おたくなはやてちゃん   作:凍結する人

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コミケのために(その2)
※ちなみに
この物語の舞台は2005年です。
なので、はやてちゃんの目指すコミケはC68になります。


そのろく

 一ヶ月後のコミックマーケット行きを決定し、八神家の雰囲気は一気に変化した。

 『闇の書』の中から現れてから今まで、書の解析以外には主の手伝いか、アニメと漫画鑑賞くらいしかやることのなかった騎士四人。

 そんな彼らにも、一つの大きな目標が目の前に現れて、俄然活き活きとし始めたのだ。

 シャマルが調べた情報に従い、必要な物を準備する。そして、コミケのマナー、約束事を、頭の中に叩きこむ。

 古代ベルカの常識を引っ張っていた騎士たちには、近代的な規範は中々馴染めなかったが。

 それでも、主のため、そして、自分たちのために、コミケとは何かを学んでいった。

 

「三日開催で、それぞれ取り扱うジャンルが違うとは……何時何処に行くかで、手に入るものも違うのか」

 

 今、

 

「我らの場合は、一日目が肝要かもしれん。我ら四人、全員少し古めの作品が好きだからな」

 

 ザフィーラが言うように、騎士たちが今、好んで見ている作品は、新しくても五年ほど前、古ければ二十年くらい前に流行った、所謂古典的な作品が多い。

 彼らの見るもののほとんどが、はやての父母から受け継いだ資産であるからだ。

 勿論、現在深夜で放映している作品も録画して見てはいるのだが、初心者故か、どうしてもその勢いについていけていない。

 一週間分のアニメを『消化』と称して一気見し、その全てに対し深い含蓄を持っている主には、ほとほと驚嘆と尊敬を感じざるを得ない四人だった。

 

「はやてちゃんも、企業ブースの限定グッズを買いたいみたいだから、一日目だけでいいかもしれないわね」

「でもさ、最近テレビでやってるアニメの同人誌は、皆三日目に出るらしいぜ?」

「うむ。主も、三日目こそがコミケの主戦場である、と仰られていた」

 

 三日目。

 主に男性向けの同人誌が頒布されるこの日は、コミケの中でも最も熱く、盛り上がる日だ。

 祭の、正に最高潮とでも言っていい。

 

「二日目は何があるんだっけ?」

「ええと、東館だと少年誌、西館には特撮、SF……あらっ、鉄道とかメカミリなんてのもあるわね」

 

 同人誌といっても、何もアニメや漫画、ゲームを題材にしたものだけではない。

 野球のデータのみをひたすらまとめた分厚い同人誌も、和歌や短歌を題材にして、評論を掲載した同人誌だって存在する。

 特にコミケでは、オールジャンルと言って、特定傾向のジャンルだけでない、正しく百花繚乱と言っていいほどの、多彩なジャンルが集まるのだ。

 

「全日程、見逃せないな」

「うむ。我らにも何か、新しい『出会い』があるかもしれん」

「主はやての仰っていた、『知らないジャンル、新しい作品との出会い』か」

 

 四人の気持ちは浮き足立ち、期待に胸が染まる。

 物事は、それを計画している時が一番楽しいとは言うが、本当なのかもしれない。

 未だ見ぬ有明の地を想像して、四人はそれぞれに楽しい想像を思い描いていた。

 

「それにさ! 東京ってとこにも、行けるんだろ?」

「ああ、この国の首都、人口一千万の大都市だと聞いている」

「この海鳴でも、結構人が多いのに……都心なんて、凄いことになっているんでしょうね」

 

 そして、もう一つ騎士たちが楽しみにしているのが、東京ヘ行くこと。

 有明から海鳴まで、そこまで遠くはないが、近くもない。

 電車で、日帰りで行こうと思えば行ける距離なのだが、それでははやてにかなりの負担がかかってしまう。

 大体、この世界に来たばかりの騎士たちは勿論、はやてだって、電車の長旅は未経験なのだ。

 万が一不測の事態が起こったら、どうしようもない事態に陥ってしまう。

 そんな訳で、有明かその近くのホテルを使うことは確定しており、そうなると、この国の首都、東京に泊まることになるのだ。

 

「東京タワーとか、新宿とか渋谷とか、すっげー楽しそうじゃん!」

「確かにそうだ。だが、我らの主が真に目指す場所は……」

「そう、秋葉原だ」

 

