死に瀕した、一人の少女がいました。
少女は最後の最後、敵として戦った二人の少女に全ての力を託そうと決心しました。
それは適わずとも、少女は大きな勇気を必要とする決断を選んだのです。
主役の少女、二人の少女が誰とは言いませんが、それを踏まえて読んでくれるとありがたいです。
迷宮に入ると同時に感じる、嫌な予感。
殺気や敵意とは違う。しかし悪寒を感じる何か。
その正体は間違いなく、目の前に存在している扉だ。
『やってきましたね。先ほどの私は、私らしからぬエラーでした。ですが今回の私は、そうはいきません』
聞こえてくるラニの声。今度こそ、自分にSGはないと豪語する。
「なんか言ってる事一緒じゃない」
『はい……今度こそ、私に秘密はありません。ですので自由に迷宮を探索してください』
そうは言うが、目の前の扉は開かない。
もしかするとシールドに匹敵するかもしれないという程の強固さ。
『ただし、ここにも
「自由に……?」
ラニの言葉を考えるに、そのドレスコードを通過できれば扉は開くのだろう。
だったら、その内容は――
『分かりませんか。服です。この階層に入りたいのなら、まず服を脱いでください』
「は?」
「は?」
『は?』
生徒会全員の声が重なった。
『聞こえなかったのですか? 服を脱いでください』
「ラニ……何を言ってるの? ハクにそんな事、させる訳ないじゃない」
『しかしそれでは扉は開きませんよ。大人しく、スパッと、ヌギッと。
そ、そんな白目剥きながらベッド昇り降りするような理想郷、来て欲しくない!
『何を躊躇う必要があるんでしょうか……。でも確かに突然のオールセパレートでは難易度が高いですか』
何か考え込むラニ。正直碌な事を考えている気がしない。
『とりあえず、下着だけは残して結構です』
「妥協になってないよ!?」
意味が分からない。
そして、何よりラニのキャラ付けが分からない。
「……私の最後の決心って……」
メルトが眉間に皺を寄せ、頭を抑えている。
何があったかは分からないが、確かに見知った人がこんな突拍子も無い事を言い出したらこうなるだろう。
僕自身も現在進行形で頭が痛い。
『補足ですが、その扉はハクトさんが脱げば開きます。全自動脱衣式オープンロック(特許申請中)です』
そしてあろう事かこの少女、逃げ場を無くしてきた。
これを突破しなければ進めない。凛の遠坂マネーイズパワーシステムより性質が悪いじゃないか……!
『く――あははははは! いやあ、これはもうしょうがないですね! あぁ、副会長、RECの準備は? 抜かりない?
「レオ……! くそ、ユリウスは……いないのか」
なんでこうも必要な時に……!
今すぐ迷宮探索を切り上げさせ生徒会室に戻ってもらおうか。
『ご安心を。レオの傍には常に、このガウェインが』
「話にならないよ! レオの意見全部通しちゃうじゃないか!」
あと一人諌めてくれそうなダンさんも迷宮に出ている。
……何なんだこの、「この展開になるためだけに仕組まれたような状況」は……
『あー……えっと……ごめん。私じゃモニター切れるほどの技量なくて……』
白羽さんが謝罪してくる。良心はあっても技量が足りないらしい。
『あ、あの、私が切っておきますので、その……』
『駄目よ桜。ハクト君に何かあったらどうするの。危険がないように、しっかり見ておかなきゃ……ふふ』
もっともらしいことを言っている凛だが、悪意に満ちている。
絶対一層のことを根に持った上での仕返しだろう。
くそ……誰か、力になってくれる人は……
レオ。論外だ。ラニの思想を全面肯定している。
凛。……正直信じていたが、駄目らしい。ランサーも凛を一番に考えている以上、期待できない。
白羽さん。技量が足りないとの事……真偽はともかくとして、リップにモニターを壊してもらうとかできないだろうか。いや、そうした場合修復含めて今後の探索に支障が出そうなのだが。
桜。凛に咎められてしまった。
ガトー……論外。そもそも生徒会室にいない。
「……誰も期待できない」
そもそも、モニターを切る方法を模索する以前にこのドレスコードとやらはどうにかできないのか。
「……メルト、どうにかならない……?」
「……どうにかしたいわよ……いくらメル得イベントでもこんな人前でなんて……」
メル得ってなんだろう。
「ラニ、もう少し妥協してくれないかしら」
『……仕方ないですね。上着を一枚。それでいいでしょう』
どんな妥協なのかよく分からないが、まぁ、そのくらいならば構わないか。
