その内一回が遂にきました。
しかも一ヶ月近く。長え。
とりあえず更新は滞らないようにしないと。
そんな訳でどうぞ。ヤンデレってこええ。
『親愛なるメルトリリス様へ
駄……マスターの躾けに困っているようなので、これを預けます。
本来わたしに与えられたものですが、貴女が持っていても問題はないでしょう。
使い方は言わずとも分かると思いますが、一応記載をば。
ただ求めれば良いだけです。では、幸運を。 カレン』
カレンからそんな物騒なメッセージがメルト宛てに来たのが、つい数分前の話だ。
一夜休憩を経て送られてきたそれは、八階のカズラの様子で忘れていたらしい“何か”を思い出させるには十分だったようで。
結局何に怒っているのかすら分からないまま、僕はカレンが送りつけてきたそれの餌食になっていた。
「……あの」
「良いわねこれ。NPCの癖にこんな
「……メルトさーん」
メルトの小さな手から不自然に伸びる赤い布。
それは不自然に僕に巻きつき、不自然なまでに身動きがとれなくなっていた。
「……なんでこんなことに――っ痛い痛い痛い!」
「そうね。何故こんなことになったのかしら。予想はついてたけど、本当に腹立つわね。……今更ながら、あの
ギリギリと締め上げられ、こんな布で何故ここまでというほどのやはり不自然な痛みが体中を襲う。一体何なんだこの布は。
「あぁ、もっと鳴いていいわよハク。悪い気はしないし」
「――――ッ!」
忘れていた。このメルトというサーヴァントは加虐体質持ちのサーヴァントだということを……!
理由こそ分からないが、まさかこのためにカレンはメルトにこの布を渡したというのか。
だとしたら、一体いつ結託したのか。メルトはカレンに対して良い感情を持っていなかった筈だが……
「あら、押し殺さなくてもいいのに。苦痛に歪む顔も良いけど、やっぱり悲鳴を上げてくれた方が私は好きよ」
ヤバイ。怖いこのサーヴァント。
あろう事か、正真正銘生粋の
「っ……僕、何かした?」
「したわ。多分、無自覚に。いえ自覚あったらさすがにこれじゃ済まさないけど」
……駄目だ。本気で分からない。
あれか? メルトは間違っても穏健ではないとかそういう事を考え
「痛ッ――!」
やはり読心スキルでも持ってるんじゃないか。
だが、これでは話が進まない。
「えっと……無自覚なら、何をやったのかすら分からないんだけど。出来れば教えてくれれば」
「嫌」
即答だった。
「……何で?」
「自覚しても直せないもの」
「それでも、努力くらいは……」
出来る。そう言えないほどの圧力があった。
しかし、直せないとは。
実力が不足している。自覚している。はっきり言って、役立たず。これも悔しいが理解している。
メルトのマスターとして相応しくないこと、生徒会の中でも弱い存在であること。どちらも痛いまでに自覚している。
それではないなら、一体――
「……」
メルトは此方の意図を掴むように見つめてくる。やがて溜息を吐いて、首を横に振った。
「……やっぱり、何も分かってないのね」
「え……」
「カズラのことよ」
……どうやら今回の件はカズラが関係しているらしいが、それを知っても答えにはたどり着けない。
昨日、八階で僕はカズラに何をしたか。或いは、何かをされたか。
どちらも覚えがない。少なくとも、メルトの琴線に触れるようなことは何一つしていない筈だが……
「良いわ。やっぱり教えてあげる。その方が安全っぽいし、努力できるならしてみるといいわ」
勿論、そのつもりだ。僕に直せるものであれば、すぐにでも――
「カズラが貴方に抱いている恋心、知ってた?」
「――」
――――何を、言って――
「気付いてないわよね。その朴念仁ぶりは筋金入りだもの」
「……いや、でも――」
「まあ、否定するとは思ってたけど。だけど、これが本当だったらどうする? ハク、貴方は一体、どんな答えを出すかしら」
答えられない。
今までそんなこと、想像したことさえなかったから。
BBから離れたカズラは、目的が一致しているから友好的に接してくれると思っていた。
だが、別に理由があったと? 僕はそれに気付かず、ただ信頼されているとしか考えていなかったのか?
