赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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人材が引っこ抜かれたリアス眷属に続き、英雄派も弱体化を開始。
今回の一件が明るみに出る事でスポンサーも減る事間違いなしでしょう(鬼


第47話「光と影」

「ゲホッ!?」

「おいおい曹操君、紳士たるもの常に平常心を保たんと駄目だぜ?」

「こ、これは貴方の仕込みかっ」

「おうよ」

 

 調子の良いヘラクレスとジャンヌの無双に満足げな笑みを浮かべていた曹操も、まさかこんな事になるとは思って居なかったらしい。

 敵から出されたドリンクを疑いもせずに飲む器量を持ちながら、あまりにもアレな事態に自制心が崩壊。口から珈琲を噴き出し、歳相応の素顔を晒す余裕の無さである。

 

「実は常々悩んでいた。お前達は我こそは著名人の襲名者であると声高々に主張するが、その根拠は何だ? 是非とも無知な俺に教えてくれないか?」

「対象となる人物の魂を受け継いだ者こそ英雄ですよ」

「その理屈は通じねぇよ」

「何故」

「じゃあお前は魂とは何か具体的に答えられんの?」

「……無理です」

「ならば科学サイドの見解を述べよう。仮に特別な力を与えてくれる英雄の魂なる物が在ると仮定して、それが―――例えば曹操の魂であると言う証明は現時点で不可能。そして証明できないイコール、只の自己申告止まりの信憑性しか無いと判断せざるを得ない」

「……対象の記憶や知識の断片を得ている場合もある。これを持って証拠と認める事は無理でしょうか」

「アウト。書物に記された事実は誰でも知り得る情報だから意味を成さんし、本人だけが知る秘密も逆説的に証明する事が出来ねぇ」

「くっ」

「つーか旧曹操と現曹操を比較する元データが無いのに、それが同じ物だと言える訳ねぇだろ馬鹿。それは聞きかじっただけの知識で再現した黒い水を、これぞ本物の珈琲とドヤる馬鹿と同じだぞ?」

「こ、これは手痛い」

「べっこり凹んでるトコ悪いが、もう一発追撃だ」

「まだあると……」

「お前も知っている連中を例に挙げよう。例えば関羽を継いだ爰乃なら赤兎馬、ジークフリートを名乗る男はグラム。ある意味で名刺代わりとなる代名詞を持ってる連中は、例え偽者だろうが世間が認めてくれるだろうよ」

 

 一拍。

 

「しかし演義ですら大した武力も持たない人材コレクターな曹操が、異国で異教の聖異物を振りかざす事に違和感を感じない奴は居やしない。嘘だと思うなら”ロンギヌスの槍を装備した曹操が現代に蘇って、ジャンヌ・ダルクやヘラクレスを率いて悪魔と戦う事になりました。実は俺が当人なんですけど信じてくれます?”って誰かに聞いてみろ」

「黄色い救急車を呼ばれそうですね……」

 

 各々の伝説を保有している連中すら、何処まで行っても”自称”の冠は外れない。

 この事実を忘れ、本物になったつもりでいても所詮は欺瞞さ。

 箔付けを怠ったお前達の泣き所を決して見逃さない俺、超かっけー。

 

「しかし、アイツはお前ともジークフリートとも違う」

「……後から出てきたジャンヌの事ですか」

「その通り。負ける勝負が嫌いで、勝てる算段がつかない限り堂々と逃げる俺の秘蔵っ子を舐めるなよ? 何時までも弱点を放置するお前達とは違うんだぜ?」

「貴方はどれだけの切り札を隠し持っているんだ!?」

「必要に応じて何枚でも準備するとも。まぁ、論より証拠。ここからは俺の興行だ。御代は要らんから、心行くまで楽しんでくれや」

 

 お前の失態は優等生過ぎたこと。

 冥界三国志案はそこそこ面白いが、事前に想定したパターンの一つでしか無かった。

 特に見所も無いテンプレな三文芝居で無駄な時間を浪費させられたからには、相応の礼をせんと気が済まんのよ。

 何せ実際に収穫するかどうかは気分次第にしろ、俺はとっくに風雲児のサイラオーグを呼び水にした乱世の種を蒔き終えてる。

 欲しかったのは斜め上の発想なんだぞ? 少しは常識の枠を超えておっぱい神とやらとコンタクトを取り出した赤龍帝のマジキチっぷりを見習えや糞ガキ。

 

