「殿っ!? 大丈夫ですかっ!? お怪我はありませんかっ!?」
「あぁ、大丈夫だ。それより、こいつをどうするか……」
二人が目を向けた先には、柱に頭をぶつけて気絶している怪しい巫女が倒れていた。
「斬りましょう」
「即決かよっ!? 斬るのはマズイだろ。 ここには長秀達もいんだぞ」
「それなら縛ってそこらの川にでも放り投げてきましょうか?」
「お前、確実に殺しにきてるよな? とりあえず殺すのはナシだ」
「殿がそこまで言うのならやめますが……放置しておくのも危ないですよ?」
「そうだなぁ……とりあえず」
昌秀は巫女を抱えると、そこら辺から取ってきた縄で柱に縛り付けた。
それを見た高虎は遠い目をして昌秀を見る。
「殿……女性に対してそれは如何な物かと」
「お前、さっき自分で縛るとか言ってたじゃん。……仕方ないだろ。さっき殺されそうになったんだし、縄だけでは足りない位だ」
二人がこの巫女の事をどう説明したものかと悩んでいると、巫女がうっと言いながらうっすらと目を開けた。
「あっ、殿気付いたようですよ?」
「おぉ本当だ。さて、一体お前は何者だ? 誰の命令で来た? お前、年いくつだ?」
「殿、最後だけ関係ない質問ですよ」
「あぁスマン。質問間違えた。 コホン、とりあえずお前は一体誰だ?」
巫女は寝ぼけているのか目をパチクリさせながら、周りを見渡していた。
「おい、聞いてるのか?」
「あ、あのう……」
「何だ? やっと名乗る気になったか?」
「ここは何処でしょう……? と言うより、私は一体誰なのでしょうか?」
「「…………はい???」」
翌日 昌秀の部屋にて
「記憶喪失?? 何ですかそれ?」
「その名の通り、記憶を失う障害の事だ。多分頭を強く打ちすぎて、一時的に記憶がぶっ飛んだんだろうな。まったく、この女は厄介ごとばかり持ってくる」
昌秀がやれやれと欠伸をしながら横になって昼寝しようとすると、勢い良く部屋の襖が開かれた。
「昌秀、いますかっ!?」
「お、長秀か。聞いてくれよ。実は昨日の話なんだが――――――」
「そんな悠長な話をしている場合ではありません。とりあえず話を聞いていただけますか?」
「あ、あぁ分かった。高虎、こいつを別の部屋に連れて寝かしてやってくれ」
「はっ。縄は如何に?」
「外してやれ。女性を縄で縛り上げる趣味はないからな」
「承知しました」
高虎が巫女を抱えて部屋を去ると、昌秀はお茶とお茶請けを出して長秀の前に座った。
「……で? 話ってのは何だ?」
「……武田と上杉が電撃的に和睦しました。私達は美濃へ戻って守りを固めなければなりません。京には光秀殿と相良殿が残るそうです」
「武田と上杉がねぇ…… にわかには信じがたいな。虚報じゃねえのか?」
「私も一度は考えました。しかし真実だとすれば、たちまち美濃や尾張は蹂躙されてしまいます」
「もっともだ」
長秀達が慌てているというのに、昌秀はお茶を飲んで落ち着き払っていた。
長秀はムッとしながら、お茶請けのカステラを一口頬張った。
「……相変わらず美味しいですね」
「そりゃどうも」
「じゃなくて、昌秀も早く準備してください。急がないと置いていきますよ」
「…………」
「昌秀?」
(織田家がいなくなって得する人物は……あぁ、あのお歯黒関白か。動かす駒は、松永弾正久秀って所だろうな。だとすると、良晴達は危ない状況になるだろう)
昌秀が目を瞑って考えていると、長秀の大声で昌秀の名前を呼んだ。
「昌秀っ!!」
「うおぅ!? な、何だっ!? 敵かっ!?」
「何を寝ぼけているのです。話を理解したなら、早く準備してください」
「……分かった」
長秀が部屋を去ると、昌秀は誰もいない筈の部屋で声を出した。
「……話は聞いたとおりだ。お前は霧生に戻って、且元に千程率いてやってくるように伝えてくれ」
『御意』
天井から気配が消えると、昌秀は霧生に戻る仕度をし始めた。
「昌秀……その娘は誰です?」
「馬上からだと説明しずらいから、追々話すよ。ざっくり言うと、昨日俺を殺しに来た奴だ」
「はっ? 殺しにですか?」
「そう。殺しに」
馬上で昌秀が親指を立てて笑うと、長秀はハァと溜め息を吐いて額に手を当てた。
「自分を殺しに来た暗殺者を助けるなんて、貴方は何を考えているんですか?」
「さぁて、何を考えてるんだろうな?」
「……また謀略ですか?」
「さてね」
昌秀は話を打ち切り、更に馬の速度を上げて駆けていった。
昌秀の背中を見送りながら、長秀は胸によぎる嫌な予感に表情を曇らせた。
(本当に……何を考えてるんだか。……何で私が昌秀の事を気にかけるのでしょう? とりあえず目の前の事に集中しなければ……)
馬上で悩んでいた長秀は、手綱を握りなおして昌秀の後を追った。