調整評価ってなんか意味あるんでしょうか?
二階でガトーと合流してキーホルダーを渡すと、何故か共にジナコの部屋の前まで連れられていた。
「おう、生きているかジナコよ。今日もモンジめが遊びに来たぞ」
「うっわ……また来たよおっさん。アルジュナさん、出番ッスよ」
部屋の中からそんな、至極面倒そうな声が聞こえる。
そして「はいはい」という苦笑交じりの声の後、扉の前にアルジュナが現れた。
「すみません、ガトー。現在ジナコは飛竜の尻尾を切り落とすのに必死だそうで。なんでも極少素材を探しているとか」
……ゲームの真っ最中という事か。
「邪魔ッスよ生肉ロケット! 尻尾が剥ぎ取れな……だー、もう! 紅玉出ろッス!」
「……この有様でして」
「ふむ。対顔できぬかな?」
「すみません。あれでも私のマスター。心から拒んでいることを許容する訳にはいきません」
アルジュナはジナコの生活を是としないまでも、やはりサーヴァントらしい。
真に侵すべきでない場所へは決して踏み入らせまいとしている。
恐らくはこのまま、戦闘体勢にでも入るだろう。ならば仕方ないとガトーは頷いた。
「残念だが構わんさ。門前払いは小生の十八番。伊達に沙門を名乗っておらぬよ」
「実に申し訳なく思っています。ジナコも本心では悪いと感じているでしょうに」
「いやいや。アレが引き篭っているのは天岩戸が如き心の壁。ジナコが自覚するまで通い続けるまでである」
「……ガトーは、何故そこまでジナコを気に掛けるのですか?」
「決まっておる――他にやることがないからだ!」
豪快に笑い飛ばすガトーに、アルジュナは絶句していた。
「坊主暇を持て余すという奴よ。あぁそれだけではないぞ? こんな空間に長く潜んでいては息も詰まろう。そこに穴を穿てば、是が非でも吐き出したくなる想いがある。小生はそれに手を貸すまでだ」
ガトーが真面目な事を言っているという状況に驚くも、それより大きい驚愕はガトーの深い思慮だった。
恐らくガトーは心からジナコを救済せんとしている。その為に足しげくこの部屋に通っているのだ。
「……寛大な心です。その徳の高さ、いつか神をも殴れるようになるのではとさえ思えます。私には到底真似できない。道を求める貴方には私怨も無いのですね」
「私怨とな。怨みも立派な道の一つと存ずるぞ。察するに雷神の子よ。そなた、未だにかの太陽の威光との未練を捨て切っておらぬな?」
「……」
私怨、太陽の威光。
その二つの言葉で真っ先に思い浮かんだのは、アルジュナとカルナの対決だった。
生前――インドの古代叙事詩、マハーバーラタにおいて、この二人の大英雄は宿敵として描かれる。
異父兄弟という関係を最後まで知ることなく、互いの武器と真言をぶつけあい、幾人もの戦士がその戦の過程で倒れていった。
「……サーヴァントとして、マスターに従う身でなければ――彼との確執も拭えたやもしれません」
「……カルナをまだ……?」
「どうでしょう。少なくとも協力体制でなければ――」
殺しあっていたかもしれないと。
カルナの生涯は終始呪いに付き纏われ、最後の瞬間も呪いによるものだった。
首を落とした最後の一矢はアルジュナによるもの。その瞬間、
サーヴァントとして呼ばれた今再び会いまみえて、生前の諍いを無かったことにできるかといえば――無理だろう。
以前、三階でカルナと戦った際、両者がどんな思いを持って戦っていたかは分からない。
だが互いに、生前からの因縁をぶつけ合って――その決着は付くことなく戦いを終えた。
「聖杯戦争に喚ばれたのならば、そんな運命もあるとは思っていました。ジナコに呆れる一方で、カルナについて考えていたことも少なくない」
「ふむ。確かそなたがかの英雄との血縁を知ったのは決着が付いた後だったな」
「はい。カルナが兄であるという事実を予め知っていれば……恐らく結末は違った。しかしカルナは知っていて、ドゥルヨーダナとの友情引いては私たちとの敵対を選んだのですね」
――なんて強い精神なのか、と。
