赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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ディオドラはアニメ準拠版なので、これ位が妥当。
果たしてゴンさん(笑)な超弱ロキ一族はどうするべきやら……。

年寄りの因縁については次回の前半パートにて。


第70話「千年の恨み」

 不死鳥の呼びかけに応じたのは、とても見覚えのある御仁でした。

 作務衣の様な白い和服と、それを支える芯でも入っているかのように伸びた背筋。腰には普段は帯びない真剣を佩き、過去に類を見ないほどの上機嫌を見せるそのお顔。

 はい、どう見てもお爺様です。本当に有難うございます。

 

「命の危険を感じた際は即座に呼べと言ったが、正直なところ本当に出番が来るとは思うておらんかったわ」

「ご足労頂き、真に有難う御座います。全ては臣下の力不足が招いた罪。批判は甘んじて受けますので、どうかお力をお貸しくださいませ」

「なに、アレに敵わぬと思うことは恥ではない。互いの力量差を正しく見極め、無駄なプライドに執着せぬレイヴェル嬢の判断は実に的確じゃよ」

「恐悦至極ですわ」

「それにな、偶然にも奴とわしは因縁浅からぬ仲。いずれ決着をつけねばと思っていた宿敵とこうして巡り合えた運命に、むしろ感謝しとるわ」

「それは重畳。そう言って頂けて、気が楽になりますの」

 

 成る程、レイヴェルの切札とはお爺様のことでしたか。

 それなら先ほどの啖呵も納得です。

 だって、お爺様は私の中で最強を司る象徴。どれだけ強かろうと、恐竜の一匹や二匹に後れを取るはずがありません。

 だけど―――

 

「爰乃や、こやつの相手はわしが引き受けよう」

「……どうしてもですか?」

 

 王としての立場で考えると、ここは使い魔と言うルールの抜け道を見つけ、不測の事態に備えたレイヴェルを褒め称えるところ。後のことはお爺様に任せ、安全な後方から高みの見物を決め込むことが賢い選択だと理性では理解しています。

 もしもこれがビジネスライクに召喚に応じた相手なら、また話は違ったと思う。

 だけど、招かれたのは祖父にして師匠のお爺様。自慢の娘を目指す身としては、親へ不始末の尻拭いを頼むことに抵抗を感じてしまう。

 

「お前の気持ちは分かる。しかし他の有象無象ならまだしも、奴は赤龍帝にとっての白龍皇に等しい敵。恥知らずにも親が出てきたと思われようと、最愛の孫の面子を潰そうと、絶対にこの場は譲らん。譲れぬのだ」

「ど、どのような関係なのですか?」

「そうさな……力及ばず敗れた宿敵と言ったところか」

「えっ!?」

「わしはな、バアルの倅に負けた爰乃と同じ立場で長い年月を過ごしてきた。これがどれだけの地獄かお前なら分かる筈じゃが?」

 

 何と言うか、憤死ものの大事件だと思います。

 敗北の歴史もびっくりですが、よくぞ耐え忍んだものですね。

 

「どうして、再戦を挑まなかったのでしょう」

「名誉を挽回する力を得るべく香千屋の門を潜り、血の滲むような修練を経て剣の理を身に着けた頃にな、訃報を聞いてしまったからじゃよ」

「それはきっついですね……」

「正直、目的を見失ったことで無気力に蝕まれたわ。もしもお前たち香千屋の人間と言う心の拠り所が無ければ、今頃は廃人だったと思うとる」

 

 リターンマッチは、挑めなかったと。

 確かにサイラオーグさんの訃報を明日聞いたら、私も暫く引き篭もる程度には凹みます。

 勝ち逃げだけは本当に勘弁。リベンジまでは絶対に元気で居て欲しいところ。

 

「さしずめ今のわしは、死んだ筈のセナを現世で見つけたプロスト。最初で最後かもしれぬこのチャンス、逃す訳には行かんのだ」

「……これも私の弱さが招いた事態。悪いドラゴンはお爺様にお任せして、当初の予定通り王同士の決勝戦に専念する方が良さそうですね」

 

