今日も今日とて、オタク道。
PCに向かいながら、通販サイトでDVDの品定めしていたはやての元に、シャマルがやってきた。
今のところ、彼女たちヴォルケンリッターは、蒐集活動を一時中断している。
召喚された日の朝、はやてが言った『もし、なにも考え無しに蒐集をして、その結果とんでもないことが起こるかもしれない』という、危険性を鑑みてのことだ。
そして、改めて見てみると、そのプログラムの一つの守護騎士にさえ理解できない一面を見せる、『闇の書』の解析が、蒐集に代わる新たな任務となった。
『闇の書』は魔導書と呼ばれていて、その言葉からは何やらオカルトめいた、数式や法則に当てはまらないものが感じられる。
しかし、実際は高度なデバイス、つまり、魔法を使うための道具、機械だ。
神秘と奇跡の塊などではない、純然たるベルカ魔導工学の結晶、それが『闇の書』なのだ。
だから、数式を一つ一つ解きほぐし、構造を把握していけば、分析も解析も思うがまま。
何故ヴォルケンリッターの記憶が不完全なのか、完成したら何が起こるのか、調べることだって出来るはず。
そして、守護騎士達は自らの依り代について、解析作業をすることになった。
メインとなるのは当然、『闇の書』を使った大魔術を発動する関係で、その構造について一番見知っているシャマルだ。
シグナム・ヴィータ・ザフィーラも可能な限り努力していたのだが、彼らは純然な戦闘用。
指揮技能を持つ故に多少知識のあるシグナムはいいが、他の二人は、プログラムに触れられるだけ、と言ったところだ。
だから、どうしても彼女がつきっきりになるしかなかった。
そんなこんなでここ一週間、昼下がりにシャマルが作業場の二階から出て来ることはなかったのだが。
しかし今、『闇の書』本体を両腕で抱えて、はやてに火急の用事を伝えに来たのだ。
「シャマル、どないしたん?」
「はやてちゃん、少し頼みがあるんですけど」
騎士たちのはやてに対する呼び方は、召喚されてから僅か三日で砕けたものになった。
ヴィータは、はやての作る美味しいご飯にすっかりほだされ、姉を呼ぶように親しげな口調で『はやて』と呼ぶ。
ちなみに、彼女の大好物は『カリオストロ風スパゲティ』。テレビ放送された映像を繰り返し見て、ミートボールの大きさにまで拘りぬいた一品だ。
一方シグナムは、どこまでも騎士としての態度を貫くようで、普段は『主はやて』と呼んでいる。
しかし、一度好きなキャラの扱いについて、『ピーターはたまには幸せになってもいいんじゃないか』派と『あの蜘蛛男は不幸やから輝くんや』派に別れて論争した時。
シャマルや他の騎士たちは確かに、あの烈火の将の口から主に向かって『この外道! 鬼! 悪魔め!』という罵倒が出て来るのを聞いてしまったのだ。
シグナムにも、ようやく戦闘以外に熱中して打ち込める趣味が出来たと喜ぶべきか。
はたまた、古代より貫いてきた堅固な忠誠が、たった数日で吹き飛んでしまったことを悲しむべきか。
どうにも答を出すことが出来ないシャマルは『はやてちゃん』と。
そして、論争が始まった時からそうなるんじゃないかと冷徹に予測していたザフィーラは『主』と、はやての呼び方を決めていた。
「騎士甲冑?」
「そうなんです。私達ヴォルケンリッターは、主に甲冑を授からなければ、真の力を発揮することは出来ません」
それは、昔ながらのベルカ騎士のしきたりである『鎧の授与』をシステム化したものだ。
守護騎士システムは、主から甲冑を授けられるまではリミッターがかかり、完全な実力を発揮することは出来ない。
主が甲冑をイメージし、それを四体に与えたその時、真に主従の関係が結ばれたことになる。
「真の力、かぁ………危険はなさそうやけど、でも、必要あるかなぁ?」
「あるんです。真の力というのは、私たちの機能全般に当たります。私の分析能力だって、リミッターがかかっちゃってますから」
面倒なことだ、とはやては思った。
大体、書がこちらに来た時点で契約が結ばれ、避ける事が出来ないのなら、何もそんな、鎧の授与なんて儀式的なことをやる必要はないだろう。
そんなものがなくたって、主と騎士は離れない、いや、今の所は絶対に離れられないのだから。
