Fate/Meltout   作:けっぺん

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決戦。
一週間経っても三回戦が書き終わらない。
なのに二回戦がもう終わる。
うん、やばいわこれ。


十四話『緑の毒、紫の毒』

 

 始めは、若さゆえの勢いだったのだろう。

 激化していく圧政に苦しむ村を、自身を“妖精憑き”と迫害した村人を守るために、彼は弓を手に取った。

 緑の衣で姿を隠し、何もかもを欺いて、顔のない英雄として一つの村を守り続けた。

 ――“正義である為に、人間としての個を殺す”。

 生涯に渡り、フードで素顔を隠し、村人にさえ素性を明かさず。

 しかし村人達は保身のために言った。

 

『彼は村の人間ではない』

 

『我々とは無関係に、森を通る人間を襲うのです』

 

『そう、全ての責任は、あの狩人にある――』

 

 村人達は罪から逃れるために、彼を村と領主、共通の害敵にした。

 それでも、彼は村のために、ただ戦い続けた。

 

 ただ無情に。

「せめて戦いの中で死にたい」

 ――そんな事、知ったこっちゃないね。

 

 ただ卑怯に。

「何故武器を隠す。貴様に誇りはないのか」

 ――無いさ。最後に立ってた奴が勝つんだ。

 

 ただ卑劣に。

「毒を盛るなど、貴様はどこまで落ちるのだ」

 ――勝つためなら、落ちるところまで落ちてやるさ。

 

 そうでもしなければ勝ち続けられなかった。

 そうでもしなければ村人が望む“英雄”を維持できなかった。

 誇りより村の平和をとり続けた彼は、しかし所詮たった一人の青年。

 英雄の真似事にすぎないその活躍は、二年足らずで敵の凶弾によって幕を閉じた。

 彼は死の間際、望んだ。

 

 ――我が墓地はこの矢の先に。

 

 矢は果たして、イチイの木の根元に刺さった。

 彼の弓として生涯を共にした木は、彼が眠ることを受け入れたのだ。

 村人が彼に対して行った唯一の恩返しは、彼の遺体を親愛なるパートナーだった大樹の下に埋葬することだけだった。

 シャーウッドの森に潜み、顔を隠し続けた一人の青年。

 村人に愛されなかったものの、村人の穏やかな生活を愛したもの。

 それこそがあの英雄――

 

 ――ロビンフッド

 

 

