「コカビエルさん、鴨が葱と鍋を背負ってやって来ましたよ!」
「俺も盗み聞きしていたので驚いてます。神様居ないの知っている俺ですが、うっかり信じそうになる奇跡。これで足りない配役は補填できましたな!」
「ええ、木場君を悲劇のヒーローにって……さり気なく妙な事言いましたね。天使が居るのに神様は居ないんですか?」
「前は居ましたよ。でもここだけの話、大戦で魔王と相打ちってます。だから本当は十字教は祈るだけ無駄。宝くじで一等を引き当てる運があるなら、天使がおっかなびっくり運営する神の奇跡代行システムが応えてくれる可能性かもしれませんがね」
「……夢も希望ない」
「それが天界、冥界、人間界、その他全ての世界に共通する真理。他の神話体系になら神様ごっそり居ますけど、結局力を貸してくれません。どんな事も成し遂げるに頼れるのは己の力だけ。世知辛いもんです」
「平等すぎて泣けます」
「はっはっは」
コカビエルさんと向かい合う私は、脱線してしまった話に流されない様に自身を戒める。
面白そうだからこのまま聞いていたいけど、イッセー君達を長々と待たせる訳にも行かない。
「っと、それはともかく脚本を一本書けそうです。あまり時間を置けば教会がまた攻めてくる可能性もあるので、特に問題が無ければオンタイムの即興劇として進めたいと思います。アドリブ多目になりますが、そこは芸の肥やしと言う事で」
「これは手厳しい。まぁ、聞かせて貰えます?」
「起点となるのは―――」
細かい矛盾は勢いでゴリ押せばいい。
大切なのはメインストーリーの整合性だけ。
そう考えた私は、人生初の監督兼役者に全力投球することを決める。
シナリオの確認を取った感じだと、コカビエルさんも好感触。
後は自分で敷いたレールを走り抜けるのみっ!
「早速私はプラン通りに動きまましょう。アドラメレク様とその一党への通達は頼みますよ? 連絡ミスで殺し合いとかマジ勘弁ですからね?」
「お任せを」
不本意ながら、今回だけはお姫様役を演じきりますとも。
だから代わりに私の手の上で踊りなさい。
全ては我が意のままに。
第十八話「聖剣伝説 -プロローグ-」
「……この気配!?」
俺達以外に誰も居なくなった闇の中、いち早くそれに反応したのは小猫ちゃん。
一瞬遅れて木場も臨戦態勢に入り、さらに遅れて俺もやっと気配に気がついた。
それはあのライザーすら余裕で上回る圧倒的な圧力。
慌てて外に飛び出せば、夕暮れの朱を背にして漆黒の翼が翻っている。
「悠長な出迎えだったな、グレモリー眷属の木っ端ども。我が名はコカビエル、ここにエクスカリバーが集められていると聞き参上した」
視線が及んだだけで膝が震えるプレッシャーってどんなだよ!
仮にも上級悪魔とタイマンやって殴り勝った俺が恐怖する存在、禁手までの時間を稼げたとしても本当に倒せるのか自信が無い。
木場に小猫ちゃんを加えても、多分それほど変わりはないと思う。
でも、コカビエル……お前は致命的なミスを犯しているぞ?
