……と思ったけどメルトって普通にロリっぽいし別に時代開けてなかった。
という訳で、何かごめんなさい。本編です。
「そこから先に足を踏み入れると死ぬッス」
そんな、一度看板に書かれた戯言として見た言葉をジナコは淡々と口にした。
虚言癖が核として迷宮になったあの時とは違う。
壁に近付こうとすると、全身が軋んで動けなくなる。
本能的な恐怖を感じずにはいられない。まさか――本当なのだろうか。
「……メルト?」
以前、メルトは壁の解析という離れ業で嘘を破って見せた。
では今回はどうか。
「――っ」
メルトの表情は、固かった。
嘘を簡単に見破り躊躇無く壁を通ったメルトは、今回それをしようとしない。
つまり行き着くところは――その壁を通った者の未来。
「それが最後のSG。欲しけりゃあげるッス。でも、死ぬッスよ?」
罠だ。通ってはいけない。
これはジナコが用意したものではないだろう。
聖杯戦争のルールそのものに干渉出来る存在など、BB以外に思いつかない。
恐らくは、BBによる手助けの賜物。彼女は、死を目の前にして怯えている此方を見下しながらほくそ笑んでいるに違いない。
「ジナコ、アンタ……」
「リンさん、だから言ったッスよ。この壁は破れないって。だから――今すぐ帰りなさい」
凛の悔しさに満ちた表情に対して、やはりジナコは無表情のままだ。
同じく何を考えているか分からないランサーは、ジナコを見据えて動こうとしない。
元より臨戦態勢は取っていない。彼は凛の命令であれば、何も言わずに肯定して壁を越えるだろう。だが、凛がそれをする筈もない。
「……ふっ」
緊迫した空気。その中で聞こえた声は、ガトーが漏らしたものだった。
「……おっさん、何がおかしいッスか?」
「いやいや、おかしくなどないぞ。本能的な恐怖をしかと所持している紫藤 白斗を人間らしいと思ったまでよ」
ガトーはその長身で此方を見ながら、朗らかに笑った。
相手が誰であれ、安心感を覚えるだろうその笑みは、この場においてひどく不安を煽るものだった。
「ガトー、何を……」
「この辺りが頃合いと思ってのう。行かぬなら逝かせてもらおう。ジナコ=カリギリの俗念と呵責、
「ちょっと……誰も望んでないわよ。悪いことは言わないから、止めておきなさい」
凛の言葉は、半ば理解していたガトーの行動を確信するものだった。
ランサーに向けられた凛の視線――止めろ、そう目で告げた凛に、ランサーは暫し考えた後、口を開く。
「モンジ・ガトー。お前が魂の緒を切ったとて、寧ろ問題は悪化すると思うが。ジナコ=カリギリを罪悪感の海に沈めたくなくば、大人しくしているが良い」
「それはそうだがな、
「レッ……それは、オレの事か?」
「うむ。大いなる太陽神の子たるお主ならば相応しかろうて」
「……そうなのか。数多の教えを識るお前が言うならば、間違いないのだろうな」
「何納得してんのよ!?」
いつしか天然同士の漫才を始めたガトーとランサーに、我慢ならなくなったらしい凛が突っ込みを入れた。
発端となったガトーは哄笑し、笑みを浮かべたままジナコに向き直る。
「吹っ切れも済んだわ。感謝するぞ」
そして、そのまま歩みを進める。
「ガトー!」
『ガトー団長!』
誰の声に振り返ることもなく。
その笑みは絶やさぬまま。
ガトーはその壁を――
「さすがに早計ですよ、ガトー」
超える寸前、呼び止められた声にガトーは足を止めた。
僕たちの背後に立っていたアルジュナ。いつも穏やかなその眼差しは、少し固い。
「……アルジュナさん、何処行ってたッスか?」
「ジナコの呪いを払うのには、私が居ない方が良いと思いまして。ですが、ガトー。貴方の救済には、その壁を超える必要があるのですか?」
「その通り。壁があっては声は届かぬだろうて」
だから先へ進む、と歩み出そうとしたガトーを、いつの間にかガトーの傍に立っていたアルジュナが制する。
「行く必要はありませんよガトー。その言葉は――此方側で届けてあげてください」
「ぬ?」
何をする気なのか。
アルジュナの目はジナコに向けられている。
「ジナコ。その閉鎖的な空間は、心地良いですか?」
「……は?」
「命を隔てた壁。生と死を分かつ境界――貴方は我々の反対側にいるのですよ?」
ジナコは怪訝な表情を、更に深くする。
アルジュナが何を言っているのか分からないと、言葉の先を求めるように黙っている。
「此方にはハクトやレオが居る。そして、敗北の運命を決定付けられながらも前向きに居る者がいる。対して、壁の向こうには諦観しか映らない瞳のみ。これが何を意味しているか、分かりますか?」
