おたくなはやてちゃん   作:凍結する人

7 / 8
コミケのために(その3)

ちょっと短いけど、今回は繋ぎの話……にもなれるかどうか分かんないです、正直。
山なし落ちなし。少しばかりは意味がありそうだけど。
まあ、かつての一話みたいに、小咄を見るような感じで楽しんで頂ければ。


そのなな

 イギリス、イングランド西部の山岳地帯。風光明媚な丘陵地に、一軒の別荘があった。

 夜明けの朝もやが、まだ晴れかかっていない午前中。

 ささやかな広さの庭を、初夏の日差しが照らしている。

 そこにあるチェアへ身を預けるように、初老の男が座っていた。

 テーブルに置かれた紅茶の、揺らめきながら日光を反射する水面に、ふと視線を向ける。

 漂ってくる芳香も、先程口に入れたその味も。いつも味わうものとは段違いに味わい深い。

 やはり、ミッドチルダの茶葉より、故郷の地球の茶葉の方が体に合うらしい。

 時空管理局提督、ギル・グレアムは、都合半年振りになる長期休暇を、自分の出身地である地球にて楽しんでいた。

 

「父様」

 

 別荘のドアが開き、出てきたのは、彼の使い魔の一匹、リーゼアリアだ。

 人の形をとってはいるが、その耳は通常の人体より上に、大きくピンと立っていて、長い尻尾も生えている。

 猫の使い魔が、人型の形を魔法で作っているのだ。

 この世界の常識から逸脱したその姿を、人気のない寂しい土地とは言え、アリアは臆面もなくさらけ出している。

 だが、心配することはなかった。この土地一帯は、弱いながらも結界魔法に包まれて、他の土地からは隔離されていた。

 

「おはようアリア。ロッテは?」

「いつもの通り。またぐうたらして、寝坊中ですわ」

 

 仕方ないわね、というようなポーズをして、アリアは告げる。

 彼女の双子の妹であるロッテは、姉よりも少々おてんばで、気分屋だ。

 しかし、真面目で堅苦しい姉よりも、猫らしい性格とも言えた。

 

「まあそう気にするな。あの子も、そしてお前にも、最近は色々苦労をかけた」

 

 グレアムが今回取った休暇は、老体の自分自身を労るためだけではなく、使い魔二人への休息としての意味もあった。

 何しろ、アリア・ロッテのリーゼ姉妹は、新人教育を始めとして、その他各地航行部隊への増援、少数での特殊任務、その他様々な任務を担当している。

 使い魔だということを考えると、元の魔導師であるグレアムが、いかにハイレベルな魔導師だったとはいえ、分不相応、そしてかなりのオーバーワークだ。

 二匹は表面こそ何でもないような顔をしているが、その実かなりの負担と疲労が掛かっている。

 更に、二匹の為すべきことには、管理局の任務だけではない、また別の、秘密の主命さえ、与えられていたのだ。

 

「いえ、そんな……あれは、父様の望み、なのでしょう? 私たち使い魔にとっては、主の命令をこなすことくらい、へっちゃらですわ」

「そう言ってくれるのは有難いが、しかしなアリア。管理局と地球の八神家。往復するのは、容易いことではない。もっと、自分の体を気にかけなさい」

 

 それは、八神はやてと、彼女にとりついた『闇の書』の監視。

 強力凶悪なロストロギアであり、グレアムの弟子の生命を奪った『闇の書』を、完全封印することが、グレアムの大望であった。

 そして、書を封印するタイミングを測り、逃さぬために、リーゼ姉妹の内一匹が、常に八神家へ張り付いていなければならなかった。

 これが中々に難儀なことで、日によっては交代の時間が取れず、一匹が二匹分の管理局の任務をこなす日もあったほどだった。

 

「いえ、確かにキツイ一日でしたけど、問題ありませんわ。……私たちだって、父様と同じ気持で、望んでるから」

「そうだな……お前たちもさぞかし、無念だったろう」

 

 此処でグレアムが無念と言うのは、クライド・ハラオウンのことである。

 彼は、前回起こった『闇の書事件』の被害者で、書を巻き添えにして魔導砲『アルカンシェル』に消えていった。最愛の妻と、幼い息子を残して。

 そして、リーゼ姉妹にとっては、有望な弟子。

 グレアムにとっては、自分の志を継ぐことの出来る息子のような存在として、大きく見込まれていたのだ。

 グレアムらは、法に逆らっても独自に書を封印しようとしている。

 その理由は、管理局として動くと初動が遅く、結局元の木阿弥になる、というだけでなく、クライドの復讐、という要素も、確実に含んでいた。

 