「そう思うのは確かに最もですけど、これもしきたりなんです。私たちの」
古代ベルカの時代、身を守る甲冑や鎧というのは、騎士にとって最も重要なものだった。
それを象徴するものとして、古代ベルカの王族の持つ防衛能力が『聖王の鎧』と称されていることが挙げられる。
通常、甲冑は王から騎士団長に、騎士団長から各々の騎士へと授与されていた。
それは、一つに言えば主従契約の証であり、騎士同士の上下関係と帰属意識を表すものだった。
「ですから、主に甲冑を賜ると言うのは、私たちからしても、凄く嬉しいことなんです」
「嬉しい?」
「ええ。特に、はやてちゃんのような主に、その身を守る騎士と認めていただくのは、とても」
シグナムを筆頭にして、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。
はやては四人をを道具扱いする事無く、一人の人間として、生命として扱ってくれた。その器は広く、大きい。
そして、おぼろげながらも『闇の書』の欠陥性と騎士たちの欠落を指摘したその見識。幼いながらも、主として尊敬するのに十分だ。
最も、そういうアニメや漫画を見過ぎたはやての『深読み』による所が大きく、その実結構いい加減なものだったが。
そして。
はやては騎士たちにアニメを、漫画を教えた。
不安定ながらもユニークな歴史と文化を重ねてきたこの世界。そこで生み出される娯楽は、正に極彩色のエンタテインメント。
只戦いを繰り返してきた古代ベルカでは勿論、今現在でも並の次元世界では味わえない、甘露なのだ。
そして、生まれてこの方、芸術も文学も知識のみで、『実物』を一切見たことのない騎士たちがそれを味わってしまった。
これが中毒にならないだろうか、いや、そんなことは絶対にあり得ない。
緑色の戦闘種族が『デカルチャー』と叫び『文化しようぜ』としきりに言い合うのと理屈は同じだ。要は免疫が無かったのだ。
と、そんな諸々の理由から、 四人は四人とも、八神はやてという今代の主に、絶対の忠誠を尽くすつもりでいた。
「なるほどなぁ、そないなことなら構わんよ。構わへんけど……」
はやては快く騎士の提案を受け入れたが、しかし、少し考えてからあることに気づき、罰が悪そうな顔をして口ごもった。
「何か、あるんですか?」
「ううん、大したことやあらへん。でもなぁ……シャマル」
「はい」
「騎士甲冑のデザインは、私が決める、いうこと?」
「勿論です。主から授かる、という決まりですから」
「そうなんかぁ……はぁ……」
シャマルの肯定を受け取り、はやては更に悩み始めた。
自分に服飾やデザインのセンスが無いとか、そういうことではない。それくらいなら、少しは勉強する覚悟がある。
それにシャマルが言う事には、主の伝えるデザインはあくまで大元。
細かいところは『闇の書』の方で調整したり、いい具合に補正をかけたりしてくれるのだという。
不便だか親切なんだか、よく分からない魔導書だと、はやては呆れながら思っていた。
さて。真の問題は、はやて自身の趣味趣向だった。
(私がデザインすると……なんかもう、見るも無残でアレなことにしかならへんと思うッ! 絶対にッ!)
例えば、ヴィータ。
彼女の持つデバイスがハンマーである時点で、はやての中だともう『胸にライオン』が確定事項になってしまっていた。
原因は言わずもがな。
まさか光にする訳ではないと思うが、巨大なハンマーでひねり潰すのが必殺技なら、はやてにはもうそのネタしか考えられなくなってしまうのだ。
子供らしい感性を持つヴィータは、手放しで賛成してくれるとは予想できる。
だが、胸にライオンがついてる騎士というのは如何なものだろうか。熱血して変形してライオンになるならまだしも。
ああ、悲しいかな。これがオタクの思考なのだ。
(せやかて、ここまで言ってくれてる皆の心、受け取らないわけにもいかんしなぁ)
『闇の書』の主として、やらなければならないことがあるという自覚はあるのだ。
ただ、それで自分の騎士に妙ちきりんな格好をさせてしまっては、騎士たちは勿論のこと、主である自分の恥にもなる。
(せめて皆が納得してくれるデザインなら……皆?)
