昌秀が長秀達を出迎えるため外に出ると、城内の兵は長秀達を警戒してか弓を構えていた。
昌秀が手を挙げて制すると兵達は渋々弓を下げた。
昌秀は申し訳無さそうに言う。
「すまんな。浅井朝倉が迫ってきているんで殺気立ってんだ」
「兵達が警戒するのも無理もありません。それよりお話があるのですが・・・」
「あぁいいぜ。早速あがってくれ・・・もてなそう」
「すごいな昌秀。もう城持ちなのか?」
「まぁ・・・成り行きでな」
「どういう成り行きだよ・・・」
昌秀は気にすんなと言うと城内へ案内した。
昌秀は自分の書斎に案内すると部下に茶と茶菓子を用意させた。
長秀は無言で茶を手にとると一口啜った。
「美味しいお茶ですね八十点」
「本当だ・・・インスタントのお茶とは全然違うな昌秀」
「インスタントとか言うな」
長秀は『いんすたんと? またサル語ですか・・・』と首を傾げると、茶菓子を手にとりそれも美味しそうに頬張った。
「あら、この茶菓子も美味しいですね九十二点。これは何と言うお菓子ですか?」
「内緒だぞ? これはカステラと言う食べ物だ。元々、西洋のお菓子なんだけどな。見よう見まねで作ってみた」
「うぉ!? 本当だこれカステラじゃねぇか!? 昌秀、よく作れたな?」
「仲の良くなった行商人に砂糖やら小麦粉やら材料を注文したんだよ。オーブンは無かったから釜作ってそれで焼いた。でもやっぱりあの味は再現できないんだな・・・」
「それでも充分凄いぜ! この時代に来て久しぶりに食ったよ」
「そりゃあ良かった・・・・って違うわっ!? お前ら何しに此処に来たんだよ? それを聞くためにここに案内したんだから」
「そ、そうですね・・・・私としたことがつい珍しい茶菓子に目が入ってしまい本題を忘れる所でした。二十点」
長秀は顔を赤らめながら手に持っていたカステラを皿の上に置いた。
そしてキリッと何時もの表情に戻すと昌秀を真っ直ぐ見ながら話し始めた。
「単刀直入に言います。昌秀、織田に来ませんか?」
「な、長秀さん!?」
「・・・それは俺に長門家を裏切れと言っているのか?」
「えぇ、相良殿より貴方の過去の話をお聞きしました。貴方が無理に長門で謀略をふるう事はありません。どうでしょう? 織田に来ませんか?」
昌秀が無言で良晴を睨み付けると良晴は口笛を吹きながら目を逸らした。
・・・・ワザとらしいなこの野郎と思いながら目線を長秀に戻す。
「せっかくの誘いだが断らせてもらう。俺は重秀殿に命を救われた。この恩を返さなきゃいけないからな」
「昌秀・・・」
「話は終わりか? なら帰ってくれ・・・俺は万一の際に軍備を整えなきゃいけないんだ」
昌秀が話を一区切りして立ち上がると甲冑を着た部下が大慌てで戸を叩いた。
「昌秀様! 昌秀様! 大変です!!」
「どうした? そんなに慌てて・・・」
「重勝様が・・・・」
「重勝殿がどうした・・・?」
「浅井朝倉との戦で流れ弾に当たって・・・お亡くなりになられました」
「・・・・何だと?」
昌秀の書斎が一気に静まり返る。
長秀は信じられないといった顔をして、良晴は何が何だか分からない様子であった。
昌秀も馬鹿な・・・と驚きが隠せない様子だった。
「一体どういう事だ・・・説明してくれ」
「はっ・・・それでは」
伝令の話によると、長門軍はかなり善戦したようだった。
戦の初日は重勝率いる二千の兵が敵将三人を討ち取り、五百の死傷者を出させ敵を三里程撤退させたという。
二日目も敵は力攻めで迫ってきたが、城兵の激しい抵抗と突如現れた重秀率いる千五百の奇襲で敵は総崩れになったという。
問題の三日目、連合軍は力攻めは無理と判断したのか城を包囲した。しかも包囲している最中に重秀の事を罵倒し始めた。これに腹を立てた重勝は二千の精鋭を率いて出陣、二千の兵は物凄い強さで敵を撹乱したが最後には包囲されて全員討ち取られた。
昌秀は話を聞きながら残念そうな顔をする。
「これで俺らの総兵力は三千足らず・・・いや、今霧生城にいる兵も合わせれば五千がいい所か」
長門家は美濃の一部と近江の一部を切り取っていたので総兵力が以前より上がって七千前後に膨れ上がっていた。
長秀が心配そうに尋ねる。
「重秀殿は如何に?」
「はっ・・・実の弟の重勝様の死が堪えたようで今は床に臥せっておいでです」
「重秀殿は病にかかったのか?」
「はい、そのせいで城内の士気が著しく落ちてきております。今は義重様が何とかしていますが・・・・」
昌秀が黙り込んで机から吉備津城一帯の地図を取り出す。
昌秀は伝令に高虎と片桐親子を呼んで来いと命じた。
霧生城の広間は鬱々とした空気に満ちていた。
家臣の中には降伏するしか無いのではないかと言う者も出て来たほどだ。
長秀と良晴は昌秀が最近召抱えた者と誤魔化した。
無論、高虎と且元は織田の者と言う事は知っている。
「昌秀様っ! 今すぐ救援に向かいましょう!」
且元の父である直貞が言うと家臣の半分がそれに同調する。
しかし一方では降伏すべきではないかと言う意見が出て、これまた残りの半分の家臣が同調した。
降伏か救援か二つに意見が分かれている状態である。
「昌秀様は重秀殿を見殺しにするおつもりですか!?」
「父上っ! それは言いすぎです!!」
「且元は黙っとれ! 武士は主君に忠義を尽くすからこそ武士なのだ!」
ギャアギャアと広間は騒がしくなる。
それを心配そうに見つめる良晴と長秀。
「なぁ長秀さん。昌秀は大丈夫かな?」
「大丈夫です。書斎を出る時の昌秀の目を見ましたか?」
「えっ? いや見てないけど・・・」
「あの鷹の様な目はきっと策を思いついた顔です。策と言うのは私にも分かりませんが・・・」
二人はジッと昌秀を見つめる。
昌秀はいきなり立つと家臣達を一喝した。
「今は仲間同士で争っている場合じゃないだろうっ!! 重秀殿を救うには俺らが団結して当たらなきゃならねぇ。今のバラバラの状態じゃ戦う前に負けてしまうぞ!!」
昌秀の言葉で広間は一気に静まり返った。
昌秀はスゥと一呼吸すると再び口を開く。
「・・・いいか、これより吉備津城を救援に向かう。そこでこれから策を言うから良く聞け」
昌秀は吉備津城周辺の地図を出して作戦を説明し始めた。
翌朝、昌秀は城内の兵二千の兵を率いて出陣を開始した。