僕が言うのも何だが、ドレスコードを妥協してもいいのだろうか。
とりあえず上着――学生服を脱ぐと、それでOKと判断したのか扉が開かれる。
「これって……ラニのSGに関係あるのかな?」
「どうでしょうね……」
メルトが呆れ返っている。
凛同様、ラニも聖杯戦争で知り合った時は強力なマスターとして何度も手を貸してもらった。
その頃はこんなことを言い出すなんて思っても見なかったのだが。
『結構です。それでは、迷宮探索をお楽しみ下さい。最奥部でお待ちしています』
扉を通過したのを確認したのか、ラニからの通信は途切れた。
扉の先は迷宮が続いている。ラニのSGが何にしろ、とにかく先に進まなければ。
『くっ……ラニの合理性がアダになりましたか。まさか妥協点を出してくるとは……』
『まだです、レオ。まだ迷宮は続いています。先に進めば、或いは』
『そうですね……ありがとう、ガウェイン。まだ諦めてはいけませんよね』
『え、何、レオ君ってそっち系なの?』
ホントに、黙っててくれないものかこの会長主従は。
此方は此方で呆れながらも、探索を開始する。
迷宮内のエネミーのレベルは四階よりも上がっており、探索にも相応に時間が掛かる。
とは言え特に危なげなく進み、迷宮の半ば程度まで来た頃。
ポチ。
「……え?」
足元から、妙な音がした。
今までの床の感触とは違う、まるでボタンを押してしまったような――
「うわ……この霊子の揺らぎ……来るわよハク」
「何、が……?」
『はーい! いつもニコニコ、貴方の足元に這い寄る番組! BBチャンネルー!』
Now hacking…
OK!
『この放送は、ムーンセル特設スタジオ、サクラガーデンからお送りいたします』
『ウェルカム・トゥ・プロヴィング・グラウンズ! 上着を小脇に抱えた夏場のサラリーマンチックで足元がお留守のセンパイに襲い掛かる強襲型バラエティ、BBチャンネルの時間です!』
って、またか!?
視界が一転したかと思うと、前にも見たようなスタジオへと移動していた。
『こんにちは、センパイ。はい、挨拶されたら挨拶、ですよ! せーの、元気良く、こんにちはー!』
頭の整理が終わる前に、話がどんどん進んでいく。
「……えっと」
挨拶……するべきなのか?
『なーんて、ぜんぜん聞こえませーん! 誰もいない通路で一人大きな声上げて、恥ずかしかったですかー?』
「……」
『えー、この映像は才色兼備な博士系キャラBBちゃんが百年くらい前に録画しておいたMADムービーです。苦情抗議文句募金等は一切受け付けませんのであしからず』
つまりは此方が何をせずとも勝手に進んでいくらしい。
無茶振りをされないだけマシな気もするが……
『あ、勿論ネタの提供なら大歓迎ですよ? 熱いラブレターとかお待ちしてますね。勿論、晒し上げてからゴミ箱にポイ、ですけど』
BBの異様なアッパーテンションは、とてもじゃないが、桜と同型のAIとは思えない。
ていうか、後ろのボードに思いっきり「
「……ハク、送るなら絶縁状にしときなさい。間違ってもラブレターなんか送らないようにね」
「え、あぁ、うん……送るつもりはないけど」
『あー外野がうるさいです。メルトは黙っていてください。これ、センパイと私のフリートークって分かりません?』
「分かりたくもないわよ。時間の無駄だからさっさと戻してくれる?」
『空気読んでくださいよ、せっかく貴女も舞台に上らせてあげてるんですから」
「……これ録画じゃないのか?」
メルトが突っ掛かるのも予想の上でこれを録画した訳ではないだろう。
こんなタイミングバッチリな結果になる筈がないし。
『あ……えっと……こほん。ちなみに、このスタジオを壊そうとしても無駄ですよ』
BBは何事も無かったかのように進行を再開した。
『ていうか、何もかも無駄なんです。センパイは記憶を失くして、サーヴァントは初期化、BBちゃんは超美人。そんな状況で、なんでまだノコノコ歩いてるんですか?』
――諦めろ、とでも言いたいのだろうか。
だとしたら、それは無理だ。
何が起きても、たとえ死んだとしても、その瞬間まで僕は諦める気は無い。
『そうです。その目。諦めないって目――本当に、人間の行動原理って謎ですよね。こんなオモチャで遊ばないなんて、ムーンセルもどうかしてます』
挑発的な小馬鹿にしたような目。支配者としての、絶対的優位を示す視線を向けられる。
『貴方たちは籠の鳥です。私はあの旧校舎の校則であり拘束。逆らわない方が身の為ですよ?』
視界――やはりカメラになっているのだろう――が離れていく。これで終わりなのか?
