一話『溶解する運命』
『……ふむ、君も駄目か』
声が聞こえる。
『そろそろ刻限だ。君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう』
――さらばだ。安らかに消滅したまえ。
冷たく言い放たれる言葉に、何の反抗、抵抗も出来ない。
既に動かなくなった身体はどれだけ脳が命令しても、その指示には指一本応じない。
頭痛と違和感は、今日という日、常に頭の中を支配していた。
ずっと続いていた不思議は、倉庫の扉を潜ったところでピークを迎えた。
無機質なパーツで構成された人形を連れ、倉庫に開いた穴から、異界――例えるならば電子の世界――のような場所を暫し歩いた。
剣となり、盾となる人形はそこで待ち受けていた障害を難なく突破し、終点まで辿り着いた。
そこまでが、先ほどまでの出来事。
神聖な雰囲気の漂う広場には、見覚えのある男子が倒れていた。
男子の傍で、同じく倒れていた人形が立ち上がり、戦闘を仕掛けてきた。
今までと同じように、大した事のない、取るに足らない障害――
そう考えていた直後、僕の人形は砕け散っていた。
続け様に振られた、尖った腕は容赦なく僕を襲い、痛みと共に身体から感覚が抜けていった。
最早、諦めるしかないのか。
諦めてしまえば、この苦痛から逃れることが出来る。
床をぼんやりと見つめているこの目を閉じれば、泡沫の夢は終わりを告げるだろう。
終わりを選べば、静かで穏やかな死が迎えに来てくれる。
……よく見ると、広場に転がっているのは、そこの男子だけではなかった。
少し目を動かせば、広場の端に見える。
土塊のように茶色く濁り、幾重にも重なる死体の山。
判別は出来ないにせよ、あれらは同じ
ここまで辿り着いて、しかしどうしようも出来ず、人形に敗れて果てていった者達。
目を閉じてしまえば、あれの仲間になる。
全力を尽くした。
だから悔いはない。
もう終わりにしてしまっても、いいかもしれない。
ふと、とある生徒の姿が思い浮かぶ。
特徴的な赤い制服。
高貴さを象徴するような金髪を靡かす、太陽の王。
「お別れを言うのは間違いだ。今の僕は理由も無いのに、また貴方に会える気がしている。だから、ここは“また今度”というべきでしょう」
彼が言っていた。
また、僕に会える気がすると。
痛みは拷問の様に、絶え間なく全身を駆け続けている。
こんな痛みが巡っているにも関わらず……彼の言葉を、彼の期待を裏切るのは嫌だ。
何故、彼の言葉がここまで僕に強く根付いているのかは分からない。
でも、だからこそ、死を受け入れる訳にはいかない。
『……む?』
全身に力を込め、立ち上がろうとする。
だが、やはりそれは叶わない。
苦痛に表情を歪ませながらも、それでも諦めきれない。
このまま死んでしまうとしても、最期までこの自分だけは貫き通してやる。
こんな無理をしていれば死期が早まるだろう。
だが、何をしなくてもどうせ死ぬ。
それなら、最後の最後まで足掻くのが、僕なりの矜持だ……!
「思ったより粘り強いのね。すぐに溶けて無くなってしまうと思ったのに」
どこからか聞こえた声が、一瞬、思考を中断させた。
甘く蕩けるような女性の声。
それは正しく、僕に向けて発せられていた。
「苦痛に歪む貴方の顔、もう少し見ていたいけど。死んでしまったらそれまでよね」
声は段々近づいてくる。
それに応じて身体に力が戻ってくるようで、麻痺しかけた感覚が戻っていくと同時、痛みはより鮮明になっていく。
だが、こんな痛みに屈しない。
身体に力が戻るなら、痛みに耐えれば立ち上がれる――!
「良いわ、合格よ。貴方に力を貸してあげる。もう一度強く願いなさい、『生きたい』と」
声が促す。
言われるまでもない。
生きたい。
こんな訳の分からない場所で死んでたまるか。
絶対に生きてやる……!
