「我ら、夜天の主のもとに集いし雲、ヴォルケンリッター、なんなりとご命令を」
6月4日午前0時からたっぷり6時間。今朝も気持ちいい目覚めを迎えた八神はやての目の前に、ピンク色のポニーテールを凛々しく整えた女性が立っていた。
ヴォルケンリッターのリーダー、烈火の将シグナムだ。
ちなみに、その他の三人、ヴィータ・シャマル・ザフィーラは、一階のリビングで待機している。
流石に四人揃ってずっと一部屋に立ったままいるのは無理があったので、代表としてシグナムだけが、主の部屋で待っていたということだ。
「貴女は、いえ、主は、闇の書の主として選ばれました。よって、我らヴォルケンリッター、誠心誠意主の側でお仕えさせていただくことになります」
はやてが彼女の姿を見て、言葉を聞き、事情を受け取るまで、たっぷり5分間はかかった。
それでも、だいぶマシな方だ。場合によっては、突飛で愉快な夢の続きなのかと解釈して、また布団の中へ逆戻りする可能性だってあるのだから。
どうしてあるがままを受け入れられたかというと、やはり、日頃見ているアニメや漫画のお陰なのだろう。
ある日、本棚の本から謎の精霊だかカードだかが出て来る作品は、はやての知る限り結構な数が存在する。
ファンタジーを扱う作品にとって、いつも側にあるものが実は魔法や異世界に関わるものだった、というケースは、言わば定石の一つなのだ。
はやては目を向ける。今、シグナムの横で、自分に表紙を向けてふよふよ浮いている本を。
『闇の書』と呼ばれるその本は、はやてが幼い頃、両親を失う前からこの家にあった物の一つだ。
だから、はやてはそれを両親の形見のように思って大切にしていた。
そんな本が、まさか魔導書だったとは。確かに、鎖で繋がれるという、本にしては大仰な外装をしていたが。
「……なにか、証拠を見せてくれへんか? ほら、確か魔法が使える、言うんなら、それとか」
「証拠、ですか。ご自覚がお有りで無いようでしたら……そうですね」
シグナムが目を瞑り、その足元に三角形の魔法陣が現れる。
そして、シグナムの周囲に炎の渦が立ち上った。
熱気がはやての髪を靡かせ、肌にもその熱さがはっきりと感じられた。
それは、この不可思議な現象が、紛れも無い現実で有ると分からせるには十分だった。
「これで、お分かり頂けたでしょうか」
「………ふひっ」
はやてのお腹の奥から、変な笑い声が出た。
今起こっていることが、紛れも無い真実であるとすると、煮えたぎった熱い感情が湧き出してくるのだ。
今更、これが夢だと思い直す必要もない。現に、その騎士とやらはここに居るではないか。
いつも自分が考えていた、妄想していた事が現実になる。
『オタク』にとってそれは、正に叶わぬ望み。しかし今、それが実現している。
「……う、ふふふふふ、ふひぃ、ひぃ、ひひひ………」
「……あ、主?」
笑いはますます大きくなり、はやては腹と口を抑えながら、上半身を折り曲げて苦しさすら見せている。
長い間、様々な主の元を渡り歩いてきたシグナムも、流石にこのような反応を見せられると狼狽せざるを得ない。
直立を崩して、そうっと主の元へ歩み寄ったその時。
「いぃぃぃぃぃぃ……ヤッターーーーーーー!!!!」
「ッ!?」
はやては両腕を振り上げて、喜色満面で叫んだ。その声と目の前を通過した拳に驚き、シグナムはびくぅ、と慄いて飛び退く。
その仕草だけでは喜びを表すのに足りないらしく、はやてはそのまま布団の上に倒れこんで、それからゴロゴロと転がり出した。