「参上するのは自由かもだけどよ、早く逃げなきゃ死ぬぜ?」
「ほう、貴様が我を倒すとでも言うのか」
「いんや、俺達とお前の間には像と蟻以上の差があるさ。だがな、爺さんの眷属は違う。あの化け物たち相手に、同じことが言えるのかよ」
「……連中と正面から相対すれば、俺とて唯ではすまんだろう。騎士と戦車だけならまだしも、王と女王だけはヤバイ。断固として戦いを拒否する!」
「あっさり認めた!?」
これには思わず苦笑い。
無言で魔剣を握り締めていた木場と、小猫ちゃんも困惑気味である。
本拠地に乗り込ん来た癖に、自分からネガルとかありえんだろ。
そこは空元気でも
”我に掛かればうんぬんかんぬん”
って突っ張ろうぜ……。
「少年、無理と分かっている事を可能と言い切る方が無様なのだよ。しかし、大人には不可能と知りつつも成さねばならない場合が多々ある。それが今だ」
「策があるって事か」
「そうだ。現状に無理があるのなら、可能なレベルに条件を下げればいい。このようにな!」
コカビエルが芝居がかった大仰な動作で指を鳴らすと、奴の隣に転移の魔法陣が生まれた。
増援か、そう思ったのも束の間。俺は大きな勘違いを気付かされる。
現れたのは全身鎧の騎士たった一人。
しかしその手には、全身を弛緩させた爰乃が抱かれていたのだから。
「共通の弱点を突けば、奴らとて大人しいものよ。そもそも、俺がこの場に現れたにも関わらず、誰一人として姿を見せない異常さに気がつかなかったのかね」
「人質か!」
くそっ、帰りがやけに遅いと思ったらこういう事かよ。
認めたくないが、さすが堕天使の幹部。鳥と蛇が徘徊してる危険マップを易々踏破して、お宝を簡単にゲットは賞賛したいレベルだ。
……あれ、でも家の中にも爺さん含めて何人か居たんじゃ?
少しばかり手際が良すぎないか?
「これが頭を使うということだよ赤龍帝。さて、実はエクスカリバーの回収は済んでいる。わざわざ君達の前に姿を見せたのは、メッセンジャーとなって貰うためでなぁ」
「……言うことを聞けば、爰乃を解放するのか?」
「無傷で手放すとも。但し、全てが終わった後にだがね。そうでなくてはアドラメレク一党が、俺を死に物狂いで殺しに来る。それだけは避けたい」
「いやだから、怖いなら爺さんの大事な孫に手を出すなと」
「そ、れ、よ、り、も、そこの聖剣計画の生き残り!」
力技で誤魔化した!?
「……何かな」
「バルパーと俺は、明日の満月を待ち駒王学園を根城に暴れる予定だ。奴も失敗作を処分できなかった事を悔やんでいてなぁ。是非とも祭りの前に遊んでやってくれないか?」
「……望む所だ」
「そして下級悪魔のガキ共、帰って主に伝えろ。このコカビエルが新たな大戦の火種を生み出すとな! 手始めにこの街の人間どもを皆殺し、次に縄張り縄張りと五月蝿い犬悪魔と、教会の蛆虫を滅ぼし尽くそう。これぞ我が偉業の始まりよ!」
く、狂ってやがる。
そんな真似をすれば、堕天使とそれ以外で戦争がマジに始まるぞ。
共通の敵を攻めるっても、悪魔と天使が仲良く出来るはずもない。
疑心暗鬼に駆られ、結局全面戦争の未来しか待っていないじゃないか!
「手始めに魔王の妹とその眷属を生贄に捧げよう。ああ、待っているが怖ければ来なくても結構。己の領土すら守れぬ臆病者は不要なのでな! ハハハハ!」
「そんなに戦争がやりたいのかよ!」
「俺は三つ巴が解消されて以来、暇で暇で仕方が無かった。アザゼルもシェムハザも、研究できればそれでいいとか甘いことばかり。ミカエルに至っては聖剣を奪って挑発しようとだんまりだ! そもそも不倶戴天の存在と馴れ合って何が堕天使か。温い現状に妥協する日々の中に、生を実感出来る瞬間は無い!」
平和が苦痛か。俺には理解出来ねえよ。
聖人君子じゃないから、世界から争いがなくなるとは思ってねぇよ。
でも、やるなら俺の目の届かないところでやれ。他人を巻き込むな!
「……先輩、平行線はどこまで進んでも交わりません。これ以上は無駄です」
「僕も同じ意見だ。後はどちらが我を押し通せるかだけの勝負。ここは素直に引こう。戦力をかき集めて対抗しないと勝ち目が無い」
そう言って俺を制止する仲間に頷きを返し、俺は奴に指を突きつける。
「俺達が必ずお前の野望を止めてやる。首を洗って待っていろ!」
「それは楽しみだ。伝説の龍の力、是非ともお目にかかりたいと思っていた。ああ、上に助力を求めるなよ?」
「……」
「そうだな、あの忌々しい紅髪の妹姫一党だけで挑んで来い。さもなくば貴様にとっても大切なこの娘がどうなっても知らん。何らかの不幸が訪れた場合、責任は全てお前にあることを覚えておけ」
チクショウ、読まれた!
