戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 墨俣へ帰陣する

 翌日、俺が目を覚ますと襖の隙間から日差しが漏れていた。

 どうやら外は快晴らしい。俺は体を起こし襖を全開にする。

 チュンチュンと小鳥が庭で鳴いていて、屋敷の人達が慌しく動いている。

 今日は墨俣へ行く日なので、準備をしているのだろう。

 

 

 俺は布団を片付け欠伸を掻きながら顔を洗おうと井戸へ向かう途中、玄関の方に見慣れぬ女性が立っていたのが目に付いた。

 よく見ると昨日広間にもいた恐らく信奈の小姓で、キチンと背筋を伸ばして自分の主君の帰りを待っている。

 

(小姓がいるって事は、織田信奈がここに来ているのか・・?)

 

 俺はこうしちゃいれられないと、井戸で顔を洗いすぐに長秀の部屋へと向かった。

 

 

 

 長秀の部屋に着いて聞き耳を立てると、長秀たちの会話が聞こえてきた。

 

「万千代、本当にこれで良かったの? 昌秀とサルが友人同士ならサルに任せればよかったんじゃない?」

 

「いえ相良殿だと、昌秀に騙される可能性があります。それに相良殿は内政が出来ませんし、織田家の状況を喋られるのは避けなければいけません」

 

「まぁ万千代がそう言うならいいけど。昌秀が変な謀を考えないように頼んだわよ」

 

「えぇ、百点満点の仕事をして見せます♪」

 

 信奈は『じゃあ、頼んだわよ』と言うと襖に手をかける。

 俺はヤバイと咄嗟に軒下に身を隠した。

 信奈がそのまま気付かず去って行くのを確認すると、ふぅと安堵して軒下から出て自分の部屋へと戻った。

 

 

 

「お待たせしました。では参りましょうか?」

 

「何だ、お前一人で行くのか? お供は?」

 

「必要ありません。山賊程度にやられる様な鍛え方はしていませんよ」

 

「あっそ・・・」

 

 長秀は自分の荷物と長刀を俺に預けると馬に跨った。

 そうして俺らは丹羽屋敷を後にして、墨俣の長門陣へと馬を走らせた。

 

 

 

 墨俣の陣へと向かう途中、馬を下りて川辺で休憩していると長秀が昼食の握り飯を笹の入れ物から取り出した。

 

「はい、これは昌秀の分ですよ」

 

「ん、サンキュ」

 

「サンキュ? 昌秀もサル語を話すのですね」

 

「サル語って言うか、未来の英語だけどな」

 

 そう言いながら俺は長秀に渡された握り飯を頬張った。

 腹が減って勢いよく食べていたので、握り飯が喉に詰まりウグッと胸を叩いた。

 長秀はこちらを見て微笑むと川で汲んだ水の入った竹筒を俺に渡した。

 

「大丈夫ですか? ほら水ですよ」

 

「あ、ありがとう・・・」

 

 俺は水で流し込むとぷはぁと安堵の息を漏らした。

 

「昌秀、和議の件でお話があるのですが・・・」

 

「ん、何だ?」

 

「実は今夜、相良殿が墨俣に砦を築きに来るのですが・・・」

 

「あぁ安心しろ、手は出さないから」

 

 長秀はそれを聞くと、『良かった』と胸に手を置いて安心する。

 俺らは昼食を終えると、すぐに墨俣へと向かった。

 

 

 

 陣へ帰ると且元が凄い形相で出迎えた。

 

「昌秀様! 何故、一人で尾張に向かったのですか!? 供の一人もつけないで―――――――――」

 

 ガミガミと怒鳴る且元を無視して、高虎に現在の状況を確認する。

 

「何か変わった事はあったか?」

 

「いえ、特に変わった事は・・・そういえば、永重殿がかんかんに怒ってましたよ? あいつは何を考えているんだって」

 

「マジでか、面倒くさいな・・・」

 

「昌秀様! それよりそこの女性は誰なんですか!? まさか尾張で恋人を・・・」

 

「んなわけないだろ。この人は織田家臣の丹羽長秀殿だ」

 

「丹羽長秀と申します。よろしくお願いしますね」

 

 二人は長秀の名を聞くと、表情を一変させ俺の首を掴んで長秀が見えない場所まで引っ張った。

 二人は俺を大木に叩きつけると、今にも殴りかかりそうな形相になった。

 

「な、何すんだよ?」

 

「何すんだよ・・・じゃないです! 織田は長門と敵対してるんですよ!? 何を考えているんですか!?」

 

「殿、織田と交流を深めるという事は斎藤家を裏切る事になるのですよ!」

 

 俺は落ち着けと二人の頭を軽く叩く。

 俺は頭を抑えうぅと唸っている二人に説明をする。

 

「いいか。今、織田と休戦しとけば斎藤は何も知らずに大量の物資を送る事になるし、俺らは一兵の損失もする事は無くなるんだぞ」

 

「しかし、美濃は織田に取られる事に・・・」

 

「阿呆、誰が美濃全部を織田に譲ると言った?」

 

 二人はえっ・・・と互いの顔を見合わせた。

 

「確かに稲葉山城は譲るが、長門家に近い美濃の領地は俺らがそっくりそのまま頂く事にする」

 

 そうすれば長門家の動員兵力も軽く六千は超えるだろう。そうすれば、織田も長門を軽く攻めようとは思うまい。

 

「成る程、そう言う事であれば・・・・」

 

「流石は昌秀様、これも策の内と言う事ですね」

 

「そう言う事だ。だから余計な事を言うなよ」

 

 二人は承知しましたと言うと自分の仕事に戻った。

 俺は溜め息を着きながら、長秀のもとへと向かった。

 

 

 長秀の所に戻ると、長秀は木製の長いすに座って待っていて心配そうな顔をして俺を見た。

 

 

「やっぱり長門家は織田の事を相当憎んでいるのですね」

 

「何だよいきなり・・・」

 

「さっきの貴方の家臣の反応を見れば分かります。昌秀、本当に和議を組んで良かったのですか?」

 

 何をいまさらと俺は長秀の隣に腰を掛け、墨俣の地を見渡した。

 

「確かに長門家の大半は反織田派だが一門衆の内、俺と重秀殿と義重が親織田派に回ってるからな。重秀殿なら他の奴らを黙らせる事が出来るだろうよ」

 

「しかし・・・最悪長門家が二つに分かれるかもしれないのですよ」

 

「そうかもな。でも、この和議を命じたのは他でもない重秀殿だぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「あぁ、重秀殿は織田と事を荒立てる気はないようだ」

 

 長秀はそれを聞くと安心した表情をして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「何だか今日は疲れましたね。早めに休ませてもらってよろしいですか?」

 

「そうだな、ゆっくり休んだ方がいい」

 

 俺は兵を呼んで長秀を休ませるように命じると且元を呼んだ。

 

 

「お呼びですか昌秀様」

 

「且元、義龍にはどう言い訳したんだ?」

 

「はい、病で陣から動けないと言ってますが・・」

 

「よし、じゃあ義龍にこう言ってくれ。病が悪化したため長津の地へ戻って療養致すってな」

 

 且元はそれを聞いて俺の意図が分かったのか、ニヤリと笑い『承知しました』と言うとすぐに行ってしまった。

 俺は兵達に撤退の準備をさせると、もう一度墨俣の地を見下ろした。

 

(良晴め・・・墨俣一夜城を再現するつもりだな。義龍もこれで終わりだな)

 

 俺はそう思いながら欠伸をして自分の寝床へと向かった。

 


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