「本当や、ほんまもんのファンタジーがやって来たんや! あははははーーー! 三次元も案外捨てたもんやあらへんなぁ! 奇跡も魔法もホントにあって、きっとこれからハチャメチャが押し寄せてくるんや! どないしよ、あーどないしよかー! あは、あははははー!」
と、このようなことを転がりつつ、更にはベッドからはみ出して。ひっくり返って落ちながら尚も喚いているのだから、傍目から見ているとまるで狂っているようにしか見えない。
シグナムは、主の奇行にすっかり飲まれてしまい、彼女としては珍しく慌てふためいていた。
これが本当の主なのか、闇の書のシステムに確認したり、下の階でシャマルに涙目で念話を送ったりしていたが、その内容はてんで支離滅裂なものだった。
『シャマル! 主が、主の気が違って、いや、お喜びになって、ってそもそも、あれは主なのか? あんなのが? 答えてくれシャマルゥ!』
『シ、シグナム落ち着いて! ちょっと訳がわからない! わからないから!』
『わからないのはこちらの方だッ!!』
『逆ギレ!? ちょっと、もう、貴女らしくないわよ!』
「……なーにやってんだろうな、上で」
「さぁな……」
上の階から聞こえる、恐らくは主のもので有るだろう幼い狂喜の声と。
念話故言葉を話すこと無く、それでも表情をくるくると回しながら怒っているシャマルを見て。
鉄槌の騎士と守護獣は、これからの騎士生活に思いを馳せ、溜息を吐いた。
数時間後。
ようやく落ち着いて現実世界へ帰ってきたはやては、同じく混乱から脱したシグナムと一緒にリビングへ降りて、他の守護騎士たちとも対面した。
「いやぁ、見てるとホンマに粒ぞろいやなぁ、ロリに巨乳さんにお医者さん、筋骨隆々な犬耳お兄さんとか、男女問わないオールレンジやないの」
「主……何をおっしゃっているのですか?」
「ああ、いや、こっちの話」
一番ひねくれた言い方をしたザフィーラに問われて、はやては慌てて誤魔化す。
「それで、その『闇の書』については、シャマルが言うてくれた通りのもんで間違いないんやろか」
「はい。 魔導師から魔力と魔法を集めて、主に強大な力をもたらす魔導書。それが主の持つ『闇の書』です」
「ほほー……この本が、なぁ」
はやてが手に取ってみると、確かに普通の本とは少し違う、魔力の波動のようなものを感じた。
『闇の書』に付属する守護プログラムがヴォルケンリッター。
それは、リンカーコアという魔力の心臓を持つ自分を探知して、そこに『転生』したのだという。
彼らの力を借りて、魔導師から魔力とその資質を蒐集し、『闇の書』を完成させる。
そうすれば強大な、それこそ、世界を左右出来るほどの力を得ることが出来るのだ、とシャマルは説明していた。
「………ふぅん」
強大な力。
自分の体さえ満足に御することのできない自分に、力が宿る。
「それを使えば、例えばこの足、病気なんやけど。それだって、治せるんやろか」
「主がそれを、お望みであるならば」
シグナムはその問いに、確信を持って答えを返す。
はやてはちら、と自分の細い両足を見て、それから、目の前にいる騎士四人を、そして、浮かぶ『闇の書』を見た。
不完全な状態でも、人間四人を現出させるほどの物だ。もし完成すれば、はやての病気を治すことくらいは容易なのだろう。
納得できる話では有るし、興味が無いと言えば、それは嘘になる。
そして、この固く重い両足が動くのならば、それは、とても楽しく、素晴らしいことなのだ。
――しかし、本当にそうなんやろか?
