序盤に仕込んだ矛盾(意図しないのもありそうですが)が鍵となる地雷は誰の為やら。
第54話「幕間」
「ディオドラの件で確認したい事がある。クルゼレイ卿に取り次いでくれないか?」
「外出中です」
「その回答は、コレで三度目なんだが……」
「何を仰られても不在は不在。お引取り下さい”自称”曹操様」
「……また出直すさ」
精神的に追い詰められ、冥界から逃げるように禍の団本部へ戻って数日。
人間と侮られることはあっても、一定の敬意を払われていた俺の立場は最早無い。
おそらくカラスの親玉の仕業なのだろう。
いつの間にか英雄への疑惑が蔓延した組織は、掌を返したかのように俺達の派閥への冷遇を開始した。
代名詞となるコールブランドとグラムをそれぞれ保有しているアーサー&ジークと、百歩譲ってご先祖様と同じ魔法使い枠なゲオルクはまだいい。
一般人で普通の神滅具使いなレオナルドも扱いはまともさ。
しかし、だ。
『十字教誕生前の、しかも最後まで宗教に被れなかった中華の奸雄が、接点ゼロな聖槍を継承して悪魔に挑むって何だよ。言われるまで気付けなかった俺らも大概だがよ、仮想……もとい火葬戦記にしても笑えないわ』
俺はこんな風に後ろ指を差され。
『触れた物を爆発させた挙句、必殺技がバルキリーミサイルなヘラクレス。何処にそんな逸話があるのか教えて欲しいわ。噂じゃネメアの獅子は他の奴が持っているって言うし、どう考えても偽者だよなぁ』
あ、うん。
人の事は言えないが、それは俺もずっと前から思ってた。
『ジャンヌは、本物にメッキを剥がされて姿を眩ませたってさ。お陰で中核戦力だった虎の子の騎士団が、不信感を理由に丸ごと離脱したってよ』
いやいや、アレは酷い罠だから。
会議の場で見た悪い顔の年寄りたちから察するに、後から出て来た妙に明るいジャンヌこそが偽者。これだけは断言してもいい。
しかし誰もが認める公的機関がお墨付きを与えれば、それは大多数の本物になる。
幸いにしてこの戦法が通じるのは、逸話のバックボーンに実在組織を持つ英雄だけ。
俺を初めとする半分創作世界の住人には通じないが、搦め手として考えればこれほど絶大な効果を与える策は無い。
「これからどう軌道修正したものか……」
たった一度しか通じない奇襲だが、それでも打ち込まれた楔の効果は絶大だった。
俺達に不信感を抱き離れていった同志は少なくなく、こっそり進めてきたオーフィス騙まし討ち作戦も、協力者であるハーデスがこちらの惨状を見て日和る始末だ。
今の心境を一言で表すなら”どうしてこうなった”に尽きる。
「このまま座して待つだけでは屋台骨が瓦解する。下準備は不十分だが、スケジュールを前倒しして切り札を一枚切るしかないか……」
悔しいが、皆の信を失った今の俺に組織の長を務める資格は無い。
英雄派のこれからを考えれば、求心力を持った新たな旗頭が必要だ。
そう……磁石の様に強者を惹きつける魅力を持ち、人間として異種族を束ねる器を併せ持つ彼女こそ俺達が頂点に抱くに相応しい。
本来は客将として招き入れる予定だったが、これもまた運命。
現在進行形の計画の進捗を遅らせてでも、早々に手を打とうと思う。
「ゲオルク、魔王のお膝元から機密を盗み出したい。可能だろうか」
「平時の警備体制を抜けろと? さすがに厳しいな」
「なら、事件を起こして敵の目を他所に向けさせたなら?」
「調査に時間を貰っても?」
「予算と人員は優先して回す。心行くまで下準備を行って構わない」
「了解した。本当に現存するのであれば、必ずや例の物を手に入れてみせよう」
「出来るだけ早く頼む」
拙速かもしれないが、終局図は見えている。
やり直しの効かない三手詰めの詰め将棋、その貴重な二手目を今こそ打とう。
俺達は、こんな所で終わるわけには行かない。
だから、彼女の今を壊してででも必ず手に入れてやるとも。
愛しの君よ、我が腕の中へ来たれ。
全ては人の世の為に。
全ては蒼天の導きのままに。
第五十四話「幕間」
あの狂気の祭典から二日がたち、延期されていたゲームの日取りもついに決定。