 ダンさんのサーヴァント、アーチャー。

 その正体は、七日目、決戦の日たる今日ようやく判明した。

 拒まれつつも拒まなかった、顔のない英雄。

 あの日、アリーナに撃ち込まれた毒矢。

 寸分違わぬ正確さ、そして二つ矢という技術まで披露した事で、彼のクラスは割と直ぐに判明した。

 だが、あの行動は同時に、彼のマスターとの溝を明らかにする一撃でもあった。

 毒矢の使用を知ったダンさんは、あろう事か令呪を使い、宝具の使用に制限をかけた。

 その宝具こそ、彼の相棒であるイチイの弓――『祈りの弓(イー・バウ)』。

 誇りを持って正面から戦うことは、生前の戦い方もあって彼に葛藤を与えていたのだろう。

 ラニが教えてくれた。

 アーチャーの残した矢の残骸から、彼の生前親しんだ森の情景を教えてくれた。

 彼が言ったシャーウッドの森とは、イギリス、ノッティンガム近くに位置する森。

 今も古い教会や古の義賊が集ったと言われるオークの大木が残っているという。

 そして、古代ケルトにおいて春の到来を祝うベルティーン祭に現れる森の精霊、顔のない王。

 グリーンマン、ジャッコザグリーンとも言われる、自然の化身。

 それらの情報から行き着いたのが、英雄ロビンフッドだった。

 アーチャーとしての適性は抜群ながら、あの霊格の低さ。

 それは恐らく、生前の行いによって得たスキル、破壊工作によるものだろう。

 誇りを捨てて、情も無く殺すその破壊工作は達人並みであり、その非常さこそが霊格を落とす原因となっているのだ。

 ロビンフッドという英霊は一般的にはシャーウッドの森に住むアウトロー集団の首領とされている。

 だが、今回召喚されたアーチャーはそれとは違う、ロビンフッドという名を襲名して活躍した英雄なのだろう。

 何せロビンフッドは実在性について確実な資料はなく、実在の人物の伝承がいくつか複合して形成された、という説が有力だ。

 大男のリトル・ジョンも、赤い服のウィル・スカーレットも、恋人のマリアンもあのアーチャーの傍にはいなかった。

 だからこそ、あれ程規定を度外視した独断行動ができたのだろう。

 確かにアーチャーとダンさんの不和はこちらの勝機の要因になりえる。

 とはいえ、マスターの実力の差は大きく離れているのも逃れようの無い事実だ。。

 自分達に、あのダンさんを破れるだろうか。

『大丈夫よ。ハクはこの二回戦で強くなったわ。あの騎士とも渡り合えるくらいに』

 メルトがそう言ってくれる。

 その期待を裏切らないようにしないと。

 マスターが無能だったから負けた、なんてのは、絶対に嫌なのだ。

 

