赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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番外編その五「皇の憂鬱」

 はろーはろー、原点に返った香千屋爰乃です。

 昨晩の大富豪大会は、意外にもルールすら知らなかったゼノヴィアが圧勝。

 二位にアン、三位が私、ビリはギャッと鳴く生き物となりました。

 思い返せば、ゼノヴィアの強運って相当ですよね。

 教会時代に危ない橋を幾つも渡っていながら、大きな怪我もせず五体満足。

 転機となったコカビエルさん騒動でもキッチリ新たな居場所、それも待遇をアップした役職をしっかりと確保している訳でして。

 今回もアンと闇ギャーが気にも留めていなかったのに”偶然”無傷。

 彼女の持つ最大の武器は、聖剣適性でも、異様に精度の高い第六感でもなく、神や悪魔さえ及ばない天性の運のような気が。

 強運だからデュランダルを得られたし、偶然選ぶ選択肢が常に正しい。

 どんな行為にも上方修正が入る特殊技能”天運”。羨ましい限りです。

 

「なぁ爰乃、遊びとは具体的に何をすればいいのだ?」

「泳ぐ」

「それは水練」

「アンを真似して砂遊びは?」

「芸術は分からんし、私に創作活動が向いているとは思えない」

「つ、釣り」

「私は戦士だ。食料の調達は、追い詰められない限りやりたくない」

「じゃあ、肌を焼きながら一眠り」

「いつも外で剣を振っている私だぞ? 当の昔に全身小麦色だ」

「面倒な子ですね……」

 

 昨日でお仕事も前倒しで終わり、今日からバカンスの開始となりました。

 天候は変わらず晴れ。アンの力を借りるまでも無く、抜群の青空が広がっています。

 こんなに余裕があるのも、大幅な収入増のお陰です。

 二日目に他所のチームの分まで働いた事を評価され、特別ボーナスが支給されてうっはうっは。笑いが止まらないとは、正にこのことでしょう。

 後は二日に跨って行われるお祭りを見守り、封印の強化が完了したことを確認すれば就労完了。つまり、一般客は意味のある神事と知らずに来る訳ですね。

 

「そうだ、スイカ割とやらをやってみたい」

「わざわざ買いにいけと……」

 

 そんな訳で海で遊ぶべく繰り出したところ、ゼノヴィアがこの有様でした。

 基本的に服や下着すらも無頓着。連れて行かない限り延々と素振りを続ける仕事人間は、無為な時間をどう過ごして良いのか分からないとのこと。

 

「とりあえず、遠泳勝負でもしますか。沖に浮かんでいるブイまで行って、先に戻って来た方の勝ち。おーけー?」

「うむ、勝負と聞いて俄然やる気が出てきた」

「特に何も賭けませんけど、負け犬と呼ばれたくなければ頑張りましょう」

「よかろう、プライドのアンティは望む所」

「それじゃ行きますよ、レディ―――」

 

 GOの発声に併せ、私達は海に向かってひた走る。砂浜を越えて海水に足を浸し、鯱の浮き袋で遊ぶアンとギャーの横を風の様に駆け抜けた。

 これもまた青春。スポーツと割り切って楽しまないと損です。

 考えてみれば、体力勝負で同等のスペックを持つ女友達が出来たのは初めて。

 だからこそ負けたくない。

 メラメラと対抗心が燃えてきた私は、全力を振り絞って水を掻くのだった。

 

「ふぅ、私の勝ちっと」

「なぁ爰乃」

「はいそこ」

「私達は泳ぎを競っていたと思う」

「何を今更」

「幾ら差をつけられたからと言って、出来るからと言ってもだな……」

「ルールは”規定のポイントを通過した上で戻ってくる”だけ、ですよ」

「ズルじゃないにしても、途中から水の上を全力疾走は如何な物か。ありえない姿を見た一般人が目を丸くしていたぞ?」

「最先端の水蜘蛛装備と言い張れば問題ありません。別に誰かに迷惑を掛けたわけでもなく、ちょっとした曲芸を披露しただけじゃないですか」

「む、確かにNINJAの祖国にして技術立国ジャパンなら普通かもしれん」

 

 あー、外人の認識って今でもそんな感じですか。

 ニンジャスレイヤーが標準だったら怖いデス。

 ドーモ、ゼノヴィア=サン。ハイクヲヨメ!

