翌朝、長秀の屋敷で朝餉をご馳走になると早速姫様に会わせると言う事で、小牧山城の大広間へと案内された。
広間には柴田勝家や丹羽長秀などの重臣が集まっており、やはり長門家からやって来たのが悪かったのか今にも斬りかかって来そうな雰囲気だった。
俺は少し命の危険を感じながらも重臣一同に礼儀正しく挨拶をする。
重臣達の中には何故か相良良晴の姿もあった。
(何で良晴がこの広間に・・・? もしや良晴はかなり織田家では重用されてんのか?)
何で良晴なんかを・・・?と呟きながら織田の姫を待った。
それにしても遅すぎる。敵対関係とはいえ、謁見を申し出ている者を待たせるとは・・・
(織田の姫君はもしや本当のうつけなのか・・・?)
俺は上座の方を眺めながらそう考えた。すると、襖が勢いよく開かれ腰に瓢箪をつけた女性がヅカヅカと世話しなく上座へ座った。
どうやらこいつが織田の姫君、もとい織田信奈のようだ。
成る程、確かに女だ・・・と俺が真剣な表情で信奈を見た。
「待たせたわね、私が織田信奈よ。ってちょっとあんた、何ボサッとしてるのよ。さっさと名乗りなさい!」
信奈はムスッとした表情で言う。
俺はすぐに姿勢を正して答えた。
「失礼した。某、長門家一門衆の一人。長門昌秀と申します、以後お見知りおきを」
「昌秀・・・? それって、浅井の六千の軍勢を壊滅させたって言う・・・?」
「壊滅・・・とは大袈裟ですがその通りです」
信奈はへぇ・・・と呟くと子供のような笑みをする。
「あなたが長門家の謀神ね・・・噂は聞いてるわ。それで今回は何の用で尾張に来たの?」
「謀神・・・ですか」
「何が可笑しいの?」
俺は何時の間にか付けられた異名に笑ってしまう。
信奈はいきなり笑われたのが気に障ったのか余計に腹を立てた。
「いえ・・・某は謀神と呼ばれる程の事はしておりませぬ。それに浅井が負けたのは必然でございます」
「必然ですって・・・?」
「ちょ、どういう事だよ? 昌秀?」
サルは黙ってなさい!と信奈に叱られしゅんとしてる良晴から視線を戻し話を続けた。
「はい、敵の大将の浅井久政は優柔不断で決断力に欠けます。そして何より、奴は大軍で来たので油断しきっておりました。そこを突けば壊滅は必然でございます」
「ふぅん・・・でも敵は六千の大軍よ? いくら何でも僅か二千そこらの兵で倒せるかしら?」
「・・・何故我等の兵力の数を?」
「えぇ、万千代が全部話してくれたわ」
どうやら長秀は万千代と呼ばれているらしい。ちなみに勝家は六と呼ばれているそうだ。
俺は無言で長秀を見る、長秀はニコリと笑いながら俺を見返していた。
信奈は瓢箪に口をつけて水を飲み干すと、プハァと瓢箪をドンと床に置いた。
「・・・それで本当の目的は何? わざわざ世間話をしに来たわけでもないんでしょ?」
信奈はその目をギラギラと光らせながら俺を睨んだ。
これは誤魔化せないなと直感した俺は正直に話す事にした。
「・・・現在、長門家は美濃へと加勢に出ております。ここに織田家が攻め入るとなれば苦戦は必定・・・そうは思いませぬか?」
「回りくどい話は嫌いよ。ハッキリ言いなさい」
「それでは我らと――――――――」
「同盟を組むといったところじゃろ?」
誰だ・・・?と良晴の向かい側に座っている年寄りへと目を向けた。
「わしは斎藤道三じゃ。どうじゃ、当たりじゃろ?」
この人が斎藤道三・・・成る程、確かに言われて見ればそんな気がしなくもない。
かなりの年配なのに、他の人と違って名将特有の威圧感の様なものを感じられる。
俺は怖気づいてはいけないと自分に言い聞かせ、落ち着いて答えた。
「・・・正確には同盟ではございません。和議でございます」
「和議ですって?」
「左様。我らは此度の戦は一切関与いたしませぬ。墨俣に砦を築くなり、城を建てるなり好きにするがよろしい。その代わり、長門家では内政が出来る者が少なくあまりの業務に倒れる者がたくさんいるのです。そこで内政に詳しい方を一人お借りしたいのですが・・・」
「・・・そんなんでいいの?」
「おや、いい条件だと思ったのですが・・・?」
「話がうますぎない? 貴方達にそんなに利益があるとは思えないけど・・・」
「いえいえ、多忙な長門家の・・・というより、某の領地の内政が手が回らないので手伝っていただけたらと思いまして」
「ふぅん・・・まぁいいわ。さて、誰にするかだけど・・・」
信奈は重臣達を見渡すと、うんやっぱり万千代が適任ねと元気な声で言った。
・・・・今何と?