「兎も角、ここ数日はサーチャーを監視に置いてある。私がここにいる間は、ゆっくりと休んでくれ」

「有難う御座います、ところで……」

「なんだね?」

 

 アリアが懐から取り出したのは、折りたたまれた一枚の紙だ。

 それは、薄く装飾されてある便箋で、いつも見るその絵柄から、グレアムにはそれが、はやての出したものだと判別できた。

 淡々と読み上げられたその手紙の内容は、何時もの仕送りの感謝と、もう一つ、ある重要なことが書かれていた。

 

「外出?」

「はい。夏に日本の首都、東京へ行きたいと。主治医や、『最近知り合った友達』と一緒に行きたい、とも書いてあります」

「友達か。やはり」

「彼女が言っているのは、ヴォルケンリッターの騎士、四体のことです」

「そうか……」

 

 グレアムは天を仰いだ。其の顔が表すのは、嬉しさとも悲しさとも、何とも言えない感情だ。

 はやてが孤独から脱し、友達を得ることが出来たというのは、保護者としてはとても嬉しいことだ。

 彼女の資産を預かり、その成長を手紙と使い魔で見守ってきたグレアムには、そういった見方が出来た。

 しかし、何時かは闇の書を封印し、氷結の杖『デュランダル』で、永遠に凍りづけにしなければならない。

 そうなれば、今育まれている騎士たちとの絆が、何時か壊れて消えてしまう。

 事を済ませるのに、彼女の痛みや悲しみを、出来る限り少なくしてやりたい、そう思うと、どうしても避けて欲しかったことだった。

 

「で、東京に行きたい、ということだったな」

「どうします、父様?」

「……拒否する理由はない。許可してあげよう。それと、仕送りの額も、今月は特別に増やす」

 

 今までも、生活費としては割かし多めの額を送っていたが、今回は一つ大きな金額を送ることにした。

 騎士たちの衣食住を払うための経費で、貯金は少し減っているだろうし、この夏の旅行を、目一杯楽しんで欲しかったからだ。

 なぜなら。

 

「そうですか。好きなだけ、楽しんで貰いたいですわね。恐らくは、これで最後なのですから」

 

 リーゼ姉妹の監視と、管理局が今まで手に入れた情報によって推測すると。

 蒐集をしない場合、はやての身体を『闇の書』の呪いが蝕み尽くすまで、後、もって半年。

 年が明ける頃になれば、彼女の生命は間違いなく絶たれているのだ。

 それに気づいたヴォルケンリッターは、主との誓いを破り、蒐集行為に進むだろう。

 しかし、それで彼女の呪いが収まることはない。書が完成しない限り。

 そして、書が完成したらしたで、ユニゾンデバイスの暴走が始まってしまう。

 その時、グレアムたちが介入し、書を主ごと封印するというのが、彼らの計画だった。

 

「あぁ……出来るだけ、出来るだけでいい。生きられる間は、幸せに生きて、欲しいものだ……」

 

 凍りづけにして、その存在を滅ぼす事が確定している相手に、精一杯の優しさと憐憫を持つ。

 それは、傲慢なのかも知れなかった。

 しかし。八神はやてが車いすの女の子ではなく、健康な一般男性だったとしても。彼のやることは、そう変わらなかっただろう。

 罪を憎んで人を憎まないように、彼は『闇の書』を恨んでいるが、八神はやては恨んでいない。むしろ、愛おしさすら感じている。

 それでも、書を封印するためならば、自分の正義を執行するためならば、どんな犠牲も惜しむことはない。

 ギル・グレアムとは、要するにそういう、矛盾を持った人物なのだ。

 

「とにかく、万事滞り無く、進めることだ。頼むぞアリア」

 

 グレアムがそう結論づけると、バタン、と大きくドアを開く音がした。

 中から、Yシャツと下着姿の寝間着のままで、寝ぼけ眼をこすりながら出てきたのは、リーゼロッテである。

 

「ふぁぁ……お父様、おはよー」

「ロッテ! どうして寝間着のまま外に出てるのよ!」

「だぁって、ここ結界の中じゃん? お父様以外の男に、肌を晒すこともないんだしさ」

「にしても、上限と空気というものが……」

「んなこと言わないでさ、アリアも服脱いですばしっこくなろー!」

「あ、こら、離しなさい! ったく、昨日のマタタビ酒がまだ残ってんのか!」

 