 秋葉原。

 ここ最近になって、電気街からオタクの街へと、その認識を大きく変えられた街だ。

 当然、オタクであるはやてが、東京中で一番行きたい場所であるだろう。

 謂わく、もはや絶版であるはずの本やゲームが、当たり前のように存在する。

 謂わく、『メイド喫茶』なる他の町と一線を画す名物がある。

 謂わく、海鳴だと、駅前に二三件あるかないかのアニメショップが、街のいたるところに存在する。

 はやてのようなオタクにとって、夢の様な場所である。

 

「となると、秋葉原見物のためにも、コミケのちょっと前に東京入りしておく必要が有るわね」

「大旅行になりそうだな。主は、どうお考えなのだろうか……」

「ん? そーいや、はやては今日、何処行ったんだ?」

 

 ヴィータが気付いて見回してみると、台所にも、リビングにも、はやての姿が見当たらない。

 今日は特に予定の無い日だが、朝っぱらから何処かに行ってしまったようだった。

 

「あぁ、はやてちゃんなら、病院に行ってるわよ」

「へ? 今日は検診とか、治療の日じゃねーだろ?」

 

 だのに、どうして病院まで行く必要が有るのか。

 その問いに答えたのは、シグナムだった。

 

「主は、石田先生とご面会なさっているそうだ」

「先生に? どうしてだよ?」

「夏真っ盛りの八月に、遠出をするのだ。主治医に相談して、許可を取らねばならん」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 海鳴市立中央病院。

 治療に従順ではありながら、協力的にはちょっと足りない、そんなもどかしい態度を見せていた八神はやて。

 そんな少女が、業々アポイントまで取って医師を訪ねてくる。

 それは、 はやての主治医である石田幸恵医師にとって、とても喜ばしいことであった――はずなのだが。

 石田医師は、渋い顔をしながら、はやての言うことを聞いていた。

 

「ええと、ですから、私とシグナム、シャマル、ヴィータにザフィーラの四人で、東京に行きたいんです」

「それは分かりました。でも、日程が……八月の、お盆休暇というのは。人が集まる、大変な時期よ。はやてちゃんには一杯時間があるんだから、日にちを前にずらした方が、良いと思うのだけど」

「あ、そ、それは、堪忍してください」

 

 そう。

 コミケに行くのだから、日程は既に決まっている。

 この夏の三日間を逃したら、次は半年後の冬まで待たなければならない。

 

 そして、その半年を待つことが出来ないかもしれないのが、今のはやての現状だった。

 ちょうど『闇の書』が起動してから、はやての足の病は小康状態を保っている。

 しかし、何時病状が進行するのか、誰にも分からないのだ。

 もしかすると、麻痺が全身に広がって、病院のベッドから出れなくなってしまうかもしれない。

 なるだけ忘れよう、思い出さないようにしようとしている辛い事実だが、病院の白い無慈悲な壁と、薬臭い匂いが、はやてにそれを思い出させていた。

 

「どうして? 一ヶ月も待たなくても、東京に行くだけなら問題ないじゃない」

「いいえ。石田先生の言うことは、私も正しいと思います。でも、それだけは、どうしても、駄目なんです。どうしても、お盆でなければあかんのです」

「そう……じゃあ、その理由を話してくれない?」

 

 きりり、と締め付けられるように、はやての胸が痛む。

 はやては、未だ石田医師に自分の趣味や嗜好、つまりオタクであることを話してはいない。

 果たして、この先生は、自分の趣味を受け入れてくれるだろうか?

 そう考えると、勇気より先に、どうしても恐怖が出てしまうのだ。

 

「あの……それは……」

「どうしたの? 行きたい催し事があるとかなら、話せない理由じゃないでしょう?」

 

 石田はそう語ったが、はやてにとって、そんなことはない。

 九歳の女の子が、コミケに行くと言い張って、それがどう受け止められるか。

 微笑ましいとか応援したいとかではなく、不気味さや違和感が先に出て来るだろう。

 この優しくも厳しい医師は、今まで精一杯自分に付き合ってくれているが。

 それでも、『オタク』という分子まで、ありのままに受け取ってくれるかどうか。

 はやては煩悶していた。

 しかし、話さなければ何も進まない。

 

「…………」

「だんまりは止めて。私だって、許可は出したいんだけど、言ってくれないなら、出せないわよ。医者として、患者の身に責任が取れなくなっちゃうから」

 

 石田の、責任の重みに満ちた言葉を受け取って。

 ようやく、はやては重い口を開くことにした。

 

「……行きたいんです」

「えっ?」

 

 最初は、か細く震える小声で。

 石田が聞き直すと、意を決したかのような大声で、はやては叫んだ。

 

「……コミケにっ!、行きたいんです!」

「えっ……!?」

 

 石田の顔が、驚きに歪む。

 その目はまん丸く見開かれ、ボールペンを持っていた手が握力を失い、プラスチックの床にぶつかる音がした。

 

