おたくなはやてちゃん   作:凍結する人

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おたくなはやてちゃんの、とある休日。


そのよん

 古来より、人間は様々な道具を発明してきた。

 例えばそれは、火。本来自然の一要素であるそれを使うことで、暗闇に明かりを灯し、その熱で外敵を焼いた。

 もう一つ例えれば、文字。伝えたい情報を詳密に、尚且つ簡潔に表示できるそれは、人間の交流を円滑にし、文化を確立させた。

 

 人間が一つ道具を発明するたびに、その行動範囲は広がっていく。

 二十世紀にもなると、地球をすっかり包み終えてしまったので、今度はその中の距離が縮まり始めた。

 馬車から自動車へ、さらには船、飛行機。その技術が発展していくのに比例して、世界は小さくなる。

 

 それは、物理的な距離と時間だけではない。手紙から電信、電話へと、情報を伝える手段を進歩させることが、世界の距離を縮める一番の方法だった。

 そしてついに、地球の表と裏を一瞬で繋げる、情報伝達の究極的な手段が発明されたのだ。

 

 それは。

 

「おおおおぉ……」

「正しく驚きだな」

 

 今、烈火の将と守護獣が、初夏の昼下がりに肩を寄せ合いながら使っているもの。

 光ファイバーを通してサーバーと繋がり、サーバーから世界へと情報を発信し、受信する。

 真偽を問わなければ、世界の全てがそこに集まる、正に情報の玉手箱。

 とどのつまり、パソコンとインターネットだった。

 

「シグナム、嬉しそうだな」

「……やはり、やはり同志はいたか……!!」

 

 とある作品に対する感想を読み、喜びの余り一筋の涙を流すシグナム。

 感想を書いた人は、シグナムと同じような意見を持ち、同じ所で感動していた。

 そういう、自分と共通する意見を持った人を見つけた時。

 オタクという人種は、得てして強い親近感と感動を覚える。

 特に元々、戦士としての友情とか、共に戦う者への敵味方問わない連帯感を、人一倍重んじるシグナムのことだ。

 『同じ作品』という場所で楽しむ人間への一体感は、彼女を感涙させるのに十分だった。

 

「しかし、主に紹介された物だけではなく、これほどの作品があったとは……」

 

 一方ザフィーラは、ネットを利用して自分の知らない、新しい作品に目を向けようとしていた。

 検索エンジンというのは便利なもので、短い単語を連ねれば、それに関連したページが山ほど出て来る。

 一口に「格闘 漫画」で検索しても、それだけで膨大な作品を知ることが出来た。

 ザフィーラはそれらを巡り、気に入った作品があればはやてに頼んで買って来てもらおうと考えていた。

 

「む、これは……地上最強の男を目指す、か、面白そうだ、シグナム、お前は?」

「私は……そうだな、これだ! 『正義超人』、いい響きだ」

 

 シグナムも一緒になって、面白そうな作品を見つけ出す。

 すると、二人の間に、その嗜好の差が厳然と現れ始めるのだ。

 ザフィーラは、シグナムの選択に異論を挟んだ。しかし、シグナムも決して譲らない。

 

「そうか? 強さを極めるのに、善も悪もないだろう」

「確かにそうだ、ザフィーラ。しかし、正義の名のもとに一致団結し、勝利する。単純だが明確で、何よりすっきりするだろう」

「分からんでもない。だが、男が何もかも投げ捨て、只強さのために邁進することにこそ、主が言う『ロマン』があるのではないか?」

 

 シグナムの追い求めるものは、英雄譚。

 完璧な存在が絶対的な正義を為す物でも、等身大の人間が不確定な善悪に悩みながら、自分のやれることを精一杯やる物語でもいい。

 ただ、どんな形であろうと、己の信じる『正義』を志す物語こそが、自らも義心と勇気に溢れ高潔な、烈火の将シグナムの肌に合う作品だった。

 

