がれた。
「あれは――」
無機質な鉄製の扉。それは以前、二階層で見たことがあった。
苦い思い出を作ってくれた、忌々しい扉。
ラニが作り出した、恥ずかしい人工宝具!
「――全自動脱衣式オープンロック(特許申請中)!」
『ライフラインを断ち切ります』
「待ってラニ! ごめん!」
全力で謝った。
いくら嫌な思い出とはいえ、ラニを怒らせるのはタブーだ。
「これはヴァイオレットに改造させた全自動完食式オープンロック。私の料理をすべて食べないと、扉は開かないわ!」
「なん……だと……?」
信じたくないと思いつつ、ヴァイオレットを見ると苦い表情で目を逸らしていた。
「……試食をする前だったのです」
ああ、やはりヴァイオレットには非はなかった。
予め作らせておいてから用意を始める――なんとエリザベートの策士なことか。
「だから、食べなさい。すぐに食べなさい。私が色々こめた料理を華麗に完食する、それしか選択の余地はないわ、
「くっ……させないわよそんなこと。ハクに食べさせるくらいなら、私が……」
「残念。利用者制限が掛かってるのよ。子ブタじゃないと、その料理は手を付けられないわ」
「……」
「さ、子ブタ。覚悟を決めて召し上がれ。天国に行くような体験が待ってるわよ?」
ビシリと指を突きつけられる。
……逃げられない。食べるしか、ないようだ。
「ハク……!」
「大丈夫だよ、メルト。……………………多分」
「多分って言った!? 考え直して! 死んでからじゃ遅いのよ!?」
最早覚悟は決めた。メルトが止めても、止まる訳にはいかない。
緊張しながらテーブルにつく。目の前には、真紅の料理がある。
大丈夫。きっと大丈夫だ。だって、見た目は悪くないし、異臭もしない。
先に食べたヴァイオレットの味覚がズレているって可能性も極僅かだがありえる。
「ハク……」
「……いただきます」
小さく一口分。意を決して、それを口に放り込んだ。
[しばらく音声のみでお楽しみください]
「――――――――!!!!」
「今一瞬震えたわよね!? なんで煙上げて倒れたの!? 生きてるわよね!? ハク!」
『い、いけません! バイタル、ありえない速度で低下しています! マッハダウンです!』
『どうやら、毒は仕込まれてませんね。純粋な不味さによる味覚と精神へのダブルアタックです』
『なんと……味の不味で人は死なないと思うが……シドウ君、大丈夫か?』
『99999ダメージ+
『あの、えっと! その……とりあえず栄養剤の注射と、それから……!』
『一旦落ち着いてください。どうやら、まだ動けるようですから』
『しまっ……まさかこれほどとは……愉悦以前の問題じゃないですか!』
『レオ、お前は何を言っている』
……っ、良かった。生きてる、生きてる。
――凄まじい、壮絶な味。
甘い。辛い。渋い。苦い。酸っぱい。最低限、そんな表現が出来るならばまだ良い。
どんなに不味くても
しかし、目の前の料理にはそんな生易しさなんて微塵たりともなかった。
喉が、食道が、それでも駄目なら胃が、文化の違いすぎる悍しい異物を全力で拒もうとする。
全身に鳥肌が立ち、動悸が激しくなり、汗が噴き出す。
異質すぎる味に脳が混乱し、寧ろそれを美味しく感じさせようと働き、再三繰り返すことで一口ごとに味が変化する(ように感じる)ため一定にして最大ダメージを常に叩き込まれる。
けれど諦めてはならない。
もしかすると、これがSGに繋がっているかもしれないのだ。
一口ごとに――否、数秒ごとに体の奥底から込み上げてくる衝動に身を委ねてはならない。
そうしたら、道は永遠に閉ざされる。そんな責任感で真っ赤な料理を無理矢理押し込んでいく。
体を焼かれたり、爪を剥がされる方がまだ易しいかもしれない拷問。
どれだけ時間が掛かったか分からないが、どうにか最後の一口を飲み込んだ。
「ぐっ……ぅぅ……」
「は、ハク、涙は堪えなくていいのよ。無理しすぎるともっと体に害が出るわ」
目に込み上げてくる熱さ。
「そ、それで、どうだったかしら、感想は。その涙はもちろん、喜びの涙よね? ね?」
おずおずと聞いてくるエリザベート。
当然、望んでいるのは美味しいといった感想だろう。
だが、正直に言わせてもらう。
「……酷い――テロい」
「……な、なんですって……!?」
『テロいってどういう意味?』
『美味しい、不味いっていう感想すら浮かばない、破壊活動の域って事じゃないかしら?』
『なんと……仮に王が食していたら、辺り一体が灰塵と化していたでしょう』