 はやても、同じく驚いていた。

 この女医が『コミケ』の三文字を聞いて驚くということは、それがどんなものなのか知っているという意味を持つからだ。

 オタクやそれに類する人達の間ならまだしも。2005年の現在、一般層に『コミケ』というイベントはさほど知名度を持っていない。

 だから、必ず聞き返されると思い、それに対する受け答えも覚悟の上で臨んだのだが。

 はやてにとって意外なことに、この地方病院に勤務する女性医師は、コミケについて知っていた。

 それも、はやてのような子供が参加することに、驚いている。

 

 これは、もしかすると望外の幸運なのかもしれなかった。

 コミケを知っているのだから、この30代の女医師はオタクであるか、かつてオタクだったということになる。

 だったら、はやてがオタクであることに対しても、一定の、いや、それ以上の理解を示してくれるのではないか。

 今までひた隠しにしていたのは、只の考えすぎ、心配しすぎだったのではないか。

 都合の良い想像かもしれないが、可能性は十分にある。

 

「そうなんです! 私、前からずっと、コミケに行きたくて……その、オタクやったんです! アニメとか、漫画とか好きで、それで、同人誌とかコミケのことを聞くたびに、行きたくなって」

 

 はやては、此処ぞとばかりに、今まで溜め込んでいた物を吐き出した。

 

 振り返ってみれば、石田医師は、最も長い間、はやての直ぐ側にいた人物である。

 はやてと医師、二人『二脚』で、様々な治療を行い、時にはその幼い心を労ってもくれた。

 そんな大切な人に、自分の趣味を秘密にしなければならない。

 そのことに対するはやての苦悶と迷いは、とてつもなく大きいものだった。

 今、その反動が一気に押し寄せているのだ。

 

「…………」

 

 はやてがよどみなく、一気に自分のオタク趣味について話し終えるまで、石田医師は只、黙って聞いていた。

 その表情は、今まで近しい人に秘密を包み隠していた、はやての苦しみ、悩みを理解し、共感しているかのようだった。

 

 しかし。

 その後に放たれた言葉は。意外にも固く、冷たい一言だった。

 

 

 

 

 

 

「駄目です」

 

 

 頑なな表情で、首を横にふる。

 さっきまで書いていた許可証をデスクに置いて、向き直った石田医師は、怒っていた。

 

「そんな! なんで、ですか!?」

「コミケなんて下品な場所に、はやてちゃんを行かせるわけには行かないから」

「……っ!?」

 

 はやては、この医師が言っていることが、信じられなくなっていた。

 あの優しい先生が。はやてを暖かく見守ってくれた先生が。

 コミケを、下品な場所と言った。

 

「コミケなんて、エッチな本を売り買いするような、そんな汚らしい場所じゃない。違う?」

「そ……そんなこと……」

「大体ね。少しアニメが好きだからって、自分を『オタク』なんて言うものじゃあないわよ、はやてちゃん?」

「……そん、な……」

「そうやって本当に『オタク』にならない内に、お洒落とかお洋服とか、女の子らしい事をした方が、きっといいわよ」

 

 はやては、抱いていた淡い希望を、一転して絶望に変えた。

 石田先生は、いや、この医師は、いや、この女は。

 自分の趣味に真っ向から向き合って、そして、真っ向から否定した。

 はやての抱いた希望と夢には、強烈な一撃が与えられ、その精神に、ところどころヒビが入る。

 

(そんな……石田先生が……オタクを、嫌っていたやなんて………)

 

 目が水で潤み、重力に従って、ぽとり、ぽとりと、膝の上に零れた。

 はやては、まだ幼い少女だ。自分の趣味を否定されて、それでも平然といられる程、その心は強くなかった。

 それも、今まで自分に対し、親のように接してくれた女性だ。

 趣味だけでなく、自分自身をも否定されたような気持ちになって、益々悲しくなっていた。

 

(こんなに苦しくて、悲しいことやったんか……オタクをけなされるって)

 

 はやては、今までどうして自分が、石田医師に対してオタク趣味を隠していたかを、真に理解した。

 否定される、地獄のような苦しみを、感じたくなかったからだ。

 

 ヴォルケンリッターの四人に対しては、まだ良かった。

 自分の部屋というテリトリー内で、漫画のようなことが起こったという、特異な状況。

 それが、はやての中にある、何かのスイッチを押してしまっていて、拒否される恐怖を、明確に感じる余裕もなかった。

 さらに、騎士たちは全員、はやての趣味を受け入れて、自分たちも競って、オタクに染まっていった。

 アニメや漫画が、ベルカには無い強烈な娯楽であったことを計算に入れても、これは幸運というべきことだった。

 