 対して、ザフィーラが面白いと思うのは、人間の純粋さ。

 狼として生まれながら、守護の獣としての理性を持たされたザフィーラには、人間が元々持つはずの理性をかなぐり捨て、野性や本能、欲求に走るその姿こそ、興味深いものだと思えるのだ。

 拳を交わし合い、それによって語り合うという、原始的な、かつ本能的な描写は、彼を興奮させて余りあるものだった。だから、彼は格闘漫画に何かを見たのだ。

 互いの意見は平行線で、交わる気配も無かった。

 

「……」

 

 二人は数秒間、無言のままで互いを見つめる。

 蒼い双眸と赤い双眸が、それぞれ違う、だが、同じくらいに熱い炎を宿していた。

 それを理解した二人は、突然視線を逸らし合い、再びモニタへと向かう。

 

「フッ……」

「そうだな、両方、頼むか」

 

 そうだ。

 初心者のオタク同士、何を争う必要があろうか。

 先達である主はやてでさえ、まだまだ一人前には程遠いと言う。

 ならば自分たちは、この世界ではまだめくらもいい所。何かを語れるほどに、知識も思考も整っているはずがない。

 だから、今は知るべきだ。

 より多くの作品に出会って、多くの世界を知りたい。

 そう思った二人は、早速明日、はやてにその漫画を頼むことに決めた。

 

 

『だめ!』

『な、しかし、主』

『とにかく、だめ!』

 

――後日、その二作品、合計すると80以上の巻数があったため、全巻購入の提案は、八神家の家族会議で残念ながら否決された。

 

 

 

 

 

 

 

「シャマルぅ、早く、早く!」

「ちょっと、ヴィータちゃん。開演までまだ一時間もあるわよ?」

 

 一方此処は海鳴市の中心、駅前のビル群の中にあるデパート。

 その屋上には、コイン投入式の遊具や小さな売店の他に、大きな舞台がある。

 今は誰もいないが、舞台の真上には大きく「ヒーローショー」の看板が掲げられていた。

 その舞台目指して突っ走るヴィータに、シャマルが引っ張られている訳だ。

 体躯はシャマルの方が優っているが、如何せん後方支援タイプなので、前線で暴れ回るヴィータに、ともすれば力負けしそうになっていた。

 

「そやなぁ、シャマルの言うとおり、少し落ち着こうな? ヴィータ」

 

 はやてはそんな二人を見かねて、ヴィータを止めに入った。、 

 デパートへ騎士たちの服を買いに行った時、偶然ヒーローショーが有ることを見つけたのははやてだった。

 そこで、元々ついていく予定のシャマル以外に、変身ヒーローにのめり込んでいたヴィータを連れて行ったのだ。

 駄々をこねるヴィータを、はやては一言で黙らせた。

 

「慌てなくても、ヒーローは逃げへんよ? 悪と子供の前からは、な?」

「はやて……そうだな! そうだよな!」

 

 そう、ヒーローは逃げない。

 巨大な敵に屈せず、決して逃げずに、身を呈して、自分の愛する誰かを守る。

 それは、鉄槌の騎士として、一直線に突撃し、主の敵を叩きのめすヴィータそのものだ。

 ごく普通の子供が憧れるように、ヴィータもその姿に憧れ、自らもそうありたいと思うようになっていた。

 

「せやから、ヴィータもヒーローみたいに、今日はいっぱい頑張ってな?」

「うんっ!」

 

 そう言って、はやては買い物かごをヴィータの小さい手に握らせた。

 折角ここまで連れてきたのだからと、荷物持ちをしてもらう心積もりだった。

 巧みに誘導してヴィータに気合を入れさせる辺り、背丈の差以上の成熟の差と、子供らしくない計算高さが感じられる。

 

「さぁ、先ずはとっとと買い物を終わらせるんや。ヴィータ、手伝ってくれるかー?」

「よーしっ、何でも言ってくれよ、はやて!」

 

