戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 出奔する

 長秀は真剣な眼差しで昌秀を見ると昌秀の隣に座った。

 何処から持ってきたのか、カステラを乗せてある皿を置く。

 長秀は残念そうな顔をしながら昌秀に話しかけた。

 

「重秀殿の事は残念でした・・・あの方は私の父上の親友でして、私が小さかった頃はよく遊んで貰った事もありました。あの人は長津の地をよく治めていたと思います」

 

 昌秀は黙って長秀の話を聞く。どうやら予想以上に重秀の死は堪えていたらしい・・・

 

「しかし重秀殿が死んだ今、長津の地は混乱が起きるでしょう。そんな時に霧生の地を治める貴方がしっかりしなくてどうするのですか・・・?」

 

 確かに重秀が死んだ日から吉備津城周辺の豪族が浅井方に寝返るという事態が多発していた。

 昌秀の家臣でも降伏を願い出た者達が裏切るのではないかと言う噂も広がっている程であった。

 昌秀は死んだ魚のような目で長秀を見つめる。

 

「分かっている・・・頭では分かってるんだ・・・けど」

 

「けど?」

 

「あまりに急すぎてな・・・お前にだから言うが、俺は重秀殿の事は結構慕っていたんだよ。いや、慕っていたってのは間違いだな、俺はきっとあの人のことを尊敬していたんだと思う」

 

「尊敬ですか・・・?」

 

 昌秀は義重が渡してきた重秀の脇差を懐から出すと長秀に見せる。

 長秀は脇差を手にとると『これは中々の脇差ですね・・・』と刀身を眺める。

 

「脇差自体は名刀と言うわけじゃないが、義重が言うに毎日手入れを欠かさなかったそうだ・・・しかも死んだ日も手入れをしてたって話だ。笑えるだろ?」

 

「重秀殿らしいですね・・・」

 

「あの人は何ていうか・・・こう竹を縦に割ったようなスカッとした性格だ。戦のときは自分から馬を駆って突撃して敵を蹴散らしてた。民や部下から信頼され、敵からは畏怖される存在だった。俺はあの人とは違って損得勘定で考えてたから、よく重秀殿に怒られたよ」

 

 昌秀が言うと長秀はクスクスと笑い始める。

 昌秀が『何が面白いこと言ったか?』と尋ねると長秀は『何でもありません』と首を振った。

 

「長秀、ありがとうな。お前に話したら気が楽になったよ」

 

 長秀は笑いながら『どういたしまして』と言うと、カステラを昌秀に渡して何処かに行ってしまった。

 昌秀は両手で頬を叩いて気合を入れる。

 

「うしっ! まずは霧生から手にかかるか・・・」

 

 昌秀はそう言いながらカステラを頬張ると急いで霧生に向かった。

 

 

 重秀の死から三日後、昌秀は領内の事で走り回っていた。

 重秀の死は予想以上に影響しており、家臣達の中に不穏な空気が満ちていた。

 そこで昌秀は永重に浅井の領地を少しでも切り取ってはと進言すると、永重はこれを快く承諾。永重率いる四千の軍勢は吉備津城を北上、周辺の城を次々と攻略した。

 これを見た家臣達は長門家優勢と判断したのか、態度を一変して長門家に忠誠を改めて誓った。

 長津の地が安定してきた頃、永重と義重が昌秀を尋ねてきて重秀の家宝を渡しにやってきた。

 重秀の持っていた遺産は様々で、特に長門家に代々伝わる名刀『蔓丸』は中でも群を抜いて見えた。

 しかし昌秀が欲したのは馬だけであった。

 

「昌秀、遠慮する事はないのだぞ? 父上がお主にすべてやると申したのだから・・・」

 

「そうだ昌秀、何なら全部やってもいい」

 

「いや、俺は馬だけでいい。それに俺は長津の地を出て行くつもりだ」

 

 昌秀の出奔発言に開いた口が塞がらない永重とそれを黙って見る義重。

 

「な、何を言う。お主がいなければ誰がこの霧生の地を治めると言うのだ?」

 

「俺は片桐直貞殿が適任だと思う。それに娘の且元もいるしな・・・」

 

「・・・本気か?」

 

「本気だ。ここに居ても元の時代に帰る手がかりも得られなさそうだしな」

 

「・・・分かった、止めはすまい。義重異論はあるか?」

 

「無論です兄上。昌秀、父上の遺言どうりに好きに生きよ。だが、もし辛くなったら何時でも帰って来い」

 

「なぁに、長門は我らで守って見せるさ。だから安心していって来い!」

 

「・・・ありがとう」

 

 昌秀は二人に頭を下げて深く感謝した。

 その日の夜は三人でここ最近の思い出話や、昌秀のこれから長門はどうするべきかを話し合った。

 

 

 

 一週間後、昌秀は高校の制服を着てバッグを背負って、貰った重秀殿の名馬『麻月』に乗って霧生城を出た。一応護身用に太刀を一本身につけている。

 とりあえずは尾張に行こうと思っていた、近場から帰る手がかりを探そうと昌秀は考えていた。

 長秀達はと言うと、重秀殿が死んだ日から俺の家臣達に内政の事を教えるとつい先日に織田に帰った。

 昌秀が麻月に乗って大分進むと手ごろな岩場があったのでそこで休憩する事にした。

 

 

 昌秀が竹筒に入った水を飲んでいると、見慣れた二人が目の前で息切れをしながらやってきた。

 高虎と且元である。

 

「昌秀様、何ゆえ出奔なさるのですか!?」

 

「殿、長門はこれからなのですよ?」

 

「・・・俺はこれから元の時代に帰るための旅に出るつもりだ。城の事は且元、お前の親父に託した」

 

「知ってます・・・先日、永重様から聞きました。それより、何故一人で行こうとするのですか・・・」

 

「これは俺の問題だ。お前らまで巻き込めないだろ・・・」

 

「殿、私は貴方に忠誠を誓いました。たとえ地獄に落ちても貴方について行きますよ」

 

「私もです。私は腕に自信はありませんが、それでも貴方に忠誠を誓った身。お供しますよ?」

 

「・・・・馬鹿だなぁ、お前ら」

 

 昌秀の言葉に二人は『なっ!?』と顔を赤らめた。

 

「まぁいいや。だけど且元、お前は駄目だ。後ろを見てみろ」

 

 且元が後ろを見ると直貞達が追ってきていた。

 且元は涙目になりながら戻るのを拒否する。昌秀は近づいて且元の頭を撫でる。

 

「且元、お前は霧生城を守っていてくれないか? 帰る方法見つけたら必ず戻ってくるからよ」

 

「・・・信じていいんですね?」

 

「当たり前だ。嘘を言う男に見えるか?」

 

「殿、恐れながらメチャクチャ見えます」

 

「・・・マジで?って違う違う。且元、霧生城を頼んだぞ?」

 

「・・・・分かりました。昌秀様、どうかご無事で」

 

 且元は涙を袖で拭うと、振り返って直貞の元へと向かった。

 高虎は腰につけている太刀を取ると昌秀に渡した。

 

「これは・・・もしや蔓丸か?」

 

「えぇ、永重様が殿の事を心配だからこれだけでもと預かりました」

 

 昌秀は『あいつ・・・』と呟くと蔓丸を腰に差して麻月に跨った。

 

「さて、そろそろ行くとするか?」

 

「えぇ、お供します」

 

 二人は馬蹄を鳴らして尾張へと向かう。

 その時、高虎が見た昌秀の顔は凄く生き生きしていたという。

 


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