「やっぱり、答えられないわね。直すこともできない。意識しても――いえ、意識したからこそもう直せないんでしょうね」
直すも直さないも、どうすればいいのかすら分からない。
こういう状況になったことがない。じゃあ、僕は一体これに直面して、何をすればいいのか。
「ッ――」
突然、メルトの表情が驚愕のものに変わる。
今までの事が嘘だったかのように不安げに、拘束していた布を外してきた。
「……ごめんなさい。どうかしてたわ」
「え――」
「私のスキル。知ってるでしょ? 相手より優位に立つほど前が見えなくなる。だからこんな、変なこと言ってしまったわ」
……果たして、そうなのか。
理屈としては正しいのだろう。加虐体質というメルトのスキルが作用しての発言というのは多分合っている。
だが、それは変なこと、ではなく真実なのではないか。
自身はBBに廃棄されたエゴだとはいえ、カズラとは姉妹という扱いになるのかもしれない。
だから、カズラの気持ちを考えも、気付いてすらいなかった僕に対して怒りを覚えていたのだとしたら。
……確信めいた訳ではない。この場での詮索は避けておくべきか。
その時、携帯端末が音を鳴らす。生徒会からの召集だ。
「……行きましょ。今日も変わりなく迷宮を突破する。私たちが優先すべきはそれでしょう?」
「……うん」
その通りだ。だが、どうにも引っかかるものがある。
こんな状態で迷宮の攻略は可能だろうか。そんな不安さえ生まれる。
メルトのせいではない。真実なのだとしたらそれに気付かない、虚言だとしたらそれをくよくよと気にする僕の責任だ。
とりあえず、生徒会室に向かおう。
このことには僕なりに答えを出さなければならない。後悔しない何かしらの答えを。
メルトにも思うところがあったのか、此方を気にしながら生徒会室まで姿を消さないまま付いてきてくれた。
「おはようござ……おや、メルトさんも現界してご一緒とは珍しいですね。その制服、よく似合ってますよ」
「えぇ……ありがとう王様」
「……? 元気がありませんね。どうかしましたか?」
レオが容態を聞いてくる。特に問題はないと返すと、そうですかと頷いた。
深い詮索はすまいとしているのだろう。レオの気遣いに感謝し、席に着く。
「案外普通の登場ですね。てっきりわたしが預けた聖骸布で縛られながら来ると思ったのですが」
カレンのそれは純粋な疑問だったらしい。やはりこのAI、他と逸脱しているところがある。
ちなみにカレンが渡してきた布は現在、メルトが右腕に巻いている。
メルトが求めればいつでも発動できるようだ。何とも恐ろしい布だった。
「聖骸布、ねぇ……NPCがそんな
「しかしあの布の魔力からして、間違いはないようですね。あれは貴女に付加されたサーヴァントの所有物なのですか?」
「いえ。カレンというNPCにデフォルトで付属されるようです。ムーンセルの防衛機構の一端では?」
聖骸布――亡くなった聖人を包んだ布。カレンの布は、どうやらそれに該当するものらしい。
そこまで凄いものを、メルトに預けても良いのだろうか。
主に僕が謂れのないことで餌食になる。
いや、今回の場合は、僕も真剣に考えるべきことなのだが。
「……どうやら、調子が悪いようですね。一日分くらい休憩を取りますか?」
「……いや、大丈夫だよ」
間違っても、僕の問題で迷宮探索を遅らせるわけにはいかない。
「ですが、精神状態に動揺が見られます。何かあったんじゃ……」
健康管理AIである桜には、やはり筒抜けらしい。
同じ権限を持っているカレンにも伝わっているだろう。だが――
「……まぁ、理由に察しはつきますが。どうやら
こうした勘違いをしてくれるのは好都合か。
拘束の効果を持った聖骸布を渡している以上、動揺の理由はそれにあると考える。
「カレン……また貴女ですか? 紫藤さんを困らせないようにとあれほど念を押しておいたのに……」
