昌秀達は尾張に着くとある厳しい現状に直面する。
お金が無いのだ・・・理由としては道中飢えで苦しんでいる農民がいたので自分の金を農民に分け与えていたためである。
昌秀は『やっちまった・・・』とガクリと膝を落として落ち込んだ。
「殿、大丈夫ですよっ! お金が無ければ働けばいいんです!!」
「それはそうだが・・・・どうやって?」
「それは・・・仕官とか?」
「阿呆、ここは尾張だぞ・・・って事は織田家の領地だ」
昌秀は極力長秀には顔を合わせたくはなかった。何故かと言うと単純に苦手なのと、ご先祖様かもしれないと言う可能性が頭をよぎるからである。
しかしこのまま無一文というわけにはいかないので、昌秀は適当に廃寺を借りる事にした。
高虎は首を傾げて何をするか尋ねた。
「殿・・・一体何を?」
「仕方ないからここで学問を教えようと思ってな。まぁ、最初は百姓辺りに教えていく事にするよ」
「・・・私は何を?」
「・・・客寄せってとこか?」
「殿・・・私は武士ですが」
昌秀は知ってると笑いながら答えると、バッグの中から女性用の涼しい色の着物を取り出した。
高虎は昌秀の顔を見ると、嫌な予感がすると直感した。
「殿・・・これは一体」
「いいか、ここではお前の名前は『お菊』だ。そして俺は『天安』と名乗る。高虎、俺と夫婦を演じろ」
「な、なななな何を・・・・?」
「俺とお前の正体がばれたら色々マズイだろ。しかし逃げてきた避難民なら織田も疑うまい」
高虎は頭では分かっているようだが、どうも心の決心がつかないらしい。
昌秀はもどかしくなって着物を高虎に押し付ける。
「いいから着ろ! 俺だってこの坊さんの服着るんだからっ!」
「うぅ・・・辛い道のりだとは思ってましたが、これは予想しておりませんでした・・・」
「泣くな、きっと人生良いことあるさ」
「そう信じます」
こうして天安とお菊は寺子屋を開く事になった。
これは余談だが百姓から思いのほか人気が高く、廃寺では入りきらなかったので百姓達が力を合わせて新しい寺を作った。これを百姓達は『天安寺』と呼んだ。
清洲城の廊下を歩いてた長秀はお茶を啜りながらハァと溜め息を吐いた。
溜め息の理由は昌秀の事である。つい数週間前に昌秀は長門家を出奔、現在は行方知らずとなっておりそれを聞いた相良良晴は随分心配していた。
「まったく一体何処で何をしているのやら・・・・四十点」
長秀が少ない休憩時間を茶を啜りながら満喫していると、部下が一人長秀に近寄り耳打ちする。
「長秀様、姫様がお呼びです」
「姫様が? 分かりました、すぐ参りますと伝えなさい」
「はっ」
長秀が広間に着くと、織田信奈は尾張名物のういろうを頬張りながら言った。
「万千代・・・あなた最近、『天安寺』って聞いたことある?」
「えぇ、確か流れ者の破戒僧とその妻が百姓達に色々教えていると言う話ですね」
「そう。でもこの破戒僧、ちょっと怪しいと思わない?」
「??? 何がですか?」
「この破戒僧はね、百姓達の噂ではどうしてもと頼んだところ、治水作業を指揮したそうよ。一介の破戒僧如きがこんな芸当出来ると思う?」
「・・・・確かに怪しいですね。それが他国からの間者だとするなら・・・二十点です」
「そうでしょ。でもいい才能を持ってると思うの。どうにかして登用できないかしら?」
「そうですね・・・では私が参りましょう」
「えぇ、お願いね」
「はい、お任せを♪」
長秀は笑いながら答えると広間を後にした。
翌日、長秀はその破戒僧に会うため天安寺に向かった。
天安寺に向かう途中、長秀は行く先々の百姓達の顔を見る。
百姓達は何時もより生き生きとした表情で農業に励んでいた。
長秀が少し進むと、見慣れない水車と今までには無かった池が見えた。
長秀はそこらの百姓を捕まえると水車の事を尋ねた。
「あれは天安様が考案した物だみゃあ。あの池は溜池って言うらしくて、もし水不足の時はあの池から引っ張って来る事ができるようになってるらしいみゃあ」
「成る程、天安殿は中々の才人と見ました。出来れば織田家に仕えて欲しいものです」
「天安様を? 長秀様、それは無理だみゃあ」
「何故ですか?」
「天安様は、何故か織田家の人とは面会しないみゃあ。つい先日もサル殿が出向いたのですが門前払いされたらしいみゃあ」
「良晴殿が・・・? そのような話聞いておりませんが・・・」
長秀が不思議そうな顔をすると、百姓はそれでは・・・と何処かに行ってしまった。
長秀は遠くに見える寺を見ながら『とりあえず会って見ないと分かりませんね』と呟くと天安寺へと急いだ。
一方昌秀もとい天安は百姓に貰った食材を調理していた。
貰った物は主に野菜、それと自分がとってきた魚である。
昌秀は野菜を切って味噌汁にし、魚は塩焼きにした。
昌秀は高虎と向かい合わせで手を合わせた。
「と・・・じゃなかった。あ、あなた・・・」
「無理するな。俺だってそろそろきつくなって来た」
「殿・・・最近百姓達が『仲の良い夫婦だみゃあ』と噂しておるのですが」
「ふっ・・・やっと俺達も天安とお菊として馴染んできたってことだろう」
「私は耐えられそうにありません。それにこの着物も・・・」
高虎は顔を赤くしながら自分の着物を見る。
「私は女物の着物は似合わないのです。やはり何時もの甲冑の方が・・・」
昌秀はこいつは何を言っているのだろう・・・と思った。
・・・その容姿で似合わない何て言ったら且元が大激怒するぞ?
ぶっちゃけ良晴だったら襲いかねないレベルだ。
昌秀は先日追い払った良晴を思い出しながら思う。
昌秀が気を取り直して焼き魚に手をつけようとした所、不吉な事に片方の端の先端がポキリと折れた。
高虎はそれを見ながら『不吉ですね・・・』と呟く。
昌秀も『まったくだ・・・』と言いながら、折れた箸を見つめた。
「・・・・嫌な予感がするな」
「嫌な予感?」
二人が話していると教え子の一人が客人が参りましたと駆け寄ってきた。
「客人? 誰だ・・・?」
「織田家重臣の一人である。丹羽長秀様です」
「・・・嫌な予感って本当に当たるんだな」
「と・・・じゃなかった。あ、なた・・・」
高虎は教え子の前なので無理して未だに慣れない妻のフリをする。
昌秀はハァと溜め息を吐くと、視線を教え子に戻す。
「対応は決まってる。・・・追い返せ」
「分かりました」