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えたかね?」

「はい、問題ありません」

 言峰神父と定型の会話を交わし、トリガーをセットして扉を潜る。

 エレベーターの様に下っていくそれに乗り、しばらくすると目前にダンさんとアーチャーが現れる。

「……」

 ダンさんは黙して此方を見つめている。

「随分と静かなのね。戦いの前に語ることは無いのかしら」

「はぁ? だって会話する意味ねぇじゃんよ。お前らはもうすぐ消えるんだからさ」

「貴方には言ってないわよ。溶かすわよ」

「出来るもんならやってみろっつうの。このやり取り二回目だぞ」

 相変わらずこの二人はとんでもなく仲が悪い。

 メルトは最初からアーチャーを知っているようだし、またも因縁があるのか。

 慎二も知っていたようだし、本当に彼女は何者なのだろうか。

「……つっても、これじゃオレが退屈なんだよな。うちの旦那は無駄がなさすぎてねぇ。茶飲み話とはいかねえのよ」

 そしてアーチャーの目は此方に向けられる。

「どうよ、そっちのマスターさん。うちのマスターに話しかけてみないかい?」

 振られた。

 どうするか、悩んでいると、

「シドウ君、今となっては不思議でならない。君を救うために令呪を使った事がな」

「え?」

 まさかダンさんから口を開くとは。

 アーチャーも目を見開いていた。

「平等な戦いを求め、あろうことか敵を利するために令呪を使った。それがあの時は自然に思えたのだ」

「……何故ですか?」

 やはり、あれが疑問であった。

 三画の令呪の一画を、敵のために使ったのだ。

「何故、か。この戦いは女王陛下たっての願いという事もあったが、儂にとっては初の個人的(プライベート)な戦いでな」

 兵士として、軍であった彼。

 それが、初めて個として戦える。

 故に、平等な戦いを求めた、という事か。

「軍務であればアーチャーを良しとしただろう。だが、生憎今の儂は騎士でな」

 ダンさんはどこか懐かしむように外の闇を見つめて言う。

「そう思ったとき、妻の面影がよぎったのだよ。妻は、そんな儂を喜ぶかどうかとな」

「奥さんが、いたんですか……」

「老人の昔話だがね。今は顔も声も忘れてしまった。面影すら、思い返すことが出来ない」

 遥か遠い昔のように、ダンさんは言った。

「それは……」

「当然の話だ。軍人として生き、軍規に徹した。そこに(ひと)としての人生(こうふく)など立ち入る余地はないのだからな」

 それで話すことは終わった、といわんばかりに、ダンさんは目を閉じた。

「へぇ。アンタすげぇな。旦那が自分から喋りだすなんて。結構楽しめたぜ」

 アーチャーが感心したように言う。

「まったく、マスターが立派なのにサーヴァントがコレなんて。マスターとサーヴァントの立場がまるで逆ね」

「逆であるならどんなに楽か! うちの旦那はちょいと潔癖すぎてね、英霊らしからぬオレとしちゃあ困りもんだ」

 アーチャーの言は冗談なのか本気なのか分からないものだった。

 ダンさんも、それに対して何も言わない。

「しかし、アレかい? アンタは英霊全部が高潔な人格者だと思ってるクチ?」

「そんなワケないじゃない。高潔じゃない人格者も居たわよ。角と尻尾が生えて悪魔の歌声(デビルボイス)を持った貴族とか」

「どんなバケモンだそりゃ……」

 まったくだ。

 メルトは一体、どれほどの英霊を知っているのだろうか。

「ともかく、そっちもそっちで大変そうだ。なあそっちのマスターさんよ、闇討ち不意打ち騙し討ちは嫌いかい?」

 どれも、好きとはいえない。

 が、それら全てが「あってはいけない」もの、とも言い難い。

「ってか、そもそも汚い殺し合いは駄目? 卑怯な手口は認められないかい?」

 それを主とする者もいるのだ。

 目の前に居るアーチャーがそうのように。

「……あってはならないもの、とはいえない。仕方の無い事だってある」

「そいつぁ上々。毒と女は使いようってな。いい勝負になりそうだ」

 アーチャーは此方を見て笑った。

「随分と楽しそうだな、アーチャーよ」

 そこにダンさんが口を挟む。

「おや、そう見えましたかい、旦那?」

「うむ。戦いを目前に控えながら、倒すべき敵の人となりを愉しんでいる。少なくとも儂にはそう見えるな」

「ご明察。お喋りなのは、まぁ、大目に見ていただければなと」

 アーチャーはちらと此方を見てから続ける。

「なにしろ敵と話すこと自体珍しくて。あと、旦那はもちっと若者の生の声ってのに耳傾けるべきですよ?」

 これ以上老けちゃったらつまんないっしょ、と笑うアーチャー。

「気遣いには感謝するが、無用だよ。戦いに相互理解は余分な荷物。敵を知るのは決着の後にするべきだ」

「うは、ほんっと遊びがねえよこの人! ただでさえハードな殺し合いなのに余計ストレス溜まっちまいそうだ。こんなんじゃ次あたりに気疲れで自滅しちまいますよ」

 此方とて負けるつもりは無い。

 だが、戦いに悦を覚える人がいるというのも分かる。

「何であれクソッタレな人生だ。気持ちだけでもエンジョイしねえと今際の際はまあみじめなもんだ」

 アーチャーの言は、生前の生き方に準えているように思えた。

 愛していた者に愛されず、最後まで酬われることなく息を引き取った顔のない英雄。

 だからこそ、言わば第二の人生は楽しもうと。

「……やれやれ、やはりまだ欠落しているようだな。戦う意思、その覚悟が」

「いいじゃないですか旦那。青春、葛藤、大いに結構! こっちの仕事が楽になる一方だからね!」

 笑いながら言う彼に、狩人としての生き方が見えた気がした。

「その無防備な背中を後ろからシュッパーンっとね。アーチャーの面目躍如ってワケですよ。理想やら騎士道やら、そんなの重苦しいだけですし。死に際は身軽じゃなくっちゃね」

