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現時点では分かりませんが、そうなっても気長に待っててくださるとありがたいです。
「――――――――ユリ、ウス」
枯れ切った喉から、自然と声を出すことができた。
ひたすら続く闇が晴れる。背後に開いた、どこかへと通じる“空間からの出口”。
そこから零れる光が周囲を明るく照らしている。
そして――僕一人しかいなかった空間に入ってきた、見慣れた黒コートの男。
他でもない、ユリウスだった。
「ユリウスさん……!? い、一体、何のつもりですか!? それ以前に、どうやってこのBBちゃんスペシャル犬空間に!?」
「決まっている。今お前が送り込んだプログラムを
僕とエネミー、二つの間に立つユリウス。
まるで、僕を守るように――エネミーの前に立ちはだかったのだ。
「ここは何もない空間だ。定義する基準がなく、中を覗けるのはお前だけ。誰も入ることは出来ない。だが、そこにたった今、物体が発生した。エネミーを対象Aと定義すればそれを基準に座標を測れる」
このエネミーが、ユリウスをこの空間に侵入させる鍵になった……?
「簡潔に言えば――紫藤に根負けしたお前の浅はかな一手が起死回生の隙になったのだ」
「ユリウス……? 裏切って、たんじゃ……」
「裏切っていたとも。BBをな。用意周到さでレオを凌ぐあの女であれば、本気で仕えなければ信用されん」
確実に、ここぞという時に裏切るために――BBに仕える振りをしていた?
「旧校舎の者たちは生きている。サーヴァントを含め、アサシンに打ち込ませたが死んではいない。今頃は桜、カレン、カズラドロップに看病されていることだろう」
「っ……裏切っていた、ですって……!? 死の0.1秒前、消える寸前だった貴方を拾ったのは私です! その恩を仇で返すんですか!?」
「心を知らぬお前には分かるまいな。この命、引き伸ばされたところで、無念を晴らす事しか頭にない」
「なん、ですって……? 無念って何ですか!? 敵であるセンパイに倒されて、その怨みを晴らす事じゃないんですか!?」
「言っただろう。心を知らないお前には知り得ない事だ。往生際の悪い男が最後に抱いた下らん思いなどな」
五回戦……ユリウスとの戦いは、記憶を取り戻しても穴が多く存在した。
それは戦闘後の記憶もだ。ユリウスに勝利して、その後何があったかが思い出せない。
しかし、その記憶をユリウスは持っている。そして、それがどうやら、ユリウスが助けてくれた理由になっているらしい。
「紫藤、その中に入れ。お前が寄るべき場所に繋がっている。迅速に突破し、生徒会に合流しろ。BBを倒せる可能性はまだ残っている」
此方に向き直り、ユリウスは出口を指して言った。
「奴は既に月の裏側を全支配……いや、同化している。だがそれだけだ、肝心要のムーンセル中枢には到達すら出来ていない。あそこは聖杯戦争の勝者しか入れない領域だ」
「くっ……そこまでよ! ここまでのダイブにサーヴァントなんて連れてこれる筈がない、シェイプシフター、裏切り者ごとそのゲートを破壊しなさい!」
エネミーが活動を開始する。
駄目だ、このままではユリウスまで……!
