多忙期間は後少しですが、更新が滞る可能性があります。
予め、ご了承ください。
それと今回、ちょっと短めです。
「――――」
ほんの少し、唇の先が触れるくらいの短いキス。
頬を染めて俯くエリザベートに最早何も言えず、心なしか周囲の空気が更に悪くなった気がする。
離れようとしても、服を摘まれて動けない。
沈黙が痛い。とても痛い。
「えっと……」
「……」
心の底から幸福そうな笑顔のエリザベート。どうしよう。大きな罪悪感を感じる。
僕から、という訳ではないから悪くはない……とは思うのだが……
「…………はっ」
ふと、エリザベートが顔を上げた。
そして虚ろだった目が勢いよく開かれる。
「な……か、家畜のクセに何やってんのよ! 退きなさいっ!」
「うわっ!?」
我に返ったらしいエリザベートがジタバタと暴れ始める。
蹴られる前に慌てて身体を離す。
乱れた髪とスカートを整えながらも、エリザベートは立ち上がる。
……チラチラとこちらを伺いながら。
「よ、よくも私を助けたわね! こんな屈辱は初めてだわ!」
「え……いや……」
『あー、そういう事。なんか納得。私のとき、皆こんな気持ちだった訳ね』
凛が何かを察したように呟きを漏らす。
確かに、SG自体は分かったような気がする。
「見なさい、この高揚した頬を! 私の怒りが最高潮になった証よ! 心臓だって“絶対に許さない”ってドキドキしているし、こうなれば私の勝ちね!」
というか確信を持てているのだが、なんとなく、抜くのに抵抗がある。
「怒り狂った私は絶対に秘密なんて漏らさないわ! 貴女たちはここで立ち往生するだけよ!」
エリザベートの勝利宣言とは裏腹に、五停心観の疼きは強くなっていく。
「いや……SGは分かったよ」
「う、ううう嘘おっしゃい! そんなんで騙されるのはリンくらいよ! 私の心が分かる訳ないんだから!」
『ミス遠坂? ああ言われてますが』
『……否定できない前例があるの、知ってるでしょ。本当にこの鬼畜会長は……』
外野は置いておこう。
ともかく、頃合いだ。
エリザベートの一つ目のSG。
ビビッときて、コロッといってしまう、なんというか――このちょろい感じ。
多分類似するものには
『……』
『……ミス遠坂? 何故キーボードに皹を入れているのですか?』
永遠の乙女を象徴するようなその特性。
蜜のように甘い夢。恋に恋する症候群。
思考全てがホイップされたクリームで埋め尽くされた、胸が焼けるほどの思考回路の持ち主。
「SGの名前は――
「ッ――!」
『
『ダンさん、そこボケるとこじゃないです』
正答を証明するように五停心観が埋め込まれた手が持ち上がる。
甘たるい秘密に向けて、そのまま手を伸ばし――
「え、嘘……! きゃぁぁあ!?」
――最初のSGを、引き抜いた。
シールドが砕け、フロアが解放されていく。
それと同時に、SGを抜かれたエリザベートの
「っ……貴方も、相当アイドルの暴露話が好きなようね」
どこか恍惚とした表情で、エリザベートは牙を覗かせる。
「そうね。恋なんて絵物語、ずっと憧れてた。ありがと、自覚したわ。そしてこんにちは、新しい私!」
「……え?」
「拷問が唯一の慰みなら、恋は唯一の夢! 恋を想うたび私は一層美しくなるの!」
あれ……?
なんだか、今までとパターンが違うというか……
SGを抜いてはいお終いとは……ならない?
「恋は美しさの糧、美しさは恋の糧! なんて甘美な永久ループ!」
言いながら、エリザベートは此方に歩み寄ってくる。
顔が引きつっていくのが分かる。一歩下がろうとして、しかしエリザベートに掴まれる。
「家畜にときめくなんてどうかしてるわ。でも、どうせ私は狂っているし。ねえ、醜い貴方に栄誉をあげる。究極の美に達した私を、一番近くで褒め称えなさい」
何を言い返す前に、エリザベートの
残されたのは、SGを取ったという結果と、猛烈な悪寒。
正直もう、後ろを振り返るのが怖くてしょうがない。
『SGの消失を確認した。一時休憩をとる。しっかり休んでおけ』
『えっと……頑張ってくださいね』
何をどう、頑張ればいいのだろう。
正直に言えば、覚悟はしていた。
これまでに何度かあった経験だし、それらの接点さえ見つからないまでも何となく、直前に察することは出来るようになっていた。
何がって、要するに正体不明なメルトのお怒りである。
今回もそれは変わりない。
ある程度の覚悟と諦めを持っていたのだが――
「……」
個室に戻ってきて幾分か。
カレンがメルトに渡した妙な礼装は、用なしとばかりに床に投げ捨てられている。
扱いの地味な酷さに、メルトとカレンの後一歩といった反りの合わなさを痛感する。
いや、今考えるべきではそれではない。
この状況を早急に整理し、然るべき手立てを考える必要がある。
現在の状況……整理不可能。
あ、この時点でもう詰んだ。頭は既に大混乱状態だ。
「ん――ぅ――」
小さく篭った声が、聞こえてくる。
もうこの時点で意味不明だ。
怒っているはずのメルトが、何故こんなことをしているのだろう。
「……」
いや、別に嫌気などは感じていない。
だが、これを困惑せずにいられようか。
「……メルト?」
「――――」
「っ……」
上目遣いで見つめられ、思わず言葉に詰まる。
身体を動かすことは出来ない。何故なら――この身体は既に小さな体躯の少女によって組み敷かれているからだ。