試合日は明日と通知された私達ですが、慌てずとも準備は万端です。
先ほど部長の部屋に集まり最後のミーティングも終えていますし、常在戦場の心構えを叩き込まれている前衛部に隙はありません。
強いて不安要素を挙げるなら、チームとしての連携が甘いこと。
各個人の性能はシトリーと比べて圧倒的だとは思いますが、根本的にワンマンアーミーの気風が吉と出るか凶と出るか。
……しかしながら、どうせ今回も”ガンガン行こうぜ”作戦を指示されました。
盤上の駒は、棋士に操作を任せて敵を駆逐するだけ。戦術レベルで敗北しても、役目を果たせば責任を問われないので別にいいんですけどね。
勝つにしろ、負けるにしろ、そろそろ部長には一皮向けて欲しいと思う今日この頃。
と、ほんの僅か意識を内に向けた瞬間だった。
世界が回り、そして衝撃が訪れる。
地面に叩きつけられた事で肺から空気が搾り出され、呼吸が出来ないこの苦しさ。
咳き込み、涙と涎を無様に零す私を見下ろす影は呆れ顔を浮べていた。
「相対中に別のことを考えちゃ駄目。実戦ならこの後に喉を踏み潰して終わってるよ? ちゃんと聞いてる?」
「……すみま、せん」
「なら、よし。続けよっか」
「……お願いします」
混濁した頭を振り、自分の置かれた状況を思い出す。
そうだ、私は先輩と組み手を行っていたんでした。
宿舎代わりのホテルに先輩も滞在していた事を偶然知り、頼み込んで相手をして貰っているのに何をしているのだろう。
「同じミスをシトリー戦でしないこと。おーけー?」
「……おーけー、です」
「じゃあ、課題そのいーち。三分間、私に組み付かれなければ合格です」
「……はい」
「スタート!」
絶妙に加減された投げ技のダメージから回復した私は、これ以上失望させてはたまらないと腰の回転を意識した連打で柳の動きで迫る先輩を押し戻す。
ここまでは何時もの展開。しかし、ここから先が普段と違っていた。
夏休み前なら弾幕を潜り抜けようと様々なフェイントでこちらを崩し、そこを起点にして攻めに転じるのが先輩の定石でした。
が、今日は時に緩急を加え、蹴り技を混ぜ込み、創意工夫を凝らした攻撃が正面から全て受け流される異常事態。威力よりも制圧力を重視した速度重視のコンビネーションが、いまだに一発もクリーンヒットしないって何ですか。
「……先輩、この短期間に何がありました? 目に見えて進化してますよ?」
「実戦に勝る修行は無い、ってとこかな。諸事情で実名は伏せるけど、拙い技術ながら腕力だけは天下一品の豪傑と戦えた事が肥やしになったんだと思う」
「……はぁ」
「拳速は小猫のジャブより早く、破壊力は絶好調のイッセー君の百倍。直撃即ゲームオーバーな乱打戦を経て目が慣れたのか、小猫の動きが全部見えてる感じかな」
「……努力が実り、やっと先輩の背中が見えたと思ったらコレとは。少しは後ろを振り返り、必死に追い上げる後続の気持ちも考えて欲しいです」
「先輩として、師として、そう簡単に抜かせませ―――ほら、手を止めない」
「……失礼しました」
ストライカーの私にとって最悪の成長を遂げた先輩は、ムキになってテンポアップした私を嘲笑うかのように全てを裁いてみせる。
腕力は私が上。なのにこうも簡単にいなされるのは、言い訳の余地も無い技量の差です。
これぞ本気で鍛えだして一年にも満たない新参と、十年を超える歳月を費やしてきた古参の決定的な違い。
このまま同等の鍛錬を積んでいけば千年後には誤差の範疇に収まる差ですが、その時には目指した背中は墓の下。
最盛期の香千屋爰乃を超える事が、後輩として、弟子としての義務だと思います。
だからせめて、背中だけは見失わない距離を保ちたい。
そんな願いを込めて一歩前進。読みを外す不合理な一手で勝負をかける。
「意表を突く発想や良し。だけど、タイミングを読まれちゃダメ」
こちらの動きに合わせ、先輩が同時に踏み込んで来た。
相対距離が予想外に縮まり、息がかかる程に接触。マズイ、そう思った瞬間は既に遅い。もう止まらない腕の振りを利用されて、本日二度目の空中散歩が始まる。
でも、まだっ!