アルジュナは感嘆していた。最大の敵に対しての思い、今の考えを少しでも、カルナとの決戦――クルクシェートラの戦いで持てていれば。
「……お二人に聞かせる話ではありませんでした。すみません」
これ以上話すつもりはないらしい。アルジュナは話を切り上げ、苦笑した。
「それで、お二人はどうしてここに? ジナコに用があったのは分かりますが、ハクトが来るのは珍しいですね」
「うむうむ。この少年がジナコめのキーホルダーを見つけたのだよ」
「おや……どこにあったのですか?」
「図書室の入り口みたいだけど」
「そうですか。ジナコが珍しく自分で本を取りにいった時に落としたのですね」
ジナコも本を読むのか……と若干驚いたが、どんな本なのかと考えれば大体想像がつく。
「確か……流行りの「ライトノベル」と言いましたか。えー、『俺の妹が……天上、天下……唯我独尊』……?」
「……」
『俺の妹が天上天下唯我独尊』。
最近の流行りというものは良く分からない。記憶が抜け落ちているだけなのかもしれないが。
「ともあれ、ありがとうございます。何か礼をしないといけませんね」
「いや、僕は別に……」
「ははは、少年。かの雷神の子たる存在からの御礼など一生に一度あるかないかだぞ!」
普通はないと思うが。
「さすがにジナコのスナック菓子では釣り合いませんし……では、一つ」
アルジュナの穏やかな目――その深淵に捉えられる。
全てを把握されているような、しかし嫌悪感はなくその先――未来までを見定められているかのような、不思議な感覚。
「……油断無きよう。如何様な慈悲も、牙になりえましょう」
「え……」
「ちょっとした予知です。見据えられるすぐ近くの運命は、安全なように見えて牙がある。絶対に油断はしないように」
「あ、あぁ……分かった」
油断はするつもりはないが、アルジュナが言うなら間違いなく、この先に何かがあるのだろう。
「でもアルジュナ……予知のスキルが?」
「予知、というよりは予見ですかね。視力には少しばかり自信がありまして、一点を見据え集中すればある程度動き、ないし運命が見えるのですよ」
「ブラヴォー! これこそ
「あの時はドローナ様の教えに従ったまでです。全てはあの方のお陰ですよ」
――
アルジュナが師ドローナから与えられた、弓の腕前を讃える地位。
なるほど、その逸話はスキルとして集中力による予知を可能としているのか。
「……うん、ありがとうアルジュナ。気をつけるよ」
「健闘を祈っていますよ。私も出来うる限りで手を貸すので」
「グラッチェ少年! 小生も入滅する覚悟でおぬしに手を貸す所存である!」
「いや、入滅は駄目だって……」
結局ここまで叫んでいても、ジナコは出てこなかった。
彼女の根性も凄まじいものだ……そう痛感しつつ、その後暫くアルジュナ、ガトーと話をしていた。
それから少しして、いよいよサクラ迷宮に潜る時間がやってきた。
「よし……メルト、行こう」
「えぇ。気をつけてね」
階段を下りるのは、海に沈む感覚に良く似ている。
凛の階層、そしてラニの階層を過ぎ、やがて辿り着いたのは新たな階層である三階層。迷宮の七階だった。
西洋の城を模した今までの迷宮とは様変わりし、和というイメージが強く出ている。
迎えるように聳える鳥居を潜り、辺りを見渡す。
立ち並ぶ和様建築の建造物。そして桜の木が多数植えられている。
風に靡き、舞う花弁。およそ此方の妨害を目的にしているとは思えない。
「……ハ、ク」
「メルト!?」
しかし、そんな中でメルトは苦しげに表情を歪ませていた。
『メルトさん? どうしました?』
『くっ……これって……』
『桜? これは……拒絶反応?』
どうやら桜にも、メルトと同様の反応が起きているらしい。
桜とメルトだけ……? とすると……
「リップ、何ともない?」
『え、えっと……パスを弾かれるような……感覚です』
パスを弾かれる……やはり拒絶されているのだろうか。
桜、メルト、リップ。この三人にのみ作用するという事は、やはりBBの手による妨害か?