 大袈裟なジェスチャーをしながら言うアーチャーを、ダンさんはあくまでも冷静に律する。

「だがアーチャーよ。戦いでは儂の流儀に従ってもらうぞ」

「げ、やっぱり今回もっすか。はいはい、分かってます。了解ですよ。オーダーには従いまっす」

 アーチャーはそれに渋々了承する。

「あーあー、かっこいいねぇオレのマスターは。こんな相手でも騎士道精神旺盛と来た。……けどなあ。誰でも人生に誇りを持てるわけじゃねえって分かってほしいんだが……」

 ダンさんはそれに対して何も言わない。

 エレベーターが動きを止め、決戦場への扉が開く。

 ついに、決戦だ。

 圧倒的な実力差のある、固き意志を持つ軍人は、静かに開戦の言葉を紡ぐ。

「発つぞアーチャー。戦場に還る時が来たようだ」

 エレベーターを出て、決戦場の土を踏む。

 罅が入り、ところどころ砕けているものの、その円形の闘技場はコロッセオを連想させる。

 ダンさんとアーチャーに向かい合って立ち、コードキャストの準備をする。

「さぁ始めるぞ、アーチャーよ」

「あぁ、そうしようか。そろそろそこの高慢ちきなガキにきっついお仕置きをしてやらねぇとな!」

「まだ理解していないのかしら。なら力づくでひれ伏すがいいわ、緑茶さん」

「りょく……おい、そりゃどーいう意味だ?」

 うん、僕も気になっていた。

 彼の正体を突き詰めたものの、これといって緑茶に関係のあるような英雄ではなかったのだが。

「あら、紅いお茶が紅茶だから緑のお茶は緑茶って聞いたんだけど、違ったかしら?」

「何でオレが緑茶呼ばわりされてんのかって聞いてんだよ!」

「……緑だから?」

 何でこうも決戦前に緊張感がないのだろうか、このサーヴァントは。

 見た目のイメージカラーだけで妙な渾名を付けられたアーチャー自信も、頭を抑えて大きな溜息をついている。

「そういえば、一昨日貴方、私のマスターをひな鳥扱いしてたわね」

「ん? あぁ、そういえばそんな事もあったな。んで、だから何? 情けをかけろってか?」

「いえ。ハクがひな鳥なら、貴方のマスターは死んだカラスかしらと思って。マスターさん、羽ばたく力は残っているかしら?」

 メルトは無表情でダンさんに問いを投げる。

「――成程、慧眼だ。結局正体も知れず、謎は多いが腐っても英霊だ。返す言葉が無い」

「っ……旦那、そりゃ違うぜ。アンタの願いは人間として正しいもんだ。誰もそれを笑う権利は無い。まして死んだ鳥扱いなんてされて良いワケがねぇだろ!」

 今のアーチャーの言葉は本気なのだろう。

 あくまでもダンさんは表情を崩さないが、何か心に変化はあったのだろうか。

 考える間もなく、アーチャーが弓を構える。

「無駄話はここまでだ。まずはその饒舌から撃ち抜いてやる――!」

「良いわ。主を想うその意思だけは立派なものよ」

 メルトが戦闘態勢をとる。

「メルト、頼むぞ」

「任せてハク。来なさい森の狩人。邪なシャーウッドの森、草の一本も残さず溶かしてあげる!」

 開幕はアーチャーの矢だった。

 確かに正確無比、その速度はかなりのものだが、真正面からの攻撃を抵抗無く受けるメルトではない。

「はっ!」

 その矢を弾き、アーチャーのすぐ傍にまで跳ぶ。

 アリーナでの戦いの延長のような、どちらも譲らない打ち合いが始まった。

「面と向かっての戦闘なんて、心変わりかしら?」

「酔狂なマスターにあてられてな! だがまぁ――これはこれで楽しいぜ?」

「その通りだアーチャー。お前の実力はどの英霊にも見劣りしない」

「それはメルトにも言える事です。shock(8)(弾丸)!」

 アーチャーに向けてコードキャストを放つ。

 しかし、それをアーチャーはメルトの攻撃を対処しながら最低限の動きで回避して見せた。

 ダンさんは冷静に戦況を見定めている。

「っ!」

「メルト!」

 蹴りを受けたメルトが体勢を崩す。

「ほい来た。死にな!」

 アーチャーが弓を装着した腕で地面を叩く。

 メルトが何かを察したのか機敏な動きでその場から飛び退く。

 その瞬間、メルトが居た場所の地面から無数の茨が突き出てきた。

 直立状態なら脚具があるので影響はないだろうが、体勢を崩した状態だったらかなりの痛手だっただろう。

「ちっ!」

 すかさずアーチャーは矢を放つが、それを回避したメルトが再び迫る。

 そこにまたも一撃矢を放つアーチャーだが、それはメルトの腰元を掠めるだけに終る。

 近距離になればメルトが有利だ。

 メルトの鋭い脚具での刺突は軽装備のアーチャーにとって一撃であっても命取りになるだろう。

 しかしその一撃を与えられていないのは、それだけアーチャーの実力がある、という事か。

 行動を起こさないダンさんもそうだが、未だあのサーヴァントは本領を発揮していないように思える。

「っ――!?」

「メルト!」

 突然メルトが倒れたのはその時だった。

 すぐに体勢を立て直し、一旦戻ってくるが、その顔は青ざめている。

「どうしたんだ、大丈夫!? メルト!」

「大、丈夫、よ……!」

 確かにまだ戦う力は残っていそうだが、明らかに普段のメルトとは違う。

 アーチャーから、何か攻撃を受けたのだろうか。

 と、そこで思い出す。