投げられた事で発生した慣性を、咄嗟に展開した悪魔の翼を羽ばたかせて相殺。
先輩の頭上で静止した私は、驚いて一瞬固まった先輩の隙を見逃さず反撃に転じた。
選んだのは飛び蹴り。
一羽ばたきして得た推進力をそのまま乗せた、落下式のドロップキックです。
「悪魔なんだから、飛べるのも当たり前だった……」
「先輩が加減してくれたお陰です。本気だったら、こんな真似は出来ませんでした」
体重も加算した起死回生の一撃は、しかしきっちりガードされてしまう。
でも、先輩には珍しく尻餅をつく結果を導き出せた。
これなら成果として十分です。少しだけ溜飲が下がりましたよ。
「ねえ、小猫」
「……なんでしょう、先輩」
「アーシアの手は空いていると思う?」
「……兵藤先輩の部屋で本を読んでいましたし、特に急ぎの用事は無い筈です」
「それなら一安心」
「……不吉な予感がするので聞きたくありませんが、どうしてそんな事を?」
「小猫が過去の組み手で一度も使わなかった翼を披露してくれたなら、私も手札を一枚公開しないと釣り合いが取れないよね?」
あ、先輩の目が笑ってません。
「……飛行能力は悪魔なら誰もが持つ標準能力。隠し球でも切り札でもありませんから、気遣いは無用です。なので御代は結構、むしろノーサンキュー。受け取り拒否のスタンスを貫かせてください」
「それはそれとして」
手で何かを押しやるジェスチャーを見せた先輩は、頭のスイッチを軽いお遊びから一段階引き上げた様子。
事前に事後処理を考えている辺り、かなりの本気が窺えます。
「実はヴァーリやイッセー君に及ばない性能ながら、ちょっとした神器に目覚めました」
「……えっ?」
「百聞は一見にしかず。あえて能力は語りませんので、直接肌で感じてくださいな。先生以外の身内には本邦初公開、封切の栄誉を後輩に与える優しい先輩に感謝してね」
「……心遣いに涙が出そう」
それが神器なのか、赤いリボンを召喚した先輩に向けて拳を握る。
何も持たない状態ですら及ばないのに、神器が追加されるとか不合理が過ぎます。
勝利のヴィジョンが全く見えない絶望的な状況に文句の一つでも言いたい所ですが、突然の理不尽なパワーアップは良くある話です。
それこそ会長チームだって、ゲーム中にカタログスペック以上の力を目覚めさせる可能性は十分にあります。
ここは現実的な決戦シミュレーションと思って、環境適応力をアップさせる為の経験地稼ぎだとポジティブに考えよう。
それにこれは訓練。
先輩だって、空気を読み明日にダメージが残らない配慮を―――
「まだ神器の慣らし運転中だから、加減を間違えたらゴメン」
するつもりは在っても、事故はつきもの。
こればっかりは仕方が無いと割り切ります……
「課題そのに。自分より早い高速型ストライカーの行動を先読みして、後の先を取りつつ主導権を握ってください。クリア条件は私の足を奪うか、戦闘不能に追い込むかの二択としましょう」
「……どんと来い、です」
先輩本来のスタイルとは違う、やけに具体的な条件付けに違和感を覚える。
仮に神器がそうとしか使えないとしても、それはそれでおかしい。
あの人は道具如きの為に、主義主張を絶対に曲げない。
例え得た物が神滅具だろうと、意にそぐわなければゴミ箱へポイ。
決してストライカーへ転向せず、投げ主体のグラップラーである事を貫くと思う。
なのに、あえて打撃戦を選んだ。
そこに何か意図があると考えた方が自然です。
「よーい、スタート」
そう言った瞬間、ステップを踏んだ先輩が視界から消えた。
死角から放たれた拳を、それでも何とか経験則でブロック。弱点だった軽さが嘘の様に消えた重厚さに腕が軋んだ事で反撃は無理と判断。追撃のローキックを体捌きで避けるに留め、脳をフル回転させる。
軽量級が克服出来ない身体能力の低さ、それが解消されてますね。
これが神器の効果だとすれば。龍の手系列と想定するのが無難か。
なるほど、戦車である私と比べても遜色ない腕力は脅威の一言。
先輩に唯一勝っていたアドバンテージが失われた、そう私は悟る。
「こんな感じで行くから」
「……返り討ちにしてやります」
そこから先は、以外にも均衡の取れたシーソーゲームが続く。
足を使って蝶の様に舞い、蜂の様に刺す暴風を浴びせてくる先輩を、カウンター主体の私が迎え撃つ展開はスリリングで時が経つのを忘れる面白さ。
まぁ、それもこれも先輩がお家芸を使わないからなんですが。
「この予習はきっと役に立つと思う。しっかり勉強なさいな、家猫さん」
「……やはり、そう言う事ですか」
「どちらかに肩入れするのはフェアじゃないからね」
「……向こうには何を教えたんですか?」
「内緒」
「……けち」
香千屋流を封印し、不得手な効率重視の近代格闘術をあえて使う意味。
それは、直近でそういう相手が居ると言う事に他ならない。
全ては明日の予行練習。違いますか、先輩。
「さーて、もう少し流したらタイムアップ。罰ゲームに必殺技を進呈しちゃいます」
「……絶対に嫌です」
例の一件で白龍皇は病院送り。
遠目からは無造作に軽く首筋を打った様に見えましたが、実際には首の骨にヒビの入る本気の殺し技だったと黒歌姉さまから聞いています。
ぼんくら二天龍と同じ轍を踏むべからず。
私はギアを上げ、カウントダウンの進む時限爆弾の解体に本腰を入れるのだった。