しかもそれが本格的にアリだったので設定が広がっていってます。
今回の更新が遅れた原因の一つです。すみませんでした。
校庭。
白羽さんとユリウスがいると聞いていたが――
「お、白斗君、おはよ」
「うん、おはよう……何をしてるんだ?」
二人が見守っているのは、それぞれのサーヴァントだった。
リップとアサシン――だろうか。今まで一切姿を見せていなかった赤い胴着の男が向かい合っている。
纏う鮮烈な雰囲気は、相手を闇から襲う暗殺者のクラスとは到底思えない、猛々しい武人のものだ。
「さあ、次だ。打ち込んで来い!」
「はい……!」
アサシンの宣言でリップが動く。
足を大きく踏み込み、その巨大な手をアサシンに打ちつける。
それをアサシンは下がりながら、最低限の衝撃しか受けない状態で受け止めた。
「やはり、筋は悪くない。だが動きに無駄があるな。隙を無くし速度を上げれば十分に戦えよう」
リップは頷き、再びその拳をアサシンに伸ばす。
……この状況は一体何なのだろう。
「……どうやら、キザキのサーヴァントが以前の六階の戦いでアサシンの武術に魅入ったらしくてな」
「なんか、『アサシンさんに空手を教わりたい』って聞かないものだから、直接頼んでみたらアサシンも快く引き受けちゃってね」
そういう状況か。
姿を見せぬまま攻撃できるというアサシンの能力は、恐らくスキルによるものだ。
それを解いてリップを教授するということは、割と嬉しかったんだろうか。
「そもそもアサシンの武術は空手ではなく八極なのだが」
「気付いてないから良いんじゃない? リップも真剣だし」
リップは何のために強くなろうとしているのだろうか。
そんな目的はないのかもしれないが、引っ込み思案なところのあるリップが積極的に教えを乞うなんて。
それほどまでに真剣になっているリップにも、何か理由がある。
サーヴァントがサーヴァントに武術を教わるというのも奇妙なものを感じるが、リップには本気でその力を身につけようとする確かな信念が見えた。
リップの拳をアサシンが受け、アサシンが助言をしてそれをリップが学び、次の一撃に組み込む。
どうやらリップの飲み込みは早いようで、見始めた頃からたった数回で動きが変わるのが見て取れた。
「ところでキザキ。あのサーヴァント、見えないアサシンの動きをどうやって捉えた?」
「んー? 別に捉えてたわけじゃないんじゃないかな?」
「でなければ、アサシンが武術を使っている事さえ分からないだろう」
「あぁ、それは……」
考え込む白羽さんは、暫くして合点がいったように頷いた。
「あ、リップの体質じゃないかな。リップは神経の感覚が強いから、アサシンの攻撃の衝撃で分かったとか?」
「……」
ユリウスが目を見開いて絶句している。
そして、僕も同じだ。いくら感覚が強いからといって、肌に感じる衝撃だけでその正体がなんであるのか分かる筈がない。
「私もリップの能力の全部が分かってる訳じゃないし、よく分かんないけどさ。アサシンのスキルも万能じゃないって事なのかも」
「……そうかも知れんが……」
どうにも釈然としないといったユリウスの表情を見ていた白羽さんは苦笑した。
「何でもかんでも深く考えてちゃやってらんないよ。分からなくても、気にするほどの事でもなければ放っておく。そうした方が気楽じゃない?」
白羽さんの楽観的な言葉に、ユリウスは溜息を吐いた。
呑気な性格が上手く回っているのが白羽さんだ。恐らくは何があっても、白羽さんはこの性格で事を片付けられると思う。
「……理屈で物を考えないのもどうかと思うが。まぁ、お前ならそれでも上手くやるんだろうがな」
「あ、馬鹿にしてる」
「不満なら早々に治せ。少なくとも表では愚かでしかない」
むぅ、と頬を膨らませる白羽さんを無視し、ユリウスはリップの特訓を見ている。
戦術に組み込まんとしているのだろうか。
無表情なユリウスの感情は読み取れず、何を思っているかは分からないが。
「さて……お前は迷宮に向かうのだろう。気をつけろ。何やら次の階は今までとは違うようだからな」
「あ、あぁ……」
やはり、ユリウスも次の階は何かが違うと考えているらしい。
それは危険視か。ユリウスは戦闘には慣れているだろう。その慣れからきたものであれば、用心しておかなければ。
「白斗君。今回……なんかやばい感じがする。ホントに行くの?」
「……うん。行くしかないからね」
「……少しでも力になりたいんだけど、私には信じる事しかできないのかな。せめて一緒に迷宮に行ければいいんだけど」
ただし、それはできない。
ノートに念を押されている以上、僕が戦うしかないのだ。
