赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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日常へと戻るプロローグ回。
果たして何人が猫のことを覚えているのやら(


第八章 気紛猫と似非巫女の井戸端会議
第60話「夏の終わりと鈴の音」


「ああもう、この私がこうも追い詰められるなんてっ!」

「ふははは、これぞ極まったフェニックスの力。何時までも小娘の後塵を拝すると思っているなら大間違いよ! この勝負、貰ったぁぁぁっ!」

 

 私のHPが残り二割に対し、敵は六割弱。

 序盤に犯した失策を挽回出来ずに終盤へ縺れ込んだ私のミスです。

 が、ここで素直に負けを認める女だと思ったら大間違い。

 ワンチャンに賭けて鉄壁のガードを固め―――くっ、読み負けた!?

 こちらからの手出しは無いと踏み、通常ジャンプで無造作に距離を詰めて来た敵への反応がワンテンポ遅れる。次に来るのはガード無視の投げ技、私のお株を奪う必殺技が無常にもコンボの起点として発動した瞬間だった。

 こうなってしまえば、後は相手のミスを祈って待つだけ。

 何が悔しいって、これはあの晩の最終戦と同じ展開。但し立場は引っくり返ってますがっ!

 

「これで通算勝敗は50勝49敗。先に50勝へ至ったのはこの俺だ! 潔く負けを認めて、このライザー・フェニックス様を称えろぉ!」

 

 コントローラーをそっと置き”YOU LOSE”の表示が踊る画面を見て溜息を吐く。

 サイラオーグ、バラク、ベオウフル、etc、レイヴェルのコネで実力派と噂される悪魔達との武者修行もつつがなく終え、気が付けば夏休みも残り僅か。

 勝率はともかく充実した休暇でしたが、家に帰る前に果たすべき約束が一つ。

 それはライザーとの再戦……まぁ、格ゲーなんですけどね。

 と言う事で、最終日前日はフェニックス邸にてお泊り。

 夕方に到着し、晩餐会を挟んでついに決闘が始まったのでした。

 結果はお察しの通り、私の負け。きちんと勝負前にプラクティスの時間を貰った上で正々堂々と負けたんだし、この短期間でよくぞ成長したと賞賛しても良いんだけど……

 

「はいはい。ライザー様素敵、超格好良い」

「もっとだ、まだまだ足りないぞ負け犬っ!」

「……舐めた口を叩くなら、次はリアルファイトに持ち込みますよ」

「マジすんません」

「分かれば宜しい」

 

 あまり調子に乗るなら話は別です。

 

「思わず反射的に謝ったが、最終的にはそっちでも借りを返さんとな……」

「私も喉に魚の骨が刺さっているような相手が居るから、その気持ちはよーく分かります。だから、もしも準備が整っているのであれば、今からでも受けますよ?」

「いや、またの機会にする。俺も新しい戦闘スタイルを練り直す期間が欲しいし、何よりも集中力の切れた状態でガチンコはやりたくない……」

「正直に言うと私も眠かったり。出来れば積極的には受けたくなかった……」

 

 開始はシンデレラタイム前だったのに、今や閉切られたカーテンの向こうからは日が差し込み活動を始めた小鳥の鳴き声も騒がしいTHE・早朝。異性と二人っきりの朝チュンは中三の受験シーズン以来だった気が。

 休憩も挟まず、延々と神経をすり減らす真剣勝負を半日続けたんですよ?

 お風呂に入って汗を流したい。

 柔らかいベットで泥の様に眠りたい。

 相手が望まない喧嘩を、わざわざ買う気力は私にも残されていないのです。

 

「解散、するか……」

「うん……」

 

 人も悪魔も徹夜明けのテンションが乱高下するのは等しく同じ。

 一気にダウナー状態に急降下した私達は、これまでの熱戦が嘘の様な淡白さ。ライザーが宿敵に見向きもせずベットに倒れこんだなら、こちらも一汗流す事だけを考えて部屋の外へノロノロと歩き出す。

 

「……なぁ、爰乃」

「んー」

「見送りには行かないから、今言わせてくれ」

「はい」

「妹を頼む」

 

 引き篭もった兄を妹が見捨てないなら、兄も新天地に行く妹が心配らしい。

 

「むしろ頼らせて貰いますよ。何せ預かる僧侶は私よりも優秀なのですから」

「そうか、なら安心だ」

「もう、いいですよね?」

「うむ」

 

