進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第八話 トロスト区奪還作戦②

 

 戦闘準備を終えたリィン達104期訓練兵は巨人が徘徊するトロスト区へと舞い降りた。

 ウォール・ローゼの連絡扉付近には大量の巨人が蔓延っており、その事実がどうしようもない絶望を彼らの心に植え付けてしまっている。人類の滅亡は避けられないとでも言いたげな、そんな雰囲気がトロスト区中に充満している。

 サシャと再会の約束をしたリィンは現在、エレン=イェーガー率いる第34作戦班としてトロスト区の中腹付近にいる。何故エレンよりも順位が高いリィンが班を率いていないのかというと、それはリィン自身がエレンの方がリーダーに向いていると判断したからだ。適材適所と言うヤツだろう。

 今回の作戦目的は至って簡単。迫りくる巨人を迎撃し、内壁を越えられないようにする。どれだけの犠牲を払っても成し遂げなくてはならない、彼ら兵士のごく当たり前な任務だ。

 絶対に死ぬわけにはいかない。サシャと生きて再会するという約束をした以上、どんなに瀕死な状態に追い込まれたとしても絶対に生き延びなければならない。――たとえ、成功率がほぼゼロパーセントでも。

 リィンは右の二の腕に巻いている赤い布に目をやり、歯をギリッと噛み締める。

 

『この布は私とリィンの繋がりです。これがある限り、私たちは絶対に再会できます。失くさないでくださいよ?』

 

 少し前にサシャから言われた言葉が、頭の中で再生される。

 辛くて怖いだろうに、サシャは笑顔を浮かべながらこの赤い布をリィンに託してくれた。また会えることを信じて、心の拠り所を作ってくれた。

 リィンは赤い布を巻いている右の二の腕をギュッと掴み、深呼吸をする。動揺していた心を落ち着かせ、最速でこの地獄を乗り切るために。

 と。

 

「なぁ、アルミン。これは良い機会だとは思わねえか?」

 

「え?」

 

 悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべながら言うエレンにアルミンは間抜けな声を返すが、エレンはそんなことなどお構いなしと言った風に言葉を続ける。

 

「調査兵団に入団する前によ、この初陣で活躍しさえすりゃ――スピード昇格間違いなしだ!」

 

「ぁ……ッ…………ああっ、間違いない!」

 

 予想外の言葉にアルミンは目を見開くが、僅かな沈黙の後にエレンと同じような笑みをその中性的な顔に張り付けた。

 このマイナスな空気を打ち消す為のエレンなりの冗談だったのだろうが、それでも、動揺していた心を落ち着かせるのには十分な効力を持っていた。それはアルミン以外の班員も同じの様で、勝手に盛り上がっているエレンとアルミンに自分なりの挑発をかけていた。

 別に巨人が怖ろしくないわけじゃない。怖ろしいからこそ、彼らは空元気で自分たちを鼓舞しているのだ。巨人を前にして足が竦まないように、巨人の姿を見て体が凍りつかないように。

 なので、リィンもその挑発に乗っかることにした。

 

「オイオイ、お前らだけでカッコイーことしてんじゃねーよ。トロスト区にいる巨人なんて、俺一人で殲滅してやるよ。お前らは俺が巨人を駆逐し終わるまで、この屋根の上で思い出話でもしてろっての」

 

「ハハッ! 随分と調子づいてんじゃねえか、リィン! サシャとのキスの味でも噛み締めてんのか?」

 

「なっ……おまっ、エレン! お前見てたのか!?」

 

「あんな大勢の前で堂々とキスしてりゃ、誰だって目に入るって。あーあー、オアツイことですねぇ。フランツとハンナも顔負けだな」

 

「~~~~ッ! こ、殺す! 巨人の前にお前を殺す!」

 

 超硬質ブレードを抜き放ってエレンに向かって振りかぶろうとするリィン。普通ならばエレンが脅えてしまう光景なのだが、顔を真っ赤にしているリィンの面白さに恐怖なんてものは感じられない。リィンも本気で殺そうとしているわけではないので、エレン達第34班は生暖かい視線をリィンに突き刺していた。リィンのイライラ率、三十パーセント上昇。