 ヴィータは空っぽのかごを振り回しながら、意気揚々と建物内に戻っていった。

 上手いものだ、とシャマルは感嘆した。

 自分だって、永い時を共に暮らして、ヴィータのことを分かってはいるつもりだ。

 しかしこの主は、一ヶ月にも満たない短期間で、それに匹敵するほどの理解を抱きつつあるのだ。

 恐らくそれは、自分を含めた残り三人の騎士についても言えるだろう。

 

「シャマルも、今日は宜しくな? ここのお洋服は、良い物揃ってるから」

「はいっ、任せてください!」

 

 自分とヴィータの着る、洋服の選定。

 そんなことが出来るなんてて、騎士としての生を得てから初めての経験だ。

 シャマルの心は、そよ風の通った緑深い森のようにざわめく。

 ヴィータは子供体型だが、それ相応に整っているし、自分の容姿にもちょっとは自信がある。

 似合う洋服を選ぶだけでも、きっと胸躍る経験だろう。

 そう考えると、やる気にならずにはいられない。全く、上手いものだ。

 

「シャマルー、置いてくぞー!」

「ほら、ヴィータもああ言ってるし」

「あ、はいはい、今行くわよー!」

 

 この主の下にいれば、きっと毎日が楽しくなる。これからも、ずっと。

 シャマルは、そう確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

「でやぁぁぁぁッ!」

「なんのっ!」

「そこだ!」

「くっ、まだまだぁ!」

 

 風を切る音。肉体に拳が食い込み、吹き飛ばされ、叩きつけられた。

 シグナムは、己の頭脳を瞬時に回転させ、状況を把握した。

 体力は、残り四割。このまま攻められ続ければ、残り時間で負けてしまう。だが、向こうの体力もさほど量は残っていない。一斬りすれば、十分に追いつけるほどの差だ。

 気力も全開で、万全だ。今まで使わなかったお陰か、最強の技を放てるほど溜まっている。

 相手は攻め手を崩していないが、その顔つきには余裕が見られる。勝利を確信した顔だった。

 しかし、見ていろ。

 この世には絶対など無いということを。

 調子に乗っていたら痛い目にあうことを、ヴォルケンリッターの長として、身体でもって教えこんでやる。

 

 ふっと、ザフィーラからの攻撃が途絶えた。バシン、と地面に叩きつけられる音が聞こえ、それを合図に、シグナムは全神経を集中する。

 ムクリと起き上がった所で、ザフィーラが更に追い打ちを掛けようとしたその時。

 

「もらったぞ、ザフィーラ!」

「何っ……!?」

「必殺ッ!」

 

 キュゥゥイィィィン、という音と同時に体が光る。そして出るのは、必殺の威力を持った切り込み刀法。

 ザフィーラは後退して躱そうとはせず、とっさにガードしようとした。

 勝った。

 この一撃、防御は不可能なのだ。

 抜かれた刀は問答無用、一直線に相手へ向かい、そして切り崩すのだ。

 シグナムが勝利を確信した、その瞬間。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉッ!」

「何っ……!?」

 

 カィィン、と、弾かれるはずのない刀が、光と共に受け流された。

 続けざまに叩き込まれる連撃、合わせて十一撃を放つも、全て躱され、後に残るのは、大きく致命的な隙だけ。

 そして、それを逃すほど、守護獣は甘くない。

 

「これで決まりだ」

「くっ……」

 

 ザフィーラも、最後の最後に切り札を残していた。

 音速の早さで叩き込まれる拳の、その一つ一つに電撃が宿っている。

 大振りのアッパーで、最後に大きく打ち上げて、己の全てを込めた鉄拳を落ち際に叩きこみ、吹き飛ばした。

 

「不覚っ……ぐああああっ!」

 

 叩きこまれた重い一撃に、悲鳴を挙げたシグナムだったが。

 

「……おい」

「なんだ」

 

 叩きこんだザフィーラは、何やら怪訝な目でシグナムを見つめている。

 それもそのはず。

 

「何もゲームで打ちのめされて、叫ぶ必要はないだろう?」

「むっ………そうだな」

 