そうだ。
シャマルは自分で『決めて』と言った。
ならば、何もはやて自身が『考える』必要はないではないか。
はやてのオタク方向にひねくれた頭ではなく、他の人たちなら。
そう閃いたはやては、早速、夕食時に騎士たちへ自分のアイデアを話すことにした。
「なんですって!?」
「そう! 名付けて、チキチキ!第一回騎士甲冑オーディション!」
リビングで、五人揃っての夕食。
今日もはやてが腕を振るった料理に舌鼓を打つ四人だったが、その途中の電撃発表に、少なからず驚きを隠せなかった。
はやてが言い出したのは、騎士甲冑のデザインを「騎士たち」がそれぞれに四人分を考案するということ。
そして、そのデザインを主が選定し、最終的に最も完成度の高いデザイン案を採用し、正式な騎士甲冑とする。
これが、はやてのアイデアだった。
「しかし、我々にデザインをしろ、などと……」
「自信が無いのは私も同じや!」
はやてはそう言って、困惑するシグナムを励ました。胸を張って言うことでも無いのだが。
「でも、なんだか面白そうじゃねーか? アタシらが着る甲冑を、アタシらが決めるなんてさ!」
そう言って、ヴィータは早速乗り気になっていた。
忠誠だの儀式だの、そう言った堅苦しいことが嫌いな彼女らしい意見だ。
これまで主に決められた甲冑を押し着せられていたことに、かなりストレスを感じていたのだろう。
「私も賛成! どうせなら、好きなデザインの甲冑を着て戦いたいじゃない?」
四人の中では一番、お洒落に興味のあるシャマルも面白がっていた。
デザインが防御力を決めるわけではないのだから、いかにも騎士らしいプレートアーマーではなく、ドレスなんかを着て戦いたい。
常日頃からそう思っていたシャマルには、この提案は願ってもない機会だった。
「む、しかし……」
「まあ、いいではないか」
尚も渋るシグナムを説得し始めたのは、以外にもザフィーラだった。
この守護獣は今、人型形態のまま夕食に参加し、騎士や主とテーブルを囲んでいる。
これは、はやての『狼は狼でイケメンさんやけどな。でもな、人の時の凛々しい面構えが素敵なんや』という発言が理由で、出来る限り人間形態でいようと決意したからだ。
「シグナム。これは我らにとっての好機だ」
「好機? ザフィーラ、お前までヴィータやシャマルのような」
「よく聞け」
ザフィーラはシグナムの反論を強制的に封じた後、その耳に口を近づけ、小声で何かを告げる。
するとシグナムは、はっと気づいたような顔をして、それから数秒間、唇を微かに動かし、何かもごもごと喋りながら顔を俯けていた。
そして、不意にその顔をガバっと上げた。
はやてが見たその目はギラギラと光っていて、烈火の将にふさわしく、火の噴き出るような熱意に溢れていた。
シグナムははやてに向かい、声を張り上げ、精一杯に訴えた。
「やります! 烈火の将シグナム、誠心誠意やらせて頂きます!!」
それと同時に、食卓をしたたかに叩いたものだから、空の食器がガラガラと音を立てた。
そして、今まで賑わっていた空気が、すぼんだ風船のように縮こまり、冷めていった。
シグナムの余りにも強い気迫に、火をつけたザフィーラ以外の皆が皆、呑まれてしまったのだ。
「あ、う、うん、まぁ、頑張ってな、シグナム……」
自信たっぷりに言い出したはやての方が、今ではすっかり低姿勢になっていた。
シグナムの豹変に驚いたシャマルは、ザフィーラに問いかける。
「……ザフィーラ、一体シグナムに何を言ったの?」
「この提案によって、我らが何を為せるか。まだシグナムは気づいていないようだったからな」
その答えに、成る程、と納得するシャマル。
シャマル自身もそうだが、思えばヴィータもザフィーラも、『それ』を第一の目的にして、はやての案に賛成したのだろう。
シグナムだって『それ』に気づけば、賛成するのもやぶさかでない、それどころか、賛成するしかないはずだ。