 どうやら、この二匹も休みの間は、相応に羽根を伸ばすらしい。

 服を脱がそうとすばしっこく立ちまわるロッテと、焦りながら、シールドとバインドまで使って回避するアリアのじゃれ付き合い。

 先ほどとは一転して、穏やかな空気が流れる。

 それは、グレアムが子供の頃、二匹を使い魔にした時と、何ら変わりのない光景だ。

 

 自分たちにも、そして八神はやてとヴォルケンリッターにも。今は、安らぎと休息を。

 やがて、救いようのない破滅と終焉が待ち受けているにしても。

 

 遠い日本、海鳴の地で、自分たちのように、はやてが心穏やかに一日を楽しんでいれば、とグレアムは願っていた。

 

 

 

 

 

 

「つかれたぁぁぁぁぁぁ」

 

 屍鬼累々。この惨状を形容するには、そんな言葉こそ相応しいだろう。

 リビング一面に、疲れ果てて横たわるのは、歴戦の騎士の内二人、ヴィータとシャマル。

 その主であるはやても、車いすの背もたれに身を預け、すやすやと息を立てて眠っていた。

 

「はぁ……大丈夫ですか、皆さん?」

 

 一人、ぴんぴんとしているのは、はやての主治医かつ同好の士である、石田幸恵だ。

 今回の戦利品である、限定250個のチーズケーキを冷蔵庫に入れながら、半ば呆れたように問いかける。

 出かける前は、夜中行軍には慣れている、これでも体力には自信が、などと言っていた二人だが、夜明け前に出て、朝から三時間並ぶというのはかなり応えたようだ。

 

「大丈夫じゃねーです……たかがケーキ買うのに、なんであんな並ばなきゃいけねーんですか」

「たかがケーキ、されどケーキよ、ヴィータちゃん」

 

 今日、朝から六人が行ったのは、海鳴から少し離れた街の商店街にあるスイーツショップ。

 その店で売られているチーズケーキは、海外にまで知られる程の絶品だ。

 しかし、一年の内一日限定で、しかも個数に限りがある。

 この二つの要素は、コミケに出る同人誌にも同時に当てはまる。

 だから、幸恵は、この行列を試金石にして、八神家の面々を鍛えようとしたのだ。

 やはりというべきか、今の今まで行列という物を体験したことのない彼らは、疲労困憊、へとへとになってようやく自宅へ辿り着いたという有様だった。

 

「先生、それは分かるんですけど、でも、何もこんな朝早くから並ばなくても」

「あまぁい!」

 

 シャマルが不満を漏らすと、幸恵は目をかっと開いて一喝した。

 

「コミケなんてねぇ、始発で有明来た奴が五時間以上並んで、それで目的のブツが手に入らない、なんてことだってあるのよ!」

「ひっ、ご、五時間……そ、そうなんですか!?」

「しかも、只並ぶだけじゃ埒があかないの。きっちり回るリスト作っておいて、その順番通りに並ばないと、買えるはずのものが買えなかったあの時の悔しさ!」

「へ、へー……」

「分かる!? 自分の目の前で、後数人しか並んでないのに『完売です』言われた時の!」

 

 その、余りにも熱の入った語りに、聞いている二人は若干引き気味になっていた。

 実際、幸恵の言っていることは、かなり誇張が入っている。

 別に、五時六時の始発で並んだりしなくてもいいのだ。

 人気のサークルや企業の限定品、あるいは持ち込み数の少ない小規模サークルでない限り、そのもの一つに限りさえすれば、大抵のものは手に入れる事が出来る。

 只、買いたい物が多かったり、回るサークルが多くなったりすると、必然的に時間が必要となる。

 それを、入場時の行列の前に出ることで確保する。だからこそ、始発で並ぶ意義が生まれるのだ。

 

 八神家の場合、四人がそれぞれにカタログをめくって、手に入れようとする同人誌は多種多様で、その分布も東西入り乱れている。

 だからこそ、朝早くに会場へ出て、行列の中に入らなければならないのだ。

 

「ヴィータ。何をやっている、それでも鉄槌の騎士か」

「うむ。気合が足りぬぞ」

 

 そういう点で、シグナムとザフィーラは実に頼もしかった。

 多少疲れを見せてはいるものの、ちゃんと二本の足で立っていて、五人分のケーキセットを運ぶだけの体力を残していた。

 筋骨隆々であるザフィーラは勿論のこと。

 豊満ながらも要所要所が引き締まって、無駄にならないくらいの筋肉もついているシグナムにとって、この程度の苦行はそうキツイものでもなかった。

 