 そんな漫才染みたやり取りをしていると、十メートル横の建物の屋根の上から上司と思われる男性が声を張り上げてきた。

 

「第34班、前進! 前衛の支援に就け!」

 

「――よしっ! 行くぞ!」

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおーッ!』

 

 剣を振り上げながらのエレンの叫びを合図に、第34班は一斉に屋根の上を走り出した。目的は無数に蠢く巨人達。

 若い兵士たちの戦いが――始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 右前方の建物の壁にアンカーを撃ち込み、ガスを噴射させて前へ前へと進んでいく。

 エレン=イェーガーを先頭に、第34班はトロスト区の空中を縦横無尽に突き進む。立体機動装置操作中の機動速度があまりにも速すぎることとその異様な髪色から『白銀の風』と呼ばれているリィンだったが、今回に関してはエレンの前に出ないように普段の六割ほどの速さで移動している。エレンを立てるためだと言えば格好いいかもしれないが、これはただ単純に辺りを警戒しているだけだ。我先にと突き進むという無謀な行動が引き起こすのは、いつだって悲劇的な結末なのだから。

 と、そんなリィン達の目に、ある光景が入り込んできた。

 トロスト区を歩き回る、巨人たちの姿だ。

 

「巨人がもうあんなに!」

 

「前衛部隊が総崩れじゃないか!」

 

「何やってんだ、普段威張り散らしてる先輩方は!」

 

 彼らの予定では、今はもう前衛部隊の先輩兵士たちがある程度の巨人を討伐しているハズだった。彼ら訓練兵は巨人を討伐する先輩兵士の支援につき、一匹ずつ確実に巨人を屠っていく予定だった。

 別に楽観視していたわけではない。だが、これはあまりにも酷すぎるのではないだろうか。もう少しだけ、もう少しだけでも反撃出来るハズじゃあなかったのか。これではまるで、彼ら兵士は本当に死ぬためだけに戦いに出ているみたいではないか――。

 そんなことを考えていると、リィンの前方にいるエレンが心底焦ったように声を張り上げてきた。

 

「ッ!? 奇行種だ! 止まれぇっ!」

 

「ッ!」

 

 そう叫びながら真横の建物の屋根へと突撃していくエレンが退いた直後、リィンの視界に不気味な表情で大口開けながら跳んでくる巨人の姿が映りこんできた。涎をだらしなく垂らしながら、リィン達人類を喰らう為に跳んできていた。

 第34班はエレンに続く形で建物の屋根にアンカーを撃ち込み、無理やり軌道を捻じ曲げる。膨大な抵抗力によって体中の筋肉が悲鳴を上げ、激しい痛みが体全体に走る。

 エレンが移動し、アルミンが移動し、ミーナが移動……という具合に次々と安全区域に到達する第34班。リィンもそれに続く形でアンカーを放――とうとしたところで、それは起こった。

 

 

 不幸を呼ぶ巻き添え。

 

 

 それは、あまりにも不幸すぎるリィンを見て、ユミルを始めとした104期訓練兵たちがリィンの『不幸』につけた渾名のようなものだ。

 サシャの食糧盗難の『巻き添え』になったり、女子風呂を覗こうとする男子訓練兵たちの『巻き添え』となったりする、そんな不幸誘発スキルだった。

 そして、その不幸は、今回も彼に降りかかることとなる。

 奇行種の巨人を避けようとしたトーマスが発射したアンカーがリィンの目の前を通過し、リィンの身体の動きを止めてしまったのだ。

 

「ぐゥッ!?」

 

 凄まじい速度で移動していたことが仇となり、アンカーがリィンの身体に深く食い込んできた。メキメキメキィ! という嫌な音がエレンたちの耳に響き渡る。

 だが、それでもリィンには少しばかりの幸運が残っていたようで、リィンは奇行種が塔にぶち当たる前に地面に綺麗に落下していった。腹の内側から込み上げてくる嘔吐感をなんとか抑え込み、リィンは無様ながらも地面に無事に着地した。

 ふと、塔にぶち当たった奇行種の方を見上げる。――そこには、到底受け入れがたい光景が広がっていた。

 

「…………トー、マス……?」

 

 塔に抱き着いている巨人の口に咥えられた友人の名を、途切れ途切れに言い放つ。

 それは、あまりにも信じがたい光景だった。それは、あまりにも残酷すぎる光景だった。

 ついさっきまで、元気よく話していたはずだった。巨人の討伐数を競おうとかいう会話を、ついさっきしたばかりだったはずだ。

 だが、何で今目の前で、その少年は巨人に咥えられているのだろう? 

