戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 連合軍を退ける

 昌秀率いる二千の兵は吉備津城の近くにある山に陣を張った。

 吉備津城は完全に包囲されていて、重秀殿達が脱出するには包囲を突破するしか無かった。

 昌秀は陣から見える敵の包囲を眺めながら考え込んでいた。

 

「敵は一万はくだらんな・・・重勝殿が善戦してこの兵力差とは」

 

 床机に座りながら抱え込む昌秀に何故か一緒についてきた良晴達が心配そうに声をかけた。

 

「おい昌秀、本当に大丈夫なのか? この兵力差で・・・」

 

「策はすでに打ってあるが、まだ少し不安だな・・・」

 

「昌秀、敵は固く包囲していてこれを破るのは不可能です。四点」

 

「お前ら、何でついて来たんだよ・・・ここは危ないんだぞ?」

 

「安心しろ。俺らは戦わないから」

 

「いや、そういう問題じゃねぇよ!? ここは戦場になるから危ないって言ってんだ!」

 

 慣れないツッコミをして疲れたのか昌秀はハァと溜め息を吐いた。

 すると高虎達が慌てて陣に入ってくる。

 

「殿! 先程、浅井に送っていた間者が文を持ってきました」

 

「見せてみろ・・・何? 朝倉が撤退するだと・・・?」

 

 文には確かに朝倉勢撤退の文字が書いてあった。

 にわかには信じがたい話だが敵を見ると確かに朝倉方が撤退を準備していた。

 

「追撃しますか?」

 

「いや・・・今は城を救うのが最優先だ。まず浅井勢を叩く、恐らく敵の大将は長政だろう」

 

 これが浅井久政であったなら城の士気が落ちた瞬間に力攻めをしていただろう。

 俺は長政の用心深さに少し感謝しながらホッと胸を撫で下ろした。

 正直、俺の練った策は高確率で連合軍を撃退できるものの、かなりの犠牲を覚悟しなければならなかった。

 

「これより浅井を殲滅する。高虎、お前は鉄砲隊四百と騎馬兵二百を率いて敵の退路を断て。残りの者は俺と供に、敵の包囲を破る」

 

「はっ!!」

 

 高虎はハキハキとした声で返事をすると、意気揚々と陣を後にした。

 且元達も城を出る前より生き生きとした表情になった。

 

「それじゃあ行って来る。お前らはここで長門家の戦を見てな」

 

「昌秀!! ・・・・生きて戻れよ?」

 

「当たり前だ・・・こんな時代で死んでたまるかよ」

 

 昌秀は少し笑うと家臣に取って貰った十文字槍を挙げて戦場へと向かった。

 

 

 

 山を下りた昌秀は陣形を突破力の高い鋒矢の陣を敷いた。先方を昌秀率いる五百の騎馬兵、左翼を片桐直貞率いる四百の足軽隊、右翼を且元率いる足軽隊三百、真ん中に弓兵二百の兵を置いた。

 

 昌秀は敵の見える位置まで近づくと大きく息を吸って味方に聞こえる声で叫んだ。

 

「これより吉備津城を救う!! 全軍突撃!!」

 

 千四百の兵が浅井勢の包囲の一角に突撃を開始した。

 その行軍は見事で陣形を崩さず真っ直ぐに浅井の包囲に突き刺さった。

 奇襲を受けるとは思わなかったのか浅井勢の包囲は容易く崩れ去った。

 

 義重は昌秀の姿を確認すると、すぐに城内の兵に打って出るように伝えた。

 

「長津の地に敵を入れてはならぬ!! 死んだ重勝様の弔い合戦ぞっ!!」

 

「「おおおぉぉぉぉぉ!!」」

 

 義重の鼓舞に味方は士気を取り戻し、義重率いる三千も浅井勢に突撃を開始した。

 長政は形勢不利と判断したのかすぐに軍を引き上げさせ近江へと向かった。

 

 

 

 

 ――――――――――近江国境にて

 

 浅井勢は吉備津城からやっと逃げて、撤退時の奇襲を警戒して遠回りの森を通っていた。

 この先の峠を越えれば近江である。

 

「くそ、まさか昌秀がここまでやるとは・・・」

 

「長政様、もう少しで近江に入ります。ご辛抱ください・・・」

 

 浅井勢はボロボロの状態でもうすぐ近江と言う所までやってきた。

 兵達がドッと湧いて、長政の近習が『長政様、もう直ぐですっ!』と言った瞬間、パンと乾いた音が鳴り響いた。

 近習は胸から流れる血を見て不思議そうな顔をする。

 近習が上を見上げると峠の上に鉄砲隊が陣取っていた、それを率いていたのは黒い髪を一本に結び、水晶のような綺麗な目が特徴的な女だった。

 不覚にも近習は今死ぬと言う時にその姿をみて『美しい・・・』と思った。

 近習が自分の血にまみれた手を上にかざすと、上からは容赦の無い弾丸の雨が降り注ぎ近習の視界は真っ黒になった。

 