「無論、今回は戦力補強という名目がありますよ。この聖骸布は女性が扱えば、男性に強い拘束力を与えます。割と強力ですよ?」
「名目って……それは、サーヴァントに対してもですか?」
「いえ、多分無理です」
「駄目じゃないですか!」
……要するに、単なる嫌がらせだったらしい。
ともかく、あの布は今後メルトが持つようだが、どうにも不安である。
「ところでレオ、ユリウスと白羽さんは?」
「あぁ、校庭です。迷宮に行くのなら、その前に様子を見てきてもらえますか?」
校庭……そんなところで何をしているのだろう。
「分かった……じゃあ、僕はそろそろ」
「はい。ですが、本当に大丈夫ですか?」
「うん。ごめん、変な心配かけて」
レオの心配はありがたいが、止まっているわけにはいかないのだ。
それに、カズラのあの言葉も気になる。
次の階に来るなとはどういう事か。ここまでは協力的だったというのに。
疑問の答えを明らかにするためにも迷宮に向かわなくては。
+
「うっ……く、ぁ……!」
――苦しい。
「っ、っ、はぁ……」
――痛い。
「けほ……っ! ぅあ……!」
――だけど。
「もう無理だ。これ以上耐えていれば、命に関わるぞ」
「……構い、ま……せん……」
セイバーさんの心配はありがたいけれど、それを受け入れる訳にはいきませんでした。
出来れば、ハクトさんがこの九階に入ってこないでほしい。でも、恐らくそれは叶わないと直感が告げている。
だからこそ――私が、頑張らなければ。
「お前が倒れてしまえば本末転倒だ。より彼らの負担は増える。だから――」
「は、い……だから、私が抑え、込めば……!」
正直なところ、限界は超えていました。
それでも耐える――耐えなければならない理由は一つだけ。
――このままでは、あの人に危害を加えてしまう。
「俺が彼らの補佐をしよう。それなら問題はあるまい」
それが、最も正しい選択なのは明らかです。
そして、それが最も悪い結果を齎す確率が高いのも、避けようのない事実でした。
「っ……大丈夫、ですよ、セイバーさん。私……」
開いた口からも抑え込んだ魔力は逃げ出そうとしてしまい、どうにも言葉は途切れ途切れになってしまいます。
でも、セイバーさんに不要な心配は掛けさせないようにしないと。
「……精神力だけは、自信があるんです」
決して嘘は言っていません。非戦闘用に作られたアルターエゴである私が他のエゴとは一線を画しているもの。
その中でもこの場で最も必要なものが、精神力。
“これ”を抑え込もうとする気さえあれば、きっと出来る。
そう信じて、ただ集中する。それをひたすらに、ハクトさんがSGを取ってくれるまで続けるだけ。
「……お前は」
「はい?」
「お前は、正義の為に動いているのか?」
「……」
言われて、考えました。
正義というのは果たして、個人の主観によるものなのか、客観から見たものなのか。
主観によるものならば、間違いなくそうだと言い切る自信がありました。
私が選んだ選択――元を辿ればお母様に逆らっていることも、その先が良くなってくれればという願望からきたもの。
ですが、果たしてこれは客観から見て正義なのでしょうか。
主たる存在に逆らい、自分勝手に動くことは恐らく、正義とは言えない。
「――どう、なんでしょうね」
判然とした答えを出すことは出来ないけれど、これは正義だと信じることならば出来る。
独善的。そう非難されるとしても、それであの人を守ることが出来るのならば。
「――、あ……っ」
後一歩。自身に植え付けられたものがこれほどのものだったとは思いませんでしたが、これならきっと。
「まったく。何をしているかと思えば。センパイ想いですね、カズラ」
「っ、ノート……!」
そんな――ここまで、きて。
「センパイを守る心がけは殊勝なものですが、アルターエゴの本質を見誤らぬよう」
「……何故、ここへ……」