「――――、アタシが――アタシだけが、死人だとでも言いたいの?」
ようやくジナコの表情が変化した。
未だ希薄なことに変わりはない――だが、その目には僅かに、怒りの色がある。
「ですが、貴女はまだ死するには相応しくない」
その反応に何を見出したのか。
アルジュナの話を、ジナコは黙って聞く。
「確かに生ある以上死は必定。それゆえに――死には生が必定です」
どうやらガトーは、アルジュナの言わんとすることを察したらしい。
大人しく一歩下がったのを見て、アルジュナはガトーを制していた手を下ろした。
壁を隔ててたった一人でいるジナコを、アルジュナは静かに諭す。
「不幸な死がある事を否定はしません。貴女の両親は間違いなく、それに該当するでしょう」
「そう、だよ……何もしてないのに、パパとママは死んじゃった――才能が無い人は運さえ与えられない、何よりの証拠だよね!?」
「では貴女は? 人として、最低限の責任を放棄してそれを運のせいにするのですか?」
ジナコの体がビクリと震えた。
ジナコの両親は不幸な事故によって亡くなった。しかしそれでも――人として当然の生を歩んでいたのだ。
ではジナコはどうか。
生死を分かつ戦いに自ら参加し、怯えて戦いを放棄した。
それまでは良い。アルジュナは問うている。ジナコが戦いを放棄したことによる死の価値観、ジナコはそれをどう感じているのか。
そして――
「その死を、貴女は認めるのですか?」
言わばイレギュラーな存在であるジナコの存在を決める問い。
聖杯戦争が終われば校舎は破棄され、当然その中に生存したマスターが居たとしても消去されるだろう。
だが、まだ聖杯戦争は終わっていない。つまり、ジナコの生死は未だ不確定事項なのだ。
「貴女はまだ生きることが出来る。強制はしません。ここからは、貴女が決めること」
そう言って、アルジュナは死の壁に左手を置く。
「ですが――」
いつも以上に穏やかな声で。
まるで、怯える子供を優しく宥めるように落ち着いた声色で。
「本音を言わせて貰えば……私は貴女をこの
迷宮の機構を、作動させた。
「ッ――!」
引き裂き、蹂躙し、その存在を否定する壁を貫いた手が“向こう側”に伸びている。
内部から崩壊していく左手を気にもせず、アルジュナはその手を動かそうとしない。
「あ――ぁ、る、ジュナ……さん……?」
驚愕と動揺に満ちたジナコの表情。対して、背中を見せるアルジュナの表情は見えない。
アルジュナが何を思っているのか――それが分かるのは、他でもないジナコだけだ。
「諦めないなら。反省しようというのなら。先に進むのなら。矜持がまだ、少しでも残っているのなら」
何一つとして否定はしない。全てを受け入れよう。
そして、歩むきっかけになろう。道の終わりまでは作れずとも、始めの一歩を踏み締める大地を作ってみせよう。
生きる。そんな当たり前をジナコに全うしてもらうために、アルジュナは動いている。
サーヴァントとして、マスターを思って。
王族でありながら一度王国を追放され、国を奪還するにおいてアルジュナは兄弟や兵たちの死と向き合ったという。
殺すことに躊躇い、死を間近に感じた経験があるからこそ、心からアルジュナはジナコに“生きてほしい”と思うことが出来ている。
ただ純粋に、正しき道へと歩ませようと。
「――此方にどうぞ。可能性を見出すのは誰でもない、
「――――」
悲哀、戸惑い、躊躇い、僅かな絶望、更に僅かな希望。数秒で幾度もジナコは表情を変化させていた。
今までの人生の重さ。確定的な絶望と後悔、そして、大きな反省。
これからの人生への希望。どうしようもないほど不確定。希望だって小さいし、そんなものをいとも簡単に押し潰してしまえる諦めが存在する。
選ぶのはジナコだ。その二つを天秤にかけて、当たり前のように重いのは過去。
だが――
「――――たい」
天秤が傾いた方を選ばなければならないなんて制約は存在しない。
「――――――――生きたいっ! パパとママの分までっ!」
力強く握り締められたアルジュナの手。
相手は言うまでもない。その両手は、彼女が踏み出した大きな一歩の証だ。
「どこまで行けるかわからないっ! きっと……ううん、絶対情けないダメダメな人生だけどっ! アタシ――私、まだ本気出してないもんっ!」
「それは面白い。貴女でさえ知り得ないジナコの本気とは、一体どれほどのものでしょうね?」
死の壁が、音を立てて崩れ落ちていく。
誰かが死んだ訳ではない。しかし、これは当然のことだ。