相手が悪魔業界における魔王級なら、こっちも同等の存在にSOSを送る予定がパアだ。
「さて、そろそろ退散しよう。明日の零時、貴様らの根城にて待っているぞ」
十翼を羽ばたかせ、騎士を伴い空へと上る堕天使は悔しいけど美しい。
いつか俺も、龍の翼で天に昇る日が来るのだろうか。
もしも俺が空を舞う誰からも認められる天龍なら、こんな時颯爽と活躍出来るに違いない。
だけど、地面から空を見上げる蜥蜴はちっぽけだ。
やっとの事で小鳥を倒して自信満々になってたら、次は手も足も出ない鷹が飛んできた。
弱い、弱すぎる。
こんなんじゃ爰乃を超えるどころか、上級悪魔への道も危ういじゃないかっ!
『確かにお前は歴代際弱の赤龍帝だ。だが降って沸いた力に溺れず、上を目指す向上心は過去に類を見ない誇れる資質だと俺は思う』
そりゃどうも。
『過去に悪魔への転生を果たした宿主は居なかったのだ。お前はまだ若く、人の寿命を遥かに超えた無尽蔵の時間を手に入れている。このメリットは計り知れないぞ』
妙に優しいな。
『相棒、俺はお前を高く評価しているんだよ。だから早く天龍に至ってくれ。いくら身の丈に相応しいからと、赤蜥蜴みたいな名を名乗られては俺のプライドが傷つく。せめて本当の禁手に至った時は恥かしい二つ名を返上して欲しい』
俺が一人前と納得出来たらな。
『……エロ特化かと思えば妙な所で頑固。本当に変り種だよ、お前』
迷惑掛けます。
「イッセー君、呆けてないで君の家に戻ろう。作戦会議が必要だ」
「お、わりぃ。コイツと話してたら、ちょっとな」
「……神器と?」
「話してなかったか? ライザーに負けた後から、神器に宿るドラゴンのドライグと話せるようになったんだ。根は真面目でいい奴でよ、さすが俺の相棒つーとこ」
「はは、さすが別格の神滅具。僕は魔剣創造と会話なんて出来ないよ」
「俺はコレしか知らないから、そういうもんだと思ってたわ」
「意思を持つのは、何らかの魂が封じられている物だけさ」
神滅具のレア度をイマイチ実感出来なかったが、ドライグって希少なんだな。
『どんな姿に堕ちても二天龍、全ての力を解放できれば神も魔王も倒せる赤だぞ。そんなインフレ武装が、そこいらに転がっている訳がなかろう』
知識も無い宿主で悪い。ま、お前のアドバイス通り気長に頑張るわ。
普通の赤龍帝が100年生きられないなら、才能が無くても1000年努力すりゃ追い抜けんだろ。
知っての通り、俺はコツコツ積み重ねて伸びる子だぜ?
『俺が誇れる立派な使い手になる事を期待する。さしあたってはコカビエルに殺されるなよ? 奴は歴戦を潜り抜けた古強者、勝機は万に一つだ』
爰乃が攫われた以上、他人事でも居られない。
無茶でも何でもやってやるさ。
「……先輩、置いてきますよ?」
「ぐあ、ドライグと話すと周りが見えなくなるな。今行くよ!」
俺達はこの時、もう少しだけ冷静になるべきだった。
孫が捕らわれても姿を見せない爺さん。
不審者を見逃した鳥と蛇。
エクスカリバーを奪われた弦さんの職務怠慢。
よくよく考えれば、不審な事ばかりが起きている。
しかし、コカビエルの宣言はそれらを吹き飛ばすだけのインパクト。他のことに注意を向ける余力が、一片も残されていなかったのだから仕方が無い。
頭を占めるのは、グレモリー眷属全体が借りのある爰乃の安否。
だから誰も気がつかない。
後にうっかり脚本家が漏らすまで、世界を揺るがしかねない大事件への初遭遇として記憶に刻まれる茶番はこうして幕を開けたのだった。