「何故、ですか。貴女が外敵を防ぐ壁を作る手段を持つならば、私がそれを砕く手段を持たぬ筈がないでしょう」
ノートは、アルターエゴの中でも戦闘面では圧倒的。
階層全体に張った防壁を破る手段を持っているのも当たり前でした。
「この場で貴女が消える訳にはいかないでしょう。センパイが貴女を突破し、次へと進む。センパイにはそれが出来る力がある。貴女がすべきは、それを肯定し運命を受け入れ、センパイを信じること。そうでしょう?」
「だ、けど……それは……ッ!」
反論しようと言葉を荒げようとした瞬間、抑えていた力が溢れそうになりました。
こんな集中しなければならない状況で、最悪の相手が現れるなんて……
「センパイに危害を加えることになる、ですか。まったく――大した矛盾ですね」
「矛、盾?」
「センパイを傷つけたくない。センパイが愛おしい。その為に自らを危険に晒している。ながらアルターエゴとして、衛士を全うしようとしている、と」
「――――――――」
いつかハクトさんに話した。私が旧校舎に行っても、ノートがそれを罰するだろうと。
お母様の味方。間違っていない。では、私はハクトさんの敵? それも違う。
味方をしてこれた今までとは訳が違う。これは正真正銘の
それと直面して今度はハクトさんに「迷宮に入るな」と言ってしまった。
何故? 当然、それは守るため。足止めという意味では、お母様を守るアルターエゴとしての役目も果たしている。しかしこれでは、私の目的は果たされない。
お母様を正しい道に戻そうとするならば、ハクトさんにはこのSGを取ってもらわなければならない。しかしそれは危険で、一歩間違えばハクトさんを消してしまう。
では、私が消えれば。ハクトさんに遺志を託して、この階層を明け渡せば――そんな答えを、何かが隠す。
それを選ぶならば何故逃げようとする選択肢があったのか。自己を棄てる覚悟があるなら、初めからそうすれば良かったのではないか。否、私には元よりそんな覚悟はない。私は死ぬことを前提に作られた訳ではないし、その為のこの能力。
「そう。ですから、貴女は生きればいい。その上で、センパイを信じる。愛とアルターエゴ、その二面性、小さな
「……お前は、何を考えている」
――遠くで、セイバーさんの声が聞こえる。
「そこまで警戒しなくとも。私は姉妹を破滅に導くほど残酷ではありませんわ。求めるのはハッピーエンド。少々歪んでいても、伸ばしてくれる手があるならばそれに頼っても良いと諭しただけです」
ノートが、何かを取り出した。大きな、斧のようなもの。
「セイバー、引き続き貴方はカズラの護衛にあたってください。その上でセンパイを助けるかは貴方が見定めて構いません」
その何かが、こちらに向けられる。でも、躱す力は残っていない。何より、自分が自分でない何かに染まっていく感覚に恐怖して、身動きが取れない。
「何をする気だ?」
「少々、その葛藤を払ってしまおうかと。私は私で
優しげな笑みは、確かに私を想っているのでしょう。
やめてほしい――それは止まることなく――ああ、独善的とはこういう――
「――
葛藤はゆっくりと、白い波に攫われていきました。
ギャグかと思った? 残念! シリアスでした!
遂に加虐体質がファンブルしました。
自覚って怖いですよね。無意識だったものが意識的になった直後の不自然感は異常。
それと、マグカルゴだかダラ・アマデュラだかの聖骸布はメルトの装備になりました。
当初はリードワンちゃんプレイで生徒会室にGOな予定だったんですがそこまで外道にはなれませんでした。私が。
三話ほど前の制服回に、頂いたイラストを挿絵として追加しました。
素晴らしいイラストを描いてくださった駄蛇様、ありがとうございます!
↓いよいよ三章も終盤です予告↓
「カズラを殺す、それが最も安全な方法です。暴走を止めるより、遥かに単純ですから」