 

「水の上に浮く原動力は、マスターが常々口にする気とやらの応用か?」

「正解。普段は全身を覆うイメージだけど、今回は反発力を生む為に足裏へ集中させる感じ。例えるなら海水との間にバリアを展開するみたいな?」

 

 私としても言葉に出来ないフィーリングに頼っている部分なので、実際にそうなのかはよく分かって居なかったり。これでも噛み砕いて説明しているとさえ思います。

 この力を扱い始めて初めての夏、初めての海ですよ?

 どうしてもメカニズムを知りたいなら、民明書房に問い合わせて下さい。

 

「へーい、そこの彼女達。俺っちと遊ばね? 連れもイケメンだぜぃ?」

 

 いまいち納得のいかない顔のゼノヴィアの肩を叩き、次は何で勝負するかと思案していると、最早何度目か分からないナンパの声が。

 男の影がチラつかない女二人組は狙い目なのか、子連れだった時よりも声をかけられる頻度が上がったような気がします。

 まぁ、スポーティーな水着が似合う友人は見るからに外人の美人さん。

 夏の輝く美貌には、蛾が集まってくることも必然なのでしょう。

 

「私は構わんぞ」

「お、脈アリ。そっちの背を向けているお嬢さんもどうよ?」

「どうしようかなー」

「付きあってくれりゃぁ、何でもお願い聞いちゃう!」

「男に二言はありませんね?」

「無い無い、超無い。師父に誓って保障するぜぃ」

「ゼノヴィア、今の発言をしっかり覚えておくように」

「うむ、了解した」

「ちなみに私、アザゼル先生のツテで初代孫悟空にチクる事が出来ます」

「……は?」

「そこの所をお忘れなく。ねぇ―――美侯」

 

 そう、私はナンパ男の正体に最初から気がついていた。

 如意棒の使い手にして、ヴァーリの子分たる二代目孫悟空であることを。

 独特の雰囲気とチャラい声。一戦交えて負けた相手の気配を忘れるものですか。

 完璧な営業スマイルを浮かべ、垂れかかる様に獲物に接触。自分が誰にこなをかけたか理解出来ず硬直した隙を突いて右腕をロックする。

 傍目には腕に抱きつく格好ですが、脇腹から急所を一撃可能なベストプレイスです。

 この体勢なら、格上相手だろうと無視できない致命傷を与えられるでしょう。

 

「アド……アドラメ、レックの孫?」

「その節はどうも。対棒術の鍛錬も積んだ香千屋爰乃さんです」

「今の無かった事にならね?」

「うん、無理」

「ノーカン、ノーカン、ノーカン!」

「班長はその主張を通せず地下送りでしたよ」

「何でお前がバカンス来てんだよ!? 学生はまだ学校じゃね!?」

「とっくに夏休みですが」

「ありえん……ありえんって……」

「ゼノヴィア、この男は神仙の類です。ぐだぐだ五月蝿いので斬っちゃって」

「最高の一撃を約束しよう」

 

 不思議空間から聖剣を引き抜いた剣士の目は本気だった。

 街中ならまだしも、ここは玩具を持ち込む余地のある海。

 つまり、コスプレ寄りのデュランダルなら問題なし!

