戦国生活日記   作:武士道

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昌秀 政務にウンザリする

 長秀の発言に長門家の面々は、緩やかな表情から一変して戦場の表情になった。

 流石の重秀も顔を険しくする。

 

「長秀殿、冗談が過ぎますぞ。」

 

「冗談ではありません。現在の当主、信奈様は天下を獲るお方です。その補佐を重秀殿の御願いしたいのです」

 

「それは長門家に宣戦布告と見てよろしいか?」

 

「いえ、織田家と長門家の確執は充分に理解しております。しかし、重秀殿の父君、長門重門を殺したのは先代の織田信秀でございます。現在の当主、織田信奈様は長門家との戦を望んでおりませぬ。何卒、ご英断を期待します」

 

「うむ・・・」

 

 確かに重秀殿の父君を殺したのは織田信秀であるが、そんな屁理屈で恨みを忘れる長門家ではない。

 現に重勝殿なんかは、拳を震わせながら握り締めていた。

 しかし、重秀殿も多分分かっているのだろう。このまま、恨み続けていても何もならない事を・・・

 現在、長門家は非常に危険な状態にある。西には浅井、東には織田と大大名に囲まれている。

しかも、どちらとも中が悪くこの二つに手を組まれては、長門家は滅亡する。

 結局その日は、答えを出すのはまた今度という事で話がついた。

 

 

 

 長秀?から降伏勧告があった一ヵ月後。ついに霧生城が完成したと言う。

 大工曰く、『元になる砦があったので作業が楽だった』との事。

 俺は自分が住む城を楽しみにしながら早速且元を連れて向かった。

 城に着くと、予想以上の立派な城が建っていた。あまりの迫力に唖然とする。

 すると、築城を命じていた高虎が走りながら向かってきた。

 

「殿! どうですか? 自分が発想した物をすべてつぎ込んで見ました」

 

「お、おお・・・どう思う?且元?」

 

「唖然、と言うしか無いです。昌秀様・・・」

 

 二重の堀に、鉄砲が撃てる穴の開いた狭間、部隊が出撃できる入り口、どうやら高虎に築城を命じたのは正解だったようだ。特に面白かったのは、この城は入り口から天守まで螺旋で作られている事だった。

 その日は、城が完成したお祝いで長門家の重臣や、重秀殿達がやって来て宴を催してくれた。

 重秀はこの城を作った高虎を凄く褒めていて、高虎も顔を赤らめながらうつむいていた。

 

 

 翌朝、俺は且元の部屋を訪れると政務に没頭しているようだった。

 良く家臣達を纏め上げ、指示を下していた。

 

「精が出るな。且元」

 

「昌秀様も手伝ってくださいよ。新しく得た領地なのですから、政務も忙しいに決まってます」

 

「それはそうだが・・・」

 

 俺が苦笑しながら呟くと、且元はふふふと微笑んだ。嫌な予感がする・・・

 『それじゃあ、俺は領地の見聞でも・・・』と逃げようとすると、頭を思い切り掴まれる。

 俺の頭が万力で締め上げられているようにミシミシと音を立てた。

 

「いででででででででっ!?」

 

「あなたは・・・仮にもこの土地の領主でしょう! ほら、さっさと仕事をしますよ!私も手伝いますから・・・」

 

「分かったよ・・・」

 

 しょんぼりしながら広間にある自分の席に着く。この日は釣りにでも行こうと思ったのだが、仕方が無い。

 政務に没頭して数時間、収入の計算をしたり、村人の問題を解決したり、家臣同士のトラブルを解決したりとウンザリする数時間だった。

 休憩がてら茶を飲みながら団子を食べていると、突然且元と、先程見聞に行かせた高虎が浮かない表情で聞いてきた。

 

「昌秀様、これから長門家はどうなるのでしょう?」

 

 俺はその問いに『さあな』と冷たく返す。すると、高虎が突然泣き出した。

 俺が『どうした?』と聞くと、『私は、今奉公している長門家が一番です』と泣きじゃくりながら答えた。

 

「そうか・・・この家が好きか」

 

「私もです昌秀様。民を見れば分かります。重秀様は民に好かれていらっしゃる。民には善政を敷き、家臣や自分達にも公平に処罰を下す。そんな重秀様だからこそ、この長門家があるのだと私は思います」

 

「お前ら・・・」

 

「だからこそ、此度の降伏勧告が気になります・・・重秀様はどう答えるのか」

 

「まぁ重秀殿は英明な方だ。頭では分かってるんだろう、しかし他の一門がどう答えるかだな」

 

 団子を頬張りながら、重勝殿の表情を思い出す、あの表情からして相当父親の事を思っていたのだろう。まぁ、気持ちは判らんでもないが・・・

 且元と高虎は不安そうな顔をしながら、外の景色を見ていた。

 霧生城の天守から見える景色は絶景で、先程見聞していた村々が一覧でき、村々の間に川が流れ、まるで巨大なキャンバスに描かれた風景画を見ているようだった。

 その景色を見ながら二人はいつの間にか笑っていた。

 

「どうした・・・いきなり笑い出して」

 