「皆も、それでええか?」
「おう!」
「決まりね。頑張っちゃうんだから」
「腕が鳴るな、シグナム」
「そっ、そうだなザフィーラ。一筆入魂の心構えで行くぞ!」
それぞれに気合を見せるヴォルケンリッター。
何やら不穏かつ不自然な所も見受けられたが、とりあえずはこれで問題ないはずだ。
はやては、ふう、と溜息をついた。
後は、細部を決めるだけだ。
アイデアの提出は明日の朝。それから、はやて一人で選考を行い、その日の夜には決定し『闇の書』へ入力することになった。
そして、ごちそうさまの挨拶をした後、シグナム、ヴィータ、ザフィーラは直ぐに、シャマルは食器洗いを終えてから自室に直行した。
どうやら、直ぐにでもアイデアを出して、固めたいようだ。
(まぁ、何だかんだ言うてもこれで一安心や。私の出すヲタ臭いデザインよりも、皆の着たい物を着せてあげたいからなぁ)
皆のやる気を確認し、はやても上機嫌でベッドルームに行き、録画したアニメの消化にかかっていった。
しかし、はやては、とてつもないことを見落としていた。
自分が騎士たちに勧めた作品のことを。
彼らの尋常ではないハマりっぷりを。
――そして、なりたてのオタクの妄想ほど、痛々しいものは無いということを――
一日後。
四人からのデザイン案を受け取ったはやては、早速勉強机の上でそれらを覗き――絶望した。
まず、一枚見ては顔を青ざめて。
二枚目をめくれば更に頭をくらくらさせ。
三枚目を除けば頭痛が止まらなくなり。
四枚目に至っては吐き気すら覚える。
(ダメや……これはアカン……)
はやては思った。
私は、騎士たちを過大評価しすぎていたかもしれない。
自分より遥かに永い生を生きて、幾多もの世界を巡ってきた彼ら。
ならば、自分よりも含蓄のある意見や、経験を生かしたアイデアを出してくれるのではないかと、はやては期待していた。
しかし。
今ここにある書類四枚は、はやての期待を完璧に裏切るものだった。
「こんなん……こんなん……」
次に覚えたのは、怒り。しかし、それは騎士たちに向けられたものではない。
彼らは一生懸命やってくれた。
何回も書き直し、ボツにした案の紙くずで埋まったゴミ箱を、はやては見たことがある。
そんな彼らを責めることは出来ない。
ならば、自分への怒りか。
どんな効果をもたらすかすら予想できず、騎士たちに『それ』を勧めてしまった、自分のミスに対するものか。
どちらでもない。
何処へも向けられず、ただ沸々と湧き出るばかりの、理不尽な怒り。
しかし。この怒り、この理不尽、吐き出さなければやっていられるものか。
手は震え戦慄き、ぴくり、ぴくりと眉が動き、青筋が立つ。
ムカムカする気持ち悪さが限界に達し、はやてはその口から溶岩のような怒気を、叫びに変えて吐き出した。
「まぁぁぁぁぁぁんまやないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
そう。はやてが今、怒りとともに握り締め、くしゃくしゃにした四枚の紙。
そこに書いてあった甲冑の案は。
どうみても、『そのまんま』だったのだ。
「先ずはヴィータ! フリフリは似合う、ロリには似合うしカッコ可愛いしポイント大、そこは良し!」
その勢いのまま、はやては熱烈と語り始めた。
一回握り潰した紙を広げて、ヴィータの甲冑案をばんっと指差す。
勿論、部屋には一人きり。聞く人もない独演会だ。
しかし、論調はいきなり最高潮でヒートアップ。
そのまま両足以外のすべての部分を動かし、車椅子からずり落ちるくらいの身振り手振り。
「でもなぁ! 何もシグナムやシャマルにまでフリフリゴスロリミニスカートやらせんでもええやろがぁ!」
ヴィータが出したデザイン案は、某肉体戦闘系魔法少女のデザインをそのまま引っ張りだしたものだった。
それだけならまだいい。少なくともヴィータには似合う。
しかし、シグナムやシャマルがそれを着たら?