 もし、誰か一人だけでも、オタクを受け入れず、もしくは批判する騎士がいれば。

 はやては、もっと早くに、この苦しみを味わっていたことだろう。

 

「私と違って、はやてちゃんはまだ九歳なのよ? 自分を『オタク』なんて言って、変な大人になっちゃ、いけないわ」

 

 追い打ちを掛けるような、言葉。

 石田医師にとっては、あくまでも善意から出た忠告なのだが。

 はやては、それを死刑宣告と同じくらいに重く、残酷な言葉として受け止めた。

 

(……嫌や、こんなん、嫌やっ! 私は只、アニメが好きなだけなのに、漫画が好きなだけなのにっ! どうして、こんな、こんな思いをせなあかんのや!)

 

 そう。こんなに辛くて、苦しいのなら。

 そして、好きになることを止めるだけで、それが止まるのなら……

 

 

『嘘、ついちゃダメだよ、はやて!』

 

 

 不意に、思い出した甲高い声は、ヴィータのものだった。

 

 

『はやての気持ちは、「好き」の気持ちは、他のどんな奴らにも負けてない! そうだろ!?』

 

 

 励ましてくれている。

 

 はやての弱い気持ちを。

 

 悩みを、苦しみを、痛みを、悲しみを。

 

 何もかもを吹き飛ばしてくれる、優しくて、強い声。

 

(……せやったなぁ、ヴィータ)

 

 そうだ。

 はやては、アニメが、漫画が好きだ。大好きだ。

 その気持ちを否定された所で、自分自身がアニメを、漫画を、『好き』だという事実は変わっていない。

 

 ならば、どうして、今更何を、恥じようというのか!

 いいや、何もない。恥じる理由も、好きなのを止める理由だって、何もない!

 

 高らかに叫んでやろう、アニメが『好き』だ、『大好きだ』と!

 

 

 

 

 

 

「……先生」

「はやてちゃん……?」

 

 少し、きついことを言ってしまったか。

 そう考えて、少し慰めてあげようとした、石田医師は。

 

 はやてのただならぬ雰囲気を感じ取って、驚愕していた。

 今まで、どんな辛い治療にも、嫌な顔一つ見せずに、只、寂しい笑顔をして受け止めていた、はやてが。

 自分に対し、礼儀以上の感情を、見せることのなかったはやてが。

 

 怒っている。

  

「……何かを好きになるっちゅうことが、そないいけないことなんですか」

 

 静かに、しかし、煮えたぎるような熱さを以って。

  

「女の子は、お化粧とかお洒落のことだけ、考えてればええんですか。漫画を読んで笑ったり、アニメを見て泣いたり」

 

 それは、自分の大切なものを、傷付けられた、激しい怒り。

 

「アニメ雑誌を見たり、ネットで好きなアニメの事を話したり」

 

 石田医師は知らないことだが。

 自分だけでなく、自分に仕える騎士たちの誇りを傷つけたことに対する、主としての怒りも、そこに入っていた。 

 

「キャラクターに萌えたり、物語の熱い場面に燃えたり、そないなことをしたら、いけないんですか」

 

 はやては、今まで落ち込み、俯いていた顔を上げて、医師の目をきっと睨み上げた。

 その顔は泣き腫らしてぐしゃぐしゃになって、真っ赤に染まっていた。

 涙は、もはや止めどと無く、滝のようにこぼれ落ちていく。

 

「はやて、ちゃん……」

「先生が言うことも分かります。確かに『オタク』も『コミケ』も、先生のような人からしたら、気味の悪い、気持ち悪いものに見えてしまうんやと思います。むしろ、先生のように感じる人が、この世の中の大多数を占めてるかもしれへんのです」

 

 そう。それは事実だ。

 オタクというのは、元々侮蔑語である。

 そして、言葉が生まれてから数十年経った今でも、その様な意味を、僅かながらではあるが内包している。

 『オタク』がオタクと呼び続けられる限り、差別的な区別は無くならないかもしれない。

 はやてだって、今はともかく、大人になったら『オタク』として、変質者、異常者と蔑まれてしまうかもしれない。

 

 しかし。

 

「でも、それが何なんですか。私は誰に強制されて、『オタク』言うとる訳やありません。自分自身で、そう名乗っとるんです」

 

 はやてにとって、『オタク』は救いであり、誇りだった。

 

 寂しい気持ちを埋めてくれた、アニメや漫画への、感謝の印。 

 これからも素晴らしい作品を追い求めていく、自分への決意。

 そして、自分とともにオタクの道をを歩んでいる、騎士たちとの絆。

 

