進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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 本編再開です。

 結局、最初のプロット通りに進めることにしました。

 原作は完結してませんが、当初のプロット通りに進めていきます。

 それでは、第十八話、進撃開始です。


第十八話 絶望を駆け抜ける白銀の風

 ウォール・ローゼが突破された。

 ミケ=ザカリアスによるそんな絶望的な報告を受けてからのリィンの行動はとても迅速なものだった。その行動における速度は普段の彼が為せるようなものをこえている、文字通りの神速だった。

 リィンは自分がいた小屋の窓を思い切り蹴破り、窓の格子に手をかける。

 

「サシャ! それにお前ら! ンなとこで駄弁ってねーでさっさと逃げる準備しろ!」

 

「リィン!? ど、どうして貴方がここに……?」

 

「それについての質問は後にして欲しいね、サシャ。今の状況についての説明は私がしてあげるから」

 

「ナナバさん……」

 

 心底焦った様子のリィンを外に追いやり、ナナバは小屋の中にいる104期新兵たちに自分が理解しているだけの情報を与えることにした。

 ウォール・ローゼを突破したと思われる巨人たちが五〇〇メートル南方からこちらに向かって接近しているということ。時間が無いせいでサシャ達新兵に戦闘服を着せている暇がないということ。――そして、直ちに馬に乗って付近の民家や集落を走り回り、民間人を避難させなければならないということ。

 「さぁ、早く準備をして! グダグダしていられるのも生きてる間だけだよ!」ナナバの咆哮を受け、サシャ達新兵は転がるように小屋から出ていき、自分の馬に乗る準備を始める。焦りながらもちゃんとした動きをできるだけまだまともな状態を保っていると言えるのだろうが、それでもそんな状態がいつまで続くかは誰も分からない。――つまり、神のみぞ知るということだ。

 サシャ達が馬に乗るのを横目で確認しながら、リィンはミケの元まで立体機動装置を使って移動する。

 そしてそのまま屋根の上に膝を付き、

 

「お願いします、ザカリアス分隊長! 今回の任務で俺をサシャの隣に居させてください! 勝手な言い分であることは百も承知です! ですが、今回だけはどーしてもサシャの隣に居たいんです! アイツの不安を和らげてあげたいんです! ――アイツを死なせたくないんです!」

 

 額を思い切り屋根に叩き付け、あまりにも我が儘な要求を突き付けた。

 今までもサシャの身に危険が迫るような事態はたくさん起こってきた。その度にリィンはサシャを護ってきたし、離ればなれになっても何とか再会することができた。不幸だなんだと言っても、結局リィンはサシャの元へ帰り着くことができたのだ。

 だが、今回ばかりは話が違う。戦闘服を身に着けていないサシャは、迫りくる巨人を倒すことができない。リィンが常に傍にいないと、サシャは巨人に食い殺されてしまう。

 これはあくまでも予測でしかないが、それでも現実になる可能性が著しく高い予測だ。九割方と言っても過言ではない程、リィンの予測は今のこの状況で起こり得るものなのだ。――だからこそ、リィンはサシャの隣に居たいと懇願する。

 兵士としては完全に失格な要求だ。兵士は民を護る為に私情を一切合財捨て、その身が朽ち果てるまで巨人と戦わなければならない。例えそれが愛しい人を見捨てることになることだとしても、兵士は戦闘において私情を挟むことは絶対に許されない。

 ――しかし。

 

「……現時点をおいて、リィン=マクガーデンをミケ=ザカリアスの部下から追放する。これはリィンの反逆罪による当然の罰であり、他の兵士はこれについての一切の言及も許可しない。――若さゆえの過ちだとでも思って、自分の好きなように振舞って来い。そして生きて戻ってきたら、今度こそミケ=ザカリアス隊の一員として認めてやる」

 

「ぁ……――はいっ、ありがとうございますっ、ミケ=ザカリアス分隊長!」

 

 顔も見らずに冷たい声色で言い放つミケに深々と頭を下げ、リィンはサシャ達がいる馬小屋へと目にも止まらぬ速さで移動する。

 ミケとリィンのやり取りの一部始終を見ていたナナバは小さく溜め息を吐いて肩を竦め、

 

「よかったのかい、ミケ? 勝手にそんな上司権限みたいな嘘を吐いちゃったら、後で団長にうるさく言われるかもしれないよ?」

 

「嘘も方便というだろう? 人を不幸にする嘘はよくないが、人を幸せにする嘘はどんな罰も受けないんだよ」

 

「それも嘘かい?」

 

「方便だよ」

 

 二人の兵士は不敵に笑い、小屋の下へと降りていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 北の村へ全速前進。

 ミケから下された罰でサシャと行動を共にする大義名分を得たリィンは、北班としてウォール・ローぜ南区北側にある森へと向かっていた。疲れ知らずの馬を全速力で走らせ、できるだけ迅速に目的地へと向かっていく。