最早それ以外に表現のしようがない。
どんな例えをしたとしてもこれより酷いものは思い浮かばない料理だった。
「よくもハクにこんな暗黒物質食べさせてくれたわね、エリザベート。死に物狂いで
「……しまったわ、ボロネーゼは嫌いだったみたいね……リサーチ不足だったわ。やっぱり
メルトの殺意の篭った言葉を完全にスルーしてぶつぶつと呟くエリザベート。
ボロネーゼとかスープとか、そういう問題じゃないと思うが、突っ込む気力が沸いてこない。
「こ、これは序の口。次が本番、メインなのよ! 次こそ、貴方の期待を裏切らないから!」
宣言して、エリザベートは開いた扉の奥へと駆けていく。
メインって事は……今のボロネーゼより重いのだろうか。
『は、ハクト君……大丈夫? HP減ってるみたいだけど……』
「……もう、ゴールしたい」
『……味覚の正常化に思考能力の五割ほど使っているようです』
『これ、後二回乗り切れるのかな?』
まだ死んではいないし、胃袋が爆発してもいない。
ならばもう少しだけ……進むことが出来る。
「……私にはどうにも出来ないわ。でも、せめて道中くらいは支えるから」
「……うん」
メルトに体を預けて、少しずつ歩む。
唖然としていた様子のヴァイオレットもすぐに立ち直り、先導してくれた。
この階にはエネミーがいないのが不幸中の幸いか。
着実に進んでいきながら、やはり足取りは重い。
願わくば、少しでも道のりが長いように。
せめて、ボロネーゼを消化しきるくらいの時間を掛けて次のテーブルへ――
「見えてきましたね」
「……」
どうしてこうも、迷宮の構造には制限があるんだろうか。
たまにはフルマラソンくらいの距離があっても良いと思う。
その方が攻略だって難しいし、BBもこういう階でそういう嫌がらせをしてくれればいいのに。
「ようこそ。昼のテーブルへ。今度の料理はきっと驚くわよ!」
もうさっきの料理で十分驚いたのだが……
テーブルには、やはり真っ赤な料理が置かれている。
「さあ、私が手間隙掛けて作った特性シチュー、赤き紅海へのボンボヤージュを味わいなさい!」
深々とした器に、なみなみと赤い液体がよそられていた。
赤い鮮血を片道切符とした三途の川の船旅に「
相変わらず、料理の見た目は悪くない。
だがそれがなんの気休めにもならないということは、先程の料理で痛いほど思い知っている。
その赤さは、シチューというよりはミネストローネやボルシチに近かった。
椅子に座ると、じっくりと煮込んだ事を証明する深い香りが漂ってくる。
――毒キノコは毒性が強いほど香り強くなるらしい。これも、そんな類なのだろう。
覚悟を決めて手を出そうとしたとき――
『――待てよ、紫藤』
生徒会室にいる筈のない人物の声が聞こえてきた。
「……慎二?」
『外部――別教室からのハッキングですね。簡易的なものですが』
一体どうしたのだろう。慎二は活動に手を貸すことはしなかった筈だが。
『さっきので思い知ったろ。後二回繰り返すなんて馬鹿なこと、する必要ないんだよ』
何故知っているのかはこの際置いておくとして……
慎二の言葉はどういう意味だろうか。もしかして、何か秘策が……?
『おや……このソフトは?』
『サーフィンしてたら偶然見つけたんだ。それを紫藤に送ってやれよ』
『これなら……! ハクト君、ちょっと待ってて! すぐに初期設定を終わらせるから!』
「え……あぁ……」
慎二が見つけてきたらしいソフト、それに一縷の望みを託す。
この料理を食べなくていいならば、どんなものでも良い。
救世主となる存在を、どうか――
『後はこれをこうして……完了! 転送するわ!』
――――降臨する。
――――――――青い髪の、救世主が。
書いててとても楽しいです。
サーヴァントごとに変わる主人公の料理に対するリアクションですが、ハクはとりあえず静かな感じに。
震えるときに原作のSE鳴ってると思います。
今回のパロディとかその辺
・それを三回
「てきのエリアにランダ
ムにいわを5つおとす
それを3回 」
ちなみにけっぺんはロックマンエグゼは「1」だけやった事がない。
・99999ダメージ+
人類最古のAUOが誇る対界宝具。
・生きてる、生きてる。
ぼくらの10巻。
正しくは「いきてる、いきてる、」であり、その後の台詞に続く。
・もう、ゴールしたい
もしかして→もうゴールしてもいいよね
そういえば、Grand Orderにはルヴィアが出る可能性が濃厚みたいですね。
……メルトは?
メ ル ト は ?