戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 瀬名城を攻略する

 昌秀は百人の兵で瀬名城を攻略すると言った日から三日たっても屋敷を動かず、高虎と囲碁の練習をしていた。子供のように無邪気に遊んでいる昌秀を見ながら高虎は焦っていた。

 

「殿・・・すでに三日目です。なのに何故動かないのですか?」

 

「う~ん、ここに置けば・・・駄目だな、ここに置かれて囲まれる」

 

「殿・・・・」

 

 碁石を何処に置くかで悩んでいる昌秀は本当に何も考えてはいないのではないかと高虎は外の景色を見ながら思った。時刻は昼時、どんよりとした空は今に雨が降るという事を予兆していた。

 昌秀はよしと言いながら碁石を碁盤に置くと、どんよりとした空を見て少し笑っていた。

 

「殿・・・?」

 

「囲碁ってのは面白いな高虎。まるで戦の陣取りをしている気分だ。だが、本当の戦はこんな囲碁みたいには上手くいかないもんなんだよな」

 

 その時突風が盤の上にある高虎の碁石を動かして別の場所に移動した。

 

「どんなに大軍でも些細な事で統率が乱れる事もあれば、逆に寡勢でも兵の士気や将の質で何倍もの活躍をする・・・か」

 

 

 この時代に昌秀は突風でずれた碁石を見ながら重秀に教えられた事を復唱した。

 来た時は戦をする時緊張しまくっていたが、今は命が懸かっているのに異様に落ち着いている。慣れとは怖いなと昌秀はずれた碁石を戻しながら思った。

 

 二人が囲碁をやめてからしばらく経つと庭に兵が一人密書を携えて戻ってきた。

 昌秀はそれを受け取って早速読み始めると声を出さずに深く頷いた。

 

「高虎、戦支度をしろ。お前も他の兵に伝えろ。出陣するとな」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 瀬名城は稲葉山城より東に三キロばかりの場所にあった。

 稲葉山城には劣るが山城で、普通に攻めるには相当の犠牲が覚悟された。

 高虎は馬上で揺れながら昌秀に尋ねる。

 

「殿、先程の文には何が・・・?」

 

「敵方は勝家に勝ったからか、すっかり宴会騒ぎだそうだ。まぁ、そうなるように仕向けたのは俺だけどな」

 

「?」

 

「城に行った帰りにすぐにそこら辺の遊女を雇って瀬名城に部下と一緒に旅芸人として送り込んだのさ。今晩は俺らにとっても祭りになるだろうよ」

 

 普段の温厚な表情から策士の顔になっている昌秀を見ると、高虎はゾクッと背筋に悪寒が走った。

 自分が好んで仕官した主君とはいえ、謀略を使っている昌秀を高虎はあまり好きではなかった。

 謀略は乱世において致し方の無い事と高虎は割り切っているつもりではいるが、あまり謀略を良しとしていない。

 斉藤道三の事もある。彼も自身の息子に命を取られかけたのだ。昌秀も例外ではない。

 高虎は昌秀が道三のように危険な状態にならない事を祈りながら瀬名城へと向かった。

 

 

 

 瀬名城に近づいたのは真夜中で城は真っ暗な海のように静まっている。遠くに焚かれている篝火は蛍の光のようだと高虎は思った。

 風は木々を揺らして、空は月も星も見えず今にも降ってきそうな空である。

 昌秀達がさらに近づくと、上から敵方の兵が首から血を流しながら落ちてきた。

 そして城の門がゆっくりと開かれ部下がお待ちしておりましたと頭を下げる。

 

「いいか。油断してても敵は八百、一気に攻め落とすぞ」

 

 昌秀の言葉に、最初こそ頼りにならん大将だみゃあと話をしていた足軽達も活気があふれた。

 

「よし、抵抗する者は殺せ。降伏する者は捕らえろ。行くぞ!!」

 

 昌秀が蔓丸を抜いて合図を出す。

 合図を見て百の兵が瀬名城になだれ込んだ。寝込みを襲われた敵方の兵は織田の兵が来ると思わなかったのか大混乱に陥った。

 

「お、織田の夜襲だ!! 逃げろっ!」

 

 大概の兵は逃げ、立ち向かう剛の者も囲まれ討ち取られる。 

 雑兵を部下に任せて高虎と昌秀は広間へと向かった。

 