「愚かだな。レオの撤退で何も学んでいないと見える。契約下であれば、更に制約は少ない」
しかし、ユリウスの声色には僅かに笑みが込められていた。
ゆっくりと触手を振り上げるエネミー。
対してユリウスは軽く右手を上げるだけ。それだけながら――何よりも正しい一手。
「――来い、アサシン」
「――呵々! 久方ぶりの娑婆と来た! 存分に暴れさせてもらうぞ!」
高らかな笑いと宣言。そして、地を揺るがす衝撃。
ユリウスを切り裂く前に、エネミーは凄まじい一撃を受けて動きを停止させていた。
「な――」
この場へのダイブが難しいものであれば、或いはサーヴァントを連れては来れないかもしれない。
だが、だからといってこの場にサーヴァントを呼べない訳ではない。
正しいマスターが令呪で自らの下に召喚する。それに何の不思議があろうか。
「アサシン……」
「うむ。小僧、無事で何よりだ」
微笑むアサシンは構えを解かず、その笑みだけを此方に向けた。
それを待っていたかのように停止していたエネミーが突然動き、全ての触手でアサシンを襲う。
「甘いわ無機物風情が!」
それら全てを――アサシンは捉え打った。
そのままエネミーの懐に攻め寄り、強く踏み込みながら拳を叩き込んだ。
「他愛もない。もう少し手応えが欲しいものだがな」
拳をぶつけられた箇所を基点として、エネミーは崩れて霧散していく。
先程まで絶望そのものだったエネミーは、いとも簡単に消滅した。
構えを解きながらも周囲を警戒し続けるアサシン。
歴戦の魔拳士たる彼に、隙など存在しない。この上なく、頼りになる存在だった。
「さあ、行くが良い。お主にはまだ、する事があろう」
アサシンの視線の先には、ユリウスが通ってきた扉。
そこを通り、行くべきところに行け――そう言っているのだ。
「ば、馬鹿じゃないんですか……!? センパイを此処から助けるためだけに命を捨てるなんて……」
「ふん、せっかく物好きなAIに救われたんだ。ここで死ぬ気も毛頭ないし、この命、限界まで使ってやるさ」
「させません、シェイプシフター!」
BBの声で周囲に膨大な数のエネミーが出現した。
アサシンは一対一の戦いに適したサーヴァントだ。対軍宝具を持たない彼では、この数は……
「行け、ユリウス。扉の外まではBBも干渉できんだろう。こ奴らは儂が引き受けた」
だが、一切躊躇うことなく、アサシンはユリウスに言った。
それは死地に残るも同じ。主を生かすために、アサシンは自らを犠牲にしようとしている。
そして、それをユリウスは理解している。アサシンが、自身の目的を重視してくれている――ゆえに、その命を投げ打とうとしていると。
「……頼んだ。だが、アサシン。真正面から、しかも単騎ではお前とて厳しいだろう」
「呵々、痛いところを突く。さすがは儂のマスターよ! まぁ、確かにこれだけの化け物を討った覚えは無いがな、世界には虎殺しを成し遂げた猛者もいるらしいぞ? ならばそれを超えんと百鬼夜行殺しに挑んでみるも悪くなかろう」
朗らかに笑うアサシンのそれは虚勢ではなかった。
本気で
「……ならばやってみるが良い。アサシン、令呪を以て命ずる。この場のエネミーを全滅させろ」
「呵々々々々ッ! 令呪の命とあらば失敗を持って帰る訳にも行くまい! 任せよユリウス、達成の報せを待つが良いぞ!」
ユリウスは残るアサシンの身を案じ、二画目の令呪を使用した。
この場における勝利の達成。それを希う限り、令呪はその意思に力を貸し、最大以上の力を発揮出来るようになるだろう。
令呪は限定的な命令であるほど効力を増す。そう言った意味ではユリウスらしい、令呪を道具と見た的確な使い方だった。
再び構えるアサシンは、落ち着いた呼吸と共にその姿を消失させた。
圏境――彼が持つ、脅威的なスキル。
周囲の気を支配することで、気配どころかその姿までもを消失させるアサシンが至った境地。
「行くぞ、紫藤」
「ぐっ!」
ユリウスに扉の外に放られる。
その瞬間、呪縛から解き放たれたように体が軽くなった。
立てる――すぐに全身に力を込めて、立ち上がった。
「……ユリウス」
「何だ?」
アサシンを置いて先導するように走り出すユリウス。
それに、少し躊躇い振り返りながらも付いていく。
だが――信じられなかった。
聖杯戦争で彼の命を奪ってしまったのは僕だ。
そんな彼が――
「何で、僕を助けてくれるんだ……?」
「……愚問だな」
顔を僅かに此方に向け、横目で見ながらユリウスは笑った。
今まで見たことない――見たことがあるような――穏やかな微笑みを浮かべながら、
「友人を助けることに、そう理由はいらないだろう」
そんな、信じられないような温かい言葉を掛けられる。
「友、人……?」
「そうだ……お前自身が覚えていなくとも、お前は、俺の唯一の友人なんだ」
言いながら、走る速度を速めるユリウス。