この壁を用意したのが例えBBであろうと、迷宮の一端になった時点でその制御の中枢はジナコにある。
『死の呪い』はジナコが先へ進む長い道程へと変わったのだ。もうそれは、SGではない。
即ち――十二階の核となるSGは、取るまでもなく消滅した。言わば此処はもう、主のいない空っぽの迷宮だ。
「う……うぅぅぅぅぅ……!」
全てを吐き出したジナコは俯いて泣いている。
アルジュナはその背に無事である右手を置き、何を言う事も無く尚も力を込め続けるジナコに応じていた。
「……一件落着、かしら」
「ゥゥ……」
笑みを零す凛。
そして、感情を出すことが出来ないフランは小さく呻り、ジナコに歩み寄った。
「ぁ……花嫁、さん……鬱陶しいくらいアタシの部屋に来て、その目的って……?」
「……ヤァァ」
ジナコの言葉に頷くフランは、狂気に呑まれながらも僅かに声色の変化が見られた。
喜び。どうやらアルジュナと結託していたらしいフランも、アルジュナと同じ気持ちを抱いていたのだろう。
ジナコが先に進むことを求めていたのだ。
『四階層はジナコさんと分離されました。これで、四階層の攻略は完了したでしょう』
『お疲れ様でした、ハクトさん、ミス遠坂。ジナコさん――迷宮は、この階層で最後ですか?』
「その筈……ッスよ。……行くッスね?」
『はい。ハクトさんにはこのまま、迷宮の果てに向かってもらいます』
「――あぁ、分かった」
後はもう、迷宮を抜けるだけ。
表側に帰り、すべてを終わらせる。長いようで短かった夜が、ようやく明けるのだ。
「……」
「何辛気臭い顔してんのよ。私たちはもう認めてるんだから。アンタたちだけじゃなくてジナコまで生きてるなら万々歳じゃない」
即ちそれは、仮初の生命だった凛たちが現実を受け止めなければならないという事だ。
死刑宣告をものともしないというように、凛は笑っている。
『本当、ハッピーエンドに向けて一直線なんだから、気にしなくて良いんだよ』
死を怯えていた白羽さんでさえ、今は認めているのだ。
「……ハク、それがマスターたちの結論よ。貴方がすべきこと、分かってるわよね」
「うん――凛、ありがとう」
「ふふ……時々、らしい顔つきになるものね」
苦笑する凛。ランサーは無言で表情も読めないが凛が決定した以上何を言うつもりもない、という事なのだろうか。
「ところで、おっさん。アタ……ボクに何を言うつもりだったッスか?」
「ぬ? 最早言うまでもなかろう。我が教えを授けるのは次に見えた時で良い」
アルジュナの言葉で、自分が伝えたいことは代弁された。
そうガトーは判断したのだろう。
命を懸けてジナコに告げようとしたものは何なのか。少し、それが気になるところではある。
ごった煮とは言えあらゆる宗教を学んだガトー。そんな彼が、最期に伝えたかったものとは……
「――さて」
しかし、それを知る日は来ない。
事件の解決は、一刻でも早い方が良い。ならば僕がやるべきことは一つだ。
下に――表に繋がる階段。それに向けて一歩足を踏み出し――
「お見事――実に、お見事でした」
「ッ!」
進むべき道は、泥に呑まれた。
無機質で、それでいて生の輝きを持つそれは、見覚えがある。
この場で見てはいけない存在――しかし思い返してみれば、確かに“彼女”は予告してはいなかったか。
唯一の道が固められた泥で封鎖される。
それを行った張本人は、その泥の頂点に立っていた。
「さすがはアルジュナ。マハーバーラタの勝利者が運命の敗残者を救う姿、真に感服致しました」
「……ノート」
開いた傘を片手に、泰然と立つノート。
不敵に笑う彼女に警戒し、サーヴァントたちが一歩前に出る。
「傷の礼に参った次第です。無論一片の情けも掛けませんゆえ、御覚悟を」
――まずい。
アルジュナは片手を失っている。
以前とは戦いの前提が違う。ノートを倒すための準備をしていない。
「ぇ、あ……」
「ジナコ、落ち着いて。しっかりと魔力を流してください」
『全員緊急帰還――いや、しかしそれでは……』
それでは、せっかくの機会を無駄にすることになってしまう。
ここで終わらせなければ、次の機会がいつになるか分からないし、そもそもそのチャンスを手に取れるかすら分からない。
「……リン、カルナの力を借りてもよろしいですか?」
「……何か手があるの?」
「ええ。ですから――貴女は旧校舎に戻ってください」
「は――?」
「レオ。ジナコとガトー、リンを帰還。生徒会室から魔力を流してください。我々サーヴァントが、ハクトを下に送り届けます」
それが、アルジュナの選択。しかし、フランがいるものの凛もいなくなっては勝ち目が――