瞬間、広場に立つ巨大なガラスが爆ぜた。
どこか遠くから、小さくて、それでいて大きな何かが近づいてくる。
それはもう、直ぐ近くまでやってきていた。
光の尾を引いて迫るそれが近づくのに応じて戻る力を振り絞り、少しずつ起き上がっていく。
しかし、それを人形は黙って見ている訳ではない。
完全に僕の息の根を止めるべく、尖った腕を振り上げ――
次の瞬間、それは振り下ろされる事無く、金属がぶつかり合うような良く響く高い音と共に、人形の身体は吹き飛んでいた。
カツンと地に着く音。
「っ――」
……なんと言えばいいのだろうか。
一度見たら決して忘れる事のできないインパクトの持ち主が、そこに立っていた。
長い長い、紫の髪。
華奢で小さな身体には不相応な黒く大きなコート。
見上げる背をこれ一対で見下す側にまで昇華させる、槍の様に先の尖った鋼の脚。
そして……そのままであれば規制される部分のみを小さなプロテクターで覆っただけの露出した下半身。
こんな存在が、死の淵で現れたともなれば、困惑しない者などいないだろう。
幼さを残した少女の顔が、笑みを浮かべながら此方を見下ろしていた。
「改めて問いましょう。貴方が私のマスターね?」
問いかけの意味は分からなかった。
だが、直感が示している。
これこそ、今を生き延びる為の最後の関門。
故に答える。
この答えが、今後どんな未来を呼ぶか分からない。
その場凌ぎという事も十分に理解している。
今はとにかく、助かりたかった。
「僕が、マスター、だ……!」
恐怖と驚愕がない交ぜになった精神の下、必死で紡いだ言葉に、少女は苦笑で応える。
「もう少しはっきりしてれば尚良しだったけど……80点ってところかしらね」
広場の端にまで飛ばした人形が立ち上がるのを傍目に見ながら、少女が言う。
「契約の純潔は受け取ったわ。私の手を取っ……」
言いかけて、少女は自分の手を見る。
彼女が僕に取らせようとした手はサイズの合わないコートに隠れている。
当たり前だが、取ろうにも取れない。
「……一度言ってみたかったのだけれど、上手くいかないものね」
と、直前の発言を無かった事にした。
そして人形に向き直り、体勢を低くする。
「安心なさい。サーヴァント、メルトリリス。契約を受けた以上、勝利を誓いましょう」
「……ぅあっ!」
少女の言葉と同時、右腕に鋭い痛みが走る。
見てみると、そこには見覚えのない、三画の紋様が刻み込まれていた。
「その令呪が確かなものなら、私を上手く使いなさい。この初戦にて貴方の才を見せてもらうわ」
人形が少女に迫る。
振られる腕を鋭い脚で弾きつつ、言葉を続ける。
「良い? 命じるのは貴方。その命の下、戦いを奏でるのがサーヴァントたる私」
サーヴァントという言葉の意味は未だに分からない。
だが、眼前の少女は、僕に命じろと言っている。
「さぁ……!」
だから、曖昧でも良い、とにかく今は生への懇願を、彼女に伝える。
「勝利を……!」
僕が言葉を放った瞬間、防御に徹していた少女が人形を高く蹴り上げた。
そして少女も飛び上がり、膝の棘を人形に突き入れる。
先ほどあんなに苦労して、一度は敗北したその人形の最期は、驚くほど一瞬だった。
華麗に降り立った少女に続き、力を失った人形が落ちてきた。
もう二度と動くことはないだろう。
「もうお終い? 意外とあっけないのね」
軽く言う少女の声に、応えようとするも、手の甲に刻まれた文様が放つ痛みが徐々に増してきていた。
それは耐え難い程のものになり、意識を焦がしていく。
『手に刻まれたそれは令呪。サーヴァントの主人となった証だ』
遠のく意識に語りかけてくる声は、諦めかけた時に聞こえてきたものだ。
『使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、三つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい』
その説明は聞いておかねばと、意識を集中する。
紋様――令呪は、サーヴァント――少女の事だろう――への命令権。
『ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意する事だ』
続けられた言葉に驚愕する。
聖杯戦争、聞き覚えのある単語だが、思い出せない。
マスターというのは先程少女が言っていた。
恐らくサーヴァントの主人を指す言葉だろう。
令呪を全て失えば死ぬ。
令呪は三画、という事は、サーヴァントへの絶対命令は実質二回のみ、ということか。
『まずはおめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずは、ここがゴールという事になる。“それ”の存在は予想外だが、これはこれで面白い』
意識の喪失を必死で堪えつつ聞く。
“それ”と称された少女は少し離れたところで、僕を見つめている。
『随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。誇りたまえ。君の機転は、臆病だったが蛮勇だった』
厚みをもった三十代半ばと思われる声。
聖堂の様な広場から、何となく
『私の
最早限界だった。
声も、途切れ途切れにしか聞こえない。
最後に聞こえたのは、
――では、これより聖杯戦争を始めよう――
――いかなる時代、いかなる歳月が流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理――
――月に招かれた、電子の世界の
開戦の言葉だった。
凛可愛い→ラニ可愛い→リップ可愛い→カルナさんかっけぇ→エリザ可愛い→うっわメルトやべぇ←今ここ
ジナコ「」
メルトさんマジグッドスマイル。
気がついたら書いていた。多分後悔はしない。
という訳で初めまして、けっぺんです。
書き溜めがなくなったら完全な気分更新になりますが、長い目で見てくださるとありがたいです。
では、今後ともよろしくお願いします。