戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 長秀の手伝いをする

 突然だが女性とは時に山賊よりも恐ろしいものだ。

 例えば、真田昌幸の息子である真田信之の妻小松姫は関ヶ原の戦いの際、夫の代わりに沼田城を守っていた時、西軍方である真田昌幸が孫の顔が見たいと言った所、小松姫は戦装束でそれを断ったという。

 まぁ、何がいいたいかと言うと女性を女だからと舐めてかかると痛い目に会うと言う事だ。

 さて、何故今こういう事を話すのかと言うと・・・つい先日、高虎と昌秀の全ての会話が長秀に丸聞こえだったようで、長秀は当然の如く怒っていた。

 顔は笑ってはいるが目が笑っていない。昌秀はその後ろに不動明王が見えたと言う。

 

 お陰で昌秀の監視はより強化されつつあった。

 屋敷の門の前には長秀の兵が見張っており、屋敷を囲んでいる状況になっていた。

 昌秀は思う『どうしてこうなった・・・』と、一人部屋の隅で暗く沈んでいた。

 高虎はあれから長秀を見ると、肩をビクッと反応するようになり、長秀が笑うと顔を青ざめさせる始末であった。もちろん昌秀も心境は同じであり、出来る事なら一刻も早くここを逃げたいと思っていた。

 高虎は縁側で澄み切った空を見ながら悟りを開いているように見えた。

 

「よほどショックだったんだろうな。まぁ、気持ちは分からなくもないが・・・」

 

 あれは信奈を怒らせるよりマズイのではないかと昌秀は自問自答しながら、蔓丸の手入れをしようと刀に手をかける。

 刀身は美しく光って、切れぬものは何も無いと刀が主張しているようだった。鍔は丸く波をかたどっており、柄に長門家の家紋の三つ蜻蛉が彫られている。柄と鞘は黒漆で塗り固められている。

 古いものに違いは無いが、初めて見る人は新品の刀と思うに違いない。

 

「中々良い刀ですね九十二点♪」

 

「な、長秀!? ・・・さん」

 

 何をかしこまって・・・と急に現れた長秀は目の前に腰を下ろした。

 縁側を見ると高虎は姿が見えなかった。どうやら逃げたらしい・・・

 彼女は刀の手入れを見ながら少し沈黙すると、あっ・・・と思い出したといわんばかりに口を開いた。

 

「そうでした、ここに来たのは昌秀にお願いがあったのです」

 

「お願い? お前がか?」

 

 昌秀は怪訝な顔をしながら慣れた手つきで手入れを進める。

 以外に器用なんですねと思いながら長秀は話を続ける。

 

「実は美濃の国人達が姫様の仕置きに不満を感じて謀反を起こしたのです。まったくこれからと言うときに・・・・二十点です」

 

 昌秀はふぅんと興味がないと言わんばかりに手を動かす。

 その態度に長秀は少しムッとしながらも感情を押し殺した。

 

「実はこの謀反の鎮圧を昌秀に手伝って欲しいのですが・・・」

 

「断る。大体、俺は織田の家臣じゃないしお前らに一切手を貸すつもりもない」

 

 昌秀は当たり前だと手入れが終わった刀を確認すると鞘にしまった。

 

 確かに昌秀の言い分は最もである。

 自分の言い分がおかしい事も承知していた・・・が、長秀は昌秀の軍略の才能を買っている。

 そんな彼に手伝って貰えれば絶対に城を取れると確信した上で、こうして無理して頼み込んでいるわけである。

 

「どうしても駄目ですか・・・?」

 

「くどい。これは既に決めている事だ」

 

 長秀は残念そうに肩をすくめると、それでは私一人で行きますと部屋の戸に向かう。

 

 待てよ・・・一人?と昌秀はピクリと反応した。

 

「長秀・・・お前が一人で指揮するのか?」

 

「えぇ、一応勝家殿もおりますが指揮するのは私です」

 

 姫様から承りましたのでと髪を指で少し持て余しながら答えた。

 長秀が指揮をして長秀が死ぬ=俺も同時に消滅するのでは?

 ・・・それは困ると昌秀は長秀の顔を見ながら考える

 

「な、何ですか・・・私の顔に何か付いてます?」

 

「長秀・・・その話乗った」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 信じられないと言った表情で長秀は戸にかけようとした手を止めた。

 昌秀は頷いてただしと手を前に出して長秀を制した。

 

「金をくれれば手伝ってやらん事もない」

 

「お金ですか? 昌秀が・・・?」

 

 長秀は珍しいと昌秀の前に座りなおす。

 長秀に言われたのが心外だったのか昌秀は機嫌を悪くしてムスッと固い表情になった。

 

 昌秀だって金が欲しいに決まっている、金をいらんと言う奴は高位の僧か義に厚い人物くらいだろう。

 もしくはよほど阿呆じゃないと言わないはずである。

 

「ふふふ、分かりました。謀反を鎮圧したら私が姫様に掛け合って見ましょう」

 

「約束だぞ?」

 

「えぇ♪ 昌秀が手伝ってくれるのならこの謀反、一ヶ月以内に収まるでしょう」

 

 それは大袈裟だと昌秀は丁度長秀の小姓が持ってきてくれた茶を啜りこんだ。

 長秀は本当に彼が手伝ってくれるのが嬉しいのか、毎日見ている笑みは何時もとは少し違う気がした。

 

 

 

 

 