幾つもの作品を見て、衝撃的などんでん返しを何度も味わい。
時には裏設定のようなものを見て、自分の目で見て、劇中で分かる以外にも、様々な事実があることを知り。
物事や物語には必ず『ウラ』があることを理解していたはやては、少しだけ疑いを抱いていた。
「でも、なぁ……」
「……まだ何か?」
「いや、もう聞くべきことは聞いたんやけどな。なんか、こう、引っかかるというか、何というか」
落ち着いて考えてみれば、この事態には謎が多すぎる。
まるで、アニメの第六話の10分間ぐらいを切り取った、そんな不完全でいい加減な場面だけを放り投げられたような感じだ。
はやては、不思議なこと、分からないことを、どうしても放っておけない性格だ。
オタクになる前のはやてなら、そのまま放っておく選択をしただろう。
しかし、オタクとしての探究心が、はやてをそう変えたのだ。
だから、車椅子の上で腕を組んで、『闇の書』とは何なのか、考えることにした。
「ちょっと、考えさせて? 皆がどういうもんなのか、『闇の書』いうのをどう使うべきか、まだ分からへんから」
「んだよッ!うじうじ迷うな!」
疑いを検証するため、思いにふけるはやてへ向かって、守護騎士の中でも一番年少の姿をしている、ヴィータが噛み付いてきた。
シグナムとシャマルが慌てて止めるものの、お構いなしに、自分より少し背が高いくらいの幼い主に対して叫ぶ。
「どーせお前も、アタシらのことを道具にするんだろ?」
「おい、ヴィータ止せ! 主の御前だぞ!」
「うるせー、黙ってろシグナム! さぁ、さっさと命令しろ! 何処に行けばいい? 蒐集するのはどいつだ? どいつをぶちのめせば良いんだ?」
そのヴィータの言い様に、はやての疑問はますます深まった。
『どうせお前も』という言葉は、『闇の書』に、はやて以外にも何人かの主が過去に存在したという事実を表している。
では、彼らは果たして『闇の書』を完成させたのか?
答えは否だ。
なぜなら、もしこの『闇の書』に、既に強大な力とやらが宿っているのだとしたら、先代の所有者が、それを誰かに渡すというのは考えにくいからだ。
『力』を持った人間は、大概はその力を二度と離すまいとする。
誰かに奪われたり、それが無くなったりすると、自分の元へ取り戻そうと必死になる。
はやてが画面の中で見た正義の味方も、悪の組織も、自分が持つ『力』に関しては、人それぞれの理由で、強い執着心を持っているものだ。
そして、例えその先代が亡くなっていても、その所有物は普通、親から子へ受け継がれるはずだ。
もしくは、時の権力者や野心を持つ人間が、血眼になって探し求めたり。
赤か緑かピンクのジャケットを着た大泥棒とか、つばの広い帽子を着た考古学者とかの目標になったりするだろう。
例え『闇の書』のようなファンタジーが、こうして現実に存在していても。
はやてのような、魔法の『ま』も知らない一般人に、この本が回ってくる可能性はゼロに近いのだ。
さて、『闇の書』がこれまで完成を見ていないのならば。
どうして『強大な力を持つことが出来る』と証明出来るだろうか?
「あたしらはな、闇の書の騎士だ。主の騎士だ。主がページを集めるための道具だ。だから、道具は道具なりに、立場わきまえて、好き勝手に使われてやる、って言ってんだよ! そうやって迷うような、中途半端な優しさなんて、いらないんだ!」
「ヴィータ、それ以上は止めろッ!! 貴様は、主を侮辱しているのだぞ!」
そして、第二の謎。
『闇の書』が代替わりをしたのなら、どうしてこの騎士たちの記憶が消えていないのか。
戦闘経験や習得した知識なら兎も角。
もし、先代の主が、理不尽にもこの騎士たちに辛い思いをさせたのなら、その記憶は消去されて然るべきだ。
何しろ、そんなギスギスとした軋轢は、障害にしかならない。
現に、記憶を消去されていないヴィータは、はやてに対して最初から反感を抱き、こうして罵声をぶつけている。
ヴォルケンリッターがプログラムで有るならば、それを書き換えることだって出来るはずなのに。