白羽さんは不安で仕方ない筈だ。だから、せめて心配を掛けないようにしなければ。
「大丈夫だよ。今まで通り、戻ってくる。行こう、メルト」
確かに、僕も不安はどことなく感じる。
だが、止まるわけにはいかないのだ。それは、この月の裏側にいる皆を裏切る行為になる。
カズラは迷宮に入るなと言った。そう言うからにはきっと、何か大きな理由がある。
カズラが何を思っているにしろ、迷宮は突破しなければならない。
サクラ迷宮の扉を開く。今までよりも、遥かに重い拒絶の意。
これまでカズラの迷宮でそれを感じていなかった事から、次の階が今までと違うことは明確だ。
意を決して、迷宮に飛び込む。
尋常ではない息苦しさの中――九階が見えてきた。
迷宮の内装は今までと変わりない。
だが。
「何、これ……?」
「根……かしら」
床全体にびっしりと、網目状に走る若草色の根。
一種の芸術性を感じさせる
今までの迷宮には無かったものだ。これは一体何なのだろうと触れようとすると、
「触れるな。そこを動くんじゃない」
迷宮の奥からセイバーが歩いてきた。
「セイバー?」
「そこから先はあの少女の領域だ。踏み込めば身の安全は保障できん」
「何があるというの? 非戦闘用のアルターエゴの領域なんて……ッ――!?」
「メルト!」
呆れるような物言いでメルトは一歩を踏み出し、すぐに後退した。
その理由はすぐに分かった。
メルトが踏み込んだ場所に突如出現した花。
迷宮全体の拒絶の中心かと思えるほどの敵意。
「――」
しかし、花は何を起こすでもなく枯れ去った。
「今のは?」
「食虫花。彼女の領域に踏み入れたら、すぐにでもバグと判断され食われるだろう」
「っ」
迷宮に踏み入るな――カズラの言葉が、ようやく理解できた。
今度こそ、容赦は出来ない。アルターエゴとして、BBの味方として戦わなければならないと。
「どうすれば……」
これでは進みようがないのでは……
『どうやら、通信も対象となるらしいですね。迷宮の先に術式を送ってみましたが、すぐに消滅しました』
生徒会も潜入を試したようだが、結果は芳しくないらしい。
それも無いとなると打つ手がない。
「それでセイバー。貴方は食べられないの?」
「どうやら、自我は残っているようでな。俺は確かにバグだが、食おうとはしていないらしい」
自我が残っていないことを前提にしていることからすると、やはりカズラには何らかの異常が起きているようだ。
カズラはセイバーをバグとして認識しているらしい。下手をすればセイバーさえも餌食にされかねない――そんな状況なのか。
「俺としても手詰まりだ。彼女が持つ特殊なスキルについては話を聞いていたが、まさかこれほどとはな」
「特殊なスキル……これは、id_esスキルなのか?」
「そうだ――インセクトイーター。
「インセクトイーター……」
自らが支配する領域に進入したバグを軒並み洗浄する、規格外のid_esスキル――最高位のウイルスチェッカー。
カズラは戦闘を好まないアルターエゴだ。実際、戦闘能力も皆無なのだろう。
これは、防衛だ。攻め込まれたから自身を守っているだけなのだ。
メルトとリップのid_esスキルは聞いていたが、実際それがどんな力を持っているかは聞いていなかった。
まさか、これほどの規模を操れるとは。
『思った以上に厄介だな。セイバー、その根は階全体を領域としているようだが、広がることはないのかね?』
ダンさんの質問に、セイバーは暫し考えた後頷いた。
「これはあくまで防衛だからな。攻め入るようなことはすまい。よってここより先に進まなければ安全な訳だが……この光景を目にしても、お前たちは先に進むというのか?」
カズラに自我があったとしても、僕たちは警告を無視してここにきている。
もし、カズラが敵対を決意してスキルを発動させたのだとしたら、僕たちもスキルの対象となるだろう。
“――いで”
「っ!」
迷宮の奥から響いてくる、カズラの声。
“来ないで、ください”
明確な、拒絶の意だった。
それ以上進んだら容赦はしない。悲痛なまでに苦しげな声で、カズラは訴えていた。
“傷つけたくないんです。貴方を喰らいたくないんです。痛い。苦しい。熱い。だから、早く――出て行ってください!”
「――」
宣戦布告でもなければ脅迫でもない、悲しげな懇願。
そう――凄まじいまでの拒絶は、ただ、純粋な願いだった。
喰らいたくない、だから此方に来るなと。
――カズラが貴方に抱いている恋心、知ってた?
メルトの言葉を思い出した。
『これ』は――『それ』からきたものなのか?
だとしたら、僕はこの状況で一体どうすればいいんだ?