「ははは、アザゼルも人が悪い。まさか彼女を連れて来ているとは思いませんでしたよ」

「英雄が乱入してくるのは予想外だったが、お披露目には最適なタイミングだろ?」

「どう考えても全て織り込み済みでしたよね? と野暮なツッコミは致しません。大事なのは結果であり、過程はおまけというもの。今は堕天使に見出され、天使に祝福された聖女が、三大勢力を繋ぐ架け橋となる歴史的な瞬間に立ち会えた事を神に感謝致します」

 

 何も知らないサーゼクスと、俺の裏切りにいっぱいいっぱいな曹操を尻目に、俺とミカエルはほっこりとした顔でアイツの映るディスプレイを眺めていた。

 

「き、君達、私だけ蚊帳の外なのは気のせいだろうか。天使と悪魔を繋ぐ少女とは何だね? そもそも現状すら分からないのだが?」

「サーゼクス、細けぇ話はいいんだよ」

「だから話を―――」

「イッツショーターイム!」

 

 二曲目をキッチリ歌い上げ、万雷の拍手を浴びる少女の第二幕が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 第四十七話「光と影」

 

 

 

 

 

 気が付くと、そこはステージの上だった。

 誰かに連れてこられたのか、それとも自分の足で歩いてきたのかも覚えていない。

 それくらい私の精神は追い詰められていたのだと思う。

 

「さーて偽者さん、みんなが見ている前で白黒はっきりさせよっか」

「ふ、ふん、偽者が言うじゃない」

「えー、まだ粘るの?」

「当たり前よ!」

 

 そう、この娘の正体が何であれ彼女の主張を受け入れる訳にはいかない。

 偽者のレッテルを貼られてしまえば英雄派にも居られないし、手塩にかけた聖剣団も不信感から私の手より離れていってしまう事も明白。

 かと言って分が悪いと背を向ければ偽者であると認めた事になり、論戦の敗北も致命傷となってしまう。

 これぞ避けられず、負けられない戦い。

 

「じゃあジャンヌちゃんと偽者さんを比較してみよーっ!」

「望むと―――なにそれ!?」

 

 少女が合図をすると、背後の大型液晶に”徹底検証、本物はどっち?”とデカデカと表示されてびっくり。

 いきなり主導権を奪われた私は、悔しい事に後手に回るしかない。

 

「先ずは神器から。ジャンヌちゃんのは”聖なる御旗の下に”。見ての通り旗の神器で、効果は味方の鼓舞っ!」

「私は”聖剣創造”。ありとあらゆる聖剣を無限に作り出すものよ」

「んと、それってジャンヌ・ダルクと何か関係あるのかな?」

「……無いわね」

「はい、先ずは一勝っ!」

 

 ま、負けた。

 自分の神器について疑問に思ったことも無かったけど、言われてみればジャンヌと聖剣の因果関係は薄い。確かに彼女は聖剣を佩いてはいたが、銘も活躍の機会すらも与えられなかったソレは騎士の象徴としての役割しか果たさなかった。

 聖処女と言えばやはり旗。

 いかなる戦場でも常に翻っていた百合の花の軍旗こそ代名詞だと私も思うもの。

 

「次はそっちの得意分野いってみ―――」

「言わせておけば、ぬけぬけとっ! この無礼者めがぁっ!」

 

 組織には空気を読めない人間が少なからず混入してしまうもの。

 下手に力に訴えればこちらの立場が悪くなる事も考えず、感情に任せて斬りかかった馬鹿三名の凶行を何処か他人事の様に受け止めてしまった私の反応は酷く鈍かった。

 神器を起動しても間に合わず、取り押さえるにも手が足りない。

 一瞬だけジルのアシストに期待するも彼は客席最前列にまで下がっていた事が災いし、背後からの飛び出しに対して一歩さえ踏み出せていない状況が見て取れる。

 英雄とは、その名に恥じない立派な行動を示す者を指す。

 故に丸腰の少女を配下に斬らせて責任逃れを図る指揮官を人は決して認めない。

 それが特に聖女を自称する存在ならなおさらだ。

 だからお願い、どうにか乗り切って。

 私には彼女の力に期待する事しか許されていない。

 

「全員、手出し無用だよ?」

 

 客席へウインクを飛ばす余裕を見せたジャンヌの対応は迅速だった。

 手にしていたマイクを武器に見立てた両手持ちを取ったかと思えば、次の瞬間にソレは本物の剣へと変貌。堂に入った構えで、挑戦者を待ち受ける姿勢は正に騎士のソレだ。

 って、ちょっと待ちなさい。その見覚えのあるフォルムに漏れ出す圧倒的な聖なる波動……ひょっとしなくてもエクスカリバー?