 

「げぇっ、デュランダル!」

「美少女二人に不満があると言うのであれば、こうして追加サービスをしませんと。おっと、下手に動けば私も奥義を撃つのであしからず」

「お前の攻撃は中々治らんから勘弁してくれっ! 俺っちが全面的に悪かった。責任を持ってお嬢様方をエスコートする、させて頂きます。だから拳に力を込めるの止めね?」

「宜しい、手打ちとするので攻撃中止!」

「むぅ、残念」

「また斬る機会はありますよ」

「ねぇよ!」

 

 私としても、水着姿の衆人監視下でガチンコとか勘弁。

 折角のオフに友好的な相手へ噛み付く狂犬は、禍の団にでも行けばいいのです。

 

「私の残る連れはアンとリアス部長……グレモリー眷属僧侶の二人。そちらはどんなメンツですか? どうせイケメンとやらもヴァーリでしょ?」

「おう、俺とヴァーリの二人だけだぜぃ。暇だから、ちょいと遊びに来た訳よ」

「お化けにゃ学校も、試験も何にも無いと」

「前にも言ったけどよぅ、俺っち仏の仲間だぞ? 百歩譲って妖怪分類は認めるが、悪魔でもお化けでもないかんな?」

「天に等しい斉天大聖なのは知ってます。でも、人間から見れば神も仏も悪魔と同類。仲良く揃って人外分類です。そこの所をお忘れなく」

「神が悪魔に堕ちて、忘れた頃にまた戻るってのもよくある話。納得だわな」

「で、そんな危険な仏様と魔王の子孫がナンパに繰り出してきたと」

「言葉にされると、我が事ながらアホっぽい!」

「事実でしょうに」

「うーと、実は色々とショックを受けて陰気臭いヴァーリを連れ出して気分転換に来た。陽の気を全身で浴びて、可愛い女と難しい事考えずに遊ばせりゃ、心機一転出来っかなーってな」

「おや、意外と仲間思い」

「俺っちはチームヴァーリの副官。リーダーのケアから他の仲間への気配りまでしなきゃならん面倒なポジションな訳よ。進んで引いた貧乏籤って感じなんだぜぃ?」

 

 苦笑しながらも、嫌々やっていないことが伺える気安さ。

 自分が担ぎ上げる王の資質を、微塵も疑わない忠義が好ましい。

 私から見たヴァーリは、見た目は大人、中身は子供の迷探偵。

 それでも部下の手綱を握って居られるのは、やはり器量なんだと思う。

 

「ちなみに今宵の宿は?」

「転送魔法で帰れるんだぜ? ノープランに決まってんだろ」

「これも何かの縁。私達のねぐらにご招待します」

「お、マジで? ラッキー助かるわ。悪ぃなカーチャン」

「誰が母さんか」

 

 美侯の頭を一発叩きながら、お昼の為に仕込んでおいた食材について考える。

 幸いにして、お題は手間のかからないバーベキュー。

 うん、帰り際に買い足してじゃんじゃん焼けば何とかいけそう。

 

「私はゼノヴィア。アドラメレク様の兵士を目指して修行中の居候だ」

「お前が噂のダメ可愛い弟子とやらか。俺は美侯。分かり易く言うと、孫悟空の二代目襲名予定っつーとこだぜぃ」

「む、今の評価は誰が?」

「爺」

「そうか、マスターには嫌われていると思っていたが……愛でてくれているのか」

「あの爺は見所が無い奴は眼中にすらいれねぇよ。そもそもよぅ、好きの反対は無関心。傍に置いてる時点で身内扱いだっつーの」

「俄然やる気が出てきた!」

「でもよ、爺の兵士より爰乃の埋まってない席を目指した方が得策じゃね?」

「むぅ、言われて見れば確かに。爰乃に忠義を尽くせば、間接的にマスターの恩義に答えているも同じか」

「その調子、その調子。ま、今日はしがらみを忘れて楽しもうぜ!」

「うむ!」

「んじゃま、ヴァーリを迎えにレッツゴー。細けぇ話は後だ後!」

 

 さすがチーム貧乏籤の面目躍如。さり気なく凹んでいたらしいゼノヴィアを立ち直らせたムードメーカー先導の元、私は砂浜を歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その五「皇の憂鬱」

 

 

 

 

 

