昌秀が信奈から恩賞を貰ってから数日後、信奈達織田家は上洛の軍を起こした。
織田家が上洛の軍を起こした事は各国に伝わった。もちろん、美濃に近い長津の地にもその一報は届いた。
「馬鹿なっ! 織田如きが上洛の軍を起こすだとっ!?」
「兄上、落ち着きなされ。今の織田家は破竹の勢いです。今は織田に好きにさせるのがいいでしょう。織田が上洛を目指している間に、新しく得た領地を治めねば……」
「永重様、今こそ織田の連中に長門の勇猛さをしらしめてやりましょう!!」
「うむ、宮部の言うとおりじゃ。織田の連中に、長門の戦を見せてやる」
「なりません、兄上!! 戦をすれば、民が疲弊します。さすれば、兄上に対する民の目はどうなるとお思いかっ!?」
「義重、お主は昔から戦はなるべく回避するように父上に言っておったな。じゃが、今の長門の当主はわしじゃ! 戦が怖いのなら城を守っておれ!」
「あ、兄上……」
永重が広間から出ると、宮部も後に続いて永重の後を追っていった。
シンとなった広間に残された義重は、ハァと溜め息を吐いた。
(昌秀がいなくなってからというもの、宮部殿が兄上に側近の如くつき従っている。兄上も宮部殿の意見はすぐに聞き入れている。これでは他の家臣から謀反が起きるかもしれぬ……)
「昌秀に我らで長津を守ると言ってしまった以上、昌秀に頼る事は出来んな」
俺がやらねば…とブツブツと呟きながら立ち上がって、義重が広間を立ち去ろうと襖に手をかけると襖に人影が映っていた。
「誰だ……?」
「よ、義重様……お役目ご苦労様です」
「且元ではないか。一体どうしたのだ? お主は霧生にいるのではなかったか?」
「そ、それが…最近、霧生で妙な噂を耳にするのです」
「噂じゃと? 言ってみよ」
且元の話では、永重達の関係が噂になっており、宮部継潤に恨みを持っている家臣達が謀反を企てるのではないかと村人達が恐れていたと言うのだ。
「……もうそこまで噂が広まっているのか」
「はい。今日私が来たのは先日の織田の上洛軍の件なのですが……」
「兄上は織田と戦をするつもりでいる。私も止めたのだが、宮部に邪魔されてな……」
「宮部殿に……? こんな時、昌秀様がいてくれれば……」
「よせ、昌秀に頼ってはならぬ。あ奴は自分の帰る方法を探しに行ったのだ。それを邪魔してはならぬ」
「しかし……事は既に大きくなりすぎています。織田軍はすぐにでもやってきますよ?」
「分かっている。私がこの命に代えても止めてみせる」
窓から見える夕暮れを見ながら義重は笑うと、永重を追ってその場を後にした。
(このままでは長門が二分してしまう。やはり昌秀様に相談に行かねば……)
且元はそう確信すると、猛ダッシュで厩に向かい馬を走らせ霧生に向かった。
霧生城に帰還して、昌秀が抱えていた諜報部隊に昌秀の居所を尋ねると今は尾張にいるとの事だった。且元は場所を聞き出すと、すぐに準備して尾張へと急いだ。
時刻は夜、今夜も長秀は残っていた政務を片付けるため、部屋で残業中である。
毎晩毎晩、ご苦労様ですと昌秀は心の中で呟きながら、自分の部屋へと入った。
外からは蛙の鳴き声が響いている。一匹、また一匹とその音は段々と増していって、最早騒音のレベルになるのではないかと昌秀は思う。
「……ああもう、全然帰る為の手がかりねぇな」
「尾張には情報は無かったようですね。次は何処に向かいます? やはり京に向かってみますか?」
「京って荒れてんだろ? そんな危なっかしい所に行ってたまるか。出雲はどうだ?」
「何故、急に出雲が出てくるのですか?」
「……気分だ」
且元が息を切らしながら向かっている時、昌秀は高虎と次は何処に行くか議論していた。
「大体、出雲に行くための路銀が足りませんよ殿」
「マジでか。そういえば、前にもらった金子はこの前の宴会で使っちまったんだっけ」
「……それより殿。織田家が上洛の軍を起こしたらしいですね」
高虎が無理矢理話題を変えると、昌秀は読んでいた書物を閉じて横になると大して興味のなさそうに言った。
「あぁ、聞いてるよ。まぁ、永重も快く奴らを通すとは思うんだけどな」
「本当にそうでしょうか?」
高虎は首を傾げると、立ち上がって昌秀の横に座った。
「永重様は義重様と違い、少し頭が固いのが難点です。もし、家臣達に煽られれば戦と言うことになりかねないかと……」
「考えすぎだ高虎。流石に永重もそこまで阿呆じゃないだろう」
昌秀が笑いながら横に置いていた書物を手にとって再び読もうとすると、手にとっていた筈の書物が消えていた。
あれ……と昌秀が手を動かすが書物は無い。
「おい高虎、ふざけていないで俺の本返し―――――――」
昌秀が起き上がって、高虎の方を見ると高虎は先程と同じように礼儀正しく座っている。
その隣には腰まである黒髪を乱しながら、且元が昌秀の書物を手にしながら座っていた。
昌秀は久しぶりにあった且元の胸を見ると、フッと笑った。
「少しは成長してると思ったが、今だ絶壁とはな……」
「……久しぶりに会ったのにその台詞ですか」
且元は手をゴキゴキと鳴らすと、昌秀の頭を得意のアイアンクローで掴みあげた。
「いでででででででっ!?」
「悪かったですねぇ……絶壁で。とりあえず、出雲に行く前に冥土に行ってみますか?」
「悪かった! 俺が悪かったから、とりあえず手を放してくれっ!?」
「それでは謝罪の言葉を……これでも私も女ですからね。結構傷つくんですよ?」
「わ、分かったっ! 俺が悪かったゴメンナサイ……」
よろしいと且元が手を放すと、昌秀は頭を抑えながらその場にかがみ込んだ。
そんな中、長秀が眠たそうな目を擦りながら襖を開けた。
「昌秀、騒がしいですよ。こんな夜中に……あら、そちらの方は?」
「な、長秀殿っ!? 昌秀様、何故長秀様の屋敷でお世話になっているのですかっ!?」
「いや、これには事情が……」
「やはり昌秀様は、長秀殿と……」
「だから事情があるって言ってんだろうがっ! ちゃんと話を聞けよ!」
よく状況が読み込めていない長秀に、高虎が申し訳無さそうに状況を説明する。
二人がギャアギャアと騒いでいるのを見ながら、長秀達はハァと深い溜め息を吐いた。