「――――?」
カズラがいるであろう彼方に、何かが光った。
それは、カズラではない。尋常でない速度で迫ってくるのは――
「……天馬?」
紛れも無い、純白の天馬だった。
こんな場所にいる筈もない幻想種。
セイバーは武器を構え、メルトも攻撃態勢をとる。
だが天馬は戦意がないらしい。
根の張った領域の外に足をつけた天馬は此方を暫く見つめ――
「……こんにちは」
人語を話しながら、その形を崩した。
「え――?」
無数の繊維のように解けていく天馬。やがてその形が完全に無くなると、繊維は再び構成される。
長身の女性だった。
きっちりと身体に密着した戦闘服。長い髪を後ろで一つに纏め、眼鏡は知的な雰囲気を醸している。
そして、感じ取れるのは凄まじい魔力。
即ち、サーヴァント――それも、最上級の存在だ。
「……アンタ、まさか」
「アルターエゴ・ヴァイオレット。BBから言い付かり、カズラの領域攻略の補佐に参りました」
「アルターエゴ……」
ヴァイオレットと名乗った女性はそう言った。
メルトやリップ、カズラの姉妹たるアルターエゴ。
そして――
「攻略の……補佐だって?」
「はい。イデスの暴走です。ここまでの規模で能力を使われては、迷宮の霊子構成に支障が発生しかねません。よってカズラを止めろとの事です」
「……」
「一言一句違えず伝えましたが?」
怪訝な表情にメルトに、あくまでも平静にヴァイオレットは言う。
それがBBの意思であり、今回に限り協力をしようと。
「そういう事です。セイバー、貴方も協力を。生徒会、異存疑問はありませんね?」
『そう、ですね……強いて言えば、貴女に対する信用といったところでしょうか』
「信用ならないと?」
『今まで捕捉していないアルターエゴともなれば当然よ。それに、BB直々の命令っていうのなら尚更胡散臭いわ』
凛の言い分は尤もだ。
この事件の元凶であるBBがカズラを止めろと命令したのならば、それは即ち僕たちの迷宮の進行を手助けすることになる。
それはBBにとっては良くないことだろうし、この状態である限り僕たちが手出しできないのならば、都合が良いと思うのだが。
『BBの命令はともかく、貴女個人としてはカズラドロップの状態をどう思っているのですか?』
「当然、アルターエゴとして愚かな行いだと思います。ですが――」
あくまで、表情を変えることはない。
ヴァイオレットは感情を見せない声色に、しかし確かに信念を持っていた。
「――苦しむ姉妹を捨て置く意味は無いと判断したまでです」
『……分かりました。それが本当であることを祈りましょう』
『レオ、本気? あれ、BBの分体よ?』
『AIとして嘘を吐けないという性質が彼女に残っていれば良いのですがね』
どうやら生徒会にも認められたようで、ヴァイオレットは頷き、手を振り上げた。
その手から魔力が離れ、五羽の鳥となった。
「これを観測してください。この方法ならば、先の構造を確認できます」
「あれは……?」
「使い魔のようなものです。カズラの能力は領空を定めません。空を移動すれば、危険は減ります」
鳥が迷宮の奥へと飛んでいく。
捕食の対象にならない存在を観測することで、迷宮の構造を確認する――カズラの特性を知り尽くしたヴァイオレットの手段に思わず息を呑んだ。
「さて、先に言っておきますが、結局危険な手段だという事に変わりはありません。だとしても、カズラを止めたいのであれば、策を話しましょう」
『最も安全性の高い手段を取るならば、どういう結果に?』
「カズラを殺す、それが最も安全な方法です。暴走を止めるより、遥かに単純ですから」
「っ、それは……!」
「出来ない。分かっています。ですから、彼女の暴走を止め正気に戻すという方向で動きます。覚悟は、良いですね?」
当たり前だ。
僕は、カズラに何をしてあげられるのか分からない。
だけど、せめてこれくらいは。
「……メルト」
「ええ。……仕方ないわね、やってあげるわ」
どうにも不服といった風だが、メルトも応じてくれた。
セイバーを見ると、彼も異存はないと頷く。
「カズラを止める。手伝ってくれ、ヴァイオレット」
「……」
ヴァイオレットの初めての表情の変化は驚きだった。
その理由は分からないまでも、彼女にも心があると思える一瞬だった。
表情を元に戻し、ヴァイオレットは迷宮の奥を見やる。
「良いでしょう。では――」
ヴァイオレットが作戦を話す中、階段を下りてくる足音に気付く者はいなかった。
(リップの特技が空手道かー…やっぱ本編に絡ませたいよな)
(頼むアサシン先生。アンタなら大丈夫だろ)
こんな感じで割と適当に決めました。
晩年の李老師は近所の子供たちに武術を教えていたそうです。
カズラのid_esスキル、インセクトイーターは領地を作れば強くなる感じ。
詳細は三章末のマトリクスに記載します。
ヴァイオレットはカズラと同じ、CCCで没になったサーヴァントの一人です。
能力については自己解釈で使わせていただきます。
↓ちなみにサヴァレンジャーでのAUOは途中参戦のゴールドです予告↓
「何、恩義は定まった形で返さねばなるまい。我が妻を救ってもらった恩を、この場で返させてもらおう」