 長政は上手く近習を盾にすると全速力で走って近江へと逃れた。

 浅井勢はある者は降伏し、ある者は射殺されてちりじりになった。

 

 

 

 

 昌秀達が吉備津城へ入場すると城兵達が歓声を挙げて出迎えた。

 義重も宮部も笑いながら近づく。

 

「昌秀、此度の戦見事であったぞ」

 

「私の見立て通り昌秀殿は稀に見る才をお持ちでしたな」

 

「やめてくれ。朝倉が撤退しなければ救えなかったかもしれない・・・」

 

「しかし結果はお味方の大勝利でございます。浅井勢は武具弾薬や兵糧まで置いて逃げ去っていきましたぞ!!」

 

 宮部は坊主頭を光らせながら浅井が逃げ去った後を指差した。

 三人で談笑していると重秀が体を引きずるようにやって来た。

 

「昌秀、ようした。これで敵も当分は攻めてはこれまい・・・ゴホッゴホッ!!」

 

 重秀は片膝をついて口に手を当て咳き込んだ。慌てて昌秀達が駆け寄る。

 その手には血がついていて顔も青ざめている。誰の目を見ても長くはない事は明らかであった。

 

「父上・・・」

 

「義重、わしが死んだら家督を永重に譲る。お主ら若い者達で長門を守ってくれ・・・」

 

「何を弱気な事を・・・父上にはまだ生きて教えてもらう事が沢山あります!! ここにはいない兄上もそれを望んでおりまする!!」

 

「弱気な事を申すでない!!」

 

 重秀の力強い言葉に義重はビクリと肩を震わせた。重秀は一呼吸して呼吸を落ち着かせる。

 

「いずれはお主らが守らねばならぬのだ。それが只早いか遅いかと言う事じゃ」

 

 義重は最初は号泣していたが、しばらく経つと重秀の目を見ながら黙ってコクリと頷いた。

 重秀はそれを見るとニコリと父親らしい笑顔をして昌秀に視線を移した。

 

「昌秀よ・・・・」

 

「重秀殿・・・」

 

 昌秀は何ともいえない顔をしながら重秀を見た。

 

「お主はもう大丈夫じゃ。もう充分他の家でもやっていける・・・もう長門家に縛られる必要ない」

 

「縛られるなど・・・・」

 

「よいのじゃ。好きに生きよ・・・無事に元の時代に帰れるとよいのう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自然と涙が出た。

 周りにいる兵達も同じように涙を流している。

 重秀の病状はさらに悪化し、咳をする感覚も短くなってきていた。

 

「昌秀・・・お主にわしの所有している家宝を全部やる。好きに使うが良い・・・よいな義重?」

 

「はい・・・私は異論ありません」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そういうのは時期当主である永重にやるべきじゃないのかっ!?」

 

「よいのだ・・・お主になら託せる。永重も分かってくれる筈じゃ・・・」

 

「しかし・・・」

 

 重秀はカッと目を見開いて、無理矢理立ち上がると病人とは思えないパンチを昌秀に食らわした。

 あまりの衝撃に吹っ飛ぶ昌秀。

 

「痛ってぇ!? 何すんだよ!?」

 

「よいかっ! すでにお主は我等の家族の様な者じゃ! 息子に家宝を渡すのは当然であろう!」

 

 重秀は激しく咳き込むとその場に倒れこんだ。

 昌秀は殴られた頬を押さえながら体を起こして重秀を見る。

 

「昌秀よ・・・好きに生きよ。お主がこの乱世に深入りする必要は無い。この時代の事はこの時代の人が何とかせねばならぬ・・・」

 

 重秀は再び咳き込むと何とか呼吸と整えて口を開いた。

 

「長門は永重達に任せよ・・・この二人でも充分長門を守りぬける」

 

 昌秀は黙って頷いて答えた。

 重秀は満足そうに笑うと仰向けになって空を見上げた。

 

「未練は無く・・・恨みもなく逝けるとはわしは果報者じゃのう――――――――」

 

 

 

 連合軍を追い払った翌日津川城で重秀の葬儀が行われた。

 あの後、後から来た高虎と長秀達が重秀の死を知って落胆した。

 昌秀は葬儀の途中、ひっそりと抜け出して縁側に出て人が死んだのに澄んだ青色の空を眺める。

 昌秀は殴られた頬を気にしながら思う。

 あの時の重秀の顔は今までに無いくらい穏やかな表情だったと・・・そして重秀は俺の父親よりも父親らしい人だったと・・・・

 

(重秀殿・・・あんたの言うとおりだ。俺は長門に縛られていたのかも知れないな・・・あんたに命を救われたからその恩を返そうと必死になって・・・)

 

 昌秀は流れている雲を眺めながらハァと溜め息を吐いた。

 

「馬鹿だなぁ・・・俺」

 

「誰が馬鹿なんです?」

 

 昌秀が振り向くと見慣れたリボンをつけた長秀が立っていた。

 


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