 サシャの故郷であるダウパー村がある北の森は、南側から来た巨人たちの進行方向だ。動きが読めない巨人たちは幸運にも真っ直ぐ北に向かって進撃していない。――だが、それは普通の巨人に関してのことだ。もしあの巨人たちの中に奇行種が混ざっているとしたら、巨人たちの進撃ルートから逸れた、ショートカットで突き進んでくるかもしれない。

 絶対に油断はできない。どれだけ疲れていようがどれだけ恐怖心が強かろうが、一秒たりとも警戒を解くことは許されない。

 リィンは周囲に警戒を向けながら、並走しているサシャへと声をかける。

 

「サシャ! お前の村はまだなのか!?」

 

「ダウパー村は北側の中でも最も奥にある村です! 他の村に先輩方を案内してからじゃないと向かえません! ――そっち、村が一つあります!」

 

「了解だ! 健闘を祈るぞ、後輩共!」

 

『はい! 先輩も、御武運を祈ります!』

 

 北班に配属されていた先輩兵士を送りだし、サシャとリィンは馬を前へ前へと走らせる。リィンは知る由もないが、ダウパー村までの道のりの中にある他の村の数は残り一つ。遅くても一時間以内には到着できるはずだ。

 「見えましたね!? 後はあの村です!」「分かった、この村は俺に任せろ! ここで最後か!?」「いえ……奥の森に、私の村があります……ッ!」そして残り一人だった先輩兵士を目の前にある村へと送りだし、サシャ達は前方にある小規模な森へと向かっていく。

 周囲に巨人は見当たらない。南側から巨人が来ているのでそう早くは到達できないだろうが、それでもやっぱり警戒を解くことはできない。もしもということがある、全ての不吉な予想を常に頭の片隅に置いておかなければならないだろう。どれだけ状況が切迫していようが、これだけは忘れてはならない。

 リィンはできるだけサシャから離れないように気を付けながら、周囲に視線を配って進む。両手で手綱を握りながらも、いつでも超硬質スチールを掴めるように握力を弱めることも忘れない。

 森に入ってから数分後、サシャとリィンの目の前に怖ろしいものが現れた。

 道に刻まれた、巨人の足跡だった。

 

「そんな……南に現れた巨人が先頭じゃなかったってこと!?」

 

「相変わらず不幸なことばっかり起きやがんなクソッたれ……サシャ、さっさとあの村に向か――」

 

 リィンの言葉は、とても微妙なところで途切れてしまった。

 不思議に思ったサシャがリィンの方を振り返るが、直後にリィンの言葉が途切れてしまった理由を不幸にも理解してしまった。全く知りたくなかった、最悪の原因を。

 

 巨人が五体、こちらに接近中。

 

 あまりにも早い到着だった。いや、あまりにも早すぎる到着だった。

 巨人の走行速度を考えるに、こんなところまでこんな短時間でやってこれるとは到底思えない。巨人の速さには個体差があるが、それでも普通の巨人は数分足らずでウォール・ローゼ南区の中腹付近から北側へと走り抜けることができるほどの速さは持ち合わせていない。――だったら、なぜあの巨人たちはもうこんなところまで辿りついてしまっているのか。

 考えるまでも無い、答えはとても簡単なものだ。

 

「まさかあの五体、全部が奇行種……ッ!?」

 

 それは最上級の絶望と言ってもいい。

 一体いるだけで戦況が大きく左右されると言われている奇行種が、五体もこちらに向かって進撃してきている。走り方が気持ち悪いのは相変わらずだが、その動き一つ一つに恐怖心を覚えるのなんてそんなに時間はかからなかった。物凄い速さで奇行種が五体も突っ込んでくる。――これだけで、今の状況の深刻さが十分に理解できてしまう。

 (くそっ、ざけんなよクソ野郎!)心の中でそう叫ぶな否やリィンは馬から飛び降り、立体機動装置を駆使して近くにあった木の上へと移動する。結構細い枝だったが、それでも人ひとり分の体重ぐらいは耐えることができるほどの強度があるようだ。

 リィンは前方から接近してくる巨人五体を横目で見つつ、絶望的な表情でこちらを凝視しているサシャに咆哮する。

 

「俺に構わずさっさと走れ! ンなトコで止まってたら巨人に食われちまうだろーが!」

 

「で、でも! リィンを置いてはいけません! 馬に乗っていれば巨人からも逃げきれます! だから、早くこっちに戻って来てください!」

 

