進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第四話 立体機動訓練①

 

 木。

 視界の隅から隅までを覆い尽くすように大地にしっかりと根を生やしている木々。詳しい樹齢は不明だが、二十メートルは余裕で越えていることからかなりの年月を生きてきているのだろう。

 そんな高く太い木々の隙間を、二人の男女が通り過ぎていく。

 

「こっちには人影はねーぞ! そっちはどーだ、ミカサ!」

 

「今のところは人影はない。でも、そう遠くへは行っていないはず」

 

 腰につけた円柱型の装置――『立体機動装置』からアンカーを放って太い木の幹に突き刺し、そのまま振り子のように円を描きながら遠く遠くへと飛んでいく。

 両手にはカッターナイフのような造りの剣を双振り持っていて、腰の左右には長い箱のようなものが装着されている。中には、剣の刃の部分が数本収納されている。

 無造作な白髪に少しだけ閉じかけたライトブラウンの瞳が特徴の少年――リィン=マクガーデンは器用に枝を避け、凄まじい速度で森の中を進んでいく。

 

「残り時間はあと二時間だが、あと何人ぐれー残ってる!?」

 

「多く見積もって五十人。少なくとも、エレンとサシャを見つけられていないのが厳しい」

 

 凄まじい風圧に耐えながらも大声で問うリィンに、黒髪と赤いマフラーが特徴の少女――ミカサ=アッカーマンは無表情であくまでも冷静に返答する。立体機動装置での移動速度は104期生の中でダントツトップのリィンだが、ミカサはそんなリィンの少し後ろにしっかりとついてきていた。訓練兵団史上最も優れた逸材として注目されている彼女にとって、速さしか取り柄のないリィンに喰らいつくことなど造作もない。

 リィンは白髪を風で靡かせながら、周囲に警戒の目を向けながら、ミカサと共に先に進む。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 事の発端は、リィン達104期生の教官ことキース=シャーディスの一言だった。

 

「小さい標的を仕留めることで、確実に巨人の項を削ぎ落とすことができるほどの命中率を養うことができる。つまり私がなにを言いたいのかというと、今日は貴様たちに殺し合いをしてもらおうと思っている!」

 

 雲一つ青空と容赦なく照りつける太陽光が104期生の体力を奪っていく中、キース教官のそんな言葉が広場に響き渡る。全く乱れることのない隊列を作り上げている104期生の若者たちは、「……え?」と呆けた表情で間抜けな声を零してしまっていた。

 白髪の少年ことリィン=マクガーデンもそんな若者たちの一人であり、彼の相棒であるサシャ=ブラウスもまた、全く同じリアクションを発動していた。

 キースの言葉の真意が読み取れない104期生に相変わらずの厳しい視線を送りながら、咳払いをしてキースは続ける。

 

「貴様たちは立体機動装置を使って巨人の背後に回り込み、項を削ぎ落とすことで初めて巨人を討伐することができる。これは全兵士の共通認識であり、我ら人類が巨人に対抗できる唯一の戦闘手段でもある。――だが、巨人の項を削ぎ落とすチャンスは例外なく一度きりだ! 攻撃を弾かれてしまったり攻撃を外してしまったが最後、貴様たちは自分の意志に関係なく巨人の餌となるだろう! 手を引き千切られ、首を貪られ、国に捧げたはずの心臓を噛み潰されてしまうだろう!」

 

 ゴクリ、と広場にいる全員が固唾を飲んだ。自分が巨人に食われる光景を思い浮かべてしまっている者に至っては、顔が真っ青に染まっている。

 確かに、人類は巨人に対抗する手段を手に入れている。踏み潰され貪り食われるしかなかった人類は、立体機動装置という武器のおかげで巨人を屠ることができるようになった。

 だが、それは自分の攻撃が確実に命中するという前提があっての話だ。

 だが、それは自分の攻撃が確実に項を削ぐという前提があっての話だ。

 攻撃が当たらないと、巨人を殺すことはできない。攻撃の威力が弱すぎると、捕まった挙句に巨人に食われてしまう。どれだけ高い技能を持っていたとしても、そんな簡単なことができない者には巨人に食われる以外の未来は無い。

 キースは広場にいる訓練兵たちを見渡し、腹の底から叫び散らす。

 

「だから、今日は貴様たち同士で戦い合え! 立体機動装置を使って森の中を駆け回り、確実に仕留めて見せろ! ケガについては問題はない! 今回の訓練で使用する剣は、鉄製のなまくらだからな。死にはしない。――ただ、死ぬほど痛いだけだ!」

 

 臆病な訓練兵たちを恐怖させるには、その言葉だけで十分だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんなこんなで森の中での戦闘訓練が開始された。

 訓練の形式としては、『ランダムで選ばれた二人でチームを組み、他の訓練兵を五時間以内に叩きのめす』といったとても簡単なものだ。二百人超という人数を誇る104期生全員が森の中で戦い合い、訓練終了時間まで生き残る。ただそれだけの訓練だというのに、リィン=マクガーデンは今までの訓練の中で最も厳しいものだと即座に理解してしまった。

 そして、そんなリィンがペアを組んでいる相手――ミカサ=アッカーマンは、彼ら104期生の中で最も優れた訓練兵だ。スピードもパワーも人外級で、しかも攻撃に一切の躊躇いが無い。エレン=イェーガーが絡むと我を見失う、ということを差し引けば、完璧な人類と言っても過言ではないのだ。