 ふと我に返ったシグナムは、赤面しながら顔をザフィーラの方へ向けた。

 二人は、荒れた野原に剣と拳を交えていたわけではない。

 手に汗握りながらコントローラーを持ち、モニタに顔を近づけて、対戦格闘ゲームで戦っていただけだったのだ。

 シグナムは、実際に殴られたわけではなく、プレイしていく内に熱くなって、ついつい身が入りすぎてしまって、叫んだというだけのことなのだ。

 

「……やれやれ。まんまとやられてしまったな」

「なに。今のは我も焦った。一回外したら、それでお終いだったからな」

 

 シグナムの出した技は、ガード不能属性のついた技だ。

 ザフィーラは躱すことが出来ず、一見防げないかのように見えた。

 しかし、このゲームには、タイミングがシビアながら、ガードできない技を防ぎ、ゲージを貯めるシステムがあった。

 ザフィーラはとっさの判断で、それを使ったのだ。

 瞬時に判断し、シビアな判定を成功させたのは、守護獣の面目躍如という所か。

 

「所で、もう大声で叫ぶのはやめてくれよ。耳に障るのでな」

「なんだとっ!?」

 

 凛々しい顔にピンと生えている犬耳を閉じながら、ザフィーラは嘆息する。

 当然、シグナムは怒り、二人は再びコントローラーを取って、第二ラウンドに突入していった。

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ、皆で呼んでみましょう! せーのっ!』

 

 舞台に立った、司会のお姉さんの呼びかけに合わせ、ヴィータはヒーローの名前を呼ぶ。

 するとお約束で、もう一回、と言われたのだから、今度は喉を枯らさんとばかりに叫んだ。

 カラフルなスーツに身を包んだヒーローが現れ、客席の子供たちはきゃあきゃあと大盛り上がり。

 その中に混じって、目を輝かせながら、ヴィータはヒーローを見ていた。

 一方、子供たちの中に混じっても良いような年のはずのはやては、そこから一歩離れた所で、シャマルと一緒に舞台を見ている。

 しかし、決してつまらないとか、子供の遊びだとかと考え、冷めている訳ではない。

 かっこいいという気持ちを噛み締め、楽しみながらも表には出さない、大人ぶった、通ぶった楽しみ方をしているだけなのだ。

 真の意味で大人らしい目線をしていたのは、車椅子のグリップを持つシャマルだけだった。

 

「ええなぁ……アクションも中々様になってるやん……」

「そ、そうなんですかぁ?」

「うん……あっ、またポーズ……本編のアクターさんには流石に敵わへんけど、ホントかっこええなぁ……」

「あ、はは、そうですね、はい……」

 

 本編がどうのアクターがどうのと言われても、シャマルにはまるで理解できない。

 ただひとつ理解できるのは、オタクとして十分な知識を持つはやてをも唸らせる程のものが、舞台の上で行われてるということだけだ。

 大体、キャラクターの活躍を見るだけなら、テレビ番組を見るだけで十分なのではないか。

 何もこうして、本編とは違うものをわざわざ見なくたって、良いのではないか。

 そんな疑問で、ハテナマークを頭の上に浮かべたシャマルを見て、はやてはこう説明した。

 

「んー、シャマルに分かるように言うとな? シャマルの好きなあれ、あれの、宝塚の劇見てるような感じ……だと、少し言い過ぎになるやもしれんけど」

「はぁ……なるほど」

 

 今度はシャマルにも理解出来た。

 同じ作品の、違う楽しみ方。

 はやてやヴィータにとって、特撮番組を見ることも、こうしてショーを見ることも、同じくらい楽しいことなのだろう。

 自分だって、漫画を全て読み、内容を覚えていても尚、いつか宝塚に行って見たいと思っているのだから。

 

『グワッハッハッハ!』

『くっ、出たな!』

『出ました! 悪の怪人です!』

 

