「て、敵襲だみゃあ!!」
「逃げるみゃあ!!」
京へ到着すると、織田兵が松永兵に所々で襲われていた。
西側から多くの悲鳴が聞こえる。恐らく、敵は西側に集中しているのだろう。
昌秀はその状況を見て舌打ちする。
「ちっ! 予想以上にマズイみたいだな……」
「殿、如何しますか?」
「高虎と且元と才蔵は六百の兵を率いて西側から鎮圧に当たれ。俺と長秀と勘辺衛は四百の兵で東側から鎮圧に当たる」
「「「承知しました」」」
高虎達は五百の兵を率いて西へと向かっていった。
昌秀達も気を引き締めて東側へと馬を走らせた。
「かかれぇ!!」
昌秀の号令で長門兵が松永兵に襲い掛かった。
霧生の兵達はほとんどが元山賊で、戦慣れしており恐怖など何処吹く風と颯爽と戦場を駆けていった。
「くっ!? 何故、長門家が京に……」
敵将らしき人物が長門家の雑兵を一突きしようと槍を繰り出すと、雑兵と思われた人物はいとも簡単に槍をひらりとかわした。
予想外の反応に敵将は『なっ!?』と動揺する。
「こ、こやつら……只の雑兵ではないのかっ!?」
雑兵は無言で敵将の体を刀で斬り付ける。
敵将は血を吐き、膝から崩れ落ちた。
「こ、こやつら……全員、かなりの使い手だぞ!?」
「案ずるな。我らにはまだアレがある」
松永勢が手で合図すると、奥から巨大な動物が現れて長門兵に突撃を開始した。
剽悍で知られる長門兵だが、見たことも無い動物が現れて動揺する。
たまらずあらゆる所から悲鳴の声が上がる。
「あれは象か? まさかこんな切り札を用意してるとはな。敵も中々どうして……」
「感心している場合ですかっ! これでは貴方の部下がやられてしまいますよっ!」
「これは危険……」
「分かっている」
昌秀は部下を呼び、こそこそと話すと部下に『頑張れよ』と言うと背中を叩いて見送った。
―――――――所詮は動物、火には勝てまい。
昌秀は釣られろ釣られろと心の中で期待しながら、馬を反転させた。
「……ひと先ず撤退する。全員退けっ!!」
「昌秀っ! 何を考えているのですかっ! ここで退けば、京はどうなるのですっ!」
「……私もそう思う」
「黙って従ってくれ。あいつらを一網打尽にするためだからな」
昌秀の何時に無く真剣な眼差しに二人は黙り込んだ。
昌秀率いる五百は、後方へと撤退を開始した。
敵方は勝機と象兵を走らせ、後ろからさらに松永勢が続いた。
やがて道は狭くなり、両側に民家が並ぶ人が四人ほど並んで進むのがやっとの道になった。
そこに松永勢が殺到すると、昌秀は不適な笑みをして軍を反転させた。
「今だっ!」
昌秀が叫ぶと、前に並んだ謎の壺を持った兵が一斉に壺を空中へと放り投げた。
それを後方にいた弓隊が火矢を一斉掃射する。
放たれた火矢の一部が壺と衝突すると、中から燃える液体が飛び出て松永勢に降り注いだ。
京一帯に響いたのではないかと思う位、松永勢の悲鳴は凄いものだった。
余りの熱さに悶え苦しむ者もいれば、上から降り注ぐ矢の雨にやられる者、それでも敵を殺そうと身を乗り出すが槍に突かれる者、阿鼻叫喚とはこう言う事を言うのだろう。
「うっ……」
余りの光景に長秀は目を伏せる。
当たり前だ。こんな光景を見て、目を伏せない奴はどうかしている。
――――――きっと俺はどうにかしているのだろう。
昌秀は自分を責め立てるように、ぼそりと呟いた。
「??? ……何か言いましたか?」
「何でもない。とりあえず、急いで火を消すんだ。このままだと、他の所に火が移りかねない」
「はっ!」
長門家の必死の消火活動が功を労し、火は最低限の被害に収まったが、そこには真っ黒焦げの死体の山と、火の勢いが強すぎて灰になってしまった家の残骸があった。
昌秀はそれを只無言で見つめていた。
「……すまんな」
冷たく一言呟くと、昌秀は高虎達の報告を待った。
数時間後、高虎達の伝令から西側の松永勢を撃退したとの報告が入ると昌秀は急いで東寺に向かった。
東寺に着くと、所々から出火しており危険な状態であるのは素人から見ても明らかだった。
「おいおい、大丈夫なのか? 明智光秀は……」
「分かりません。とりあえず、急ぎましょうっ!」
「おいっ! 危ないからお前はここにいろっ! 中には俺と才蔵が行くから」
「……もしかして心配してくれるのですか?」
「……んなわけ無いだろ」
「じゃあ構いませんよね?」
「あ~もう分かったよ。だけど俺もついていくからなっ!」
「お好きにどうぞ」
昌秀は『本当に……可愛げがねぇ』と頭をポリポリと掻くと先に行った長秀の後を追った。
「もう少し……と言った所ですわね」
松永久秀は眼前でしゃがみ込んでいる明智光秀を見つめながらニヤリと笑った。
光秀は心の拠り所である織田信奈が撃たれたと言う事実を突きつけられ、心が崩壊寸前であった。
「実に惜しい才能なのですが……仕方ないですわね。ここで断たせて頂きます」
久秀が光秀の命を得意の十文字槍で刈ろうと槍を振り下ろすと、何処からか飛んできた十文字槍にそれを阻まれてしまった。
「なっ!? 一体何処から……」
「こっちだこの野郎!!」
久秀が振り向くと、そこには黒髪短髪の好青年が一人と隣には青年より少し年上と思われる長髪の女性が立っていた。
「……何者です?」
「長門昌秀」
「丹羽長秀」
「成る程……」
―――――――この青年が長津の謀神ですか、意外とお若いですわね。
昌秀の予想外の若さに少々驚いた久秀だったが、すぐに表情を何時もの妖艶な表情に戻した。
「それで……昌秀殿は私に何か御用でしょうか? それとも、私と遊びたいのかしら?」
「……嬉しいお誘いだな。だがダメだ。隣に長秀がいなかったら乗ってたかもしれんが」
「残念、断られてしまいましたわ。結構、好みだったのですが……」
久秀の言葉に『なっ!?』と長秀が顔を赤らめる。
「冗談じゃありませんっ! 昌秀が貴方のような女と一緒になるなど、0点ですっ!」
「お、おい。落ち着け、長秀……」
「昌秀は黙っててくださいっ!!!」
「はいっ! すいませんでしたっ!!」
……どうやら長秀とか言う女性は昌秀殿の事を慕っているようですわね。
久秀の顔から、妖艶な笑みが一層強くなる。
傍に落ちていた槍を拾い上げると、長秀に向けて構えなおした。
「さて、それでは始めましょうか」
「……参られよ」
長秀は腰の刀を抜くと、何時でも迎え撃てるように構える。
昌秀はその場を戸惑った様子で見守るしかなかった。
しばしの沈黙の後、焼けた木が落ちてくて地面に激突する。
刹那、両者とも思い切り地面を踏み込んで渾身の一撃を放った。
久秀は槍の長所である突きを、対して長秀は上段から一気に刀を振り下ろした。
そして、耳が痛くなるような金属音が東寺に反響した。