こんな不都合を生むだけの記憶など、要らないと判断して、消すことは出来ないのだろうか。
「主、申し訳ありません。ヴィータ、もう暴れるな」
「だぁっ、ザフィーラ、離せ、持ち上げんな、おい、離せよッ!」
ついに見かねたザフィーラが、ヴィータの両腕を捕まえ、はやての元から離しても。
はやては目を閉じて、一人きりの世界で考え込んでいた。
「…………いや、せやったらこうで…………うん、でもそれはやっぱり…………」
「主?」
「どうしたんですか?」
「……おい、なんとか言えよ、おい! ……? おーい……」
その静止に、シグナムやシャマルだけでなく、シグナムの胸の前で尚も暴れていたヴィータも戸惑った。
今まで、闇の書について聞いた主が取る行動は、大きく分けて3つ。
書を使い、好き勝手に暴れる。
危険なものだとして封印しようとする。
都合のいい手駒だと認識し、利用する。
この主の、騎士たちが話したことを鵜呑みにせず、それが本当かどうかを考えるという行動は、どのパターンにも当てはまらなかった。
「………皆。ちょう聞きたいことがある」
しばらくして、はやてが騎士たちに問いかけた。
彼らは揃って、主の言葉に耳を傾けている。
ヴィータも今は落ち着いて、シグナムの膝の上に座りながら、半分睨むような目ではやてを見つめていた。
「皆は『闇の書』が完成するとどうなるか、知ってるか?」
「はい。完成した『闇の書』は、今まで蒐集した魔力資質を全て備えた、強大な力を……」
「そないな知識じゃなくて。実体験として、完成した『闇の書』を、見たことはあらへんか?」
はやてがそう言ったとたん、四人全員が言葉に詰まる。
考えてみれば。『闇の書』を完成させるという使命があるのだから、歴代の主たちの下でも、騎士たちはそれに励んできた。
その結果、どういう結末を迎えたのか、それだけが、すっぽりと記憶から抜け落ちている。
一体これはどういうことか?
まさか、なあなあで終わって、次の主の元へ転送される訳ではないはずだ。
成功するなり、失敗するなり、何らかの形で結末が訪れなければおかしいのだが、思い出せない。
自分たちがどうなったのか。『闇の書』が本当に完成したのか。
今や、はやてだけでなく騎士たちも、おぼろげながら疑問を持ち始めていた。
「申し訳ありません……我らには、皆目、見当がつきません」
「見当がつかへん、ってことは、完成したことが無いってこと? それとも、忘れちゃったのやろか?」
「後者、だと思います。私達は以前も『闇の書』の蒐集を行なっていましたが……途中で、記憶が途切れているんです。二人も、そうよね」
「うむ。不思議に思い出せない場所がある」
「アタシも……なんか、改めて考えてみるとさ、とっても大事なことを忘れてる気がするんだ」
四人それぞれの言葉を聞いて、はやては続ける。
「ということは。例え私が皆に命令して、『闇の書』の魔力集めて完成させろー言うても、最終的に何が起こるかは分からない、ってことになると、そう思わへん?」
「ええ、確かにそうですね……」
「私の足が治る確証もあらへんし、強い力がどうなるかも不明や。ひょっとすると、皆の記憶が消えた先に、何か恐ろしい罠があるのかもしれへん」
「成る程……」
「アタシらの記憶は、それを隠すために消されたってことなのか?」
「そう。誰がどんな目的でやったのかまでは分からへんけど、わざわざその人の思い通りに、私たちが動く必要もないやろ」
ヴォルケンリッターの四人は、この主の言葉にすっかり呑まれていた。
分かっているはずの真実、行き着くはずの帰結が、たった数分の会話で崩されていく。
その事に気付かされた時、四人は初めて、この幼い女の子が『闇の書』の主である事に感謝した。
前までのように、蒐集を繰り返し、他人を傷つけ、罪を繰り返す。または、封印され、無間の苦しみに苛まれることが、無いのかもしれないからだ。
「お見事です……我らが永き転生を経て、尚も気づかなかった事を、見抜いてしまうとは」
「流石は我らが主。幼いながらも見事なご賢察。このシグナム、感服いたしました」