「な、何言ってるッスかアルジュナさん! ボクも残って――」
「すみませんジナコ。最低限の人数でなければ、成功率が著しく低下するのです。ですから貴女は一旦戻っていてください。すぐに、貴女のもとに戻りますから」
アルジュナの判断を是としたのか、レオが組んだらしい術式が三人のマスターを対象とする。
決して有無を言わせない。戦場を経験した回数ならばアルジュナの足元にも及ばない。
ならば、彼の判断が正しいと、レオは思ったのだろう。
『ガトー団長、ジナコさん、ミス遠坂。生徒会室に帰還させます』
「ぬ、ぅ……」
「アルジュナ、さん……」
「……ランサー、彼に力を貸してあげて」
「了解した」
まだ納得し切れていないガトーとジナコ。
反対に、凛は信頼の眼差しをランサーに向けている。
それに短く応えたランサー。帰還の術式が発動する。
「ぁ――」
最後にジナコが漏らした声は、何を言おうとしたものだったのだろうか。
誰一人それを知ることもなく、最後の戦いは始まる。
「フラン、カルナ。付き合わせてすみません」
「ゥア……」
「構わん。だが――まさかお前と共闘することになろうとはな」
「まったく――その通りです」
三人はノートに向き直る。
これは僕やメルトが戦う場ではない――今は、この三人が戦う場なのだろう。
「待たせましたね」
「いえ、末期の会話くらいは許しますわ。それに、自ら時間を潰してくれるならばそれも重畳」
「――まだ先の迷宮が出来た訳でもないでしょう。ですが、これ以上無駄に時間を使うこともないですね」
では、即刻片付けなければ、とアルジュナは戦意を明らかにする。
「もう普通に弓は引けませんが、これで私が無力になったとは思わないことです、ノート」
右手に顕現させた弓を天高く掲げるアルジュナ。
「カルナ。重ね重ね申し訳ありません――御者を、お願いできますか?」
「――良いだろう」
答えを聞くが早いか、アルジュナの傍に雷が落ちる。
圧倒的な魔力を持つ、誰が見ても明らかな宝具。
煙が晴れたところに在ったのは、勇壮な四頭の馬が繋がれた戦車だった。
未だノートは動かない。此方の戦闘態勢が整うまで待つつもりなのだろうか。
アルジュナがそれに乗り込み、ランサーがその前に立って手綱を執る。
「ハクト、メルトリリス、フラン。後ろにどうぞ」
言われるがままに戦車に乗り込む。中には、まるで特別な加護でも掛けられているかのような雰囲気が充満している。
「なるほど、良い宝具ですね。ですが所詮、射手のいない戦車。それで私に挑もうと?」
「ええ。しかし、射手を求むのであれば、応じましょう――カルナ」
「――」
ランサーが馬に鞭を打つ。
高く上がった嘶きが、開戦の合図となった。
素早く反転し、迷宮の入り口に向かって戦車は凄まじい速度で走り出す。
「おや、逃げるのですか? では
ノートはどうやら、追ってきているらしい。
この戦車の前に地形などあってないようなもの。空をも翔る車輪は雷を伴いながらノートとの距離を開けていく。
「……アルジュナ、一体何を?」
「まずはノートをあの場から引き剥がす事は適いました。後は距離を開けつつ泥を粉砕し、下に貴方を送ります」
そうは言うが、どうやって。
片手を失ったアルジュナはもう弓による攻撃は出来ない。
しかし、そんな心配は不要とアルジュナはその弓をもう一度掲げた。
「この場こそ、私が全力を尽くすべき場所です。ならばもう、これを手に持つ理由もない」
「え――」
黄金の弓が淡く発光を始める。
「問題はジナコの魔力供給が足りるかどうかですが、幸い私は弓兵だ――」
不安な魔力供給を補佐するのは、アーチャーのクラススキルとして存在する単独行動。
マスターからの魔力を得ずとも行動を可能とするスキルによって、宝具の使用をも助けている。
「――目覚めなさい、
真名を唱えられた大弓が、在るべき場所に還っていく。
その場所とは即ち天。神に与えられた宝具であれば、そこから戦場を俯瞰するが相応しい。
翔る戦車。担い手のアルジュナ。弓は、その上空に展開した。
巨大な魔法陣にも見える、何重にもなる神の細工。
アルジュナの敵を悉く射ち貫く砲台――それこそ、
今回のまとめ「ガトー死亡フラグ粉砕」
代わりにジナコ救済フラグが建ちました。
一度くらい、「SGが無くなる」という終わり方も良いと思うんです。
タイトルですが、このままだと「Jinako Carigiri」の使い道がなくなるので急遽前話「Life」のナンバリング消しました。
次回、インド兵器が猛威を振るうかもしれないの巻。