 しかも量産型でオミットされた擬態の能力を備えてるですって?

 それってつまりオリジナルってことよね!?

 

「リズムが大切なのはダンスも同じ。どんな時でも可憐に舞うのがアイドルのお仕事っ!」

 

 直線的に向かってきた一人目をスカートを膨らませるターンステップで避け、そのまま勢いを殺さず無防備な背をエクスカリバーの腹で殴打。間髪入れず跳躍からの上段斬りを狙う二人目の量産型聖剣を真作の刃で切り落とし、持ち手を反転させつつ同じ軌道で跳ね上げて柄頭での一撃を優雅に見舞う。

 三人目に至ってはあまりにも鮮やかに捌かれた事で立ち止まってしまう有様。そんな彼にジャンヌが何をするかと思えば、にっこり笑って手を握るだけ。

 困惑顔で倒された仲間を拾い戻って行く姿は観客席に闘争とさえ映らなかったのだろう。

 サプライズイベントと捉えて居なければ”いえい”などと言いつつポーズを決める主演女優に拍手と賞賛の声が降り注ぐ訳が無いと思う。

 

「これがジャンヌちゃんの技量っ!」

「控えめに言っても五分と言った所かしら。歳の割りにやるじゃないの」

「だけど武器の差は歴然。使いこなせているのは”破壊”、”天閃”、”祝福”くらいだけど、廉価版には負けないと思うなー」

「悔しい事に禁手を使っても並ぶか怪しいわね……」

「これで強さジャンルでもジャンヌちゃんの勝ち。勝利のサイン、ぶいっ!」

 

 何で挑めば勝てるのか、見当もつかない。

 例えば容姿。どちらの眉目が優れているかを競わず、再現度の高さを争うにしても肝心のジャンヌ・ダルクの容姿がさっぱりも分からない。

 生前の肖像画が存在せず、髪の色すら諸説入り混じる不明瞭な英雄って何なのよ。

 曹操もそうだけど、記憶や知識を受け継いでいない私達って曖昧な存在よね……

 

「続いてはコレっ!」

「WIN?」

「あなたの負けが確定しているプラス、最終宣告でーす」

「毒を喰らわば皿まで。聞かせて貰おうじゃない」

 

 大型液晶に映し出された三文字を見た私は、もうどーにでもなーれとやけっぱち。

 チェックメイトの宣言を心の何処かで待ち侘びていたのだと思う。

 

「実はジャンヌちゃん、教皇庁から二代目認定を受けています」

「はぁっ!?」

「天界のミカエルさんも太鼓判を押してくれたし、アザゼルさんも神器がジャンンヌ・ダルク由来だって鑑定書も発行してくれました」

「外堀が埋まってる!?」

「複数の公的機関認証を受けたジャンヌちゃんに対し、貴方は何を持って本物を謡うのかな? ”何処”の”誰”が”どのように”証明してくれるのかな?」

「あの、その……ええと」

 

 私はミドルスクールへ上がる頃に英雄として覚醒して以来、自分こそが現代に蘇った悲劇のヒロインだと信じて今日まで生きてきた。

 人に好かれる天性のカリスマ性はオルレアンの乙女の証明。

 生まれ持った聖剣を産み出す神器は天に愛された証拠。

 そう、思ってきた。

 

「何よりも、魂なんて不確かなものに頼る貴方は最初から負けているの」

「!?」

「自分がやりたい事をやりたいようにやって、その結果を周囲が評価した上で付けられるのがニックネームだもん。実情を伴わない二つ名は”自称”だと思わない?」

「そう、ね」

「民衆の同意を得られない英雄がドンキホーテ。風車に巻き込まれる前に現実を見たほうが良いと思います」

「……負けを認めるわ」

「はーい、これにてQED。十分の休憩を挟んでライブ再開するよーっ!」

 

 嗚呼、やっと分かった。

 私が彼女に感じた本物の風格は、太い背骨に支えられた溢れる自信が原因だ。

 世界に支持され、押しも押されぬブランドを継承したが為の強さ。

 それを持たないからこそ全てが終わったんだ、と。

 花道を歩むのはこの娘、部隊袖からひっそりと消えるのが私。偽りの王を見限った団員が次々に離れていく中、私ではないジャンヌへの歓声が眩しくて仕方が無い。

 何処で道を間違えたのだろう。

 そんな後悔だけが頭の中で渦巻いていた。

 