 いつの間にか、ヒーローの紹介が終わって、舞台の上には敵役の怪人が登場していた。

 興行用の、数年前から使い古されたきぐるみだが、造形はしっかりとしていて、グロテスクな怖さに怯える子供も居た。

 ヒーローは果敢に戦いを挑んだ。しかし、先ずはあっさり、簡単に跳ね返されてしまう。

 そのままファイティングポーズを取って、睨み合いを続けていた両者だったが、怪人はふと、客席の方に顔を向けた。

 

『クククっ、良いことを思いついたぜ』

『おおっと、怪人が動き出しました! 一体何をするんでしょうか!』

『さぁて、どいつがいいかな……?』

 

 舞台から飛び降りて、客席中央の大きい通路をまっすぐ歩く怪人。

 黒く不気味なその姿が近づき、通路沿いにいた子供にぐっと顔を近づけては離しながら、奥へ奥へと進み始めた。

 

「シャマル、車椅子離して、ちょっと遠くに行ってくれへん?」

「え? あ、はい」

 

 はやてが小声で話しかけると、シャマルは手を車椅子からそっと離し、舞台の脇へと遠のいた。

 そしてはやてはそのまま、自分のいる方向へと向かっていく怪人に、熱い眼差しを向けた。

 もしかすると。

 自分の一生の思い出になるかもしれない『あの』イベントが起こるかもしれない。

 期待と緊張感が、はやての小さい身体を駆け巡った。

 

(……いや、もしかしたら、きっと、いやいやでも、車椅子なんて面倒やし、でも近づいてるしひょっとして)

 

『くくっ、車椅子か。よぉし、こいつに決めた』

 

(きたあああああああああッ!!!)

 

 限りない喜びに、心を打ち震えるはやて。

 しかし、その震えは心の中だけに抑え、外見はいかにもか弱い、震えながら怖がる少女でいた。

 あんまり喜んだり、ノリが良すぎると、返って離されてしまうかもしれない、と考えていたからだ。

 

『さぁ、来い! 貴様が生贄だ!』

「いややっ……離してぇ……」

 

(きたきたきたきたぁ! シャマルゥ、録画! クラールヴィントでも何でも使って録画や!)

(え、う、ふぇええ!?)

 

 シャマルは、突然の無茶ぶりは勿論のこと、はやてのその演技力にも驚いていた。

 もし自分が同じ立場なら、これほど正反対の気持ちを演じることは出来ない。絶対喜びが出てしまう。

 オタクというのは、自分の欲望のためなら、こうも無茶なことをやってのけるのか。

 自分もも少しは漫画を読むようになったが、果たして、この領域にまで辿り着けるのだろうか。

 辿り着いた所で、自分の中の何かが駄目になってしまうかもしれないな、とも思った。

 

『大変です! 車椅子の女の子が、怪人の手に囚われてしまいました! お名前は?』

 

 怪人が両手で車椅子を押し、はやてを舞台まで上げた。

 司会のお姉さんは、大仰に演技っぽく驚きながら、はやてに向かってマイクを向ける。

 

「……はやてです」

『はやてちゃん! 大変です! はやてちゃんは一体、どうなってしまうのでしょうか!?』

『くっ、はやてちゃん! 今助ける!』

 

 はやてはいかにも小さい子供らしく、小声で震えながら喋った。

 これが全部演技で、心の中はヒーローに名前を呼ばれた歓喜に満ちていると、誰が想像出来たろうか。

 全て、はやての思い通りに動いていた。

 しかし、再びヒーローと怪人がポーズを取り、戦おうとした、その瞬間。

 

「やい、待てっ!!」

 

 客席から一人、駆け寄る小さな女の子。

 はやての目の前に立って、まるで盾になるような姿で、

 勝ち気な瞳を怪人に向けて、何処から取り出したのか、ハンマーのような武器を構えながら。

 怒気を吹き出し、彼女は叫んだ。

 

「はやてを傷つける奴は……このあたしが許さねぇ!」

 

 ヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータが、ヒーローショーに堂々と乱入したのだ。

 

 

 

 

 

 

「これで三連敗だなっ……!?」

 

