赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第32話「激情論」

 本気で戦って、始めて知ったことがある。

 やはり、苦手意識等の先入観を持たない彼らは強い。

 仮に私が万全のコンディション、本来のスタイルだったとしても五分。

 それも鎧の力を込みでの計算で。

 つまり、今の私は二人に及ばない証拠。

 長剣の内側に潜り込もうと躍起になる小猫を、剣の波動で牽制。

 どうにか抑えたと思えば、反撃する間もなく木場君の刃が迫ってくる怖さ。

 さすが眷属古参のコンビ。コンビネーションに穴が無い。

 稽古でコレをされていたなら、相当に手を焼いたと思う。

 

「香千屋さんには借りがある。ここで仕留めさせて貰うよ」

「……墓前に敵討ちの報告を届けてみせます」

 

 いやいや、死んでないから。ヴァーリもちゃんと言ってたでしょ!?

 情愛は嬉しいけど、過去の人にされるのはさすがに困ります。

 

「……無視とは良い度胸です」

 

 二人の怒りは凄まじく、この私が気圧されるほど。

 一切の返答をしないのは、防御にリソースを裂かれて余裕が無いから。

 決して君達が思うような意味じゃないからね?

 

「小猫ちゃん、君もそろそろ慣れた頃だろ?」

「……ぼちぼち」

「コレは今までの大物に比べ、比較できない弱さだ。向こうには混ざれそうもないけど、タイミングを見ての奇襲は出来る。片付けてしまおう」

「……了解」

 

 あ、ひょっとして見切られた?

 幾ら鎧任せの拙い剣術でも、さすがに早すぎる。

 こっちはもう少し掛かると言うのに!。

 と、とりあえず距離をとって時間を稼ご―――

 

「聖剣&魔剣創造、全開っ!」

 

 マズイ、そう思う考える前に体が動いていた。

 私を中心に咲き誇る剣の花。

 その花びら一つ一つが、魔剣と聖剣の大判振る舞い。

 茨の園を作り出す木場君の必殺技は、見る分には綺麗でも対処は厳しい。

 切れ味や破壊力は先生に持たされた”閃光と暗黒の龍絶剣β版”に及ばないにしても、数が余りにも多すぎる。

 打ち払う先から無尽蔵に生えてくる刃から必死になって逃げ、それでも全てを防ぎきるのは不可能だった。

 

「ふふふ、ペーパーナイフの方がまだマシな切れ味だなぁ!」

「それはどうかな?」

 

 私が五体満足で戦い続けられる手品の種は、木場君の神器にビクともしない強度を誇る鎧そのもの。

 さすがは黄道と無関係でも黄金鎧。模造刀程度は余裕っぽいです。

 これなら何とかなる、そんな風に気を抜いた瞬間でした。

 

「……大きいの行きます」

 

 気づけば、意識から完全に消えていた小猫が拳の間合いに進入していた。

 あ、駄目だ間に合わない。一発を覚悟した私は、歯を食いしばりその時を待つ。

 繰り出されたのは、小猫にだけ伝授した仙気を乗せる完全版浸透掌。

 鎧の加護と高めた神気で相殺出来た筈が、肋骨を何本か持って行かれただけでなく、肺から空気を全て吐き出す大ダメージが抜けて来る。

 しっかり技をモノにしている点は、師匠観点だと大変誇らしく思います。

 少し前までは殴る蹴るしか出来なかった弟子が、苦手としていた重装甲相手に問題なく戦えている。はなまる満点、成長しましたね。

 でも、敵に回った今だけは未熟で居て欲しかった。

 

「逃げろ、小猫ちゃん!」

「……まだ動く!?」

 

 だけど、香千屋流は私の方が大先輩。事前の動きで先読みは可能です。

 発生する怪我の種類と痛みさえ把握できれば耐えられる。

 それを小猫は理解していない。

 研究される怖さ、私も曹操にされるまで想像もしていませんでした。

 だから今、手の内が暴かれている意味を教えてあげないと。

 掌の射程は、私の手が届く範囲でもある。

 逃げようとする素振りを見せたので髪を掴み、そのまま肘を撃ち下ろしで一発。

 止めとばかりに、こっそりと本家浸透掌を頭蓋に叩き込んだ。

 

「っ……今のは? えっ?」

「まだまだだね」

 