 完全に納得出来た訳じゃない。だけど全てを亡くした私に対し、何不自由の無い生活、惜しみない技術指導、おまけに無償の愛まで注いでくれた恩人の頼みを無碍に出来ません。

 そもそも、与えられるだけの人生を送ってきたのが私。

 些細なことでも喜んで貰えるなら、感情論は二の次として簡単に捨てられる。

 故に逡巡は一瞬。私は笑顔で首を縦に振る。

 

「私もこちらを片付け次第、直ぐにお爺様の応援に駆けつけます。誰にも邪魔はさせませんので、どうかご存分に鬱憤を晴らして下さい」

「……済まぬ」

 

 申し訳なさの表れなのか、髪を梳くように優しく撫でられた。

 最後に頭を撫でられたのは、確か小学生の頃だったかな?

 子ども扱いに喜ぶのもアレですけど、たまになら悪くないと思う。

 

「だ、誰?」

「知らぬなら教えてあげましょう。あの御方こそ今や数少ないアーキタイプの悪魔にして、わたくしの知る最強の悪魔。ベノア・アドラメレク様ですわ」

「アドラメレクと言えば、触るな危険の筆頭じゃないか! 汚いぞフェニックス!」

「邪龍やら魔狼を使役しておきながら、今更ソレを言いますの?」

「いやまぁ、確かにそうだけどさ……」

「わたくしとアドラメレク様は、形だけでも使い魔契約を結んでおりますの。つまり、あらゆる制限を設けなかった今回のゲームでの召喚は合法。最初に宣言致しましたが、公式戦でも利用可能な戦術ですのよ?」

「た、確かに難癖も不可能な完全なる論破……」

「これにてQED。そもそも全ての競技と言うものは、重箱の隅をつついてルールの穴を探すものでしてよ。お分かり?」

「ぐぬぬ」

 

 私がお爺様とのやり取りをしている間、馬鹿の接待は僧侶が担当。

 暴力を用いずにディオドラを追い込む手腕は、貴族の淑女らしいスマートさ。

 レイヴェルの本質は、やはりインテリヤクザなのだと思う。

 

「久しいな、偏屈龍。かれこれ万年ぶりかね?」

「おそらくは」

「お互い面倒な立場に置かれとるようだから、死を偽装した事情はあえて聞かぬ。しかし、顔を合わせた以上は見逃さん。前回の決闘で受けた屈辱、この場で晴らさせてもらうぞ」

「ぬかせ。隠遁生活に飽きて出てきた表舞台……その最初の相手が貴様とは驚きだが、今回も白星を付けるのは私だ。昔と同じくご自慢の剣をへし折り、辛酸を舐めさせてくれよう」

「……奇遇じゃな、わしも貴様の爪と牙を残らず断ち切ってやろうと思っておったわ」

「……やれるものなら、やってみろ」

 

 何と言うか平氏と源氏、ハブとマングースな険悪さですね。

 だけど、お爺様は常に官軍。一度負けようが、最後に勝てば問題ありません。

 私もサイラオーグさんを再戦で破る予定なので、お爺様も頑張って下さい!。

 

 

 

 

 

 第七十話「千年の恨み」

 

 

 

 

 

「ここは狭すぎる。場所を変えるぞ」

「望むところよ」

「待て、待ってくれよ! お前に行かれてしまったら、僕はどうすれば!?」

「俺は元より弱者に興味が無い。雑魚は雑魚同士、好きにやっていろ」

「おい小僧。そんなに爰乃が怖いのなら、ぬしがわしとやるか?」

「あ、はい。お孫様に正々堂々挑ませて頂きます」

「ならば退け。さもなくば斬る」

 

 積年の恨みが積もりに積もったお爺様のテンションは高く、漏れ出す殺気で人が殺せる勢い。これには見物メンバーでさえも無言で道を開け、離れた私ですら一歩下がる有様。

 しかし、いつまでも固まってはいられない。硬直から今だ覚めないレイヴェルの肩を叩き、後は私が決着をつける胸を伝える。

 最後に落ち着きを取り戻すべく、大きく深呼吸。心拍が高揚時程度に安定したところで慣れ親しんだ構えを取り、ディオドラに向かって告げた。

 