 訓練兵最速のリィンと訓練兵最強のミカサのペアは、訓練開始早々に十六人もの訓練兵を撃墜している。相手が巨人ではなく普通の人間であるため、非力なリィンでも確実に仕留めることができるのだ。

 

「――らぁっ!」

 

「――ふっ!」

 

 身体を大きく回転させることで発生した遠心力を利用し、リィンとミカサは双振りの剣を目の前で涙目になっている同期達の身体に叩き込む。いくら死なないと言われていても、顔面にクリーンヒットしてしまったら相手を殺してしまうかもしれないので、リィンとミカサは相手の胴体を確実に叩くように戦闘を行っているのだ。

 ペアでの撃墜数が三十四まで到達するが、リィンの表情は焦燥の色に染まっている。汗で剣の柄を落としそうになるが、服で手汗を拭き取って柄をしっかりと握り直す。

 

(ここまで倒してきた訓練兵の中にゃ、手強い奴が一人もいなかった。ミカサと組んでるってアドバンテージもあるにはあるんだろーが、流石に上手くいきすぎだろ……)

 

 嵐の前の静けさ、と言ってしまえば楽になるのだろう。だが、リィンは嵐以上の脅威がこの森の中に潜んでいることを知っている。

 

(ライナーとベルトルトは当然として、アニとエレンも警戒しなくちゃなんねー。コニーとクリスタはどーせ勝手にやられるだろーから、とりあえずはその四人を警戒するべきだ)

 

 他にもユミルとジャンの二人も警戒するべきなのかもしれないが、それ以上に先ほど上げた四人の実力は怖ろしい。一気に囲まれてしまったら、いくらミカサがいると言っても敗北は免れないだろう。

 それに、サシャのことも気がかりだ。アルミンとペアを組んでいるので敵に不意を突かれるということはないだろうが、アルミンの低い戦闘能力をサシャ一人でカバーすることができるのか。頭脳プレーが得意な者と戦闘が得意な者が組んだ、かなりバランスのとれたチームのように思えるが、それでも多くの弱点が露呈してしまっている。余裕が出来たら助太刀にでも入ろーか、とリィンは心の中で今後の行動をある程度決定する。

 そんなことを考えていると、五メートルほど右上を移動していたミカサがリィンの傍まで寄って来た。

 

「リィン、一旦止まったほうが良い。このままのペースで移動し続ければ、確実にガスが切れてしまう」

 

「っとと、それは流石に最悪なケースだな。オーケー、了解したよ」

 

 訓練兵史上最強と言われているミカサの言葉を疑う気なんて露ほども無いリィンは近くの木の幹にアンカーを突き刺し、人一人分ほどの太さがある枝の上に着地する。ミカサもリィンと同じ枝に着地し、冷静な表情で辺りを警戒していた。

 訓練終了まで、残り一時間ほど。しかし、後どれだけの強敵が残存しているかが全く分からない。巨人との戦闘にはなにも理解できないまま挑まなくてはならない、と座学の授業で言われたことがあるが、やはり情報が皆無というのはあまりにも怖ろしい。

 相手の出方が分からない以上、無闇に動き回ることもできない。そう簡単にやられる気などないリィンは背中を木の幹に押し付け、薄暗い森の中に射抜くような視線を送る。

 

「……ははっ。これは訓練だーって割り切っても、流石に怖ぇーもんは怖ぇーな……」

 

「恐怖するということは、警戒心が増すということ。大丈夫、自信を持って、リィン」

 

「了解だよ」

 

 赤いマフラーをはためかせ、芯の通った声と言葉でリィンを励ますミカサ。そんなミカサに「すっげー頼もしーな、コイツ」と安堵の息を零し、リィンは再び意識を四方へと集中させる。

 おそらくだが、残りの訓練兵は二十人を切っている。リィンとミカサの二人だけで三十四人も撃墜できているのだから、他の面子もそれぐらいの撃墜数を誇っているはずだ。先ほど名前を挙げた四人の同期について言うのなら、リィン達以上の撃墜数を誇っていても何ら不思議はない。

 ポタリ、と頬を伝っていた汗が木の枝に落ちる。涼しい表情をしているミカサに対し、リィンは完全に切羽詰まった表情を浮かべていた。いくら励まされたところで、心の奥で燻る恐怖心に勝つことは容易ではないのだ。

 ぎちっ、と剣の柄を握りなおし、立体機動装置のアンカーを射出するボタンに指を添える。敵が現れたと同時に行動するため、リィンは準備を確実にする。

 そして、そんな状態が体感時間で十分ほど続いた頃、ミカサの目がスッと細く鋭いものへと変化した。

 

「……アンカーの射出音が聞こえた。リィン、覚悟はいい?」

 

「問題ねーよ。ここまで来たからにゃ、絶対に勝ち残ってやる!」

 

「その意気なら、大丈夫」

 

 剣を体の前でクロスさせ、右足を一歩前に踏み出す。いつもは眠そうなライトブラウンの目は獲物を待つ鷹のように鋭く据えられていて、迫り来る敵を確実に仕留めようという意志が感じられる。

 そして再び体感時間で十秒後、リィンとミカサがいる木の左右から、獣のように叫ぶ二人の少年たちが現れた。

 

「ベルトルト! リィンはお前に任せたぞ!」

 

「分かったよ、ライナー!」

 

 ――最強決定戦のような戦いが、始まった。

 


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