「昌秀殿は長門家の事、どう思っているのです?」

 

「どうって・・・そりゃ、俺だって一門衆の一人だぜ? 心配位するさ」

 

 俺が当然だと言わんばかりに頷くと、二人は表情を一変させ真剣に聞いてきた。

 それと同時に、俺の湯飲みがピキンと音を立てひびが入った。

 

「昌秀殿、それは長門としてですか? それとも丹羽昌秀としてですか?」

 

 且元の言葉に体が固まる。こいつらに俺の正体は明かしてない筈だが、どうやら重秀殿達が口を滑らせたようだ。

 ハァと溜め息を吐いて、一度茶をすする。且元はじれったいのか、急に立ち上がり俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「どうなんです! もしや、あの丹羽長秀殿に内通するおつもりですか!?」

 

「何でそうなる・・・?」

 

「それは、殿が先の会合で何も言わなかったからです」

 

 先の会合とは、長秀?が来た日の事であろう。二人が言うには、会合の時俺は他の一門衆が話し合っているのに一人だけ何も言わなかったと言うのだ。

 

「確かに何も言わなかったが・・・それは俺がよそ者だからだ」

 

「しかし一門衆に変わりはありません!」

 

「いいか? 俺は重秀殿に命を救われて養子になった、そんな俺が口を出してみろ。重勝殿辺りが騒ぎ出すぞ? そうなれば織田や浅井も付け入りやすくなる」

 

 二人は『成る程・・・』と言いながら手を叩いた。主君を疑うなよ・・・お前ら。

 

「なれば昌秀殿は如何すべきだと思いますか?」

 

「情勢的に言ったら、織田に降るべきだろうな。」

 

 『そんな!』と落ち込む高虎であったが、すぐに俺が付き足した。

 

「まぁ、長門が天下を獲りにいくんだったら話は別だがな」

 

 どういう意味です?と二人は首をかしげた。

 実は昌秀、霧生城に入ってから諸国にスパイを派遣していた。

 当然、尾張と美濃、近江にも送っている。

 

「今の美濃は混乱状態にある。恐らく、斉藤道三の子、斉藤義龍は美濃譲渡に承知すまい」

 

「と、いいますと?」

 

「つまりだな。義龍は稲葉山城で独立する、それを織田が討伐するため兵を起こす。そして、長門家にも両者から同盟の使者が来る。という事は?」

 

「織田と斉藤を戦わせ、漁夫の利を得る、と?」

 

 且元と高虎は持っていた湯飲みを置いて真剣な眼差しで見る。

 俺がニヤリと笑い、『その通り』と答えてまた団子を一口含んだ。

 

「そして、織田が堅牢な稲葉山城を落とすには方法は1つしかない。織田は兵力を消耗させたくないからな、力攻めはしないだろう・・・という事は?」

 

「内より攻める・・・ですね?」

 

 且元が答えると高虎も成る程と頷く。・・・こいつら、敵になったら怖いな。

 俺はゴホンと咳き込みながら話を続けた。

 

「稲葉山城を落とす鍵。それは、軍師竹中半兵衛」

 

「聞いたことの無い名ですね」

 

「そりゃそうだ高虎。長年、美濃が隠してきた秘密・・・らしいからな」

 

「それも未来の知識という物ですか?」

 

 『お前らその事誰から聞いたの?』と聞くと、二人とも『永重殿』と茶を啜りながら答える。

 ・・・・どうやら予想以上に、俺の義兄は口が軽いらしい。

 茶で喉を潤すと、政務がまだあったのを思い出す。

 

「しまった、まだ仕事残ってた・・・とりあえず、この話は終了。ほれ、自分の仕事に戻った戻った」

 

「昌秀殿、何故その事を重秀殿に進言しないのです?」

 

 俺は書簡に当ててた視線を再び且元に向けた。

 ハァと再び溜め息を吐いて書簡を置くと、『溜め息ばっかり吐かないでください』と二人に怒られる。

 

「いいか? 過去を変える事は未来を壊す事になるんだぞ。ここで俺が助言して、未来が変われば一大事だ。・・・・それに」

 

「「それに?」」

 

「・・・面倒くさい」

 

 小声で俺が言うと、二人の顔から笑みが消えた。

 そして、その一言が地雷になったのか、二人の湯呑みが握力で破裂する。

 破裂した湯呑みを見ながら顔を青ざめさせる俺。

 

「昌秀様・・・」

 

「殿・・・」

 

「な、何だよ・・・・」

 

「あ、貴方という人はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぎゃぁああぁぁあぁ!?」

 

 その晩は、城主である昌秀の悲鳴と且元の怒声と、それを諌める高虎の声で城の者は一睡も出来なかったという。

 これは余談だが、次の日に寝不足で多数の人が倒れたのは言うまでもない。ちなみに城主長門昌秀は、倒れた人の分まで仕事をやらされたと言う。

 本人曰く、『且元を怒らせると地獄を見る』との事。

 

 しかしその次の日に、昌秀の言う通り斉藤家から同盟の使者が来て、重秀はこれを快く同意した。

 ここに、織田対斉藤、長門連合軍の戦が始まろうとしていた。


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