長秀は長秀で、『致し方ありませんね。60点』と嬉しそうな顔で点数をつける。
俺は嬉しいのか嫌なのかどっちだよと心の中で毒づいた。
「あのう・・・今何と?」
「何、万千代じゃ不満だって言うの?」
「い、いえ・・・そんなわけでは」
どうしよう・・・よりにもよって長秀が来るとは。
織田から来た奴から内政を少し学んだら、織田家の状況を聞き出そうと思ってたのに・・・
長秀は付け入る隙が見当たらないんだよなぁ。正直、ちょっと怖いし・・・
俺が顔を抑えてうなだれていると、良晴が肩を叩いてくれた。
「良晴・・・お前―――――――――」
俺が弁護してくれるのかと期待をよせると、良晴は哀れな者を見るような目で言った。
「昌秀、1つだけ言っておくぞ。長秀さんは、怒ると多分怖いタイプだ」
「何の忠告だお前・・・」
「それじゃあ、これで長門家との和議の話はおしまいね」
信奈は上座を立ち上がると、またヅカヅカと何処かに行ってしまった。
それの後に続くように、良晴や勝家達も足早に去っていった。
ポツンと広間に残されたのは俺と長秀だけで、広間には不思議な静けさが訪れた。
俺がマジかよ・・・と落ち込んでいると、長秀はふふふと笑いながら話しかける。
「残念でしたね昌秀」
「あんた・・・最初っから分かってたのか?」
「いえ、謀神と恐れられている貴方の事ですから何か裏があるんじゃないかと思っただけです」
「・・・それ酷くねぇか?」
「何を今さら・・・それでよく謀神なんて言われているものです」
俺はフンと立ち上がると足早でその場を後にした。
長秀はフゥと溜め息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり昌秀の後を追った。
俺は長秀の屋敷に戻ると、早速馬に乗り墨俣へと帰ろうと馬を走らせようとした所、長秀が俺の目の前に突然現れて道を塞いだ。
「何処に行くのです・・? 長門昌秀殿?」
「何処って・・・墨俣に決まってんだろ。墨俣の仲間に和議の報せを持っていかなきゃならないし」
「昌秀・・・もう少し、ここに留まっては如何です? 城下町の方もご案内しますよ?」
「あ、結構です。長秀殿は、後でゆっくりと長津の地にお越しください。俺がご案内しますので」
その瞬間、二人の間に火花が飛び散る。
長秀は笑顔で長刀を取り出すと、扇子で口を隠しながら言った。
「では少々手荒になりますけど・・・」
「え、何? その長刀、何処から出したの? ちょっと待て、その手に持ってる縄は一体何するつも―――――――――」
その時、小牧山城に長門昌秀の悲鳴が響き渡った。
その悲鳴に良晴を初め、信奈達も何事かと騒いだという。