「お互い予想外の展開に流された感はありますが、何はともあれ親玉同士の最終決戦と洒落込みましょう。人間の私が戦力を絞ってタイマンを挑むのですから、まさかこの期に及んで仲間を呼んだりはしませんよね?」

「……僕とて元々の高スペックに加え、ドーピングによるパワーアップも済ませている。そっちが妙なペットに頼らないなら、むしろ好都合だよ。彼のアガレスすら圧倒したこの力で―――」

 

 頷きを返した時点で同意を得たと判断した私は、彼が饒舌に喋りだす様を見て躊躇わずダッシュ。手を伸ばせば抱擁さえ出来そうな距離に近づき、息を吐き出した瞬間を見計らって抉りこむようなボディーブローを放っていた。

 

「アガレスがどの程度なのかは知りませんけど、少なくともバアルの腹筋は私の拳を正面から弾く強靭さを秘めていまし」

「がはっっ!?」

 

 それは想像よりも柔らかな手応え。最低でも木場君と同等の筋肉を想像していただけに、思わず何かの罠かと警戒してしまう脆さ。

 体をくの字に折り曲げ、苦悶の表情を浮かべながら後ずさりをする姿は擬態かな?

 一度攻め手を止めて慎重に様子を伺うも、反撃の気配はまるで感じられない。

 私は無言のまま一歩を踏み込むと、次は脾臓目掛けて浸透掌を叩き込んだ。

 

「下級悪魔のイッセー君なら、コレも根性で耐えますよ」

 

 過去の堕天使戦の経験から、人外相手には過剰な位で丁度良いことを学習済み。

 無駄打ちでも構わないと顎を打ち抜き、脳を揺らしておく。

 

「そして貴方が見下す純粋な人間のゼノヴィアは、腕が千切れようと立ち上がって反撃を仕掛けてくるでしょう」

 

 余程近づいて欲しくないのか、瞬時に展開されたのはクリスタルウォール的な防御壁。

 やはりタフですねーと思いつつ、パリンと力技で砕いてさらに前へ。

 足を刈ると同時に柔を仕掛け、地面にブン投げておく。

 

「この、僕が、上級悪魔で、現魔王の血筋の僕が、負ける、はずがっ!」

「まだ心が折れない?」

 

 あれ、加減が甘かったかな?。

 まさか口を開く元気が残っているは驚きです。

 しかし、これ以上の急所攻撃は危ない。命に関わってしまう。

 なので致命傷を避けつつ激痛を誘発可能な場所、具体的には膝を両方とも踏み抜いてみた。

 

「僕の黄金の膝がぁっ!?」

「命までは取りませんって」

「ほ、ほんとう、に」

「ええ。だって公式の場で新人戦を辞退すると明言する、大切なお仕事が残っているじゃないですか。それが終るまでは、誰であろうと貴方の命は私が守ります」

「悪魔めっ!」

「……どうして悪魔の皆さんは、揃って人間相手にソレを言いたがるのかなー」

「この僕を何処まで愚弄れば気が済むんだ! 死ね、死んで償えっ!」

 

 人間換算なら集中治療室送りの致命傷も、悪魔にとってはゲージが赤い程度。事後を考えて色々と自主規制した私が悪かったのか、彼には魔法を行使する余裕が今も残っていた。

 円錐と言うか、ギュルギュル回転するトゲミサイル?

 僅かな時間で生み出された魔力弾が、私を取り囲むように幾つも発生。術者の指が折れた瞬間、明確な意思を持って殺到する。

 もしもこれが姫島先輩の得意とする雷や光と言った、形の無いエネルギーなら危なかった。

 だけど魔力そのものを射出する方式は、冥界行脚の中で対策済み。

 一呼吸入れて神気を充足させ、両の手へと収束。スポンジや低反発素材をイメージした防御膜を生み出し、魔力弾の当たり判定を欺瞞しながら片っ端から掴んでは適当に投げ返す。

 これぞ暴走イッセー君戦の、聖剣ホームランを応用したオリジナル技。

 お爺様にも出来ないと言わしめた、オンリーワンの飛び道具対策っ!。

 

 