 その時、八神家のリビング。

 相も変わらずテレビに向かい合い、今度は連勝目前だったシグナムが、コントローラーを取り落とした。

 同時に、ザフィーラも異変に気づき、ゲームの電源を切り、あぐらをかいた姿勢からすくっと立ち上がる。

 

「これは……」

「ああ、ヴィータからだ。どうやら、火急の事態らしい」

 

 はやてが、怪人のきぐるみに攫われた時。

 ヴィータは自らも飛び出すと同時に、家で留守番をしていた二人に念話で報告したのだ。

 一瞬のことなので、単純な念話にしかならなかったが、それでも二人にはちゃんと伝わっていた。

 一見直情に見えて、その実ちゃんと戦術を考えているヴィータらしい行動だった。

 

「主の身に危険があったのか!」

「だろうな。シグナム」

「うむ。こんな所で遊んでいる暇は、無いな」

「当然だ」

 

 普段着から、騎士服を装着して。

 シグナムは自らの得物、『レヴァンティン』を待機状態から展開させた。

 思えば、召喚されて以来、久しぶりにこの剣を握ったな、とシグナムは回想する。

 シグナムにとって、この剣を握ることは、騎士としてその腕を振るうことだった。

 

「我らの主は八神はやて」

「その望みは、我らを騎士から人にした」

 

 そう。

 シグナムもザフィーラも今日一日、パソコンを弄ったり、ゲームを楽しんだりと、人としての生を楽しんでいた。

 それは主が望んだこと。人として、自らの友として生きてくれという、主の願い。

 

「しかし、その主の身に危急在らば」

「我ら、人より騎士に変わらん」

 

 しかし二人は、はやてを救うためならば、あえてその願いをも裏切る。

 主のために身を削り、幾千幾万の血を流す、守護騎士になる。

 それが、四人の間で結ばれた、誓い。違えることなど出来ない、神聖な誓い。

 恨まれるなら恨まれもしよう、憎まれるなら憎まれもしよう。

 例えどんなことがあっても、主を守ることこそヴォルケンリッターの本懐であり、四人全員が望むことだった。

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

 八神家の窓から、青とピンク、二つの光が飛び出した。

 

――それをみた二匹の猫が、対象に変化あり、と、大急ぎで飼い主に伝えたりもしていた。

 

 

 

 

 

 

 

『ああっと……!?』

 

 舞台は、完全に静止していた。

 それもそのはず、舞台の歯車として連れ去ったはやてに、思わぬおまけが付いてきて、引っかかってしまったからだ。

 司会のお姉さんも、ヒーローも怪人も、呆然と互いを見つめ合っている。

 はやても、今起こっている事実を認識出来ていて、自分の介入により起こったこの沈黙に、身の凍るような思いを感じ、動けずにいた。

 一方、唯一元気なのがヴィータで、怪人相手に勢い良く啖呵を切った後は、睨み合いに参加して、こちらも全く動かない。

 

(アカン……どないしよか……)

(ま、まさか、こんなことになるなんて……)

 

 

 はやてもシャマルも、それぞれに危険を感じていた。

 冷静に考えて、この事態は二つの面において非常に不味い。

 一つは、魔法の存在の隠匿という面。

 この世界には魔法が存在しない。そういう場合、余計ないざこざを避けるため、魔導師や魔導騎士は魔法の存在を隠蔽しなくてはいけないのだ。

 しかし、あろうことかヴィータは、公衆の面前で『グラーフアイゼン』を展開している。

 幸い、それを使って魔法を出した訳ではないし、これからヴィータを抑えることが出来れば、大きななりきり用玩具として通すことも出来る。

 問題は二つ目。

 ヒーローショーという舞台を、八神家のヴィータがぶち壊してしまった、その後始末をどうするべきかということだ。

 

『ヴィ、ヴィータちゃん』

『なんだよ』

『え、えーと、ね? ほら、客席の皆さん驚いてるし、デバイスしまって、下がらないといけない……んじゃないかしら?』

『うるせぇ! 主の危機だ、んなこと言ってる場合じゃねーだろーが!』

『そ、それは、そうだけど……ちょっと、ヴィータちゃん、止まってってば!』

 