 どうせこれで終わるし、今ので気付かれても大丈夫。

 木場君には見えない角度で掌を放ち、そのまま決め技のモーションに入っている。

 剣のオーラを最大限に発揮する必殺剣”閃黒龍絶”を前に無事で居られる悪魔は居ない。

 そんな触れ込みでしたが、本当なのかと疑心暗鬼な私です。

 しかしながらそれは杞憂。一流の仕事を疑ってごめんなさい。

 これは見事に致命傷ですね。

 特定のポーズから力を溜め、放つだけの斬撃の割に強力過ぎる気が。

 

「……それだけの余力を残していたとはね」

「下級悪魔の割によくもやる。まさか、奥の手を引きずり出されるとは思わなかった」

「饒舌だね、気でも変わったのかい?」

「自慢じゃないが、わた……我は剣が苦手、型通りの動きしか出来ずに四苦八苦していた。だが、それも終わり。こちらも準備が終わったのでお別れの挨拶をと」

 

 今ので考えが概ね纏まった。

 行動パターンも見えたし、残りの微調整も適時行えば何とかっ!

 

「それはこちらセリフだ。申し訳ないが客観的に見て僕の方が力量が上、時間をかけて追い込めば勝ちは揺るがない。違うかい?」

「少し前迄なら、な」

「……貴方が何を言っているのか理解出来ない。剣士なら剣で語ろうか」

「良かろう、拳士として行動にて示そう」

 

 唐竹からの蹴りを防御して、左右に振った後に来る突きをいなす。

 袈裟は……フェイント。本命の背後に発生した聖魔剣を鎧の分厚い所であえて受け、攻撃の手番を奪い返して反撃。木場君の二剣を銀の砂へと返す事に何とか成功っと!。

 そんな私が見せた突然の変貌に、木場君は焦りの色を隠せない。

 

「……この急激な成長は何だ?」

「学ばせて貰った。我が剣は、君の動きを解析して改良したコピー品。今やそちらの動きは丸裸よ。三手先まで読めます」

「この短期間で? そんな馬鹿なっ!」

「それ位出来ないと、永遠に勝てない相手が控えていますので。ほんの少しの余裕さえ得られれば、ヴァーリとて可能ですよ」

 

 おっと、キャラが素に戻りそうでした。

 危ない危ない。

 

「私としては完成度を上げる意味で、このまま続けるのは大歓迎だ。しかしそちらはそうも行かない、違うかね?」

「くっ」

 

 さて、今のハッタリをどう受け止めます?

 剣を用いた木場君への対処法をそれなりに理解した今、遅滞戦闘なら幾らでも付き合えますよ?

 

「さあ、どうする。退くなら見逃すが、放置すれば猫娘は死ぬぞ?」

 

 正直、既に私の目標は全て達した。

 時折確認している赤と白対決も佳境を迎え、全てがエンディングへと収束しつつあるこの現状。どちらに転んでもこちらに損は在りません。

 おそらく今の木場君が選ぶ答えは――― 

 

 

 

 

 

 第三十二話「激情論」

 

 

 

 

 

「……俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない」

「ペラペラくっちゃべってんじゃねぇ!」

「今の君は面白くない。かつて見せた意外性は何処で失った」

「知らねぇよ!」

 

 俺の攻撃は何一つ通じなかった。

 初手のタックルは闘牛士の軽やかさで避けられ、無様に地面へ転がされる。

 殴ろうにも掴もうにも奴の動きは早い。木場を上回る神速についていけねぇ……。

 当たれば大ダメージのアスカロンも、俺の腕前じゃ棒切れと変わらん。

 チクショウ、こんな事なら木場に剣術を習っておくべきだった!。

 学校を更地に変える勢いでばら撒いたドラゴンショットすら届く前に消されちまうし、俺の手札には突破口を開けるカードが一枚も無いのか!?

 

「これが俺のライバル君の限界か。困った、弱すぎる。頭に血を昇らせたのは、失策だった可能性が高いな。今の君は少し珍しい龍属性の上級悪魔でしかないぞ?」

 

 腹に重い拳を喰らって、一瞬息が詰まった。

 ダメージ自体は爰乃の掌と同程度だから耐えられるが、被弾するまで何をされたか全く見えなかったのが問題だ。

 鎧にも亀裂が走ったし、連続で受け続けるとヤバイ。

 

『Divide!』

『Boost!!』

 

『相棒、半減は確かに倍加で打ち消せる。しかし、それはお前の力を維持するので精一杯と言うことだ。時間をかければかける程不利だぞ!』

 

 何時もと違って、時間は俺の味方をしてくれないのか。

 

『むしろ敵だ。奴は半減した力を吸収することを忘れるな』

 

 ってことは、俺がマイナスを打ち消すだけなのに奴はプラスかよ!?