 俺は憂鬱だった。

 竜と悪魔の翼を供えた白龍皇の住処は天空。

 海へ潜る趣味は無く、猿の真似をして人の群れに紛れ込むつもりも無い。

 ルフェイの英国料理と、黒歌の作る物体Xから逃げる為、外に出ると言う美侯に連れ出されてやればこの有様だ。

 確かに具すら入っていない癖に不思議と魅力のある焼きソバや、タレが香ばしいイカの丸焼きは未体験の味わい。これだけでも来た価値はあった。

 たまに食すなら、常食の紅い狸、翠の狐にも匹敵する事も認めよう。

 が、それだけだ。

 奴が嬉々として続ける、軟弱な行為に引き込むなと言ってやりたい。

 いっそ帰るか、そう思った矢先だった。

 

「おーい待たせたな相棒。ついにお前さんも納得の美女が釣れたぜーい」

「付き合いきれん……勝手にしていろ、俺は一足先に戻る」

「本当に?」

「くどい」

「そかー、じゃあ俺っちはキャッキャウフフと戯れて来るぜぃ。おーい爰乃、ヴァーリ不参加だってよ。メンツ足りねぇから新入りとやらを連れて来―――」

「待て」

「帰るんじゃ?」

「今、何と言った」

「巻き込んで欲しく無いんだろ?」

 

 美侯の背中越しに見つけてしまったのは、こちらに向かって歩いてくる女達。

 片方はたまに顔を合わせるアドラメレクの下働きだが、もう一人は俺の要人ランキングでアザゼルとトップを争う特別な少女である。

 場所が場所なだけに水着姿も当然なのだが、普段目にするのは制服か和装ばかり。

 思わず目を丸くする程度には、新鮮さを感じてしまう。

 

「……人は誰しも過ちを犯す瞬間があるのではなかろうか」

「落ち着け悪魔」

「五月蝿い、これからの予定を教えろ」

「適当に遊んだ後は、昼飯をお嬢ちゃんがご馳走してくれるって算段だぜぃ。ついでに部屋を間借りして一晩の宿を借り受ける約束を取り付けてもある」

「……」

「赤龍帝との一戦で実質的に負けて以来、元気の無いお前さんだ。親友として送る俺っちなりのエール、受け取ってくれるよな?」

「余計な真似を」

「お前なぁ……恋なのか知らんけどよぅ、悪魔らしく素直に生きんと損だぜ?」

「誰かの言葉を借りるなら、俺は我慢の出来ない子共らしい。そして今も昔もこれからも、俺はこの生き方を変えはしない。これが答えだ」

 

 清清しい笑顔でサムズアップする美侯に、同じ仕草を返しつつ考える。

 この男は微妙に勘違いをしている気がする。訂正するのも面倒なので指摘はしないが、俺が爰乃に抱く思いは邪な感情ではない。多分、きっと、おそらくは。

 少なくとも卑猥な赤と同じ扱いだけは御免被る。

 いつだって白は潔癖の象徴。汚れていないからこそ、白龍なのだから。

 

「時に美侯」

「おう」

「わざわざ遠方より連れて来たのか?」

「そこまで手間隙かけらんねぇよ、偶然だよ偶然。そもそも俺っちがこの場所を選んだのは、封印されても元気な猿の大妖とやらを拝みたかっただけだぜぃ?」

「たまたま爰乃も同時刻に海へ来ていて、偶然見つけてしまった……?」

「ま、片っ端からナンパしてたからよぅ。何時か出会う必然じゃね」

「感謝すべきはラプラスだな」

「神じゃなく、確率の悪魔に頭を下げるのがお前らしいわな」

 

 馴れ馴れしく肩を組んでくる美侯が実に暑苦しい。

 ええい、半裸の男と体を併せても辛いだけだ!

 反射的に魔力を掌に集めようとして、しかしその手をがっしり捕まれる。

 

「こらこら、公衆の面前でそれは御法度。ここは楽しく遊ぶスポットですよ?」

「五月蝿い黙れ、俺は男色疑惑を抱かせた猿を処分せねば気が済まない。邪魔立てするならお前も敵と認定する」

 

 誰かと思えば爰乃か。

 対戦時にも思った事だが、よくぞ技術だけで瞬間移動紛いを実現する。

 人は悪魔に比べて儚い生き物だ。

 しかし弱いから、埋めようの無いハンデがあるから、創意工夫するのだろう。

 それが結果として無駄な努力に終わるとしても、足掻き続ける事を止めない。

 口には出さないが、その生き様に尊敬すら覚える俺である。

 

