俺は他の家臣達に適当な指示を与えて自室に篭ると、且元に霧生賊のいる周辺の地図を持ってきてもらい、それを茶を飲みながらずっと見ていた。
「・・・昌秀殿」
「何だ?」
且元はいつまでも出陣しない俺に業を煮やしたのか、怒った顔をしながら見ていた。
そしてとうとう、俺の飲んでいた茶を奪うと大声で怒鳴りつける。
「あなたという人は・・・もう敵はすぐそこまで来ているのですよ!? それを、お茶を飲みながら地図を見ているだけなんて・・・何を考えてるんですか!?」
「そう怒鳴るな。そうだな、そろそろ・・・行くか」
俺は、配下の者に出陣する旨を伝えるとすぐに鎧兜を準備させた。
且元はそれをポカンと口を開けてみていた。
「何だ、お前はいかんのか?早く準備しないと置いてくぞ」
「へ? あ、ひゃい!?」
「噛むな馬鹿」
「う、うるさい!!///」
且元が顔を赤らめながら甲冑を着たのを確認すると、俺はすぐに八百の兵が残る砦へと百の兵を率いて向かった。城には百の兵で守りに当たらせた。
砦に着くと既に宮部や直貞等の家臣達が出陣を待つ形になっていた。
俺は砦に入り、早速皆を集めさせた。
「宮部殿、敵の数と位置は?」
「はっ、敵は千二百程、この砦より十町ほどの距離でございます」
「やはりな・・・」
恐らく敵は重秀殿が出陣したのを知っている、だからこそ手薄な長津城を狙いに来たのだろう。
最も、山賊が城を狙う意味が分からんが。まあそれは、敵の大将を捕まえれば分かる事だ。
「よし、且元。お前に三百の兵を預ける」
「へ? 私ですか・・・?」
「お前以外に且元が何処にいる。いいか? お前は三百の兵を連れて霧生山に遠回りしろ」
「え、でも・・・敵は千二百の兵ですよ? 三百も兵が抜けたら六百の兵馬しかいなくなります」
「それでいいんだ。いいから行け」
「・・・分かりました」
そう言うと、ムスッとした表情で且元は三百の兵馬を率いて行ってしまった。
「さて、と・・・これから、俺らは敵の迎撃に向かう」
「しかし且元の言うとおり、こちら六百の兵しかござらぬ。篭城する気でござるか?」
「直貞殿、俺は篭城する気は毛頭ない。俺らはこれから討って出る!!」
俺がそう言うと、直貞も兵達も驚きの声を上げた。
「ば、馬鹿な!? 野戦をするつもりでござるか!?」
「落ち着くのじゃ直貞。昌秀様も考えあっての事じゃろう。なれば我らはそれに従うまでじゃ」
宮部がそう言うと、直貞も兵達も黙って従った。
俺は六百の兵を連れて、五町程行った所で山賊軍と対陣した。
対陣してから一時間ほど経った頃、宮部が話しかけてきた。
「敵は動きませぬな・・・」
「ふっ・・・そう思うか?」
「???」
「敵が本当に只の山賊の集団なら、何も考えず兵力にモノを言わせて攻めてくる筈だ。それがないと言う事は?」
「もしや・・・率いているのは只の山賊ではないと?」
「まぁ勘だけどな。恐らく敵は奇襲を仕掛けてくる。兵には今の内に休ませて置いてくれ。俺達も夜に動く」
「承知」
その日の夜、昌秀の言った通り敵が奇襲を仕掛けて来た。
しかし、事前に昌秀が備えさせていたので敵は大敗を喫した。
しかも、こちらが無傷という完勝である。これに将兵達も士気が上がった。
一方その頃敵陣営。
一人の男が陣営の中で、頭を抱えていた。
「馬鹿な・・・俺は浅井の言うとおりに実行したのに何故失敗するんだ!?」
「どうやら、敵に知将が居るようですな」
一人の部下がそう言うとすぐに伝令が走って来た。
「も、申し上げます!! 長門勢がこちらに向かって来ております!!」
「な、何じゃと!? 仕方ない、ここは一度霧生山に戻るぞ!」
お頭と思われる男が言うと、すぐさま軍勢は山に強行軍で向かった。
そして、山の入り口に着くと森から一斉射撃が始まった。
「なっ!? 何故長門勢がここにおるのだ!?」
「お頭! 後ろから騎馬隊が向かって来ております」
