「そうか……永重は織田に徹底抗戦の意を示したか」
昌秀が残念そうに肩をおとす。
「殿、このままでは織田と長門で血みどろの戦が始まってしまいます」
「そうなれば得をするのは、近江の浅井の連中です。頃合を見て再び兵を送ってくるでしょう」
昌秀は高虎の意見ならともかく、且元の意見に目を丸くした。
以前はそこまで視野が広くなかった筈である。
「且元……成長したな」
昌秀は且元の成長振りに思わず微笑むと、且元は少し顔を赤く染めた。
しかし、且元はブンブンと首を横に振るとすぐに何時もどおりの真面目な表情に戻る。
「もう……今はそういうのはいらないです昌秀様。それより、打開策を考えないと」
「現状は最悪と言ってよろしいかと思われます。殿」
「確かにな……永重はすっかり宮部の意見を聞いちまって、義重の言葉にも耳を貸さないようだしな。しかも、他の重臣達からも多数の不満があるようだ」
昌秀は苦笑しながら且元が持ってきた重臣達の不満を述べる書簡の数々を手にとる。
「宮部殿が口を出さなければ、永重様も考えてくれると思うのですが……」
且元の言葉に昌秀はふむ……と顎をなでた。
「それなら、宮部の信用を落とせばいい」
「宮部殿に謀略を仕掛けると?」
「謀略……とはちょっと違うな。実際は宮部が自分で破滅するだけだからな」
「自分で……ですか?」
「そう……自分でだ」
昌秀はそう言うと不適に笑って、文机に座って何かを書き始めた。
長門家が織田家に宣戦布告をしてから数日後、宮部の屋敷に不審な格好をした者が尋ねてきて一通の書状を渡した。
宮部がそれを手にとると、内容はこうである。
『俺は、お前が先の戦で乱捕りの際に奪った家財を溜めている事を知っている』
宮部はその文面を見た瞬間、顔を青ざめさせた。
長門家では、乱捕りをした者は切腹よりも辛い刑に処すと重秀が決めた軍法に書いてある。
もしこれがばれたら、自分はどうなるか分からない……
宮部は坊主頭に冷や汗をかきながら、すぐに部下に奪ってきた家財を別の場所に移すように命じた。
「何故、わしが乱捕りを行った事を知っているのだ? あの時は、誰にも知られていなかった筈だが……」
宮部が腕を組んで頭を傾げると、急に戸が破られて先程の部下が縛られて投げ込まれた。
宮部は目を丸くしながら、呆然とその場に突っ立っていた。
「なっ!?」
「とうとう尻尾を出したなっ!! 宮部継潤っ!」
「よ、義重様っ!? 一体何事ですか?」
「あくまでも白を切るつもりか。お前が先の戦で乱捕りを行い、近江の民に迷惑をかけたのは分かっておるのだぞっ!?」
義重はそう言うと部下から手渡された茶器を宮部に向かって投げつけた。
慌てて宮部はそれをダイビングしながら受け止める。
「な、何をするのですかっ!?」
「おい、その茶器は誰の者だ?」
「こ、これは私が買い付けた物です。どうです? 中々の物でしょう?」
宮部は自慢げに義重にそれを見せると、義重は鼻で笑ってそれを掴んで叩き割った。
「な、何と言う事をっ!?」
「お前が狙ったのは只の百姓だけではあるまい。恐らく、近くの豪商や小さな豪族から奪い取った物だろう?」
「……」
「ふん、図星か。兄上、これが宮部の正体です。こんな奴の言う通りになってはなりません」
義重が振り返ると、無言で立っている永重がいた。
少し経つと永重は静かに言った。
「宮部継潤、お主を百叩きの刑に処す。その後、首を刎ねる。……ワシが直々にな」
「と、殿っ! 某は――――――」
永重は継潤の言葉を相手にせず、すぐに城へと戻っていった。
恐らく、家臣達を全員呼んで再び会議をするのだろう。
「年貢の納め時だな。覚悟しておけ」
「一つだけ聞いておきたい。何故、ワシが乱捕りをした事を?」
「且元が昌秀に助けを求めにいったらしくてな。まったく余計な事をしてくれた。しかし、そのお陰でお前の悪事を暴く事が出来ただけでも良しとしよう」
義重はうんうんと頷く。
宮部はそれを見ながら、重秀様の目に狂いは無かったか……鳶が鷹を生むとは言うが、これでは鷹が竜を生んだのかもしれんな、と割れている茶器を拾い始めた。
「そうか、無事に長津は平穏を取り戻したか」
「はい、宮部殿は百叩きの刑を受けた後、斬首されそうになりましたが義重殿が仲裁に入って、持っていた家財を全て元の人物に返す事で決着したそうです」
「ほぉ、義重が宮部を庇ったのは驚きだな。てっきり見殺しにするかと思っていたが……」
昌秀の言葉を聞きながら、高虎は慣れた手つきで掃除を始めた。
高虎の町娘姿も見慣れてきて、最近は主婦が板についてきた所である。
「且元も霧生城に戻ってしまいましたしね」
「そうだなぁ。ま、政務が急がしいんだろ?」
「且元……頑張ってください」
「え? 何でそこで且元を激励するんだ? おい、無視か? おい高虎っ!」
高虎は手にしていた箒を壁に立てかけ、遠くを見ながら且元が熱でうなされながら仕事をしている且元を想像すると胸が痛くなってきた。