 扉を開ければ、そこには直立不動で主を待つ騎士が居る。

 これぞ犬属性の極地。その姿は昨晩別れた時と寸分同じと言う恐ろしさ。

 ちょっと私には真似出来ない所業ですよ。

 

「姫様、湯浴みの準備が出来ております」

「えっと、着替えは?」

「抜かりは御座いません。早速ご案内いた―――」

「ちょっとだけ待って」

 

 これでお別れなら、今を逃せばチャンスは無い。

 言い残しを思い出した私はその場で反転し、扉から顔だけ出して言った。

 

「まだ起きてる?」

「俺は神経質なんだ。部屋が閉じねば眠れんわ! 早く閉めろ!」

「何事でも負けっ放しは性に合わない爰乃さんです。年末に今日のタイトルの続編が出るから、とりあえずそれで再戦ね。次はこちらのホームグラウンドで参加者を加えたトーナメント方式で勝負! 」

「……妹の新居を見物するのも一興か」

「じゃあ、そう言う事で」

「なら、先送りにしたリアルファイトもその時にケリをつけよう」

「望むところ」

「本音で言えば今も赤龍帝は怖いし、貴様も災厄の権化としか見れない俺だ。だが、過去の象徴たる貴様らを倒さねば、何時までたっても前を見れそうも無い。一方的で悪いが、年を越す前に禍根を断ち切ってやる」

「……すっかり立ち直ったようで一安心。次に顔を合わせる時は、フェニックス家のメイドではない、ライザー・フェニックスの宿敵としてお待ちしています」

「話はここまでだ。一眠りするから、さっさと出て行けクソメイド」

「はいはい、お疲れ様でした」

 

 今日も今日とて警戒心を弱めるメイド仕様な私。

 更正にはもうワンステップ必要だと思っていたら、意外にも地力で立ち直りつつあるライザーには驚かされるばかり。

 これなら故郷を離れるレイヴェルの心残りも片付いたようなもの。

 顔を出す約束も取り付けたし、これで心置きなく冥界を離れられるでしょう。

 

「帰りの便に間に合わせるには、ここを何時に立てばいいんでしたっけ?」

「昼餉の前で十分かと。荷物整理も含めて雑事はこの弦が片付けます故、姫様はごゆるりとお休みに下さいませ」

「ついでに眷属の取り纏めも頼めます?」

「お任せを」

 

 これでやっと気が抜け―――

 

「背には大空を自在に舞う純白の翼」

「じゃきーん!」

「腕には防御力を飛躍的に高める龍の盾」

「強固、堅牢」

「これぞ絶対無敵の最終フォーム! その名もアルティメットゼノヴィアン!」

「おー」

「愉快」

 

 なにやら騒がしいと庭に視線を移せば、死屍累々の中で二人の女が対峙している姿を発見。これなら慌てずとも大丈夫。どうせ恒例行事になりつつある、ゼノヴィアVSライザー眷属十番勝負の最終戦が開催されてるだけですし。

 

「ふふふ、これで私の勝ちは揺るがない! アルティメット万歳っ!」

「そうですか、それは凄いですね」

「悪いがお前達に挑戦できるのも今日が最後。最終日だけは手段を選ばず完全勝利を果たし、気持ちよく現世へ帰らせて貰うぞ!」

「おや、隙だらけ」

 

 ポーズを決めて悦に入るゼノヴィアをチャンスと捉えたユーベルーナさんが指を鳴らした瞬間、馬鹿の足元で大爆発が起きる。

 うん、気持ちは分かります。

 勝負の最中に意識を敵から外されたら、そりゃ一発いれますよ。

 

「終わり、かしら……?」

 

 でも甘い。ゼノヴィア単体ならともかく、強化パーツを二つも装着したアルティメットモードをこの程度で落とせると思ったら大間違い。

 以前のアンを肩車しただけのグレートですら無敵だったと言うのに、今回は防衛が本業な鬼灯の力まで加算されているんですよ?

 

「次はこちらの番だな」

「え、無傷? 私って爆破魔法のスペシャリストなのよ? 普通死ぬのよ?]