「何じゃと!?」
後ろを振り返ると、黒い甲冑を着た武者が槍をかざして現れた。
「俺は長門昌秀!! 貴様が賊の大将だな!」
「き、貴様は黒――――――――――」
その瞬間、昌秀が振った槍が山賊の頭の胴を貫いた。
「お前らの大将は死んだ!! 観念して投降せよ!! 今ならば命までは取らぬ!!」
俺が叫ぶと、敵兵は一人また一人と武器を落として降伏した。
降伏した兵はおよそ九百、これらのほとんどが美濃や近江の元武士であった。
理由を聞いた所、家中の権力争いで負けやむなく山賊になったと言うのである。
目立ちたくなかった為、頭をあの馬鹿男にさせ、自分達は裏で指示を出していたのである。
「本物の大将は何処だ?」
俺がそう聞くと、兵達は真っ直ぐある女を指差した。
手にある傷は相当鍛錬した事を物語っていた。
「あんたが大将か?名は何と言う?」
「藤堂高虎って言います・・・」
藤堂高虎と名乗った女性は兜を外すと真っ直ぐな目で見てきた。
どうやら、長津城を狙ったのは自分の実力を証明してまた浅井に取り入ろうと企んでいたそうだ。
「成る程な・・・あんたが裏で指揮してたのか」
「はい、でも私の策が破られるなんて・・・貴方が破ったのですか?」
俺がまぁなと素っ気なく答えると、高虎は目を爛々と輝かせた。
そして、俺の前で泣きながら土下座した。
「お、おい・・・」
「お願いします!! 私を貴方の家臣にしてください!!」
「な、何で急に・・・」
「勝手な事とは分かっております。しかしやっと、私が命を預けられる主に巡り合えたのです。どうか家臣の末席に加えてくださいませ!!」
泣きじゃくった顔を上げて俺を見上げる高虎。
「良いではないですか昌秀殿。この者の才はかなりの物と私はお見受けするが?」
「まぁ、宮部殿がそういうのならば・・・それじゃあ、高虎。よろしく頼む」
「は、はい!! この藤堂高虎。殿のために命も捧げる所存でございまする」
「あぁ、よろしくな」
俺が笑いながら高虎の肩に手をかけると、高虎の顔が真っ赤に染まった。
「ど、どうした?」
「・・・・いえ、何でもありません////」
こうして、高虎を初め九百の兵が俺の配下に加わった。これで、総兵力は千八百である。
しかも、砦のなかに十分な弾薬や武具と兵糧を発見し、軍備が潤った。
戦の勝利に皆で喜んでいると、戦後処理をしていた且元が走り寄ってきた。
「ま、昌秀殿!! 私はとんだ誤解をしていたようです・・・」
「何だ改まって・・・」
「お、お願いがあるのですが・・・よろしいですか?」
「いいよ」
「まだ何も言ってませんよ!? ・・・どうか、私を家臣に取り立てては頂けないでしょうか?」
「うん、だからいいよ」
決断早っ!?と驚いている且元を見て、皆で笑っていると早馬が走ってくるのが見えた。
「申し上げます!!」
「重秀殿からか? 戦のほうはどうだった。まぁ、結果は完勝だと思うが」
俺の冗談に皆が笑うと、伝令は真剣な表情で顔を横に振った。
「お味方劣勢でございます。現在、重秀様は城に篭って篭城の構えをとっておりまする」
その報告に、味方に動揺が走った。
「つきましては昌秀様には即刻手勢を連れて城に帰還するよう伝言を預かっておりまする」
「そうか・・・」
俺は書状を受け取るとその場に座り込んだ。
心配して、宮部や片桐親子、高虎が近づく。
「昌秀様、事は一刻を争いまする。早速、殿の下に戻るべきかと」
「某も宮部殿に賛成です。このままでは、城が落ちてしまいまする」
宮部と直貞は城に戻る事を薦めるが、女武将の二人は何も言わなかった。
「お前らは何も言わねぇのか?」
「私たちは私達の主に従うまでです」
俺はそうかいと笑うと、宮部、直貞に三百の兵を預けて城に帰還させた。
そして俺らは、奴らが出陣してきた城である津川城から西に五キロほどに位置する吉備津城へと向かった
次回は攻城戦を書きたいと思ってます。