 リィンが乗り捨てた馬の手綱を握りながら、サシャは全力で叫ぶ。

 リィンは別にサシャを置いてここで死ぬつもりなど毛頭ない。平和になった世界でサシャと添い遂げると約束した以上、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。サシャとはまだまだ話したいことややりたいことがたくさんあるし、まだエルヴィンに今まで育ててくれた恩を言ってもいない。――故に、こんなところでリィンは死ぬわけにはいかない。

 しかし、リィンはサシャをここから命がけで逃がさなければならない。愛する人を護る為になら死んでもいいと思っているからこそ、リィンは全身全霊を持ってサシャを逃がさなければならないのだ。

 怖いかと問われれば、全力で肯定する。死にたくないかと問われれば、全力で肯定する。勝率はあるのかと問われれば――全力で否定する。

 死ぬかもしれない、死にたくない。死ぬわけにはいかない、死ぬかもしれない。死ぬかもしれない、死んでたまるか。揺れ動く心を必死に押さえつけ、リィンはぐっと声を抑える。

 そしてリィンはぎこちない笑顔を顔に張り付け、精一杯の虚勢を張る。

 

「俺は大丈夫だ! お前と約束したから、平和な世界でお前と添い遂げるって約束したから! 俺は絶対に生きてお前のとこに帰ってくる!」

 

「でもっ……でもぉっ! 奇行種五体も倒せるわけがありません! 私は、私は……こんなところで貴方を死なせたくない!」

 

「死なねーよ! 死んでたまるか! だから、お前は進むんだ! 俺は絶対にお前の隣に戻ってくっから、俺を信じてさっさと前へ進みやがれ!」

 

「……リィ、ン……リィン……絶対、帰ってきて、ください……――絶対に私のとこに帰ってこんと、承知せんけんね!?」

 

 そう言い残し、サシャはダウパー村に向かって馬を走らせ始めた。目からは大量の涙が零れ落ちて地面に染みを作っていたが、サシャは涙を拭くこともせずにただ一心不乱に馬を走らせ始めた。――他の誰でもない、リィン=マクガーデンという一人の少年の言葉を信じて。

 一気に小さくなっていくサシャの背中を見送りながら、リィンは震える声で呟きを漏らす。――両目から零れ落ちる涙を拭いつつ、リィンは寂しそうに笑いながら呟きを漏らす。

 

「ははっ……お前の本当の口調、違和感がスゲーんだよ……ホント、本心ってのはどこまでも予想外だなコンチクショウ……ッ!」

 

 後悔はしていない。

 後悔はしたくない。

 懺悔もしていない。

 懺悔はしたくない。

 勝率は無い。

 勝率は作り上げたい。

 サシャの傍に帰りたい。

 サシャを護る為に――全身全霊を以って巨人を駆逐したい。

 

「絶対に帰るんだ。絶対に生きるんだ。絶対に――サシャの隣に帰ってやる!」

 

 うぉおおおおおおおおおおおーッ! と獣のような咆哮を上げ、リィンは木の上から思い切り跳躍する。周囲に生えた木々を利用する形で立体機動装置で宙を駆け、迫りくる巨人たちの項に向かって突っ込んでいく。

 真っ白な髪が光に照らされ、銀色の光を放っている。それはまるで――白く鈍く光る銀色の風が駆け抜けていくようだった。

 五メートル級と思われる巨人の項を切り飛ばし、木の上へと避難する。

 倒れた巨人に躓いた八メートル級の巨人の項を削ぎ落とし、そのまま傍にいた三メートル級の両目に超硬質スチールを突き立てて視界を奪う。――そのまま刃を切り離し、目にも止まらぬ速さで予備の刃を柄にセットする。

 ――と同時に十五メートル級と十メートル級がリィンが載っていた木を体当たりで無理やりへし折り、リィンを木からたたき落とした。

 

「がぁっ……ごッッ!?」

 

 受け身をとることもできずに地面に叩き付けられ、リィンの脳が大きく揺れた。体全体が震えてとても立ち上がれるような状態ではなかったが、リィンは根性だけで何とか体を起こした。

 大口開けて迫ってくる三メートル級を何とか回避し、体を駆け上がって項を削ぎ落とす。――残るは、十五メートル級と十メートル級だけだ。

 いけるかもしれない。無理かもしれない。――だからどうした根性見せろ!

 

「駆逐してやる……テメェらを絶対に駆逐して、俺はサシャのトコに帰ってやる!」

 

 ギリィ! とリィンは奥歯を噛み締める。

 ギチィ! とリィンは剣の柄を握りしめる。

 ギンッ! とリィンは巨人を睨みつける。

 

「人類の力を――思い知れェえええええええええええええええええーッ!」

 

 そして、リィンは我武者羅に二体の巨人に向かって突っ込んでいく。

 そして、リィンは立体機動装置で移動しながら双振りの剣を振りかぶる。

 そして、リィンは――

 

 

 そして、リィン=マクガーデンは――――――。

 




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 次回、最終回!

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