「当然だ、アルティメットは勇気の証。夢見る力は絶対無敵っ!」

「何それ怖い」

 

 ほら、やっぱり何事も無く煙の中から出て来た。

 グレートの欠点だった両手の拘束もウイングパーツを首から背中にぶら下げる事で改善しているし、後はいつものアレをドカンして決着かな。

 

「ひっさぁーっつ、アルティメットブレイカーァァァッ!」

「通常形態と何が違うの!? 結局ソレしか無いんじゃないっ!」

 

 はい出ました、瞬間攻撃力で最強クラスのハイパーオーラ斬り。

 聖なる力で作られた光の刃が空に屹立した時点で勝敗は決まった。

 ぶっちゃけアンと鬼灯の力を借りた意味があんまり無い感じですが、楽しそうなので深くは追求し無い方向で一つ。

 

「……行きますか」

「お背中、お流し致します」

 

 すっかり興味を無くした私は、結果を見届けることなくその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 第六十話「夏の終わりと鈴の音」

 

 

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に終わるもの。

 懐かしの我が家に戻った私は、遠からず訪日するレイヴェルに明け渡す部屋の準備やら、すっかり忘れていた宿題の消化でてんてこ舞い。

 その他にもちょっとした悪巧みの仕込をしている間に夏休みも終わり、気が付けば体育祭が目の前に迫っている始末。

 最近は全然話を聞いていなかったホームルームもその話題で持ちきりで、誰が何に出るのか自薦推薦を問わず意見が乱れ飛ぶお祭り状態が現在進行形で続いています。

 私は特に拘りも無いので借り物競争担当となり、イッセー君とアーシアは仲良く二人三脚をチョイス。団体戦にも複数エントリーしたし、楽しむ準備は万端かな。

 球技大会を欠席した分も含めて、クラスの勝利に貢献すべく頑張ろっと。

 

「ねえねえ爰乃さんや」

「ん?」

「あの二人を見て思う所はないの?」

「はて?」

「私としては泥沼のトライアングラー。お前達が俺の翼だ! 的展開に期待してるんだけど、そこのところお答え下され」

「今はちょっと距離を置いてるから無理かなー」

 

 直球でゴシップを仕掛けてきたのは、私の数少ない友人の桐生藍華。

 彼女の凄いところは見た目こそ文学少女っぽい三つ編み眼鏡の癖に、あの変態三人組みを普通に受け入れていること。

 猥談もドンと来い、むしろ逆セクハラも辞さないタフな女の子なのです。

 ちなみに仲良くなった理由もイッセー君繋がり。

 彼が居なければ、多分クラスメイト以上の関係にはならなかったと思う。

 

「何があったのかは聞かないけど、そりゃ残念」

「そもそも今は夢に向かって全力投球中。愛だの恋だのを考える余裕は無いよ」

「こりゃ兵藤も大変だ」

「そう言う藍華こそ、ひと夏の甘い出会いとか無いの?」

「婆ちゃんが末に倒れてさ、それ所じゃなかったんよ」

「それはご愁傷様」

「時に爰乃って猫の飼い方とか分かる?」

「小学生の頃に放し飼いで飼った程度の知識なら」

「じゃあ、帰りにスイーツ奢るからちょっとだけ付き合ってよ」

「はい?」

「実は婆ちゃんは今も入院中。暇な学生は親に代わって家に寄り、婆ちゃんの飼い猫の世話をしなきゃなのさ。一応最低限はやってると思うんだけど、不足が無いか一応確認してくんない?」

「まぁ、いいけど」

「んじゃ、放課後は私とデートってことで」

「はいはい」

 

 たまに部室へ寄ろうと思った矢先にコレですか。

 でも特に急を要する用事も無く、呼び出されても居ないなら、優先すべきは身近な人間関係。姫島先輩のお茶は名残惜しいけど、代わりに藍華が奢ってくれるなら無問題。

 それに私とて女の子、たまには可愛い小動物をモフりたい。

 小猫の毛並みは中々ですが、やはり本物とは雲泥の差。物足りないんですよ!

 

「……腕っ節も強くて、腐っても神職関連な爰乃が一緒なら安心だ」

「何か言いました?」

「んやー。それよりほら、授業始まるよ」

「では、続きは放課後に」

 

 何か大切な言葉を聞き逃した気がするけど、今は本業に集中しないとマズイ。

 体育祭前の中間試験も迫るこの時期、授業だけは手を抜けないのです。

 さて、一時限目は英語。

 I decide to do better with my English studies!


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