「大丈夫よ……これくらいなら、まだ……でも」
「……戦闘は極力避けようか」
見たところ、敵性プログラムは皆無。やはり此方を妨害するような雰囲気は見られず、三人の拒絶だけを目的とした仕組みだけが機能しているように思える。
『っ! 前方にサーヴァント反応です……!』
桜の報告で前に目をやる。
一度経験した事のある、圧倒的な存在感。
大剣を抜き身の状態で持ち、完璧な戦闘態勢を取った剣士が屹立している。
そして、その隣に立つ小さな和服姿。
「……あ」
注意しながら近づいていくと、小さな方――他でもない、アルターエゴの少女が走り寄ってきた。
すかさず迎撃の態勢を取るメルト。だが向こうに戦意は無いようだった。
「こんにちは。ようこそ七階へ」
「え……?」
儚げな微笑みを浮かべながら、少女は小さく頭を下げた。
敵とは思えない、友好的な態度に唖然としている此方を気にしながらも、少女は続ける。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……うん」
「なら良かった。警戒は解いても大丈夫ですよ。セイバーさんは私が言わなければ手を出さないので」
「君が……?」
「はい。私は戦闘が苦手だからって、お母様から預けられたんです」
少女はセイバーを見ながら言う。それに対して、セイバーからは一言もない。
ただ此方への明確な戦意を答えとしている。
確かに今は手を出さないまでも、この少女が命じればすぐにでも剣を振るうだろう。
お母様、とは恐らくBBの事――しかし、戦闘が苦手とは。
「えっと……ハクトさん、ですよね?」
「そう、だけど……」
「自己紹介……良いですか?」
無垢さを思わせる、首を傾げる仕草。
他意など微塵も感じさせない、純粋な行動に躊躇い無く了承してしまった。
「ありがとうございます。私はカズラドロップ。カズラ、と呼んでください」
にこり、と笑いながらもう一度少女――カズラは頭を下げた。
大和撫子とでも称せばいいのだろうか。和服も相まってその姿は様になっている。
なるほどこの階の外装が納得できる。この階層はカズラが担当している、その証明だ。
カズラに敵意はない。だったら、この階の仕掛けは――
「そうだ。大丈夫ですかメルト。サクラにリップも、セキュリティに引っかかってますよね」
「……分かってるなら……早く止めてもらえないかしら」
「ごめんなさい。お母様たちの干渉を防ぐためなので……」
「干渉……?」
それを防ぐための仕掛けなのか。
「この階なら会話がお母様たちに伝わりません。なので――聞きたい事があれば、どうぞ」
「え?」
まるで、BBに反しているかのように。
カズラはこの階の衛士でありながら、BBに会話を伝わらせまいとしている……?
『ちょうどいい機会ですね。ハクトさん、聞いておけるものは聞いておいた方が良いかと』
レオの言うとおりだ。一応セイバーに警戒しつつ、いくつか質問をしてみても良いだろう。
「……まずこの仕掛けだけど、何故メルトたちが対象になるんだ?」
「お母様の干渉を妨げる仕掛けなので、同じアルターエゴの系譜や同型機という性質上該当してしまうのでしょう」
なるほど……BBだけではない。他のアルターエゴからの干渉も防いでいるらしい。
「安全圏にいる、ないしその区域からの観測を受けているので負担は少ないようですが、本来なら無理に突破したら脳が焼き切れるレベルのファイアウォールなんですよ?」
「……」
思いのほか物騒かつ危険なものだった。
「とりあえず、三人は対象外に設定しましょう。完全に、とはいきませんが負担は減るはずです」
言ってカズラは目を閉じる。すると空間全体がざわりと揺らめき、雰囲気が幾らか変貌する。
メルトの苦しげな表情は和らぎ、桜とリップもどうやら気にならないまでになったらしい。
「これで、大丈夫ですね」
「あぁ……ありがとう」
この行動からも分かる。どうやら、本当にカズラに戦意はないらしい。
しかし……集中してみれば、この階全体から感じられるSGの兆し。
BBやアルターエゴからの干渉を防ぐ仕掛けがもしやSGに関係しているのだろうか。
「どうしました?」
「いや、なんでカズラはBBからの干渉を防ぐんだろうって」
「……」
カズラは黙り込んだ。秘密に関わる事ならばそれで当然なんだろうが――
「……お母様は、間違っています。道を違えていて、でも止まれない。それに気付かない。恐らく、それに疑問を持つのはアルターエゴとしておかしいと思います。ですが――」
それは、是とできるものではないと。
カズラは健康管理AIという、BB本来の役割を色濃く受け継いだ存在なのだろう。
マスターにとって悪であるBBの間違いに気付き、本来の役割に戻るべきだと考える存在。
そんな考えに至ったならば、BBが信頼を置かずに時間稼ぎの衛士として配置するのも納得できる。
「この階層の衛士として、私は役目を全うしなければなりません。ですが、出来うる限り、皆様には協力するつもりです」