「せやから、訂正してください! オタクは、汚らわしいものでも、避けられるものでもありません! ……少なくとも、私にとっては」

 

 自分の奥底まで、全てをさらけ出して、はあっ、とはやては熱い息を吐く。

 

 言った。言い切ってしまった。

 さて、どう面罵されることだろう。

 自分の間違いを、とくとくと正されるのかもしれない。

 ひょっとすると、一回平手でぶたれる位の事を、するのかもしれない。

 しかし、その程度は覚悟の上だ。

 どれだけ叱られようとも、どれだけ心を傷つけられようとも。

 もう、一歩も引くもんか。

 

 さあ来い、と改めて姿勢を整え、石田医師の反論を待っていた、はやてだったが。

 

 

 

 

 

 

「……ううっ……はやてちゃん……ごめん、ごめんなさいぃ!」

 

 だっ、と駆け寄られ、がばっ、と抱きしめられた。

 何が起こったのか、目を白黒させながら戸惑ったはやてを、更に強く、熱く、車いすからお姫様抱っこの形で抱き上げるのは、石田医師だ。

 

「せ、先生……?」

 

 その豹変した態度に、はやてはすっかり呆気にとられてしまった。

 

「私、はやてちゃんを馬鹿にしてたわ……所詮子供の言うことだって。ちょっとアニメを好きになっただけで、背伸びして、大人ぶろうとして『オタク』なんて言っちゃってるって、誤解してたの」

 

 石田医師、いや、『オタク』の石田幸恵は、今まで、はやての素直な所しか見ていなかった。

 何事にも執着心を持たず、達観している面だけを目に入れていた。

 そして、突然コミケがどうの、アニメがどうのと言われて、その強烈な心の震えを認識し、面食らっていたのだ。

 だから、幸恵は焦点を誤り、誤解した。

 はやての熱心な言葉と真剣さではなく、年に似合わぬ『オタク』という響きだけに注目してしまった。

 はやてのような幼い女の子が、負の側面を含め、真の意味で『オタク』を分かっているはずがないと、決めつけてしまったのだ。

 

「はやてちゃんが、それだけ真剣だって、本気だって分かっていたら! ……駄目なんて、とても言えなかったわ」

 

 更に、きっと何処かからコミケを知って、興味本位で参加しようとしているのだとも勘違いした。

 そういう人ほど、『お客様』的な目線でコミケに臨んでしまい、結果として、コミケ『参加者』に多大な迷惑をかけてしまう。

 『お客様』として振舞った本人だって、自分の理解できない理屈で怒られて、きっと不快な気持ちを感じながら、帰っていく。

 そんな悲しい出来事を起こしたくないから、幸恵ははやてにあえてきつい事実を、負の側面を強めて言ったのだ。

 

「訂正するわ、はやてちゃん。はやてちゃんは『オタク』よ。誰に恥じることもない、筋の通った立派な『オタク』よ」

 

 しかし、もはや幸恵は、はやてを侮ろうとはしなかった。

 幼いなりに、自分の視点を持ち、他人の見方を認め、ひたすらにキャラを、物語を、作画を、声優を、スタッフを愛する、『オタク』だと認めた。

 そして、改めて自分も、彼女に共感できる『オタク』であると認識しなおしたのだ。

 

「せんせいぃ……! ありがとう、ありがとうございます!」

「はやてちゃん!」

 

 はやては、幸恵の首に両手を回して、ぎゅうっと抱きしめ返した。

 この広い世界に、車いすの女の子と、それを治療する医者は、何万組もいるだろう。

 しかし、互いに『オタク』として認め合い、涙を流し合って抱き合う女の子と医者は、間違いなく、この一組だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 と、はやての正しい『オタク』っぷりに感動した幸恵だったが。

 

「ところで、先生? 先生は、どんな作品が好きなんですか?」

「ええと、はやてちゃんは多分、知らないと思うけど……幽白、とかかな……」

 

「あぁ、知ってます。先生は、蔵飛ですか? それとも、飛蔵?」

「は、はやてちゃんっっ!?!?」

「…………(にやにやわくわく)」

「く、蔵飛、よ」

 

 はやての広範な知識とディープ過ぎる見地に、やはり一抹の不安を、抱かざるを得なかった。

 




お疲れ様でした。
今回の話はちょっと出すのに勇気がいりました。薄っぺらくなってないかな、説得力に欠けてないかな、お涙頂戴になってないかな、なんて、投下した後でも考えている次第です。
ですから、何か「そうじゃないだろ!」とか「おかしい!」って点があるなら、一言なり感想なりで、遠慮なく書いてください。

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