ザフィーラやシグナムの、時代がかった言い方に、はやては赤面しながら慌てて否定する。
「あはは。只の考えすぎかもしれんけどな。何かをする時には、用心するに越したことはないと、考えとるんや」
「成る程、しかし、何故そのような?」
「まぁ、よくある設定なんよ。強大な力には、何か思わぬ落とし穴があって、それで主人公の身に悲しいことが起こる、っちゅうのはな」
「設定?」
その一言をシグナムが発した途端、はやての目がきゅぴーん、と閃いた。
そして、何故かシグナムの脳裏に、主の目覚め直後の惨状がフラッシュバックした。
歴戦の勇士としての勘、危機感知の第六感が、悲鳴を上げている。
不味い。何か自分は、眠れる虎の尾を踏んでしまったようだ、と。
しかし、もう遅い。
スイッチの入ったオタクほど、厄介なものはないのだから。
「そう! 例えばこの漫画な、主人公がスーパーパワーを手に入れて有頂天になってた時に、育ての親の伯父さんが……」
はやての両手にはいつの間にか漫画本が握られており、それはシグナムの眼前へと差し出されていた。
何処から取り出したのか、ふと見ると、リビングの本棚に一冊空きが出来ている。
しかし、それははやてのいる場所よりずっと遠くにあり、瞬間移動を使うか、両手を伸ばしでもしない限り、届くはずはないのだ。
「……それでな、主人公は後悔して、力に対する責任を果たすために正義の味方になったんやけどな? そこからがもう苦労の連続で……」
「分かりました、分かりましたから!」
何とかして、これ以上の暴走を押し留めようとしたが。
今度ははやての方からそのお喋りを停止した。
「主?」
「……ぁー、あかんて、あかんよ八神はやて、そうやって熱く喋っちゃうとかえって引かれるって、どっかに書いてたやん……反省しなくては!ってなー、うん……」
「………あのー、主?」
一転してしおらしくなり、ブツブツと独り言を言い始めたはやて。
シグナムは、なにか悪い事をしたような気になり、今度はどうにかして励まそうとした。
しかし、如何せんシグナムは、騎士一徹の女だ。その語彙から、こういう時のための上手い言葉が出て来ない。
お互いどぎまぎしている内に、はやてがようやく落ち着いて、改めて漫画を差し出してきた。
「でな、シグナムにも、これ読んで欲しいんや」
「これを……?」
「『漫画』っちゅうんやけど。知らない?」
「マンガ……」
「読めるかな? 日本語やけど、皆いかにも外人さんっぽいし」
受け取ったシグナムは、ペラペラとページをめくる。
派手なカラーリングをした男が、蜘蛛のように糸を使い、いかにも悪そうな男を倒しているシーンが出てきた。
その絵には吹き出しがあり、その中に書いてある言葉を、シグナムは自身の翻訳魔法を通じて読むことが出来る。
「……えぇ、読めます。理解出来ます」
「良かったぁ、なら、最初から読んでもらって、面白かったら続きもあるからな?」
「……はい。ご下命とあらば」
つい、いつもの癖でそう言ってしまったシグナムだが、次の瞬間、はやての申し訳なさそうな顔を見て、それを激しく後悔した。
「あ、いや別に読まんでもええよ。ええけど……面白い、面白い、から」
『ちょっと、シグナム! 忠誠心もいいけど、主はそんなつもりで勧めたんじゃないと思うわよ』
『分かっている……今、言い直す』
仲間からも突き上げられて、シグナムは慌ててはやてに向かい、言った。
「いえっ! 騎士ではなく、シグナムとして……はや、あ、主、はやての勧めてくださった本、読んでみます」
「ホントかぁ! うわぁ、嬉しいなぁ……」
はやてがこうも大きく喜ぶのも、無理は無い。
自分の好きな、面白い作品を誰かに勧めることなど、はやてにとっては未だかつて無い、始めての経験なのだ。
そして、兎も角マンガを渡し、読んでもらえた。
はやてにとっては、強大な力よりも、護ってくれる騎士よりも、自分の趣味を分かち合える『友達』が欲しかったのだ。
ここに居るヴォルケンリッターは、その『友達』になってくれるのかもしれない。