『では、今回はこの辺りで。私は忙しいので相手してられませんけど、勝手に死なないでくださいね、センパイ?』
そして視界から外れようとするBB。
だが、その前に――
「BB、一つ良いかな」
『質問ですか? ……もう、これは録画だって言ったのに。一つだけ、ですよ』
聞いておきたいことがある。
僕とBBは親密な関係ではない。だというのに、何故。
「何で、僕をセンパイって呼ぶんだ?」
桜ならまだ分かる。だが、BBに呼ばれる筋合はないと思うのだが。
『だって、呼びやすいじゃないですか。良いですよね、センパイって響き』
「……え?」
『要するに、私がそう呼びたいだけです。という訳で――』
突然、教鞭が此方に突きつけられる。
『覚悟は良いですか、センパイ。くらえ、コレが私のSGでーっす!』
「がふっ――!」
「ハク!?」
何か、凄い攻撃を受けてスタジオの端まで吹き飛ばされたような……!
今のは、一体……?
「……?」
何かが、頭に入ってきている。
――後輩属性?
BBのSG……こんな形で手に入っていいのか!?
「ていうか……そもそもBBにSGがあったのか」
『ふーんだ。当然ありますとも。グレートデビルなBBちゃんも基本は女の子ですから秘密くらいあるんですー』
最後にそれだけ残して、BBは視界から消えていった。
視界が切り替わる。元の迷宮だ。
「っ……あー……ホントに、ストレス溜まるわね、あの放送」
同じく視界ジャックを受けていたメルトが愚痴を吐いている。マスターとサーヴァントだと感じ方が違うのだろうか。
『……? どうしたの? 探索、頼むわよ?』
「あぁ、うん……」
凛たちは今のジャックを感じていないらしい。
あのボタンのようなものを踏んだことで、僕たちにだけジャックが掛かったのだろう。
時間も経過していない。感じたよりも遥かに短い時間で、あの放送は繰り広げられたのか。
しかし、BBのSGか。
後輩属性。読んで字の如く、後輩の属性。
頭に入ってきた情報によると、健気に努力して先輩を支える奉仕系キャラらしい。
……BBの部屋に鏡はないのだろう。絶対に。
あえて言うなら万能系後輩(ただしマジ邪悪)といったところか。口調だけは。
少なくとも、自分のSGを発射してセンパイ呼びする相手を吹っ飛ばす後輩に健気も何もあったものじゃない。
想定外の出来事はあったが、とにかく探索を再開しよう。
ラニのSGを探していてBBのSGを手に入れるとは思わなかったが、そもそも使い道はあるのだろうか。
そんな事を考えつつ歩き始めたのだが、そう時間も経たずに“それ”を見つけた。
「……」
『では、脱ぐのです』
前に立つと同時、ラニが言う。もう説明する気もないらしい。
そう、全自動脱衣式オープンロック(特許申請中)だ。
『先ほどのものは単なるテストです。そのプログラムが問題なく実行するか、それが分かった以上、妥協はありません』
脱いだら開く――それを確認するための扉だったというのか。
それだけのものにあれだけ苦悩した……そう考えるべきか、目の前の障害に戦慄するべきか。
妥協はない。つまりは、先ほどの抵抗も空しく下着姿になる事に――
『あぁ、そうです。テストの為だったので、上着は着て構いませんよ』
「え?」
だったら、どうすればいいのだろうか。
上着を着た上で下着姿になる。意味が分からないのだが。
『ただのヌードに興味はありませんので。ただ、倫理の壁を突破していただければいいのです』
「……どうすれば?」
『下着だけを脱いでください。それでその扉は開きます』
――
――――?