 清洲城の広間では長秀と昌秀が生き生きとしながら、これからの鎮圧戦の話をしていた。

 二人の様子はまるで久しぶりに会った旧友が話している様に見えて、とても監視対象との会話には見えなかった。

 あの二人仲が良いのか?と織田家臣団は噂しはじめ、昌秀を連れてきた日に長秀が嬉しそうに笑っていたという噂が広まり、挙句の果てにはもしや長秀殿は昌秀殿に・・・と長秀が聞いたら長刀を持ってきそうな噂まで存在していた。

 

「それで敵方の兵力は八百程度、瀬名城は山城で難攻不落と来た。それを勝家の馬鹿が二千の兵で力攻めで落とそうとした所、あえなく返り討ちに遭い大損害をこうむったと・・・」

 

 腕を組んで昌秀が状況を軽くまとめて長秀に確認する。

 概ねその通りですと長秀は扇で口元を隠した。

 馬鹿って言うな!と後ろに引っ込んでいた勝家は少し涙目になりながら昌秀に反論する。

 

「だってその通りじゃないか。こんな城に力攻めでいったら大損害を被るのは当然だろう?」

 

「そうですよ勝家殿。先の失敗で勝家殿が腹を切ろうとしたのを皆で全力で止めたのは大変だったのですよ?」

 

 ハァと当時の事を思い出して忘れようと首を振る長秀。

 だが・・・と昌秀は顎に手を当てた。

 

「それでも勝家の率いる二千の部隊に大打撃を与えて撤退させた、この瀬名城の城主は相当やるな」

 

 敵方の腕に感心した昌秀はずっと座っているのが疲れたのか横になって手足を伸ばした。

 だらしないですよ昌秀、四十点と長秀が扇を閉じながら忠告する。

 

「こうずっと座りっぱなしだとどうもなぁ。さて、俺らの兵力は?」

 

「姫様から二千の兵を借り受けました。兵力は二倍ですね八十三点」

 

「二千? あっはっはっはっ!!」

 

 昌秀は数を聞くと腹を抑えて笑い出した。

 

「な、何が可笑しいのです昌秀?」

 

「まったく織田の姫様も俺を馬鹿にしていると見える。その兵力は俺が軍儀に参加しているのを踏まえての兵力だろ?」

 

「えぇ・・・そうですが」

 

「二千もいらん。百あれば充分だ」

 

 昌秀の言葉に長秀は目を丸くした。

 一番驚いたのは勝家である。自分が二千の兵で落とせなかった瀬名城をたった百の兵で落とすと言うのだから。

 

「昌秀・・・・信頼してないわけではないですが百の兵で瀬名城を落とすのは無理です。二十点」

 

「そうだっ! 私が二千の兵で落とせなかった城なんだぞっ!?」

 

「もう1つだけ言ってやろう。あの城は一週間で落ちるとな」

 

 横になりながら昌秀が意地悪そうにくくくと笑う。

 

 ・・・これは良からぬ事を考えている顔ですねと長秀は昌秀の顔を見ながら直感する。

 

「う、嘘だっ!! そ、そんな事出来るわけないだろうっ!? あ、あたしは信じないからなっ!」

 

「そうか。それじゃあ、一週間以内に城を落とせなかったら俺の首をやろう。正し、城を一週間以内に落とせたら勝家、一日俺の言う事何でも聞けよ?」

 

 な、何でもって・・・と勝家は顔をさくらんぼの様に赤らませながら胸を隠した。

 

「お、お前もサルと一緒なのかっ!? わ、私の胸を・・・」

 

「阿呆、あいつと一緒にするなっ! 安心しろ、そんな変な事は言わないから」

 

「ほ、本当だな? や、約束だぞ・・・?」

 

 あぁ約束だ・・・と昌秀は握手を求める。勝家も最初は動揺していたが、ちゃんと握り返した。

 そこでコホンと長秀が咳き込む。

 

「昌秀・・・信じてよいのですね?」

 

「当たり前だ。信用してくれていい・・・・」

 

「よろしい♪ 昌秀を呼んで正解でしたね七十点」

 

 言葉のわりに点数が低いのは昌秀の無茶振りを指摘しての事であろうか、長秀はいつもの涼しげな表情を険しくする。

 

「そんな顔をするな長秀。なぁに、勝家との約束のお陰で俄然やる気出てきた所だしな」

 

 心配するなと昌秀は笑いながら右拳を握り締めて長秀の前に突き出した。

 

 長秀はクスッと手を口に当てて笑う。

 あぁ、本当の昌秀はこういう人なのだと・・・長秀は長門家にいた時の昌秀と、今目の前にいる昌秀を比べる。今までの彼は研ぎ澄まされた一本の刀の様な雰囲気だったが、現在の彼はもっと大らかで例えるなら同じ刀でも練習用の木刀を思わせた。

 

 良晴殿の言ったとおりのようですと長秀は心の中で安堵した。

 以前の昌秀は何処か危なっかしい所があってハラハラしたが、現在の昌秀は勝家殿と笑いながら会話している。そんな彼を見ながら長秀は微笑んだ。しかし、長秀は不思議に思った。

 

 はて、何故私はこんなにも昌秀に執着するのだろう・・・と。

 長秀はしばらく扇で扇ぎながら悩んだ末、まさか・・・と1つの考えが頭に浮かんだ。

 しかし長秀はそれをブンブンと頭を振って否定する。

 

「そんな筈ないですね・・・・まったく、私らしくありません。十点です」

 

 長秀はそう言うとフッと軽く笑って扇いでいた扇をパチンと閉じた。

 


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