『上辺はBBの味方って事?』
「設定された機能上お母様の味方である事は必然です。絶対の安全が約束されるならば、
『少なくとも、僕たちが活動を許される程度には安全のようですが?』
「プロテアにノート。あの二人にとって、そのセキュリティは遊戯に過ぎませんよ」
そうか……旧校舎は既に、攻撃を受けていたのだ。
『プロテア、か……あの子、アルターエゴだったのね』
「凛、知っているのか?」
『えぇ。貴方を一番最初に迷宮に引っ張り込んだ子よ。BBの切り札って事しか知らなかったけど』
あの巨大な手。そして、単眼の正体。あれはプロテアと言うらしい。
そういえば凛は衛士だった頃、あの少女――といっていいか分からないが――を知っていたようだった。
『しかし、ノートとは? 此方では確認していませんが』
『……私の、バーサーカーを討った存在です』
『っ……リップを捕まえた子――!』
生徒会室が静まり返る。ノートがリップを捕らえるべく旧校舎に向かった時。
あれを視認したのは、白羽さんだけなのか。
数多の宝具を持つ、強力極まりないアルターエゴ。無傷でバーサーカーを討ち果たした嫌でもアルターエゴの力が理解できる存在。
ノートが旧校舎に侵入してくるという事実はリップを連れ去るという行動により知らされた。警戒はより、強まるだろう。
「ハクトさんのみが迷宮に潜る分には干渉はしないでしょうが、十分に注意を。何をしでかすか分かりませんから」
そんな情報を打ち明けたカズラ。生徒会からの信頼を受けるには遠いようだが、それでも出来る限りオープンでいようという気は伝わってくる。
もしかすると、言えばSGすらも明け渡してくれるのではないか。そんな風にさえ思え――
「――セイバーさん!」
「ッ」
瞬きよりも早い刹那、カズラが名前を呼ぶだけで、セイバーは了解したと言わんばかりに行動した。
抜き放っていた剣を虚空に振るい、確かにそれは何かを受け止める。
――と、同時に感じ取った。周囲に発生している浅い霧を。
カズラが腕を振るうと、僕とメルトに何やら術式が掛けられる。これは――対魔力か。
それをこのタイミングで掛けるという事は、この霧は魔術的なものだ。
「――どうして邪魔するの? カズラは
「迷宮にやってきた御客人です。手出しするつもりはありません」
鋭い剣戟。セイバーはただ襲い来るものを受け止めているだけだが、それは即ち何かからの襲撃を受けているという事。
襲撃者は素早く動きながらも幼い声を発する。声は濁っていて幾つもの声が交じり合っているかのような聞こえ方だ。
「だめだよ。ちゃんところさないと」
残酷な言葉の主は、何度あったか分からない剣戟の最後で高く跳躍し、僕たちとは数メートル離れたところに着地した。
「はじめまして」
「え……あ……」
見た目は十代前半と思しき姿。乱雑に纏められた銀髪と、純粋ながら深い殺意と狂気を感じさせるアイスブルーの瞳。
皮製の服と、スカートを穿かずに黒い下着のみを着用するという扇情的な外見は、歳不相応にも娼婦を思わせる。
それだけならば、まだ良いとさえ感じる。しかし、腰から吊り下げられているのは幾つもの鞘。収まっているナイフ、そしてそれに収まるべき内二本はその小さな手に握られている。
「不思議だよね。すごくきれいなお城で、肺も焼けちゃう毒の霧。
きゃっきゃっと無邪気に笑う少女は、しかしその霧を一層深くし、殺意を一層強くする。
まさに狂気。目の前にいるのは、狂気の具現だ。
「“わたし”は
そんな、狂気の一つ一つをかけがえのない幸福の如く満ちた表情で諳んじる少女。
まるで自らが複数であるかのように歌い、少女は自ら名乗った。
「だから――わたしたちの
アルジュナの息子アビマニユがカルナに殺されたってあったけど他に文献がない。
アビマニユを殺したのはジャヤドラタってのが一般みたいですね。
カルナが戦線指揮をとるのはもう少し後ですし……結局どう解釈すれば良いのやら。マハーバーラタだかヨガカレーだか知らないけど難しい。
外典四枠目は自重したかったんですが、展開的にやはり動かしやすい敵が必要になりました。
ジャックなら使いどころも分かりやすいですしね。
登場キャラはこれで全てになります。どんな形であれ、今まで登場した者たちで物語は進んでいきます。
それと、書き溜めが無くなってきたので三日ごとの更新は保障できなくなりました。
今後の更新の、あくまで自分の目安なんですが、
・三話先まで書き溜めが終わり、かつ最終更新から三日以上経過
・最終更新から一週間経過
このどちらかに当てはまった時の更新となります。
楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありませんが、これから先色々と多忙な時期に入ってくるのでご了承いただければ。
↓言い切ったけどこれも登場キャラに該当するのかな予告↓
「お二人とも、あのロボットの打倒をお願いできますか?」