「お姉ちゃんの言う事が聞けないと」

「だからどうして年上風を吹かせる。実年齢は俺の方が上なんだが?」

「精神年齢は私の方が上です」

「ぐぬ」

 

 同年代と比べて語彙が乏しく、舌戦を苦手としていることは認めよう。

 だがな、俺にだって言い分は在る。

 人格形成で大切な幼少期は、実家で虐待に耐える雌伏の日々。

 その後も中身は子供、道徳無視な総督と仲間達の下で育ってきたんだぞ?

 育った環境が悪かったと、責任転嫁も許して欲しい。

 

「話の最中悪いけどよぅ、俺っちはノーマルだかんな? 誰もが振り返る貴公子より、近くの女の子と仲良くなりたい健康な男子だぜぃ?」

「ではお猿さん、私を見て一言」

「水着がお似合いなグッジョブ! 意外と乳もデケェのな!」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「これで腎臓を潰された記憶がフラッシュバックしなければ……」

「私だってツテが無ければ廃人コースでしたよ……」

「第二戦は、安全にお遊びなスポーツでどうよ」

「親善試合カウントなら」

「ってことで、乗り気じゃない王子様無視していっちょやろうぜぃ」

「無理強いもあれですからねー」

 

 ぐぬ、この流れは……嵌められた!?

 

「……お前達が是非にと請うならば、混ざってやらんこともない」

「んとですね、割とガチで居なくても困りません」

「引く手数多、様々な勢力からオファーの来る白龍皇が不要……だと」

「プリーズと頭を下げるべきは、私じゃないないと思うよ」

 

 教えてくれアルビオン、俺は何処で選択肢を間違えたのだろうか。

 

『ミスを犯したとすれば、イニシアチブを持てない戦いに挑んだ事だろう』

 

 意味が分からんぞ。

 

『私としても人生の機微と表現する事しか出来ない。今後の為にも自分なりの解決策を見つけ、納得のいく結末を迎えるべきと思われるがね』

 

 この龍は肝心な所で頼りにならないから困る。

 赤龍は割と親身に接してくれるらしいので、無理は承知のトレードを申し出たいと考えてしまうのも仕方が無いことだろう。

 閑話休題、今はこの難局をどう乗り切るべきか考えよう。

 俺としては、せっかくの機会を無駄にしたくないのが本音。

 しかし、プライドが邪魔をして素直に頭を下げる事も出来ない。

 これぞ二律背反、本当に困った……。

 

「ああもう、美侯のお世辞に免じて今回だけは私が折れます」

「ぬ」

「白龍皇閣下のお手を、是非拝借させて頂きたく存じます。何卒、哀れな小娘の頼みを聞き入れ、貴重なお時間を割いては貰えないでしょうか?」

「任せろ」

 

 この女と関わるようになって、妙なストレスを感じるようになってしまった。

 腹の奥がキリキリ痛む。

 動悸が止まらない。

 原因不明のダウナー症候群に襲われる。

 と、心因性のダメージは着実に俺の体を蝕んでいると思う。

 しかし、デメリットばかりでも無いのが不思議でたまらん。

 耐える事で得られるメリットは確かに存在し、それを享受した時の幸福感は今までの好き放題生きてきた人生で比肩し得る物が無いからな。

 前に鳥も同じ様な事を言っていたが、ようやく言葉の意味を理解出来た。

 メリハリの無い人生は、間違いなく無意味。

 苦しみがあってこその安らぎであり、困難を乗り越えてこその達成感なのだろう。

 

「爰乃、一つ教えろ」

「はいはい、何でしょう殿下」

「”遊ぶ”とは、何をする行為の総称なんだ?」

「……ここにも不器用な子が居ましたか」

「ウチの子、世間知らずのボンボンでなぁ。友達も居ねぇから……うん」

「その気持ち、同じセリフを吐かれた私には分かりますよ……」

「お互い大変だとしか言えないぜぃ……」

 

 何故かハイライトを失った瞳で握手を交わす爰乃と美侯は、理解出来ない深い部分でシンパシーを得ているらしい。

 親友、俺はそんなに問題児なのか?