 モラトリアムで、僕がアーチャーから受けた攻撃。

「おーおー、やっと効いてきたか。軽いもんだけど、生き物ってのはこれだけで死ぬもんだよ」

 あのイチイの毒が鏃に塗ってあったのだろう。

 サーヴァントならば、僕みたいに直ぐに倒れる事はないだろうが、どこまで耐えられるか。

 治療するようなコードキャストはない。

 どうしようか、と悩んでいる間に、アーチャーが高らかに宣言する。

「旦那ぁ! アレやるぜ!」

「良いだろう。仕留めるがいい、魔弾の射手よ」

 右腕に装着した緑と紫の弓。

 アーチャーの宣言は、それの真価の使用だった。

「森の恵みよ、圧政者への毒となれ――!」

 放たれた矢は毒々しい魔力の尾を引きながらメルトへと迫る。

 弾丸を放つが、矢の勢いを弱めることも無く消滅する。

 そして避けることもままならず、メルトはその矢を腕に受けた。

「――ああああああぁぁぁっ!」

 苦痛を隠さない叫び。

 普通の矢が直撃しても、こんな叫びは出ないだろう。

「メルト!」

「っあ、はぁ、はぁ……腕、が……」

 回復のコードキャストをかけるも、効果は少ないようだった。

 今の一撃こそアーチャーの宝具『祈りの弓(イー・バウ)』の真価なのだろう。

 敵の毒を体内で爆発させ、瞬間的に大きな損傷を与える。

 そしてその毒の回りを早めることで敵の死期を格段に早める。

 無情の狩人に相応しい宝具だった。

「意外としぶといなぁ。ま、その状態なら動けねぇし、死ぬのも時間の問題だな」

 このままでは相手の思う壺だ。

 メルトはもう動けないだろう。

 そうだ、僕が何とかしないと、最弱でもいい――せめて今この瞬間だけでも――

「メルトを守るっ!」

 

 ――『move_speed()』

 

「んなっ!?」

「む……」

「ハ、ク……?」

 体が勝手に動いていた。

 自分でも驚くほどの速度で走れる。

 ただ無我夢中に、アーチャーに突っ込み、手を力任せに振る。

「ちっ、この!」

 単調な動きは簡単に読まれ、外した隙を突いた蹴りは容赦なく叩き込まれる。

「っ……!」

 だが、何故か痛みはそれ程感じない。

 集中のあまり痛覚を自然と遮断しているのかもしれないが、今はそんな事を考える暇はなかった。

 吹き飛びそうになるのを必死で堪え、その場に踏ん張る。

「なん――」

 そして驚愕に目を開くアーチャーに、

「だと――ッ!!」

 力任せに拳を叩き込んだ。

「かはっ……!」

 決定打にはならなかったようだ。

 だが、血を吐くアーチャーを見る限り、ある程度のダメージは与えられたのだろう。

 すかさずもう一撃を与えようとするも、それを許すアーチャーでもない。

「てめぇ!」

 一歩下がって弓を構える。

 その勢いで殴りかかろうとしていた体は静止が効かない。

 ――これまでか、そう思った時。

臓腑を灼くセイレーン(ピケ・エトワール)!」

 一瞬、高い熱がすぐ隣を通り過ぎていく。

 そして、その熱の持ち主はアーチャーの腹に、その膝を突き刺していた。

「――なん、だと……!?」

 毒で動けない筈だったメルトは、再び驚愕の表情へと変わったアーチャーから膝の棘を抜き、後退する。

 何故かその顔色は先程よりも落ち着いていた。

「ハク、もう大丈夫よ、下がっていて」

「でも、メルト――」

「大丈夫よ。……結構格好良かったわよ、ハク」

 冗談っぽく言うメルトは、本当に戦闘可能の様だった。

 前線に出ていては邪魔になると思い、下がりながら念のため回復のコードキャストを使う。

「っ、ぐっ、テメェ……! 力の吸収とか、ナメた真似してくれるじゃねえか……!」

 アーチャーは重症のようだ。

 傷からは火の粉の様なものが零れ出している。

 このまま押し切れるかとも思ったが、遂にダンさんが遂に動き出した。

「……長期戦か、回復するぞ、アーチャー。――add_regen(16)(自動回復)

「っ、……助かるぜ、旦那」

 ダンさんが発動させたコードキャストによって、アーチャーの傷が癒えていく。

 アーチャーの弁によれば、メルトは体力をアーチャーから吸収しただけで、毒が治ったわけではない。

 このままでは不利なのは変わらない。

 そして、アーチャーの口元が釣り上がるのを見て、背筋が凍る。

「決めるぜ旦那、良いよな?」

「ふっ……良いだろうアーチャー。宝具の発動を許す。お前の本気を見せてやるが良い」

 まさか、『祈りの弓(イー・バウ)』の他にも宝具があるというのか。

 アーチャーは、その特徴的な緑の外套のフードを被る。

 そして、その笑みを残したまま、外套で体を覆う。

「気をつけて、ハク。どうやらアイツの奥の手の様よ」

「うん、分かってる」

 気を引き締めなおす僕とメルトを残忍な目で見据え、アーチャーは宣言した。

「さぁ、(なばり)の賢人、ドルイドの秘蹟を知れ――」

 

 

 ――無貌の王……参る!

 




ピケ=バレエ用語で「突刺す」の意。当然だが膝を相手に突き刺す意味では使われない。

白斗覚醒回。
強化スパイクはCCCでは役に立ちました。

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