まだ二足歩行の勘を取り戻せておらず、それに付いていくのにやっとで深くを聞くことが出来ない。
それでも、“真実だ”という事くらいは分かった。
何故なら――ユリウスの笑みは確かに、友人に向けたものだったからだ。
「――さあ、此処だ」
「え……?」
先程までの闇の空間とは対照的に、この場には光しかない。
ひたすら続くだけの光だが、ユリウスは明確な通路を理解しているらしい。
ユリウスが指した方向に出現したのはまた別の空間に繋がる扉。
「これは……?」
「お前が行くべき場所だ。俺は行くことができない。お前が一人で突破しなければならない、恐らくは最大の難関となるだろう」
「っ……」
僕が、一人で……
不安は大きい。だが、行かないという選択はない。
ユリウスがそう言うのであれば、それは本当に必要不可欠なものなのだろう。
「……ユリウスは?」
「俺は旧校舎に戻る。道が複雑なので、お前と俺、どちらが先に戻れるかは分からんな」
そうか……しかし、再会が出来るのであれば。
「……分かった……また後で、ユリウス」
「…………ああ」
その扉に飛び込む。
これが、この空間におけるユリウスとの別れ。
失った欠片をもう一度拾い集めるように、次へと向かう。
ユリウスの言葉は真実だった。拾うべき最も大きな欠片は、あまりにも遠すぎたのだ。
+
そして、わたしは観測する。
わたし自身が現在存在する時間軸よりも少し前。過去の事象を。
「く、はは……年甲斐にもなく、はしゃぎすぎたか」
ここは、どこだろう。
月の裏側に現状存在する全てを把握している筈だが、闇が広がるこの景色は見たことがなかった。
「しかし、まったく。ユリウスも肝心なところで気が利かん。槍くらい持たせてくれれば良いものを……」
ここにいるのは、サーヴァント・アサシン。真名は李書文。
ユリウス・B・ハーウェイと契約したサーヴァントだ。
周囲には敵性プログラム。数は……増え続けている。現時点で百を超えている。
「そもそも、扉を消してさえいれば儂がこうまでする必要ないだろうに。扉を閉める術式を作っている暇があれば一刻も早く、か。友人想いよな、我が雇い主の暗殺者は」
アサシンがそれを一体討つ間に、三体は増える。ゆえに一向に終わらない無限の地獄だ。
「百討っても変わりなしか。ユリウスならばここで終わるんだろうが……例えばあの小僧であれば千、万試すまで止めんのだろうな」
声で分かるものの、アサシンの姿は見えない。
これは彼の固有スキルに因るものか。敵性プログラムは聴覚を持っておらず、終始翻弄されている。
「呵々々々々! これだけ殺しても儂に軽口を叩ける程度の気力があったとはな。血沸き肉踊る、本当に月の世界は面白い。死ぬにはまだまだ惜しいのう!」
だが、アサシンは次第に不利に動いていく。
周囲に敵性プログラムが増え続ける以上、時間ごとにアサシンの行動可能範囲が減っていく。
どこかへ通じる扉を守っているらしい。それの自然消滅まで、推定残り六十秒。本来時間制限のない術式のようだが、この空間と扉の先の相性の問題か、限界が設定されたようだ。
つまりは、このアサシンは何らかの目的でその時間を稼いでいるのか。
「そういえば、ランサーやセイバーめは儂が本気でないと気付いておったな。暗殺者には向かぬという事か? 嬉しいやら悲しいやら」
対人では圧倒的なアサシンは、対軍において分が悪い。
姿を消しているとはいえ、戦っているとされる時間この数を対処し切るのは不可能に近い。
であれば、彼は何故ここまで耐えていられるのだろう。
――視界が暗くなっていく。
扉のリンクが消えかけている。守るべき時間をアサシンは凌ぎきったのだ。
「奴らにも一矢報いたいところはあるのう。それに、リップめにも教えておらん事が多すぎる」
アサシンの心情には、言葉とは逆のものが見られた。
彼はもう、帰るつもりはない。心残りはあるものの令呪の命令とは別に、ここに残るという意思があった。
そもそも彼は扉が消えかかっていることにすら気付いていない。このままいつしか周囲が見えなくなった後、無限の影に飲まれて彼は果てるだろう。
「我ながら往生際が悪いわ! 呵々、呵々々々々ッ!」
――これが、月の裏側における彼の最後の記録。
状況整理。果てたサーヴァントは四体。
迷宮は第十二階が宝具『
そして四つの記憶が解放された。どちらに動くかは現状不明。
マスターたちは再起不能。極めて絶望的状況である。
しかし、緊急状況の基本事項に接触は無し。よって緊急手段の使用はしないものとする。
以上。観測及び探索を再会する。
アサシンはユリウスとハクを守り退場というかたちになりました。お疲れ様でした。
そしてさりげなく、宝具名が一つ開示。言うまでも無く、アルジュナの宝具となります。
次回はいよいよ、あのイベント。
書いててとても楽しかったです(ゲス顔)