 シャマルが念話で慌てて止めようとしたが、呆気なく切り返されてしまった。

 実際、主がさらわれると言うのは、騎士にとって何よりも優先すべき危機なのだから、シャマルは簡単に反論できなかった。

 このショーが作り物だということを伝えようとしたが、今のヴィータの耳に、そんな言葉は入らない。

 有るのはただ、主を守ろうとする意志と、怪人に対する純粋な怒り。

 

「覚悟しろよ……? アタシたちのはやてに手ぇ出したこと、後悔させてやる!」

 

 その小さく幼い身体から発されているのは、しかし紛れも無い本物の殺気。

 何百年も血に塗れ、戦場を漂ってきた者が出す、並の人間では抗えない凄み。

 怪人は、いや、怪人の中にいる男は、それに当てられてすっかり動けなくなっていた。

 

 『グラーフアイゼン』が怪人の頭上に振るわれ。

 もはやこれまでかと諦めたシャマルが、せめて目撃者の記憶を消そうと、結界魔法を展開しかけた時。

 

 

「そこまでッ!」

 

 

 凛と響く少女の声が、再び会場を静止させた。

 その一言に、ヴィータは振りかぶった腕を下げて、後ろを振り返る。

 自分を止める一言を、主であるはやてが発したからだ。

 

「はやてッ、こいつは!」

「もうええよ、ヴィータ。ありがとなぁ」

 

 はやては先ず、ここまで来てくれたヴィータの労をねぎらう。

 こんな結果になってしまったとはいえ、その行動は紛れもなく、はやてへの忠誠と敬愛から出たものだ。

 そこまで自分を慕ってくれていたことに、はやては感謝していた。自分のような人間が、主として認められているのだと、改めて納得できた。

 しかし。だからこそ、はやてはヴィータを止めなければならなかった。

 

「でもなぁ、ヴィータ。怪人と戦うのは、ヴィータやあらへん、そこにおるヒーローや。わざわざヴィータがしゃしゃり出てきて、戦う理由はあらへんよ」

「だけどっ! もし負けちまったらどーすんだよ!? はやて、連れ去られちまうぞ!? あいつらは、アタシらのはやてに、きっと、酷いことするぞ!?」

「ヴィータッ!!」

 

 ヴィータは懸命に反論したが、はやての一喝を受けて、たちまちその意気も萎んでしまった。

 デバイスをしまい、頭を下げて、バツの悪そうな表情をしながらはやてを見つめるヴィータに、はやては優しく、何回も言い聞かせるように話しかけた。

 

「ヒーローはな。絶対に負けないんや」

「え……」

「例えどんなにやられても、打ちのめされても、守るべきものが有る限り、何度だって立ち上がる。それが、ヒーローや」

「……ヒーローは、負けない……」

 

 ヴィータは、思い出した。

 今まで見てきたヒーローたちは、どんなピンチに陥っても、決して諦めることはない。

 誰かを守るために、全力を出して、敵わないような相手にも、何度でも、何度でも、敢然と立ち向かっていく。

 そんな後ろ姿を見ていると、なんだか熱いものがこみ上げてきて。

 自分もそうありたい、そうなりたいと思って。

 だから、ヴィータはヒーローを好きになったのだ。

 

 そんなヴィータが、大好きなヒーローを信じられないで、どうする?