 

『早期決着、これしか勝ち目は無い。まだ動ける今がチャンスだ、一発に全てを込めて叩き落せ! 何もかもを賭けろ!」

 

 あいよ、ヴァーリを殺せるなら相打ちでも上等。

 ついでに防御に回す力も残さず攻撃に回せ。

 足りないなら寿命でも何でもくれてやるから、敵を討たせてくれよ!

 

『……お前の強さは悲壮の真逆だったんだがなぁ。これでは過去の力に溺れた赤龍帝と大差ないじゃないか。以前のゆるい感じに戻れないのか?』

 

 五月蝿い、お前だってシリアスを望んだだろうに。

 御託は良いから黙って力を貸せ。お前にとっても怨敵の白を俺が滅ぼしてやる。

 

『……これもまた運命か。良かろう、最後まで付き合うぞ相棒』

 

「攻撃も単調で、野の獣と変わらない力任せ。せっかく増大した力も宝の持ち腐れで実に勿体無い。これが本当にコカビエルを瞬間的にでも追い込んだ男と同一人物なのか?」

『自滅型の赤龍帝は大概こんな感じだ。その内あらゆるエネルギーを使い果たして死ぬだろう。哀れドライグ、またしても使い手に恵まれなかったか』

「そうか……」

 

 もうヴァーリは俺を見ていなかった。

 腕の一振りで魔力弾幕を放つと、背を向けて一歩を踏み出している。

 ざけんな、上から目線もいい加減にしろ!

 僅かに取り戻した冷静さを怒りに染めて推進器を全開。愚直に最短距離を翔ぶ。

 鎧に魔力弾が炸裂して装甲の一部が弾け飛ぶが、そんなの知った事か。

 油断した今なら届く。振りかぶった拳骨を矢のように放ち―――

 

「馬鹿の一つ覚えが通じるとでも思ったか?」

 

 ヴァーリが展開した光の盾に当然防がれた。

 

「馬鹿でも失敗を重ねりゃ学習すんだよ! アスカロン、出力全開!」

『承知!』

 

 顔への打撃と見せかけて、本命は腹への一発。

 どうせ俺には剣の心得なんてねぇよ。でも、ぶちかますだけなら誰でも出来る。

 押し当てた篭手から、パイルバンカー代わりにアスカロンを射出する。

 凄ぇ、さすが龍殺し。白龍皇の鎧相手に何の抵抗も感じない!

 ははは見ろよドライグ、自称最強君がよろけたぞ。

 

『好きにすればいいんじゃないか?』

 

 何故か冷めたドライグを尻目に、俺は次弾を装填。

 ここぞとばかりに奴の顔と肩をぶん殴り、鎧の破壊を成功させる。

 

「これで少しは目が覚めたかこの野郎」

「……確認する、今のが奥の手か?」

「効いてないのかよ!?」

「つまらん、タネの尽きたマジシャンには退場して貰おう」

 

 ヴァーリの手中に高まる魔力は死亡宣告。悔しい事に終わりを感じちまった。

 チクショウ、これでも駄目かよ……。

 砕いたマスクも瞬時に修復され、腹の怪我も外からじゃもう分からん。

 そもそもこれって簡単に直せるのか、俺には出来ないぞ!?

 

『これが禁手を使いこなすと言う事だ。勢いだけで至っただけのお前と一緒にするな。悪いことは言わん、頭を冷やして今は逃げろ。無駄死にに何の意味がある』

 

 それは出来ない相談だ。

 奴に償いをさせる迄、何があっても退かない。

 具体的にはブチ殺さんと、満足は無理。

 俺の大切な誓いを破る原因となったクズを生かしておけるかっ!

 

『……短い付き合いだったが、波乱万丈で実に楽しい毎日を過ごせたよ。その礼に最後の一瞬まで全力を尽くしてフォローしよう。万が一が起きることを祈れ相棒』

 

 悲観的過ぎやしないか?