可愛いとか萌えとかよりも、先ず最初に『年甲斐もなく』という感想が表に出てきてしまう。
それもまだ、許せるかもしれない。世の中にはそういうギャップに萌える輩も存在するのだから。
しかし。
しかし。
「大体なぁ、一つだけデザインがあって、『四人全員これ!』と書いてるってことはなぁ、あれか、ザフィーラもその中に入っとるっちゅうことか!?」
筋骨隆々のイケメン男子が着るゴスロリ戦闘服。
ておあーと叫び、バリアを突き破る鉄拳。
他の三人の盾として活躍する、縁の下の力持ち。
ただし、ぴっちぴちのゴスロリ戦闘服。
「あり得へん!」
はやては一言で切って捨てた。
詳しく妄想すると、脳内が焼き切れるような、劇薬だったからだ。
ヴィータに関してはそこまでで止めて、はやての弁舌はシャマル案に向かった。
「シャマルは……うん、シグナムに男装軍服が似合うのはまだ分かる。いや、よう分かる」
シャマルの案には、四人それぞれ別のものが書かれていた。
シグナムのは、18世紀風の軍服がモデル。
華美な装飾や勲章がついている以外は、シグナムによく似合う凛々しい服だ。
「でもなぁ、シャマル。一つ言いたい。コルセット付けて戦闘するつもりなんか!?」
問題なのはシャマル自身の服装だ。
リボンやフリルをふんだんに使い、クラールヴィントを宝石代わりに散りばめたドレスは確かに綺麗だ。
しかし、その内装が骨木を使ったコルセットであっては、戦闘に支障が出るのではないか。
確かに戦闘などさせないつもりなのだが、あくまで騎士甲冑としてデザインするのであって、そういう華美過ぎるのはどうだろうか。
「それに、二人に気合入れすぎて、ヴィータとザフィーラがちょっと残念な感じになっとるし……」
おそらく、自分とシグナムをデザインした時点で力尽きたのだろう。
いかにも少女漫画チックな絵で、幾つもの方向から書かれているそれらと比較して、ヴィータとザフィーラのは一枚のみ、しかもシグナムの使い回しの軍服だけなのだから。
いくらなんでも贔屓が過ぎるというものだ。
「さて、次はザフィーラ……まあ、一見するとまともやな」
ザフィーラがモデルにしたのは、勿論某世紀末格闘漫画。
様々なタイプのキャラが出ているので、引用元には困らなかったらしい。
村娘みたいなヴィータ、凛々しい女戦士のシグナム、薄幸の慈母シャマル。そして、拳闘家ザフィーラ。
少々元ネタに寄りすぎてはいるが、十分通用するデザインだ。
「それだけならええんやけど! 『魔力を込めると破れます』ってどういうことや! それで甲冑のつもりか!」
恐らく、気合を込めると服が破れる演出を真似しようと思ったらしい。
はやてにも理解は出来る、たしかにあれはかっこいい。
但し、それは『男』だからこそ許されるのだ。
けして『女』がすべきことではないというのに。
「なぁにが『何処何処の部分を秘孔のように突くか、特定の魔力波動を腕に込めてシャオっと割けば破れます』や! サービスシーンのつもりか! このむっつりスケベ!」
ザフィーラがあの漫画から学んだのは、強敵同士の友情と、熱い絆だけでは無かったようだ。
あの漫画の過激なサービスシーンは、純情だった守護獣には刺激が強すぎたらしい。
すっかり影響されてしまって、もはや只の獣と化してしまっていた。
そのスケベさに怒りを抱いたはやてだったが。
「……でも、サービスシーンはロマンやからなぁ。服ビリビリで全裸になるシグナム……おっぱい……あ、あかん! えっちなのはいけない! それ以上いけない!」
と、一瞬思ってしまう限り、本質的には同じ穴のムジナと言うべきかもしれなかった。
「さて、最後はシグナム……なんやけど……」
これが一番ひどかった。
なまじ本人が真剣にやっているせいで、思わず目を背けたくなるようなものに仕上がってしまっていた。
持っているだけでも、フルフルと手が震えて、くしゃくしゃに丸めたのを広げたくなくなってしまう。
後に本人が見れば、間違いなく黒歴史として封印されることだろう。
「これは……な……何も言いたくない……言いたくないけど……」
しかし。なればこそ、はやては弾劾者とならなければならない。
この海鳴の地で、烈火の将が犯した史上最大の罪を、隠し通す訳にはいかない。
