一晩中馬を走らせ尾張に到着すると、道行く人々が全員俺の事を凝視した。
まぁ、無理も無い。背中に女性を縛りつけながら槍を持ってる男が馬を走らせているのだから。
「それにしても、この視線は痛すぎるな・・・」
あまりの疑いの目に冷や汗が止まらなくなる。
このままだと尾張の兵に目をつけられかねない。
俺は何とか勝家が起きてくれないもんかと視線を勝家に向ける。
「おい、そろそろ起きろよ」
「すぅ・・・」
「駄目だ、完全に寝てやがる・・・・」
これは強く打ちすぎたとか言う問題ではないだろう。
こいつは阿呆なのだ・・・うん、きっとそうに違いない。
俺は捕らえておいた方が良かったかな・・?と呟きながら小牧山城へと馬を走らせた。
「本城を清洲ではなく小牧山に移すとはな・・・確かに、美濃に近い方が戦略的には有利か」
俺は小牧山城の城門前で城を眺めながら呟いた。
この程度の城なら楽に落とせそうだな・・・と考えていると一人の足軽が槍を突きつけた。
「おみゃあ、その後ろに担いでいるのは・・・勝家様だぎゃ!?」
「人違いです」
「嘘つくなみゃあ!」
足軽が『曲者だぎゃ! 皆の者出会え出会え!』と叫ぶと、ぞくぞくと兵が集まってきた。
これはマズイ・・・と俺の勘が非常信号を告げた。
どうしたものかと槍で牽制していると、兵の群れから一人の女性が現れた。
よく見ると見た事のある人物である。それは以前、津川城で出会った丹羽長秀であった。
長秀は俺を確認すると、『あらまぁ』と友人のような態度で接してきた。
「これは昌秀殿、何用で尾張に?」
「あぁいや、此度はこの女性を送りに来たのです」
「女性・・・? あ、勝家殿!? 大丈夫ですか!?」
俺はすぐに勝家と俺に巻いた手綱を切って、勝家を長秀に預けた。
勝家はとても気持ち良さそうに眠っている。どうやら俺の背中は高級ベッドのように寝心地がよいらしい。
長秀が心配そうに勝家に声をかける。
「勝家殿! 大丈夫ですか!?」
「むにゃむにゃ・・・あたしは負けてないぞ~」
「大丈夫そうですね」
「あぁ、非常に健康だよ」
俺と長秀は顔を見合わせると、互いに笑ってしまった。
とりあえず勝家を長秀の言うとおりに部屋に寝かせると、深刻な表情で長秀が俺に尋ねた。
「昌秀殿は勝家殿と闘ったのですか?」
その問いに俺は無言で頷くと、長秀は悲しそうな表情を見せた。
俺はふぅと深い溜め息をもらすと、腰に差している刀を横に置いた。
「長秀殿、そのように固くならないでください。俺の事は昌秀でいいです」
「それでは昌秀も私のことは長秀と・・・」
「あぁ分かったよ。長秀」
俺はそう言うと、長秀はふふふと笑う。俺は何かおかしい事をしただろうか?
「俺、何かおかしい事しました?」
「いえ、昌秀は津川城で初めて会った時から何処か他人行儀でしたから」
「そ、それは・・・」
俺のご先祖様かもしれない・・・と頭の中で考えてしまったからだ。
俺は長秀の胸を凝視する。本当に女なのか・・・と呟くと長秀はゴミを見るような目をしながら口を開いた。
「女性の胸を見るのは0点です」
「痛ってぇ!?」
胸を凝視しすぎる昌秀を長秀はグーで殴る。
昌秀は頭を抑えながら文句をたれた。
「・・・いきなり何すんだよ」
「女性に対して失礼だと思わないんですか?」
「失礼も何も、俺はあんたが本当に女なのかどうかをだな・・・」
そういった瞬間、何処からとも無く長刀が俺の首筋に添えられた。
「・・・・何か言いましたか?」
「何でもございません!」
昌秀はすぐに土下座の体制をとる、この世界に来てから初めての土下座であった。
長秀はコホンと咳き込むと、長刀を後ろに置いた。
ふぅ・・・と安堵していると、再び長秀が口を開く。
「あなたと話していると、何処か他人の気がしませんね。ふふ、80点」
(そりゃあ、貴方の子孫ですもの。他人ではないしょうよ。それにしてもかなりの高得点だな。つーか、間近で見ると中々胸あるな・・・勝家殿程ではないが)
とどうでもよい事を考えていると、長秀は再び長刀を俺の首に添えた。
「今、何か良からぬ事を考えました?」
「長秀って・・・心の中でも覗けるのかな?」
「面白いことを言う人ですね。そんな事出来るわけないでしょう」
そうですよね~と言いながら、俺は目線を寝ている勝家へと向けた。
(いつまで寝てんだよ! 早く起きてこの状況を収拾してくれ・・・意外とこの女はヤバイ!)
俺は冷や汗を掻きながらチラチラと勝家を見ると、勝家がやっと目を覚ました。
「はっ・・・あたしは一体、そうだ! あの男にやられて・・・」
勝家は長秀に長刀を突きつけられている昌秀を確認すると、『あぁお前!』と横に置いてあった刀を抜いて俺に向けた。
「よくもあんな罠にはめてくれたな! ここで成敗して―――――――」
「いやいやいや! お前は命の恩人に刀を向けるのか!?」
「命の恩人・・・そういえば、すごく眠ってたような気がするなぁ」
「気がするじゃないからな!? お前、俺の背中で熟睡してたくせに何言ってんだ!?」
勝家は熟睡・・?と首を傾げると、急に顔を赤らめる。
「ま、まさか・・・あれは夢じゃ―――――――――」
「現実だ、現実!」
勝家はそれを聞くと、ますます顔をまるで林檎のように赤く染め部屋を『うわぁぁあぁ!』と叫びながら飛び出した。
長秀はハァと溜め息を吐くと、長刀をしまった。
「あなたに敵意が無い事は分かりました。1つ聞きます、長門家は斎藤家に加担したのですね・・・?」
「あぁ、重秀殿は俺に斎藤家と供に織田家を撃退せよだとさ」
「・・・残念です。長門家と織田家の確執は知ってましたが、まさか重秀殿が敵に回るとは14点です」
それに昌秀も加わっているとなると・・・と長秀は何かを思案し始めた。
「とりあえず今夜は、私の屋敷に泊まっていきなさい。本日は姫様は鷹狩りに行ってしまわれましたから、明日姫様と面会するとよいでしょう」
「何で俺が織田の姫様と面会を・・・?」
「あら、それがここに来た目的ではないのですか?」
「・・・くえないお人だ」
「ふふ、お互い様です」
長秀の屋敷に着くと、長秀は俺に部屋を案内してくれた。
部屋は思ったよりも広く落ち着かないくらいだったが、長秀が怖い位の笑みで『狭い部屋ですがゆっくりしていって下さいね?』と言われ戸を閉められた時、俺は静かになった部屋でここでは長秀の言う事を聞いた方がよさそうだと一人で頷いて納得した。
その日の夜、布団をしいて横になりある事について考えていた。
ある事とはズバリこの時代の織田信長・・・じゃなく、織田信奈だったか。そいつは長門家が従うべき相手か否かを探りにきたのだ。まぁ、他にも家臣達の仲やどのように内政をしているかなど、いろいろ目的はあったのだが、一番は織田の姫がどの程度かを判断しに来たと言っていい。
「さて・・・本当に織田信長と同等の存在か、確かめさせてもらうぞ。織田の姫様」
今までの疲れが響いたのか、強烈な眠気に襲われその日の俺の意識は途切れた。