 広間に向かう途中の敵は高虎が簡単に斬り伏せ、昌秀は抜いている蔓丸を持て余しながら足を進める。

 広間に着くと一人のがっしりとした体格の男が、悲しそうな表情をしながら外の様子を見ていた。

 

「おい、お前がここの城主か?」

 

「・・・貴様は誰だ? 織田の者ではないな?」

 

「俺は長門昌秀。ある事情でお前らを黙らせなきゃならなくてな。死ぬか降伏か選べ」

 

「長門昌秀だと・・・? 長門家の謀神が長門を出奔したのは聞いていたが、何故織田に?」

 

「・・・早く答えてもらおう」

 

「残念だが、降伏するつもりはない。いざ・・・」

 

 城主は腰の刀を抜いて、上段から昌秀に向かって振り下ろした。

 何合か経つと酔っている城主は早くも息を荒げ始める。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

「おのれ・・・酔ってさえいなければお主なんぞ一太刀で終わらせられるものを」

 

 ・・・そうかいと昌秀はフッと笑いながら蔓丸を下段で構える。

 

「・・・お主は正々堂々と言う精神は持ち合わせておらぬのか?」

 

「正々堂々? お前、それでも乱世を生きる武士か? 騙してなんぼのこの時代、騙される方が悪い。歴史ってのは勝者が作ってくもんだ。敗者の歴史なんてのはな、負けた時点で既に終わってるんだよ。これは持論だが・・・誇りを掲げて全滅するのは美しいかもしれんが愚かだ。だったら、誇りを捨ててでもどんなに汚い手を使おうが勝つ方がいいに決まっている」

 

「貴様・・・それでも武士か!!」

 

 城主が昌秀の侮辱の数々に血を昇らせ昌秀に斬りかかろうとした瞬間、ごぶっと吐血して膝をついた。その光景に高虎は目を見開いた。

 城主も何がなんだか分からない表情をしている。その中で笑っているのは昌秀一人だった。

 

「がっは・・・何だ?」

 

「毒に決まってんだろ。遊女達に毒を持たせておいて良かった。いやぁ、あんたが降伏と言ったらどうしようかと思っていたが、安心したよ」

 

「初めからそのつもりだったか・・・・」

 

「こうでもせんと、あんた達がまた謀反を起こすかもしれないからな」

 

 保険は多い方がいいと昌秀は歩き出し城主の隣に着くと、首を取るため刀を上段に構えた。

 

「旅芸人達を城の中に入れた時点で我等の負けは決まっていたとはな・・・」

 

「その通り。だが、毒が回るのが予想より遅かったな。あんたが丈夫なのか、それとも遊女達が盛るのが遅かったのか。まぁ、どちらでもいいか・・・」

 

「・・・最後に言っておく。貴様、地獄に落ちるぞ?」

 

「・・・・」

 

 昌秀は無言で蔓丸を振り下ろす、城主の首は宙を飛んで高虎の前に落ちた。

 高虎は顔を青ざめさせながら、反射的に城主の首から目線を外す。

 昌秀は返り血で服と頬が赤く染まっていて、刀は血がしたたっていた。

 

 

「高虎、お前は下に行って部下を休ませてやってくれ。少し独りになりたいんだ」

 

「・・・分かりました」

 

 

 

 高虎は味方の兵を休ませ、昌秀に報告しようと昌秀を探すが見つからない。

 殿は大丈夫だろうか・・と高虎は腕を組みながら歩いていた。

 殿は間違った方向に進もうとしている様な気がする、ならばそれを止めるのが家臣の務めなのではないかと高虎は考えた。

 

「そうです、且元がいない今私が殿を諌めなければ」

 

 よし!!と高虎が気合を入れなおすと、不意に誰かに肩を叩かれた。

 気合を入れなおした高虎の鉄拳が曲者!と言う掛け声と同時に後ろの人物の腹に命中する。

 後ろの人物はごふぅ!?と言う声と共に後ろに吹き飛んだ。

 

「まったく誰・・・って殿!?」

 

「な、ナイスパンチ・・・世界狙えると思うぞ?」

 

「殿! しっかりしてください!!」

 

「あぁ・・・お花畑が見える。高虎、俺あそこに行っていいかなぁ?」

 

「と、殿ぉ!? お気を確かにぃぃぃ!!!」

 

「ぶぶぶぶぶぶぶぶっ!?」

 

 高虎の往復ビンタが昌秀に炸裂、革のベルトを叩き付けたような音が城の中に響いた。

 その音は眠っていた城兵達が全員起きるほどだったと言う。

 


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