「ここからはオフレコだよ?」

「まだ何か言い足りないのかしら」

「うん」

「二度と会う事も無いでしょうから聞いてあげるわ……」

 

 負け犬に何の用か。人気の無い舞台裏の隅で呼び止められた私は、幽鬼も真っ青の死んだ目で輝く太陽へと向かい合う。

 そして好きにしなさいとぼんやり立っていると、耳元に寄せられたのは唇だった。

 

「本物はきっと貴方」

「……はい?」

「ジャンヌちゃんは英雄さん達に共通する脅威の身体能力も、過去の英霊さんとの邂逅経験も持たない只の神器を持った人間だもん」

「!?」

「わたしは先生の誘いが面白そうだったから、周囲の期待を受け入れる器として”ジャンヌ”を襲名した一般人だしねー。この名前も芸名みたいな感じだよ?」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、私は我慢の限界を迎えていた。

 無意識の内に擬似聖剣を作り上げジャンヌを突き飛ばす。

 

「ふふふ、ふざけるなぁっ!?」

「悔しかったら本物が日陰を歩き、偽者が日向を歩く現状を打破して欲しいな。ジャンヌちゃん的にも遊び相手は本気で取り組んでくれる方が楽しいしねっ!」

 

 聖女と認めてやったら、突然魔女としての本性を表した少女に怒り沸騰。

 しかし冷静さを失っては戦いに勝てないもの。

 最後の理性で煮えくり返る内心を押さえ込み、搾り出すように言う。

 

「……ここで無様に騒いでも悪足掻きと笑われるだけ。抗う理由が出来たからには、今日の汚名を受け入れて明日の為に退きましょう」

「その意気、その意気。先生に怒られる覚悟で暴露したんだから、盛大に足掻いてくれないと! 」

「人をおちょくる天才過ぎて逆に尊敬しちゃいそう。次に相見える時はジャンヌ・ダルクではなく、フランセット・アバックとして字を取り戻すべく挑むわ」

「ジャンヌ・ジルベスタインもその挑戦を何時でも受けると約束します。やっぱりライバルが居ないと萌えじゃない燃えないよねフランちゃん!」

「気安く呼ぶ―――え、ジャンヌは本名だったの」

「いえーす! 次のコンサートもチケット送るからちゃんと来てねっ!」

「死ねっ!」

 

 かくして私は全てを失い冥界を後にすることになる。

 しかしパンドラの箱ですら一欠けらの希望は残っているもので。

 

「落ち目の私に着いて来ても損をするだけよ?」

「いえいえ、他がどうであれ小官の女神はフランセット嬢唯一人。なぁに、貴方様ならばジャンヌの称号を遠からず取り戻せるでしょうよ。それに恵まれた環境しか味わった事の無いこの身、ゼロからの再出発に尽力するのもまた一興」

「……その口ぶり、聞いていたのね?」

「副官の務めかと」

「それを知った上でなら好きになさい」

「御意」

 

 農村で天恵を受けたと電波全開でボッチだった先代と比べれば、最初から優秀な副官を持ち自分の為だけに再起を図る私のスタートはイージーモードだ。

 この程度の逆境を跳ね返せないようでは、とても英雄の名は名乗れない。

 

「さし当たっての提案が一つ」

「何かしら」

「最近は禍の団関連の業務で休暇を取得できておりませんでした。スケジュールにも穴が開きましたし、リフレッシュの意味合いも込めて避暑地で羽を伸ばされては如何か」

「そうねー、せっかくの夏休みだものねー」

「ならばスイスがお勧めですな。小官も久々に夏スキーで汗を流したく」

「曹操から軍資金をふんだくる前だったからお金ないわよ?」

「ご安心を。ド・レ家の別荘をロハで使えば問題御座いません」

「桃色の魂胆が見え見えだけど、忠義に免じて乗ってあげる」

「はっはっは、それでは祖国フランスへ退却―――もとい転進」

 

 真贋はどうであれ、英雄からその他大勢に落ちぶれた私に変わらぬ態度を見せるジル。

 ひょっとすると彼だけは最初からフランセットを見ていたのかもしれない。

 近づいてきた動機が何であれ、内面が変態であれ、嬉しくて堪らなかった。

 この場で告白でもされればコロっと行ってしまいそうな私は意外にチョロい。

 

「最後に笑うのは私よ」

 

 奇しくも絶対の敵から身分を保証された私の戦いはこうして始まるのだった。


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