 

 はやては、そう告げたのだ。

 

「ええか? 鉄槌の騎士、ヴィータが戦うべき場所は、きっとまだ、他にある。私はそう思ってる。その時にこそ、優しいヴィータの強い所、目一杯見せてほしいんや」

「はや、てぇ……私は……」

 

 正気に戻り、自分のやっていることに気づいて、途端に大粒の涙をぽろぽろ流しながら、はやてに抱きつくヴィータ。

 その熱い体温を、はやてはぎゅうっと、捕まえるように抱きしめた。

 

「ええよええよ。怒ってへん、怒ってへんからな? さ、シャマルの所にお行き」

「うんっ……」

 

 シャマルがかつかつとヒールを鳴らしながら、舞台に近づいていた。

 ヴィータははやてから離れて、今度はシャマルの豊満な胸に抱きつく。

 小刻みに震える赤髪を優しく撫でながら、シャマルはそっと客席の奥に引っ込んでいった。

 

『……えー、はやてちゃんの言うとおり! ヒーローは絶対に負けません! さぁ、怪人と戦うヒーローに、精一杯応援を送りましょう!!』

 

 どうやら、舞台の方もなんとか、雰囲気と空気の立て直しに成功したようだ。

 はやての目の前で、ヒーローと怪人が、迫真の殺陣を繰り広げている。

 横から聞こえる、子供たちの応援は力強く。

 きっとヒーローは苦戦すること無く、怪人を追い詰め、勝つことだろう。

 そして、それを喜ぶ歓声の中には、はやてを愛する鉄槌の騎士の元気な声が、混じっていることだろう。

 

(……ちょっと慌ただしかったけど、でも、かえってええ思い出になったかも、しれんなぁ)

 

 そう思ったはやては、改めて、この貴重な体験を目一杯楽しもうと決意し、懸命に戦うヒーローに対し大声で応援を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、何だかんだあったけど、楽しかったなぁ、二人共?」

「私はもう、どうなっちゃうんだって、汗が止まりませんでしたよ! もう、ヴィータちゃんもはやてちゃんも、無茶ばっかりするんだから」

「だから、ごめん、って言ってるだろ? アタシもさ、反省してんだぜ」

 

 十分後。屋上にあるフードコートで、三人は昼食をとっていた。

 同じショー帰りの子供たちが、しきりに自分たちへ視線を向けている。

 無理もない。あれだけの大立ち回りをしたのだから、きっと顔を覚えられてしまったのだろう。

 一度は、会場にいる人の記憶消去を試みたシャマルだったが、それははやてにより止められた。

 

『これも、私と皆との、大切な思い出の一つなんや。それを消すっちゅうのは、少し寂しいって、そう思わん?』

 

 確かにそうだ。

 恥ずかしく、馬鹿馬鹿しい記憶ではあるが、結局魔法はバレること無く、舞台もそのまま進んだ。

 ならば、これはむしろ、良い思い出になるのではないか。

 そう、考えなおすことが出来た。

 

「さぁて、あんだけ騒いだからお腹ペコペコやろ? はよ食べて、シグナムとザフィーラのいる家に帰ろか」

「おおっ、って、シグナム……?」

 

 ぎくり、とヴィータが思い出す。

 そういえば、あの時、自分は念話を送っていた。あの二人に。

 確か、主の危機だと言って、何も説明することなく、ただそれだけを伝えてしまっていた。

 ヴィータの焦った表情を見て、シャマルも、彼女が何をしたのか漠然と感づいた。

 

「ま、まさかヴィータちゃん、貴女……」

「し、仕方ねぇだろ!? はやてのピンチだ、皆を呼ばなきゃ……」

「ねぇ、二人共、何の話しとるん……?」

 

 その時。空の彼方で、青とピンクの光がきらり、と輝いた。

 その煌めきに、屋上にいるほとんどが振り向いた。

 

 あれは何だ。

 鳥だ。

 飛行機だ。

 

 

「主ぃぃぃぃぃぃ!」

「いま参りますッ、しばしのお待ちを!」

 

 

 いや、空飛ぶポニテ騎士+犬耳男だ。

 

 

「あぁぁぁかぁぁぁぁぁぁん! ヴィータ、シャマル、なんとかして止めて!」

「んなことっ!」

「言われてもぉ!」

 

 

 その後、結局屋上全体を結界で覆い、全員の記憶を改竄するハメになったのは、また別の話




お疲れ様でした。
ヒーローショーの場面とか、幼い頃のかすれた記憶で書いてますんで、色々と突っ込みどころが有ると思います。

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