 衝撃的すぎる現実にリィンの思考回路がショートする。体全体が原因不明の痙攣に襲われ、手に持っている超硬質ブレードがかちゃかちゃと音を立てる。

 ――そして、ついに最悪の現実がやって来た。

 

 

 ゴクン、と巨人がトーマスを飲み込んだのだ。

 

 

 あまりにも呆気なさすぎるトーマスの最後に、リィンを始めとした第34班全員が凍りつく。トーマスが喰われたという現実を直視できないと言った風に、彼らはただ目を見開いてその場で硬直してしまっていた。トーマスを喰った巨人は塔から飛び降りると、エレンたちとは逆の方向へと歩き去って行く。

 そんな中、屋根の淵にぶら下がっていたエレンは歯を食いしばりながら憤怒の感情を顔に張り付け、

 

「ぁ……ッ……――何しやがるッ!」

 

「エレン!?」

 

「よせ、単騎行動は!」

 

 トーマスという親しい友人を喰った奇行種の巨人に向かって、エレンは我武者羅に突っ込んでいく。ガスを最大出力で蒸かし、こちらに背中を向けている奇行種を討伐するために突撃していく。

 流石にエレンを見捨てるわけにはいかない第34班の班員たちは躊躇うことなくエレンを追い、トロスト区の空を移動する。実際問題、エレン以外の班員たちも気が動転してしまっている。冷静な判断など誰もできないのだ。

 そして、冷静な判断ができないのはリィンも同じ。自分と同じ班の仲間たちが去って行く中、リィンが右の二の腕に巻いている赤い布を掴みながら、体を震えを抑えようと必死に抵抗していた。

 

「くそっ! くそっ! くそっ! 何やってんだよ何で動かねーんだよ、俺の身体! 早くここから離れてエレンの元に移動しねーと駄目なんだ! 仲間を見捨てられるわけねーだろ!? ……くそぉっ! なんで身体の震えが止まんねーんだよォオオオオオオオオオオオーッ!」

 

 痙攣して動かない両脚を殴る。

 ガチガチと噛み合わない歯を必死に食いしばる。

 何もかもがごちゃごちゃになって考えてしまう頭を搔き毟る。

 なんでもいいからどれでもいいから誰でもいいから、この止まらない身体の震えを止めて欲しい。巨人を一匹残らず駆逐するとか言っておいてこのざまか。巨人に友人が食われてしまった光景を見ただけで、この身体は全ての行動を拒絶してしまうのか。――頼む、誰かこの震えを止めてくれ!

 そんな願いが届いたのか、近くから誰かがやってくる気配がした。気配がするのはリィンの傍にある建物の向こう側だ。

 リィンは大量の涙を流しながらその感じる気配に向かって必死に叫ぶ。

 

「た、頼む! お願いだ、この震えを止めてくれ! 友達を助けなくちゃなんねーんだ! 大切な奴の元に、生きて帰らなくちゃなんねーんだ!」

 

 そんな叫びが届いたのか、その気配がリィンの方へと近づいてきたような気がした。これでやっと元の状態に戻れる。これでやっと――戦える。

 だが、リィン=マクガーデンの『不幸』はその希望を根こそぎ蹴り潰す。

 リィンの声を聴いて彼の元にやって来たのは、味方ではなかった。

 

 

 巨人。

 

 

「―――――は、はは……?」

 

 十メートル級と思われる巨人が、リィンの前に姿を現した。

 





 《現在公開できる情報》

 リィンの機動力は104期訓練兵の中ではダントツトップだが、それはあくまでも彼が本調子――冷静な思考を維持できているときに限った話である。

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