――――――――ッ!?
「な、なんだって――――!?」
「…………世も末ね」
『……アトラス院はイッちゃってるッス。アイツら未来に生きてんな』
予想の斜めすぎる回答が返ってきた。
『貴方に残された最後の倫理の壁。この世で最も理解に苦しむ常識。それを破壊するのが
――
「……」
堂々とラニが宣言する一方で、此方は呆れとも憐れみともつかない頭痛に苛まれていた。
割と寝不足がたたっている現在、疲労はマックススピードで積み重なっていく。
『では、私はこれで。貴方の克己心に期待します』
「……」
妥協はしない。言葉すら聞かない。そう言わんばかりにラニは通信を切った。
『……』
沈黙が痛い。
ラニに会おうにもこの扉を突破しなければならない。
しかし、ここに来て途轍もなく大きな障害が目の前に現れた。
『むむ……さすがに下着だけ脱ぐというイベントは想定外でした。僕には早すぎる嗜好性です』
『早すぎるも何も、多分目覚める日は来ないんじゃ……』
『……ごめんハクト君。調子乗ってたわ』
『え、えっと……モニター、切りますね! 絶対に見えないようにしますから!』
「…………」
……やれというのか。
だが、モニターが切れているのか此方で確認することはできない。
生徒会同士の不審を煽る仕組みだったとすればラニの実力は恐るべきものだが、そうでないことは既に半ば判明している。
もういい。結局悩んでいても開かないのなら、いっそ吹っ切れて――
「……リップ、そっちお願い」
『う、うん……!』
「え?」
何やら、メルトとリップが会話する。
そしてそれに続くようにビシリと音がした。
『あ!? ステルス性のモニターに罅が!?』
『いつの間にそんなもの仕掛けてたのレオ君……』
『ご安心を我が君、此方にバックアップが――と、融けている!?』
『誰ですか! こんなパターン青なハッキングを仕掛けたのは!』
『しまった、プログラムの
『落ち着いてくださいガウェイン! こういう時は進化促進プログラムを投与してやればギリギリで間に合うもので――』
『いつまで小芝居続けてるのよこの主従は……』
何やらレオとガウェインが騒がしい。何かあったのだろうか。
「さて、ハク。これで大丈夫よ」
「ど……どういう事?」
「私たちを観測する数値の羅列からモニターまでリップに罅を入れてもらって、そこに私の蜜を流しただけよ」
駄目だ。意味が分からない。
確かメルトにそんな能力があった気もするが判然としない。
だが、要するにレオが仕掛けていたステルス性モニターとやらは完全に破壊されたと。
『くっ……不覚ですっ……! バレてないと思ってたのに!』
「私に目がある内は無理だと思いなさい、王様。さ、ハク」
これで大丈夫……らしいが。
「……メルトもせめて後ろ向いててほしいんだけど」
「……チッ」
舌打ちした気がするが、気のせいだろう。そういう事にしておこう。疲れているから空耳の一つや二つ、仕方が無い。
ようやく踏ん切りがついたものの、零れ出た溜息は最近で一番大きいものに感じられた。
第11メル徒イロウル。
メルトウイルスじゃなくてEXTRA編六回戦での決戦場融かしたときみたいな感じ。
電子戦(ただし攻撃に限る)も得意なんですよメルトちゃん。
メルト
「そういえば、王様のじゃない別のカメラが幾つもあったわね。
見逃すのは一度きりよ。懲りてないなら次は罪を体に刻まれるのを覚悟の上でする事ね」
なんかメルト激おこですよ。誰ですかカメラ仕掛けてた人たち。
↓影が薄いキャラが出るのはご愛嬌予告↓
「桜、このサーヴァント、契約はしてある?」