「へぇ、シグナムさんもザフィーラさんも、結構体力あるのね」

「……鍛えてますから」

 

 そう言って二人、薬指と小指を若干曲げ、敬礼のような仕草をする。 

 何の恥じらいもなく、むしろ自慢げにやる所が、どうしてか、幸恵の胃をきりきりと鳴らさせた。

 

「あ、あははは、は……うん、でもまあ、これなら安心かな」

「どういうことです?」

「コミケに行く時、六人全員で行くんじゃなくて、二組に別れて行動したい、と思ってて」

「……それは、朝早く行く組と、お昼ごろ、列が短くなってから行く組に、ですか?」

「そういうこと。早朝組がピンポイントで、品薄になりそうなサークルを回る。そして、昼組が残りを回収」

「二段構え、ですか。流石は歴戦の石田先生。良策です」

 

 うんうん、と頷くシグナムの言葉遣いは、何やら時代錯誤めいた重々しさを感じさせる。

 それは、長年の守護騎士としての生活の中で、見に刻みつけられた騎士らしい言葉遣いなのだが。

 騎士などとうに滅んだ現代世界に住む幸恵の方は、そういう、設定なのかな、などと、冷や汗を垂らしながら認識することしか出来なかった。

 

「ふぁぁ……あ、わたしんちや」

「あ、はやて、おはよう!」

 

 家の中に入ったと気づいたのか、車いすで寝こけていたはやての目が開く。

 朝出発する時は意気揚々と出かけていったはやてだったが、だんだんとその元気も無くなっていった。

 スイーツショップに入って品物を買うまでは良かったが、緊張がぷっつり途切れたのか、店から出た途端に眠ってしまった。

 車いすの上にいるのだから、起こすのに十分な揺れはあったはずだ。

 それでもついに起きなかったのだから、相当疲れと眠気が溜まっていたのだろう。

 

「あら、ようやくのお目覚めね」

「せ、先生……ごめんなさい、私」

「いいのよ、仕方ないわ、まだ子供だもの。うん、子供だもんね、はやてちゃんは」

 

 幸恵は、はやてに優しく言うだけでなく、何故か自分に言い聞かせるようにも繰り返す。

 互いにオタク趣味を暴露して。それからというもの、はやての家までしばしば来て、話をしているのだが。

 どうにもこの女の子、子供らしからぬ知識量と含蓄を持っているのだ。

 

 自分とこの娘の間には、20年以上の世代の差があるはずなのに。幸恵の会話に合わせて、しかも同じような話題で盛り上がれる。

 しかも、只見ているだけ、持っているだけではなく。きちんと作品の本質まで捉えてきているのだ。

 例えば、ある作品の単純な面白さだけでなく。

 前後の作品と関連して、どのような立ち位置を持っているか。

 監督や脚本家の関係、スポンサーの意図、リアルタイム視聴者の受け取り方など。

 また、作品がその後のアニメに与えた影響。

 それらを自分の頭で考え、自分なりの価値観を持ち、それを他人に伝えることが出来る。

 

 知識量はともかくとして、それだけの言語活動が出来る九歳の少女は、普通に考えると有り得ない。

 彼女が熱く自分の想いを語るたびに、幸恵は、その肌に何か薄ら寒いものをすら、感じることが出来るのだった。

 

 しかしながら。

 こうして、目をぱちくりさせながら、ぼうっとした意識を覚ましている彼女を見て。

 幸恵は、ああ、やはりこの娘は子供なんだな、と、安心した。

 それと同時に、この娘の、ある意味では歪んだ、ある意味では真っ直ぐな成長を支えてやることこそが、大人として、主治医として、自分が為すべきことだとも、自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、はやてちゃんももう少し休みたいだろうし、今日は私が腕を振るっちゃおうかしら」

「え、先生、料理できたの?」

「まぁ、少しは。はやてちゃんの料理には敵わないかもだけど、1つだけ、自信のあるメニューがあるの」

「自信……ほう、それは一体?」

 

 幸恵はいつも持っていて、仕事場にも持ち出している鞄から、大小様々な大きさの瓶を取り出した。

 

「ターメリック、コリアンダー、クミンシード……」

 

 そして、それらを並べながら、自信たっぷりにこう言った。

 

 

「そう、それは、カレーです!」

 

 

 その日の昼は、スパイスの効いたカレーと、甘いデザートに舌鼓を打った八神家の面々であった。

 




お疲れ様でした。
石田先生の声優を見てから、このネタだけは避けて通りたくないなぁ、と思ってました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。