「満足した?」

「どうして僕の魔法をポイポイ投げ捨てられるんだよ! 常識的に考えておかしいだろうがっ!」

「自分の限界を、他人に押し付ける思う方がおかしいと思う」

「納得がいかない」

「それよりも無駄な抵抗は止めて、さっさと降参してくれないかな?」

「するかっ!」

「じゃあ、実力行使テイク2」

「ぐげっ」

 

 デモンストレーションとして、肩の骨を外した。

 もしも誠意ある説得が通用しない場合、全身の骨に同様の処置を施す予定です。

 

「もうだめだ終ったどうしようパパに怒られるシャルバに責任を追及され―――」

「……予定変更」

 

 早く片付けてお爺様の雄姿を目に焼けつけたかった私は、泣き言ばかりを垂れ流すディオドラを優しく背中から抱きしめ、キュっと裸締めで落とす。

 仮にもこれはレーティングゲーム。つまり、王を取った時点で私の勝ち。

 後でゴネられても困ると身柄を鬼灯に甘噛みさせ、勝手ながらゲームクリア。

 本当の頂上決戦を見物したくてウズウズしているヴァーリとゼノヴィアを伴い、お爺様達が姿を消した一つ前の部屋へと急ぐことにする。

 

「何時か倒すリストに名を連ねるクロウ・クルワッハは当然として、俺では引き出すことの出来なかったアドラメレクの本気にも興味がある。ラードゥーン、フェンリルと見応えのある試合は多かったが、これこそメインイベント。見逃せないな」

「私だって、お爺様の全力全開に立ち会った経験はありません。複雑な気分ではありますが、最強の邪龍VS伝説の悪魔……正直なところわくわくが止まりません」

「いやいや、マスターの勝ちは揺らがないだろ」

「うん、そこは疑ってないよ」

「ならば見るべきは、弦を越えるという侍の本領。お前も一番弟子なら、盗める物を全て盗む姿勢で勉強させてもらうべきじゃないのか?」

「ゼノヴィアが正論を!?」

「あーもう、三馬鹿揃って物見遊山気分はお止めなさい。不謹慎ですわよ!」

「不満なら、レイヴェルは残ってもいいよ?」

「行くに決まってるじゃありませんかっ!」

「はい、参謀の許可も下りました」

 

 完全に委員長の地位を不動にしつつあるレイヴェルを引率として、タイトルマッチ会場へと向かう私達。だけど、全員が全員楽しみにはしている訳でも無く。

 

「……何で我輩が、むさくるしい雄共の喧嘩を眺めねばならんのニャ。闘争と言うものは交渉の先にある最終手段だと言うのに、目的と手段が入れ替わってるキチガイ共は救いようがニャい。どうせなら相打ちって死ねば万々歳ニャんだがなー」

 

 無敵の駄猫は、家猫の本能なのか人恋しいだけで嫌々付いてくるだけ。

 

「アンね、体がとってもだるーなの。早くおうちに帰って、ふかふかの布団にそいやーしたいのです。すごくおねむだから、早く終らないかぁ……」

 

 やはり神殺しの力を秘めたフェンリルの牙は劇物。表面上の怪我は癒えても、体の芯にダメージが色濃く残るアンは立っているのがやっと。 

 

「元主、勝利確実。未来永劫、敵対可能性皆無。見る必要無し。興味無し。我、体内鍛造作業注力中。NOT見物。姫様の護衛任務と認識」

 

 女王と同じ深手でも、お家芸の自己再生による完全回復を遂げた戦車は、元々他人への興味が薄いことも相まって最初から淡白。特に嫌々と言う感じでもないけど、仕事だから行動を共にする風かな?

 

「遠足の格言からも分るとおり、レーティングゲームも帰宅するまで終りませんの。ディオドラを鬼灯が咥えている時点で闇討ちはありえないと思いますが、心の隙を突かれては見も蓋もありません。各員、その辺を考慮した上での行動を心がけて下さいませ」

 

 そして脳震盪から目覚めない弦さんを背負い、先頭を進むのは中立のレイヴェル。

 私を含む全員が肯定の意を返したことに満足したのか、心持ち足取りが軽い気がします。

 

「有難いお言葉を忘れない内に、みんなで行きますよー」

 

 夏休み最大最後のイベントが始まる。


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