清洲城の広間では織田家の当主である織田信奈が、見るからにイライラしながら昌秀を見ていた。
長秀は申し訳無さそうに目を瞑っていた。
昌秀も昌秀でムスッとした表情でどっしりと構えている。高虎は昌秀の後ろで不機嫌そうにうつむいていた。
そんな彼らを何事もないようにと見守る家臣一同。
「・・・これはどういう事かしら万千代? 私は天安を連れてきてって言ったんだけど・・・?」
「申し訳ありません姫様。実は天安は昌秀だったようで・・・」
「はぁ・・・よりにもよって正体があんたとはね」
「あのな・・・一番の被害者なのは俺だぞ。俺としてはここに来る気は無かったのにこいつらが無理矢理連れてきたんだ」
「うるさいわね!! 大体あんたがそんな紛らわしい事してるからいけないんでしょ!?」
「・・・逆ギレかよ。まったく本当にこんなのがあの織田信長の代わりなんてな・・・本当に大丈夫か日本・・・」
昌秀は信奈を見ながら日本の行く末を心配すると、信奈はサルのように唸った。
「本当に何なのよこいつはっ!? この私に対してその態度は何っ!?」
「姫様、少し落ち着いてください。昌秀は今は長門を出奔した身との事。昌秀の才は簡単に手放すのは織田の脅威になります。そうなっては零点です」
「分かってるわよ・・・」
信奈は深呼吸して心を落ち着かせるとキッと真っ直ぐ昌秀を睨んだ。
昌秀を見る目は本気で殺す気の目であった。
「昌秀・・・あんた、私に仕える気はある?」
「・・・それは本気で言っているのか?」
昌秀は挑発的な視線で少し笑いながら答える。
良晴はそれを心配そうに見つめていた。
信奈は今にも刀に手をかけようとする手を押さえる。
「・・・仕える気が無いなら私はあんたを殺すわ。あんたを他の所にやったら織田の脅威になっちゃうもの」
「貴様、先程から黙って聞いていればそれは殿を脅しているのかっ!?」
高虎が耐えられずその場を立ち上がろうと膝を立てようとするが、昌秀が睨んでいたのでグッと黙った。
「・・・そういえば気になっていたけど、その子はあんたの何なの?」
「私は藤――――――――――」
「これは俺の嫁のお菊だ」
「なっ!? 殿っ!?」
高虎が顔を真っ赤にしながら昌秀を凝視する。
良晴もマジかと言う顔をして、長秀もギョっと目を丸くした。
勝家は一人でそうだったのかと納得していた。
「へ、へぇ・・・・お、お嫁さんなんだぁ。ま、まさかあんたにお嫁さんがいるなんて知らなかったわ」
初心なのか信奈は顔を真っ赤にしながら目線を泳がせる。
「そうだ、ちょっと男勝りなのが傷だがな」
昌秀がフッと笑いながら呟くと、良晴は完全に放心状態になっていた。
長秀も何故か動揺している様子で、広間はガヤガヤと騒がしくなる。
「まぁ俺としても殺される気は毛頭無いんでね。そうだな、それじゃあ俺に監視役でもつけたらどうだ? それなら安心だろ?」
「・・・そうね、問題は誰を監視役にするかだけど・・・」
信奈が監視役を任すに足る人物を広間の中から探す。
すると、良晴の隣にいた銀髪の小さい女の子が申し訳なさそうに手を上げた。
「何、あんたがやるの半兵衛?」
どうやらあの小さい女の子が竹中半兵衛らしい。
そういえば以前稲葉山城であったような気がする。
「い、いえ・・・私は長秀さんにやってもらった方がいいと思います。長秀さんならこの人の事を十分に監視出来る筈です」
「流石は半兵衛ね、私も同じことを考えていたわ。万千代、お願いできる?」
「お任せを。出来れば勝家殿も監視役にお願いします。私一人だと彼らを力ずくで止めるのは難しいかと・・・」
「分かったわ。六、頼んだわよ」
「分かりました姫様! 期待しててくださいっ!」
勝家が嬉しそうにガッツポーズをとる。
昌秀が心の中で面倒な事になったと毒づいていると、長秀と視線があう。
長秀は昌秀を見るとクスクスと笑っていた。
解散してすぐに昌秀と高虎は天安寺にある荷物と一緒に丹羽屋敷に移送された。
どうやら初日の監視役は長秀のようである。
昌秀は高虎を少し外させて長秀と居間で向かい合うように座った。
「・・・長秀、何で高虎の事を黙っていた? それを言えば俺を始末する事も出来ただろうに」
「昌秀、和議の条約を忘れましたか?」
「和議? 確か俺が尾張に・・・ってそんな事で見逃したのか?」
「えぇ、どの道昌秀が織田に仕官するとは思ってませんでしたから。逆に仕官したら疑ってますよ」
「・・・お前にとって俺って何なの?」
「決して気を許してはいけない鬼謀の士ですが何か?」
「さいですか・・・」
長秀は『俺ってそんなに信用ない?』と落ち込んでいる昌秀を見ながらハァと溜め息を吐くと、襖の穴から覗いている高虎に気付く。
「まったく貴方達は・・・・」
「・・・長秀、あんまり考えすぎると皺が出来るぞ?」
「乙女にそういう事を言うのは零点です」
「ゲフッ!?」
長秀の拳が昌秀の鳩尾に減り込む。昌秀は今回は気を失わず腹を抑えて耐えていた。
ぶっちゃけ、こんなに苦しいのなら気絶した方がマシだと思う・・・・
「殿っ!? 大丈夫ですかっ!?」
高虎が慌てて入ってきて昌秀を抱えた・・・と言うより膝枕をした。
長秀は高虎の膝枕でうな垂れている昌秀を見るとより不機嫌になった。
「・・・とりあえず今日はこの屋敷で大人しくしていてください。勝手に出たら・・・分かってますね?」
長秀がニコリと笑う。
昌秀はぶるぶると体を震わせ、無言でコクリと頷いた。
「よろしい。それでは私は仕事がありますのでこれにて・・・」
長秀が去った後、ようやく痛みが引いて昌秀が高虎の膝枕から身を起こした。
高虎が心配そうに声をかける。
「殿、大丈夫ですか?」
「あぁ問題ない。まったく長秀め・・・」
昌秀がいまいましそうに首をごきごきと鳴らすと、高虎はホッと胸を撫で下ろした。
「殿、最後の丹羽殿何か様子が変ではありませんでしたか?」
「そうか? 別に何時もと変わらずニコニコとしてたじゃないか」
「私には丹羽殿の笑みが固そうに見えたのですが・・・気のせいですね」
「当たり前だ。長秀がそんな嫉妬している女みたいな笑い方するかよ」
「それもそうですね」
二人は居間でアッハッハッハッ!と笑い出した。
そんな二人の笑いは思いのほか声が大きかったらしく、長秀の書斎にも届いていた。
「全部聞こえていますよ昌秀・・・・零点です」