 

『奇跡でも起こさないと助からんからな。せめて半減さえ無ければ倍加連打で押し切れる可能性もあったが、アルビオン相手ではそれも叶わない』

 

 ……つまり、俺とあいつの間に大きな差が生まれりゃいいって事だよな。

 例えば俺が倍倍ゲームなのに、向こうは一気に減っていく風に。

 

『夢物語だが、正に其の通り。そもそもそれで勝てない相手は存在しない』

 

 なら、こんなのはどうよ。

 俺は砕いた白龍皇の鎧の一部、青く輝く宝玉を拾い上げてイメージを脳内に描く。

 神器ってのは思いが強けりゃ、ルール無視で応じてくれるらしいじゃないか。

 もしも俺の理想が叶えば仕切り直せると思う。

 

『正気か!? 成功確立は皆無だぞ!?』

 

 俺の考えを読み取ったドライグは制止の声を上げるが、自暴自棄じゃないぜ。

 だって赤と白は属性違いで、本質は同一ってのが俺の推測だ。

 なら、修復可能な鎧の一部を補填可能な素材で補う事も可能じゃね?

 現に聖と魔の融合をダチは果たしている。

 向こうに出来て、こちらで出来ない道理もねぇよなぁ!

 

「なぁヴァーリ、平凡平凡と散々笑ってくれたじゃないか」

「事実だろ?」

「違いない。だから、最後に一つ面白い芸を見せてやるよ」

「ほう、まだ俺の興味を引ける何かを隠し持っていると」

「もしも失敗したなら、それはそれで笑え。だから―――」

 

 ”お前の力、貰うぞ”

 

 俺は手の甲に存在する赤い宝玉を叩き割り、そこへ回収した宝玉を無理やり捻じ込んでドライグへ願う。命でも何でもくれてやるから鎧を”正常”に修復しろ、と。

 

『それ位ならお安い御用だ。その発想力、それでこそ我が主!』

 

 鎧を纏った時と同様の赤いオーラを展開し、失った装甲各所の修復を開始。

 するとどうだろう、右手から湧き出した白いオーラが混ざりこむ。

 そして途端に形容しがたい激痛が、腕から全身へと広がっていった。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 過去最大の激痛はレイナーレに開けられた腹の穴だったが、ギネスを速攻で更新。

 気が狂いそうになるのを意志の力で抑え込み、それでも無様に校庭を転げ回る醜態をヴァーリに晒してしまうから情けない。

 

『勝てぬからと自殺するつもりか!? 服毒自殺と同じ行為だぞ!?』

『主の意向だから仕方あるまい。だが、このチャレンジ精神は今までに無かったものだ。俺が力を上げて、お前が下げる。この繰り返しに終止符を打つ今が好機!』

『我が倍加を為せぬ様に、お前が半減を得るなど有り得る筈が無い!』

『俺も少し前迄同じ意見だった。だが、俺は当代の使い手とその仲間達から一つ学んだ。無茶も無謀も貫き通せば不可能では無いことをなっ! バカは強いぞ、何せルールを知らん!』

 

 褒められているのか、それとも貶されているのか。

 相棒の信頼が精神の均衡を保つ清涼剤となり、俺はついに無限地獄を踏破する。

 正気を取り戻し右腕を掲げて空を掴めば、今までが嘘の様に痛みは消失。少しばかり形を変えた神器は新たな宝玉を飲み込み再生を果たしている。

 そして、鎧が遂げた最大の変貌は背の翼。変化した魔力噴出孔の上に赤い光翼を展開させ、全身の砂を払いながら立ち上がり、外面だけの空元気で俺は言う。

 

「見苦しい姿を晒しちまったが、これが最後の隠し芸だ。お前からコピーした、さしずめ”赤龍帝の烈光翼”。赤へ染まった白翼、これはもう俺のもんだ」

「……先ほどの評価を訂正しよう。普通ならば無駄死にの窮地を好機に変えるとは想定外だ。やはり君は面白い、俺の埒外から差を詰めて来るイレギュラーさを取り戻してくれて本当に嬉しく思う」

「そりゃどうも」

「兵藤一誠、君が限界をさらに超えたなら俺も本気を出そう。もっと俺を楽しませてくれよ赤龍帝! 我が力を本当に扱えるのか見せて見ろ!」

 

 第二ラウンドのゴングが聞えた気がした。


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