そこまでなら、ギリギリ納得はできる。
メルトは徹底的な勝利を好む。ならば相手の自由を封じるのは常識であり当然だ。
だが、そこからが問題である。
そのままあの鋭い棘の餌食になると内心ビクビクしていた。
しかしメルトはその脚具を出現させることなく、その小さな身体を預けてきたのだ。
そして胸元に顔を埋めてきて数分――そんな状況。
おかしい。いつもと違う。何故? いや、まったくもって、意味が分からない。
「……えっと、どうかしたの、メルト?」
「……匂い」
「え?」
「あの竜の匂い、付いたままじゃない……」
……確かに、あのようなことがあった以上、エリザベートの香の匂いは付いているだろう。
だが、それが何か……
「許さないわよ、そんなの。消しなさい、今すぐに」
地の底から響いてくるような怨嗟の篭った声……に聞こえた。
時々怖いメルトではあるが、今のはその中でもトップクラスに位置する。
無理だ。いや、無理です。そんな特殊な術式の心得は、残念ながらない。
「……それは」
「無理、なの?」
「………………うん」
「じゃあ、黙ってて。上書きは効くはずだから。すぐにその匂い、消してあげる」
「………………………………うん」
これを断ることが出来る人間が、果たして存在するだろうか。いや、する筈がない。
地獄の釜の煮え湯を目の前に垂らされたかのような、すぐそこにある恐怖。
そんなものを前にして、誰が反抗できようか。
その恐怖を加速させたのは、他でもないメルトの目だった。
心なしか、光彩が見えなかった。深い海の底そのものだ。
「……」
どうにも、微妙な心境だ。
何故か、あまり“嫌”と感じていない自分がいる。
身体を擦り合わせるように動くメルト。時々、服越しに柔らかさにどうにかなりそうになる。
もう暫く――いつまで続くか分からないが――だったら、悪くはない。かもしれない。
+
メルトリリスの宝具が解放されてから、時間にして凡そ二十四時間が経過。
――予兆は見られない。作用は、していないのか。
どういう事だろう。これで間違いはないと思ったのだが。
「……」
予想していた事態ではある。
だが、これは限りなく低い確率。ないし何らかの例外が発生した場合のはずだった。
つまり、その極低い確率を引く要因となる何かがあるか、例外の存在がある。
この場合、どちらの可能性を重視して動くべきか。
低確率を引いたのであれば、今後の動き方としては今までと変わりない。
では、後者の場合は。
行動パターンは無限に広がる。不確定要素の存在すら曖昧では、行動を確定させようもない。
考える必要性は薄い。どちらにせよ、この行いにデメリットは少ないか。
最優先行動内容確定。即座に実行へと移行する。
確実に問題が発生する。しかし、それは機能上必然な問題。ゆえに、支障はない。
「――何をしてるんですか?」
「……おや、サクラ。もうスリープモードに移行する時間では」
「質問に答えてください。高密度な術式の発動の兆候が見られました。今のはなんですか?」
「わたしがやるべきこと、ですよ。言わば義務、役割です。サクラの健康管理と同じようなものですね」
理解が及んでいない。
どういう事だろう。
他のAIの役割範囲が分かっていない、という事ではなさそうだが。
「まさか、貴女は……」
「その想像は間違っていないかと。これが正しい選択です。サクラ、貴女が何を言おうと、止める理由にはなりません」
「……っ」
「……恐れていますか? 大丈夫ですよ、健康管理はAIの役割の中でも最上位に位置する重要存在です――消される理由にはなりませんよ」
消滅の可能性を危惧していたのか。
同じAIだ。安全という帰結までは辿り着けると思っていたが。
いや……これは、或いは他の要因によるものか。
納得させる必要はないが、意思決定を反対する要素は少ないほうが今後のためになる。
「……サクラ、この月の裏側。今回の事件の犯人が誰か分かっている者が何人いるか、知っていますか?」
「ッ!?」
「答えは五人です。皮肉なものですね。最重要な人物が、犯人を知らない」
「っ……カレン……」
「それが六人になることは、とても大きな意味を持ちます。事件の解決のための、間違いなく大きな一歩になることでしょう」
これで納得してもらえると早いが……そうもいかないらしい。
「発現までに時間は掛かります。その間は、貴女にも考える猶予がある」
「……」
「最も――この会話内容とこれに関する記憶は消させてもらいますけれど」
「! カレンッ――!」
さて、考慮の要因は存在しなくなった。
よって、術式の発動を許可。発動権限オールクリア。
数時間、或いは数日分の時間が掛かる可能性が考えられる――問題はない。
これは全て、わたしに与えられた義務。これが、わたしが意思を得た理由であり、存在意義。
一つ目の
わたしのすべては貴方のために。
「――あとどれほど」
ふと呟かれた言葉の真意は自分でも分からず。
意識を覆っていく大きな喪失感に浸るうちに、それもどこかへ消えていった。
あれ、誰だこのヒロイン←
由乃か? 由乃なのか?
後半については、ほぼノーコメント。
ただ、そろそろ色々と判明してくるかも分かりません。
ちなみに、今回の文章量はCCC編で今のところ一番少ないです。