悲壮なる決意を持って、はやては紙を広げ、震える指先を押し当てた。
「シグナム……どうして……どうして皆全身覆面タイツ何やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう。シグナムが出してきた案は、どう見てもあの蜘蛛男。
あの独特なマスクとタイツ状のユニフォームを、なんと全員に着させるつもりだったのだ。
「ザフィーラすらがっちりしすぎてて似合わん! でもかろうじて認めは出来る! しかしなぁ、ばいんばいんのシグナムとシャマルが着てみぃ! 痴女や! 何処に出しても恥ずかしい痴女の出来上がりや!」
大体、ポニーテールが組めるほどの長い髪をどうするつもりなのか。
其のような細かい面についても一切考慮されていない。
ただ自分が着たいだけ、というどうにも考えなしの案だった。
「……あー、どないしよ」
すべての案に突っ込み終わって、後に残ったのは虚脱感と疲労だけ。
まさか、自分の勧めた作品に、ここまでハマってくれてしまっていたとは。
はやてにとっては存外の喜びだったが、それと同時に悩みも尽きない。
どうする。こんなパクリと下らなさに溢れたデザインを採用する訳にはいかない。はやてのオタク魂にかけて。
これなら、自分が考えたデザインのほうが、自重が効いている分まだマシだ。
「……」
しかし、今更それでは、何のためにここまで無茶をしたのか分からないというものだ。
頭を抱えて、思い悩むはやて。
その視界に、今回の事件の根源たる、魔導書が映ったその時。
「……そや! その手があった!」
今度こそ、本当の名案を閃いたはやては『闇の書』に何かを吹き込んだ。
そして、書はそれに応じるかのように白く光り、守護騎士システムを更新していった……。
「『グラーフアイゼン』!」
「『レヴァンティン』!」
「『クラールヴィント』!」
「はぁぁぁぁぁっ!!」
ザフィーラ以外の三人はデバイスを起動し。ザフィーラは気合を込めて、与えられた騎士甲冑に変身した。
眩い光の中から現れたそれは、甲冑と洋服を融合したようなデザインをした、騎士服と言うべきものだった。
そのどれもが、四人のイメージにピッタリのものであり、可愛らしさと美しさ、そして凛々しさを同居させた佇まいになっていた。
「結局、はやてちゃんの案に落ち着いたんですね」
「ま、まぁ、そういうことや、ゴメンな。皆頑張ってた……うん、頑張ってはいたんやけど、な、な!」
冷や汗をかきながら、はやては答える。
実はこれ、はやてが考えたものではない。
何も考えずに決定したはやてに対し、『闇の書』が勝手に考えついたものだった。
まさか、何も考えないで決めたとはいえ、全裸にして放り出す訳でもないだろう。
そう予想して、ダメ元で実行したら、以外にもまともな騎士服が出てきた、ということだった。
ちなみに、今のはやてには知る由もないことだったが、このデザインは『闇の書』の中にいる管制人格が作ったものだった。
「み、皆、何か不満とかあらへんか?」
この騎士服に対して、騎士たちに不満は無いようだ。ヴィータだけが若干残念そうな顔をしていたが、他は概ね納得してくれている。
「い、いえ! 私の案など、その……あの……」
(大丈夫やよシグナム、騎士の情けや、絶対言わへんから)
シグナムは、提出してからしばらくして、ようやく自分の案の無茶苦茶さに気づいたようだった。
顔を茹で蛸のように顔を真っ赤にして恥じ入っている。
恐らく、ある時はっと気がついて、それからずっと恥ずかしさに悶えていたのだろう。
いわば、厨二病に気づいた学生だ。
デバイスを展開し、まともな騎士服を着た時には、涙がでる程ホッとした顔をしていた。
そんな可哀想過ぎる姿を見て、はやてはあのデザイン案をシュレッダーにかけ、永久に封印することを決めたのだった。
但し、ザフィーラのだけは除いて、後で冷蔵庫に磁石で貼っつけてやる、と心に誓いながら。
後日、胸に七つの傷を付けられた犬耳の男が、上半身裸の血塗れで八神家の庭に放置されていたのは、これもまた、別の話。
お疲れ様でした。
なんかもう段々暴走しすぎてるよこいつら。
ザッフィー好きだけどなんか酷いことになってるし。