 少なくとも方々で狂人扱いされている小娘と違い、常識は弁えているつもりだぞ?

 その辺の認識について腹を割って話そうな?

 

「気を取り直して、お昼まで体を動かしますよ。何をするか決めてませんが!」

「おーう!」

「ヴァーリもテンション上げて!」

「引き受けた以上、全力を尽くそう」

「遊びだからこそ全力全開、その考え方は正解です。でも、魔力禁止だからね?」

「分かった」

 

 結局、何がどうなったのか良く分からん。

 分からんが、ルールの範囲内で勝ちを狙う行為が”遊び”と認識した。

 まぁ、あれだ。既にこの会話が割と面白い。

 無意味な会話も貴重な思い出、深く記憶に刻み込んでおこう。

 

『これが人生経験だ。打算の無い関係が生む感情は千金の値打ちがあるのだよ』

 

 戦い以外で芽生えた新たな”楽”。気の置けない友人達が今のまま変わらない限り、俺も決して仲間を裏切らないとここに誓う。

 

『しがらみを背負う事で生まれる力もある。赤龍帝とて己よりも大切な物を壊された怒りを要因として奇跡を発現させたではないか』

 

 兵藤が持ち、俺には無かった物はそれか。

 

『私は個を貫く求道者の道も否定はしない。しかし、行き着く先は修羅の道。果てに在るのは大概が自滅の末路なのだよ』

 

 ふむ……。

 

『正当なる魔王の血を引き、我が力を得たお前は正道を歩むに足る存在だ。ヴァーリよ、覇道を捨て王道を目指せ。アドラメレクと関り変化を遂げたお前なら、それが出来ると確信している』

 

 考えておこう。

 

『覇龍は覇王の生き様だ。過去に誰一人として為した者は居ないが、王道の結晶……さしずめ王龍を指針とするのも面白い』

 

 大切な今を守りたいなら、覇龍を捨てる事も強さか。

 未来は今の積み重ねだ。

 明日を犠牲にして得た究極は、本末転倒と俺も思う。

 

『お前はまだ若い。この問題は、おいおい考えていこうではないか』

 

 気苦労をかけて済まない、アルビ―――

 

「貴方達と違って、私の時間は短いの。ぼーっとしてないで行きますよ」

「すまん」

 

 俺の手を引いて笑いかけてくる少女に現実へ引き戻された俺は、ふと思う。

 人の寿命は百年程度。対して悪魔の血を引く俺は無限の時間を有している。

 ならば、この出会いは別れを前提とした悲劇なのだろうか?

 タイムリミットが決まっている関係に意味は在るのだろうか?

 距離を縮めれば縮めるほど、辛くなるだけではないのか?

 ふと抱いた疑問が頭から離れない。

 

「何を引きずっているのか分かりませんけど、世の中には答えが無い問題なんて山済みですからね? ヴァーリは真面目すぎるのが欠点だと思う。もう少し大らかになりましょう」

「……」

「後は溜め込まず、ちゃんと吐き出すこと。お姉ちゃんと宣言した以上、時と場所さえ選んでくれるなら、いつでも相談に乗っちゃいます」

「近々、頼むかもしれん」

「了解了解。でも、先ずは頭を空っぽにして遊ぶこと!」

「やってみるさ」

 

 悩みの原因が浮かべる笑顔に救われつつ、俺は考える事を止めた。

 例えは悪いが、人は別れを前提にペットを飼う訳じゃない。

 いずれ砂と消えるからと、愛情を注がない飼い主は居ない筈だ。

 ”いつか”を恐れて”いま”を台無しにしてどうする。

 よくよく考えると、俺とて明日死ぬ可能性は十分に在り得る。

 つまり、別れを恐れる意味は無いのか?

 

「面倒で厄介で得難い女だよ、お前は」

 

 思わず零した愚痴は海風に掻き消されるのだった。


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