それだけで、『闇の書』の主になったかいが有るというものだ。
「そや、シグナムだけやとズルいやろ? 皆にも一つづつ、オススメを見立てたげるっ」
そう言って、はやては車椅子をターンさせ、物置を開き、その中にあるマンガや箱を探しまわる。
はやてが彼らについて知っているのは、容姿と、少しばかりの性格だけだ。
もしかすると、所謂地雷を勧めてしまうかもしれないという危険。
しかし、その程度ではやては止まらない。
「ヴィータちゃんには、これ!」
「何……あ、いや、なんですか、それ?」
さっき怒鳴り込んだ時のような砕けた口調で話しかけようとしたヴィータだったが、シグナムに睨まれ、慌てて付け焼刃の敬語を使った。
それをやんわりと押し留めながら、はやては黒い箱のような物を渡した。
ビデオである。これは、はやての父親が、幼いはやてのために録画したものだ。
ただ、それこそまだ母親の乳を飲んでいた赤ん坊の頃の話だから、はやてはそれを覚えていなかった。
しかし、物置の奥からそれを掘り出して以来、はやてはそれを何回も見返していた。
父親が残したものであるからというのもあるが、何と言っても面白かったからだ。
「これは、ビデオ言うてな。映像を録画したり記録したりするものや。で、この中に入ってる作品なんやけど、多分ヴィータちゃんくらいの子供が好きそうな作品やから……」
「こ、子供じゃねー!……です」
「まぁまぁ、大人の人が見ても、面白いって評判やから。見る方法は後で教えたげる」
次に、シャマル。
はやては、文庫サイズの本を棚から取り出した。これも、母親が昔読んでいた、少女漫画だ。
「これ、少女漫画。シャマルは、恋愛とかそういうの好きやろ?」
「ふぇっ!? 主、どうしてそれを……」
「なんかなー、そういう感じがしたんよ。で、これなんやけど、もう青春真っ盛りやから、きっと気に入ると思う」
「へぇぇ……分かりました、読んでみます」
ザフィーラには、ヴィータにあげたのとはまた別のビデオを紹介した。
これは、ザフィーラの体躯を見てから、これしかない! と想像したアニメだ。
「格闘……ですか」
「そや、漢同士の熱い戦いと絆がメインのアニメ。興味あるやろ?」
「戦いと、絆……」
その言葉の響きの中に、何かを感じたザフィーラは、そのビデオをそっと受け取った。
「私はまだ『闇の書』が何かも、皆がどうして来たのかも分からへんけど。一つだけ分かることがある。それは、主として、皆にも、私がもらった感動を、分けてあげなきゃあかんと言うことや!」
漫画や、アニメを知ることで、はやては一人きりの時間に耐えることが出来た。
痛くて辛い治療も、果てのない寂しさも、その楽しさで乗り越えていった。
だから、今度は、この四人に。
ヴィータがあそこで激発したのは、『闇の書』の騎士として、きっと普通に生きる事を知らず、自分以上に辛い目にあってきたからだ。
そんな苦しさと悲しみを、自分と同じ方法で、きっと自分みたいに0にする事はできなくても、少しだけでも和らげてあげたい。
それが、主として、友達として、自分が出来る数少ないことの一つなのだ。
はやては、そう考え、決意していた。
そして、数日後。
「スパイディ……例え理解され無くとも、人のために戦い続けるか……なんと、悲しい……」
「プリキュアかっけぇー! アタシも、こうもっとド派手に戦いてぇなー!」
「あぁ……どうして二人共、幸せにはなれないの……革命なんて、戦争なんて……」
「世紀末の世に、強敵、と書いて、友か。私のような単なる獣に、そんな素晴らしい存在が、見つかるのだろうか……!」
八神家に立派なオタクの卵が4つ生まれることになるのだが、それはまた、別の話。
お疲れ様でした。
オタク的なハングリー精神を持ったはやてちゃんによる名推理。
真実から逆算して書いてるだけなんで、読んでる側からしたらご都合主義のチート思考になっちゃってるかもしれません。
こういうのを知らない側の視点から読み取って検算するのが凄く難しいのです。